【私のルールブック】(85) 誰になんて言われようと、“普通”の感覚にこだわり続ける

私は今、新幹線の車内にて原稿を書いている。先程、トイレに向かったら、石田純一さんといとうあさこちゃんがいた。喫煙ルームに煙草を吸いに行ったら、篠原信一君がいた。新幹線って凄いな。こんなに芸能人が乗っているんだ。一応、私も芸能人の端くれなのだが、芸能人を目の当たりにすると未だに、「あっ、テレビに出ている人だ」と思ってしまう。別に素人振っている訳ではないのです。以前も綴りましたが、私が小学校3年生の頃、近所の神社で縁日があり、母親に「行きたい」と懇願したところ、「お兄ちゃんと一緒だったらいいよ」と条件を付けられ、すかさず兄貴に頭を下げて頼むと、「お前と一緒に行くと、『テレビに出ている子だ』と指を差されるだろ? それが嫌なんだ。お前は普通じゃないんだ。一緒に行きたいんだったら、バレないように大人しくしてるならいいぞ」と言われ、以来、頭から普通という言葉が離れなくなりました。

10代の後半には、可愛がって頂いていた先輩の役者さんに、「役者を続けるなら普通の感覚を忘れちゃダメだよ」とアドバイスを頂載し、更に私の脳には“普通”という2文字が深く刻まれました。私が、自身が出演している番組だったり作品を一切観なくなったのも、「観ると反省をし過ぎてしまうから」という理由の他に、画面に映る自分に悦を覚えてしまいかねない自分を感じ、その味を知ってしまうと普通が遠退きそうな恐怖がどこかにあるからなのかもしれません。でもね、思うんですよ。「普通って何だろうな」って。一口に普通と言っても、人其々なんじゃないかって。じゃあ、私が普通の感覚を維持する為に何をしているかというと、芸能人だからといって無駄に、無理にお高い食事屋さんに行ったりしない。偶に電車やバスを利用する。芸能人だからといって、芸能人ばかりと遊ばない。要するに、業界外の友だちを大切にする。自ら顔バレするような行為、行動は取らない…程度なんですよね。




でも、これって普通というよりも、単純に庶民感覚の維持だったり、「危険回避の為、無意識下で目立つような真似は極力しないようにしているのでは?」と取れなくもない。とはいえ、私が幼少の頃から“普通”という言葉に縛られていることは事実なのである。で、いい機会なので、今、お付き合いさせて頂いている彼女さんに訊いてみた。「俺って普通?」「は?」「だから、俺って普通かな?」「えっ、どの口がそんなこと言ってんの?」「この口ですけど」「貴男が普通だったら、普通の人たちが逆に異常になっちゃうでしょ」「えっ、じゃ、じゃあ、具体的に俺のどの辺りが異常なのかな?」「数え上げたら限が無いから、取り敢えず何から何までって言っとく?」だそうです。そこそこショックでしたね。とはいえ、異常に掃除が好きですし、洗濯も大好きですし。異常に時間に煩いですし、言葉遣いに神経質ですし。異常なまでの愛犬家ですし、異常を超えた数のルーティーンを堅持していますし…。う~ん、どうやら勝ち目は無さそうだな。でもね、それでも私は普通に拘りたいと思います。私なりの普通に。本当の普通なんてわからないけど、えぇ。


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2017年1月26日号掲載



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テーマ : 俳優・男優
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