【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(84) 何故“多様性”が必要か…移民受け入れの議論すら避ける日本人に伝えたいこと

“Diversity(多様性)”。コラムで畿度となくこの言葉を用い、その重要性を語ってきました。近年、ヨーロッパでは移民の流入等で社会の多様性が急速に進み、その反動として各国で極右政党が台頭。イギリスはEU離脱という結果に至りました。アメリカでも、人種・男女・LGBT等あらゆる面で多様化が進むことに嫌悪感を示す人々が、ドナルド・トランプという希代のポピュリストを支持。以前紹介した“Alt-right”のような新たな極右運動も生まれています。こうした状況を日本から見て、「多様化なんてするもんじゃない」「やはり移民なんか受け入れないほうがいい」等としたり顔で語る人々がいます。しかし、僕は何度でも言いたい。多様性を受け入れないばかりか、その為の議論すらない社会に未来はありません。現在の欧米の混乱は、社会が更に多様に、更に一歩前に進む為の過渡期――。僕はそう見ています。

欧米諸国には、多様化の長い歴史があります。アングロ圏のイギリスやアメリカを例にとれば、先ず英語という言語自体、サクソン語やゲルマン語を始め、色々な言語が交じり合って成立しており、語法やボキャブラリーに一貫性が無い。更に、植民地時代以降は社会がより複雑化。本土と植民地、本国人と移民。支配者と奴隷、人種対立…。それらが年月を経るうちに、全部ごちゃ混ぜになっていきました。異なるバックグラウンドを持つ人々が混在する社会では、必然的に“論理”で整合性を出すことに重点が置かれ、あらゆる分野で闊達に議論が行われ、何れ“異なる価値観の視点”が社会に組み込まれます。今の欧米の混沌も、こうした歴史の延長線上にあるものでしょう。因みに、感覚的な話になり恐縮ですが、議論においてより“何でもあり”なのはイギリス。女王陛下をコメディーで弄ってもOK。一方のアメリカでは近年、社会の進歩の過程で生まれたポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)が大きくなり過ぎ、その不満をトランプが上手く突いていると言えます。何れにしても、大前提として“タブーに突っ込む議論が奨励される”という方向性は同じです。




それに対し、日本は(使い古された表現ですが)“不都合な真実”を言ってはいけない社会です。一般人同士の会話でも、お互いへの敬意や“憚り”によって、自然とブレーキがかかる。これは、実は東アジアの漢字圏の国(日本・中国・韓国)に共通しています。日本はアジアの中では欧米化された国で、皆さんの中には「中韓より欧米に近い」と考えている人も少なくないでしよう。しかし、こと社会の多様性のレベル・議論の透明性という面では、民主主義の無い中国や、屡々ナショナリズムが論理を超えてしまう韓国に非常に近いと僕は思うのです(認めたくない人も多いでしょうが)。多様性が無く、“皆が同じことを考えている”ことが前提となる社会――。そこでは、進歩的な人の声は潰され、多くの人が空気を読んで、面倒な議論を避けるようになります。それでも、日本人は多様化を否定し続けるのでしょうか? 僕は、このことを問い続けたいと思っています。


Morley Robertson 1963年、ニューヨーク生まれ。父はアメリカ人、母は日本人。東京大学理科一類に日本語受験で現役合格するも3ヵ月で中退し、ハーバード大学で電子音楽を学ぶ。卒業後はミュージシャン・国際ジャーナリスト・ラジオDJとして活動。現在、『NEWSザップ!』(BSスカパー!)・『モーリー・ロバートソンチャンネル』(ニコニコ生放送)・『Morley Robertson Show』(Block.FM)・『所さん!大変ですよ』(NHK総合テレビ)・『ユアタイム~あなたの時間~』(フジテレビ系)等に出演中。


キャプチャ  2016年11月7日号掲載



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