【異論のススメ】(23) グローバリズムの時代に…保護主義は本当に悪か

ドナルド・トランプ大統領の“アメリカ第一主義”政策が、予想通りの波紋を広げている。経済で言えば保護主義政策が俎上に上げられる。勿論、論議の大半は批判である。私は、この批判に必ずしも納得している訳ではない。ただ、「『このグローバリズムの時代に保護主義などとんでもない』というのが一般的な通念だろう」と想像はつく。何せ、先日のスイスでの『ダボス会議』では、あろうことか、中国の習近平主席が「自由貿易とグローバリズムを守らねばならない」と演説したのである。つい噴き出してしまうが、それほど保護主義は分が悪い。私は、特に天邪鬼でもないが、こうした通念はつい疑いたくなってしまう。我々はいつのまにか、“自由貿易は善、保護主義は悪”と思い込んでいる。だが、それは本当に正しいのであろうか。どうしてトランプが大統領に選出されたのかを、改めて思い出してみよう。最大の理由は、アメリカの製造業の衰退によって白人労働者の仕事が奪われたからであった。では、それを奪ったものは何か。1つは、労働節約的に作用する技術革新である。だが、グローバリズムがその一因になったことも否定できない。グローバル化の中で先進国の製造業は、新興国との激しい競争に曝される。その結果、企業は労働コストを下げようとする。その為に先進国の賃金は下方圧力を受け、雇用は不安定化するだろう。況してや、先進国の企業が生産拠点を海外に移せば、国内では産業空洞化が進む。つまりグローバル化は、競争力を失いつつある先進国の産業や労働者に大きな打撃を与える。この状況の下で自由貿易をやればどうなるか。安価な製品が新興国や競争相手国から流れ込んでくる。こうなると、ある種の産業は衰退を余儀なくされる。それが自動車のように、アメリカの誇る製造業の中核産業であれば、アメリカは確かに大きな打撃を受けるだろう。元はといえば、急激なグローバリズムや自由貿易が、アメリカの製造業の白人労働者層に打撃を与えていたのだ。しかも、冷戦以降のグローバリズムを推進したのも、またアメリカであった。皮肉なことである。

自由貿易論者は言うだろう。「抑々、アメリカが自動車のような競争力の低い産業に固執するほうがおかしいのだ。自由貿易とは、各国が其々の得意分野に特化して貿易するという国際分業体制である。すると、両国でウィンウィンの関係を結べる」と。しかし、話はそれほど簡単ではない。昔、日本が未だ半導体で世界をリードしていた頃、よく引きあいに出された例がある。「仮に、アメリカの土壌がジャガイモに適しており、日本の労働者が半導体の生産に適していたとしよう。すると、アメリカは専らポテトチップを生産し、日本はシリコンチップを生産し、両国が貿易すればよい。これでウィンウィンになる」というものだ。だが勿論、アメリカは世界に冠たるポテトチップ大国では満足できない。そこでどうするか。政府が半導体産業を支援したり、或いはIT等に投資して先端産業を育成するだろう。つまり、自国の優位な産業を政府が作り出すのである。こうなると、自由貿易の正当性は崩れてしまう。しかも、グローバリズムの下では、資本も技術も情報も極めて短期間で国境を越えて移動する。すると、新興国の政府も率先して資本や技術を導入し、教育の質を高め、競争優位を発揮できる産業を育成するであろう。今日の中国や韓国を始めとする新興国も、まさにそうしたのであった。




斯くて、グローバリズムの下では、自由貿易は決して穏やかな国際分業体制等には落ち着かない。それどころではない。何を自国の売り物にするかを、各国の政府が戦略的に作り出すだろう。ここに激しい国家間競争が生じる。グローバリズムは、国境を越えた自由な貿易どころか、政府による経済への戦略的な介入を齎してしまうだろう。“新重商主義”とでも言うべきものだ。それが、時には保護主義にもなる。至極当然のことで、激しいグローバル競争によって衰退する産業が出てくれば、その労働者の不満を掬い取るには保護主義しかないだろう。デトロイトで自動車の組み立てをやっていた労働者をいきなりウォール街に連れてきて、「金融ディーラーをやれ」と言っても無理である。労働者の適応能力よりも、グローバルな競争のほうが激し過ぎるのである。私は何も、「保護主義のほうが優れている」等と言っているのではない。ただ、「保護主義を齎したものは、実はグローバリズムの下での自由貿易体制であった」という認識から出発したいのである。そうだとすれば、これはアメリカだけのことではない。日本も同じ状況に置かれている。「トランプの保護主義は危険だ、自由貿易を守れ」と言っても、あまり意味は無いのだ。だからまた、トランプを反グローバリストと断定する訳にもいかない。保護主義もアメリカ第一主義も、ある意味では、グローバリズムを前提にした上での、それへの対応なのである。急激なグローバリズムが、強い国家による内向きの政策を生み出した。世界は既に、その段階に入りつつある。保護主義が危険なのではなく、敵対的で急激な保護政策が危険なのだ。謂わば、“節度ある保護主義”を上手く使うことを考えなければならない時代なのである。

               ◇

佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2017年2月3日付掲載≡



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