【私のルールブック】(71) 文字にメイクはできない

先日、水道橋博士さんが『バイキング』(フジテレビ系)にゲスト出演して下さった際、「新潮さんの(当コラム)、いつも読んでいます。あれはいいですね」とのお言葉を頂いた。博士さんに限らず、行く先々で同じようなお声を掛けて頂く機会が多いのだが、素直に喜べない自分がいるのである。勿論、有り難いんですよ。褒められて嫌な気分がする人はいませんから。でも、小欄は所詮、殴り書き程度のものですし、私からすれば“流石新潮さん”ありきの、付け足しレベルの褒め言葉なんてことは重々承知していますから。ただ、嬉し恥ずかしではないですが、どうしても恥ずかしい想いが勝ってしまうんですよね。それは、活字ならではの恥ずかしさといいますか、書く作業に携わっている方ならご理解項けると思うのですが、結構嫌なもんなんですよ。

だって、先ずは知性を測られちゃうでしょ。表現ひとつにしても、「この程度の言葉しか使えねぇのかよ」ってね。「もっと情緒溢れるっつうか、サッと頭ん中で映像を想起させるような表現あんだろ」ってさ。ハッキリ言っときますけどね、そんなもん無いですよ! それができるぐらいだったら、物書きだけで飯食ってるわ。…あ、すんません。八つ当たりも甚だしいですな。自身の勉強不足を棚に上げて逆ギレするなんて、以ての外でございます。でも、要はこういうことなんです。活字は誤魔化しが効かないってこと。映像ならば言葉だけでなく、表情や背景や音声に観ている側の意識は分散されます。しかし、活字媒体は書き手から生まれた文字しかない。それが情報源の全てとなってしまう。嫌な商売でしょ~。限が無い作業って気がするでしょ~。格好をつけようと思ったって、テレビならメイクして小酒落た衣装を用意してもらって…って取り繕いようもありますけど、文字にメイクはできませんしね。じゃあ、衣装着せるつもりでカラー頁にしてみたところで、逆に悪目立ちしてアホが際立つだけですから。測られるのは知性だけではありません。性根というか、本性も探られかねません。




やっぱり出るんですよ、書き手の心の底の部分がね。だって、自分で書いていて感じる時がありますから。「うわっ、出ちゃっている」って。そういう時は、一瞬誤魔化そうとして書き直したりするんです。実際、若い時分は無理矢理直しちゃっていました。でも、ある時から止めました。結局ね、保身に走って無理に手を加えたものってつまんないんですよ。書いていてもつまらないし、読み手として読んでみても面白くも何ともない。だって、読者心理からしたら、小説であれエッセイであれ、たとえ映画評であれ、一番感じたいのは「書いているヤツは一体どんなヤツなのか?」ってことだと思うんです。少なくとも、私はその部分を強く感じたくて、様々な方の活字を追っています。その上で、書き手としての才能はさておき、1人の人間として気になった方の作品は読み続けてみようと…。あ~、ヤダヤダ。あ~、でも止められない。物書きとしての才は全く持ち合わせておりませんが、「中途半端に隠すような真似だけはしない」と言い切れますので、こんなヤツですが、今後とも宜しくお願い致します!


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2016年10月13日号掲載



スポンサーサイト

テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR