【震災5年・復興】(04) 帰還へ助け合う自治体

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東京電力福島第1原発事故で、住民の99%以上が避難した福島県内の7自治体の中で、政府の避難指示が初めて解除された楢葉町。解除から約半年が経った今、町内では長期避難で傷んだ自宅を建て替えたり、修繕したりする光景が目立ち始めた。解除前は仕事に二の足を踏んでいた町外の建設業者が、修理の請負を始めたからだ。町に生活の拠点を移したのは約440人。住民票を残している町民約7400人の未だ一部だが、着実に増えている。松本幸英町長は、解除に慎重な声があった中、政府の方針を逸早く受け入れた理由を説明する。「町民が戻り易い環境作りを加速させたかった」。解除の見通しが立たない原発近くの自治体にとっても、楢葉町の早期解除は歓迎だ。大半の地域で帰還の目途が立たない大熊町は、楢葉町を復興への足場として位置付ける。役場機能の一部を日中立ち入りが可能な大熊町南西部に移した後は、職員の住まいは楢葉町内にと想定している。

楢葉町の今日の姿は、同じ双葉郡の他自治体の配慮が無ければ実現していなかった。中でも、第1原発が立地する大熊・双葉両町。除染で出る汚染土等を長期保管する中間貯蔵施設の候補地には当初、両町と共に楢葉町も組み込まれていた。2013年春、大熊町役場が避難する約100km離れた会津若松市で行われた3町長の会談。楢葉町長を前に、両町長の考えが一致した。「楢葉は帰る見込みがある場所だから、2町で受けるべきだ」。帰還困難区域が大半を占める大熊・双葉両町に比べ、楢葉町の放射線量は格段に低い。「双葉郡の復興の拠点になる」と踏んだのだ。中央省庁の幹部は振り返る。「『楢葉以外の首長が2町集約を提案した』と聞き、驚いた。合理的だが、凄い政治決断だと思った」。こうして、楢葉は候補地から外れ、復興に携わる人々や施設の受け入れ先の1つとして再出発した。政府は昨年6月、帰還困難区域を除く避難指示区域で、来年3月までの指示解除を目指す方針を打ち出し、多くの自治体が再建計画作りを本格化させた。生活に欠かせない機能や拠点は、どの自治体も欲しいのが本音。便利なショッピングセンター、高齢者向けの福祉施設、そして病院…。街作りの青写真は、どうしても重なる部分が出てきた。双葉郡の首長の1人は危機感を抱く。「どの町村にも同じような商業施設や診療所、小中一貫校ができてしまうかもしれない。商圏や人口が小さくなる中で、それでは共倒れだ」。福島県は、未曽有の原子力災害で今も10万人近くが避難する。帰還の為に避けては通れない数々の問題を、どう分担して解決していくのか。地域全体と市町村の利益をどう釣り合わせるのか。広域での共存共栄が、復興の大きなカギを握る。




■廃炉、街作りの糸口
東京電力福島第1原発事故で広大な地域が住民不在となった福島県の復興は、“マイナスからゼロに向かう闘い”とも言われる。先ずは、汚染された土地から放射性物質を取り除き、住民が故郷に戻って漸くゼロになる――。この5年、各自治体はその“ゼロ”に向け、其々が果たすべき役割を手探りしてきた。

原子力災害の震源地となった第1原発は現在、廃炉に向けて1日約7000人が働く巨大な作業場となっている。原発周辺の8町村で構成される双葉郡の中で、最も南に位置する広野町。郡内で唯一、政府の避難指示を受けず、事故の影響が比較的少なかった。廃炉に携わる作業員らの宿舎が次々と建てられ、今や3000人以上が暮らす。町民のほぼ半数は未だ自主避難中で、作業員らの数は現在の住民約2400人を上回る。遠藤智町長は、復興の道筋を語る。「10年後、町民は帰還して5000人、作業員等の滞在者は5000人、合わせて1万人を想定している。震災前よりも良い町にしたい」。JR広野駅前には、6階建てのビル『広野みらいオフィス』の立地が決まって建設中。廃炉関係の事業所等で約8割が埋まっているといい、原発事故で富岡町からいわき市に仮移転した富岡労働基準監督署も4月に入る。原発構内で作業トラブルは増えており、より近くで監督する狙いがある。『ハローワーク富岡』の分所も開設の予定で、遠藤町長は、労働環境の整備で住民の帰還促進に期待を寄せる。第1原発が立地し、6割が帰還困難区域の大熊町も、廃炉作業で生まれる需要を復興の足がかりにしようと着々と手を打つ。拠点と位置付けているのが、放射線量が比較的低い居住制限区域の町南西部・大川原地区。昨年4月から動き出している東電の給食センターでは、廃炉作業員の肩書きと夕食が調理され、原発敷地内に毎日運ばれている。地区内では、廃炉に携わる東電社員の寮と、関連企業2社の事業所も建設中だ。渡辺利綱町長は、「住んで働いている人がいることが、帰還を迷っている住民に対する一番の説得力になる」と強調する。町は、この地区で町民回けの復興住宅建設も検討する。

広野町の北に隣接し、昨年9月に避難指示が解除された楢葉町では、廃炉に活用する遠隔操作技術等を研究する『日本原子力研究開発機構』の拠点である『楢葉遠隔技術開発センター』が進出した。避難指示が解除された翌10月に開所し、遠隔換作で動かすロボットも開発する。廃炉の最大の難題は、原子炉内で溶け落ちた核燃料の回収。前例の無い開発研究に、国内外からの研究者の視察も見込まれる。来年度中にはホテルが開業予定で、町は関連産業の進出にも期待する。廃炉を逆手にとって好機にする――。研究機関の誘致を目指す動きは、他の自治体でも水面下で続いている。「復興に向けて集まる人の一部が新住民になる」と当て込む自治体も多い。避難指示の解除目標を来年4月と定めた富岡町は、事故前の人口約1万6000人に対し、2020年3月末には最大で5000人とする帰町計画を作っている。この内、1600人は廃炉や道路等の復旧に関わる作業員ら。町には、東電が原発事故後にサッカー練習場『Jヴィレッジ』(楢葉・広野町)に置いた復興本社も移ってくる。これらの社員も試算に入れた。浪江町が避難指示解除後に見込む人口は5000人。原発事故前に約2万1000人いた町民の内、指示解除で4000人が帰ると計算。残る1000人は、廃炉や除染に取り組む人らが定住すると想定した。町復興推進課の担当者は、「町内で作業する1日当たりの除染作業員が1600人。その半分強が定住すると見込んだ」と説明する。ただ、どの自治体の人口も推計や目標。復興に関わる人たちに熱い視線を送るのは、帰還の見通しや新住民の転入が不透明である裏返しでもある。

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■病院誘致、思惑交錯
復興に向けて地域の色分けが出来つつある福島県双葉郡。一方で、拠点病院(2次救急医療機関)をどこに置くかを巡っては、各自治体が互いの動向をじっと見守っている。拠点病院への通い易さは、住民の帰還を促進できるかに大きく影響する為だ。郡内に4つあった拠点病院は、原発事故で休止に追い込まれた。これにより、郡内の救急搬送の時間は大幅に延びた。地元の消防本部によると、患者の7割以上がいわき市等といった他地域の病院に運ばれ、救急搬送の平均時間が、昨年は事故前年より20分近く延びて約75分になった。既に、避難指示が解除された田村市等の帰還の動きを見ると、解除後に早めに戻ってくるのは高齢者。病気等で救急搬送された場合に迅速さが重要になるだけに、拠点病院の場所は自治体側にとって関心事だ。福島県の内堀雅雄知事は今年の年頭記者会見で、「住民の帰還を見据え、避難地域の2次救急医療を担う態勢を整備する」と明かした。双葉郡の町村会が昨年5月、「帰還を進める上で必要不可欠」と県に整備を要望していた。

複数の首長は「うちに欲しいのが本音」と認め、「拠点病院の誘致を目指したい」と周囲に漏らす首長もいる。しかし、どの自治体も表だっては誘致の声を上げていない。協力して課題に取り組む8町村にとって、結束の乱れに繋がりかねない為だ。県には元々、大熊町にあった県立大野病院と、北隣の双葉町の病院を統合し、救急センターを新設する計画があった。しかし、原発事故で凍結。この経緯も踏まえて、各自治体の思惑は絡まる。今年2月には楢葉町に、大野病院の付属施設として『県立ふたば復興診療所』がオープンした。担当の県幹部は、「病院の規模や設置場所は全くの白紙だ」と繰り返している。住民帰還を後押しする病院に対し、帰還意欲を弱めかねないのが、除染による汚染土を保管する中間貯蔵施設と、指定廃棄物の最終処分場。一方で、放射線量を下げる除染が進まなければ、帰還も進捗しない。中間貯蔵施設は、第1原発が立地する大熊・双葉両町への建設が決まった。指定廃棄物の処分では、国が富岡町の既存の民間処分場『フクシマエコテッククリーンセンター』に埋め立てる計画を福島県側に提示し、昨年12月、富岡町と、搬入路がある楢葉町が容認した。両町には、東電福島第2原発が立地する。2つの処分先を分け合う形で決着したのは、4町長に「原発の立地町として、一定の責任を負わなければならない」との共通認識があった為。昨年6月に閣議決定された政府の新指針により、双葉郡では今後更に避難指示解除が広がる。マイナスからゼロへ、ゼロからプラスに未来を切り開くことができるか。自治体の連携にかかっている。

■進出企業で人手不足
福島県にとって最大の課題である住民の帰還。避難指示が解除された自治体は企業誘致に力を入れ、働き口の確保も進める。しかし、廃炉関連の事業に働き手を取られる事情もあり、企業が進出しても従業員が集まらない事態も起きている。楢葉町に進出した金属加工業『ベルテクノプラント工業』統括部長の桜木久哉さん(55)は、「人集めに四苦八苦している」と嘆く。本社は岐阜県美濃市。被災地への企業立地を後押しする国の補助金を使い、町の避難指示が解除された約3ヵ月後の昨年12月、『楢葉南工業団地』に工場を完成させた。青森県や福岡県等の既存の生産拠点よりも首都圏に近い為、「将来的には中心的な工場になる」と見込んだ。「復興の一助になれば」とも考えた。地元で30人を採用しようとしたものの、集まったのは10人に満たなかった。「人気が高い筈の事務職の求人も出し、年齢不問で待っているが、問い合わせも無い」と頭を抱える。福島県外から問い合わせがあっても、「工場の近くに店・金融機関・病院等が乏しい」と諦めた人もいた。2014年10月に大半の地域で避難指示が解除された川内村でも、人手が不足している。村は、原発事故で避難して職を失った村民の受け皿として、精密部品製造業等3社の工場を誘致した。しかし、募集を続けても枠が理まらない状況が続いている。村の担当者は、「既に除染や廃炉関係の仕事に就いた人が少なくない為ではないか」とみている。


≡読売新聞 2016年3月4日付掲載≡



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テーマ : 東日本大震災
ジャンル : 政治・経済

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