【異論のススメ】(22) 退位問題に思う…天皇制と民主主義の矛盾

天皇陛下が退位の願いを強く滲ませたメッセージを発せられて以来、退位の是非についての議論が続いている。私には、それほど強い意見もない。制度としての皇室制度の存続と、天皇の生身の身体の間には、どうしても不都合を生じる可能性がある。戦後の天皇は、『人間宣言』によって、現人神ではなく生身の人間であることを宣言されたのだから、人間としての天皇が、天皇制度という制度の中で果たす役割に限界を生じることはあり得る。従って、「退位を可能とする方向で、天皇制度を確かな形で存続させることこそが肝要な点だ」と考えるだけである。ところが実は、その“天皇制度を確かな形で存続させること”が、ある意味では大変に難しいのであり、そこに極めて重要な問題が潜んでいる。というのも、戦後憲法の下では、天皇の地位は飽く迄も国民の総意に基づくものであり、その地位の継承や安定性は『皇室典範』によって規定され、その皇室典範は通常の法律と同様に、国会で改正できるからである。つまり、天皇の地位やその在り方は、専ら国民の意思に委ねられている。端的に言えば、国会の意思によって皇室の在り方を改変できるのみならず、“国民の総意”によって憲法改正を経れば、天皇制度を廃止することもできるのである。これに対し、戦前の皇室典範は憲法の外にあり、国会によって改正できるものではなかった。それは一方で、明治国家は西洋型の立憲君主制を模倣しつつ、他方では飽く迄も天皇に対し、“神聖にして侵すべからざる”存在としての神格を与えたからである。天皇は、立憲主義の範囲に収まる部分と、それを超え出た部分の二重性を持っていた。これは一種の矛盾であり、その矛盾が統帥権の独立等という形で現れもした。では、戦後はどうか。天皇の神格性を否定し、イギリス型の立憲君主制の枠の中に収め、更に一切の政治的行為から切り離した。戦後日本の“国の形”は、象徴天皇による形式上の立憲君主制であり、実体上は民主主義(国民主権)ということになろう。飽く迄も、民主主義によって支えられる天皇制(君主制)ということになった。

ところが、話はそう簡単ではない。憲法にはまた、「皇位は世襲であり、皇室典範に従って継承される」とある。つまり、日本国及び日本国民の統合の象徴としての天皇は、単なる王家の一族でもなければ、単なる制度でもなく、日本の歴史の持続性・国民統合の継続性を示すものとされている。それが、“皇位は世襲される”ということの意味であろう。すると、ここで天皇の神格性は否定されているものの、また別の問題が発生する。「“皇位を世襲する”という国民統合の歴史的継続性を示す原理と、国民主権の民主主義は、決定的なところで齟齬を来たすのではないか」という厄介な問題が出てくるのだ。天皇の位置は、明らかに民主主義の原理からは外れている。つまり、その外にある。何故なら、「皇室は表現の自由も選挙権も信教の自由も持たない」、つまり「基本的人権を持たない」という意味で、“近代憲法の枠外の存在”という他ないからだ。この難問を解決しようとするなら、原理的には次の2つしか無かろう。1つは、「“天皇の地位は国民の総意に基づく”という場合の“国民”を、今ここにいる自由な“私”の集合体としての“国民”ではなく、日本の歴史的伝統を背負い、その遺産の受託者としての“国民”として理解するか」、若しくは、「天皇を近代憲法や国民主権の原理から外し、それを超えた、飽く迄も形式的で象徴的な日本国の主宰者であるとするか」であろう。このどちらも難しい。私は、「日本の“国の形”は、後者のようなものと理解すべきだ」と思う。だが、このことが示しているのは、「日本の天皇制度と、西洋から導入した近代的な立憲主義や民主主義の間に、何か根本的に食い違いがある」という事実であろう。日本の政治体制は、基本的には君主国であるイギリスに近いが、それでも大きな違いがある。




日本の天皇制度の伝統的な本質は、次の3点に要約できると思われる。第一に、「天皇の地位は血脈による世襲である」。第二に、「天皇は人であると同時に、何らかの意味で聖性を帯びている」。そこで天皇は、一方で神を祀る“祭祀の長”であると同時に、他方でその聖性を“奉られる”という二重性を持つ。第三に、「天皇は形式上、政治の主宰者であるが、自らは祭祀や儀礼によって権威を代表し、実際上の政治的な権力には関与しない」。これは、飽く迄も世俗的な征服王朝から始まったイギリス流の君主とも違い、恐らく世界(先進国)には例を見ないものであろう。戦後の日本では、第一と第三の特質は残したが、第二の聖性は否定した。しかし本来は、この三者は簡単には切り離せないのである。我々は今でも、第二点の“聖性”を心の内に持っているのではなかろうか。それは天皇個人というよりも、天皇という制度そのものが暗示するものである。抑々、天皇を抱く日本の歴史的な“国の形”と、戦後の民主主義や西洋流の立憲主義の間に齟齬が生じるのは、当然とも言えよう。この齟齬を全面的に解決する方策は無いが、天皇の退位問題を通して我々が見るべきものは、こうした困難な事情ではなかろうか。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2017年1月6日付掲載≡



スポンサーサイト

テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR