【働きかたNext】第1部(05) 脱“ガラパゴスワーク”――摩擦越え、異質取り込む

仏パリでエリアマネージャーとして働くファーストリテイリングの小林孝丞(35)。26歳の若さで九州の7店舗を束ね、戦略部門の新規出店チームに移ると矢継ぎ早に国内外に30店舗を開いた。そんなエースが英国ユニクロ店長に就いた2年前、壁にぶち当たった。英国人スタッフは残業する日本人を横目に定時の午後6時に退社。人事考課には「なぜ私はB評価なのか」と明確な説明を求めてくる。初めての経験に萎縮する小林。「あなたが何を考えているのかわからない」と直接言われたこともある。日本の職場に流れる“あうん”の呼吸は通じない。「ヘタな英語でも話さないと」。小林は部下の良い点を言葉に出して褒め、一人ひとりの働きぶりにも細かく目を配るようにした。信頼を積み重ね、半年後、何とか残業なしでも仕事をこなせるように軌道に乗せた。人口減で海外に活路を求める日本企業。価値観や文化の違う外国人の同僚と働く機会が増える。そこでは、残業を前提とした業務や曖昧な職務の範囲、不透明な人事考課といった、日本的な働き方は通じない。職場のグローバル化は、日本の働き方の異質さを自覚することが第一歩。だが独自の“ガラパゴスワーク”で満ちた日本企業の開国は道半ばだ。外国人採用に積極的な電機大手。「外国人の幹部登用はいつ?」と役員に聞くと、「会議や資料が英語になって大変。すぐには到底無理」。本当は日本人だけの“共同体”の方が居心地が良い。そんな本音が透ける。

働き方の開国は何も日本流の全否定ではない。日本生命保険の初代駐在員として2011年にインドに渡った市場浩司(44)。女性がきめ細かく営業に歩く日本の手法を持ち込み、インド保険市場の扉をこじ開けた。インドのビジネスは男性が中心。提携先は「女性の販売員などありえない」と猛反発した。市場は「家庭で保険に入るか決めるのは妻」と説得。インド版“ニッセイレディ”はいまや月1000件の新規契約を取る戦力だ。求められるのは内外の働き方の融合だ。独工作機械大手と提携したDMG森精機。生産管理部長の太田圭一(33)は「時間管理や結果を出す姿勢がすごい」とドイツ流に舌を巻く。ただ日本の強みである緻密さやチームワークも捨てられない。社長の森雅彦(53)は「世界で勝ち抜くには互いの長所の融合が欠かせない」と言い切る。両社は20年の合併に向け、互いの働き方を隅々まで擦り合わせる。融和担当のドイツ駐在には小西亜季奈(32)を送り込んだ。商慣習やもの作り文化の違いを乗り越えるにはきしみや反発がつきもの。だが太田や小西ら若い世代が、日独を股にかけた働き方改革をけん引し、老舗工作機械メーカーを変えていく。海外に赴任する日本人は毎年1万人ずつ増えている。日本流の常識を疑い、異なる“職文化”を取り込む。摩擦を越えた先に世界で戦える働き方が見えてくる。 《敬称略》




海外で働くうえで、国際的な感覚をどう身につけるか。企業はここ数年、若手社員を海外に放り出す“武者修行”を多く採り入れたが、最近はより実践的な手法も広がる。

野村証券の堀江智生さん(27)は2014年10月末までの9ヵ月、“ネットワークづくり”で米シリコンバレーを走り回った。会社のミッションではない。「経営者20人に会う」と自ら立てた誓いを実行するために派遣されたのだ。同社は昨年、若手が自由に課題を設定して海外で実践する取り組みを導入した。堀江さんは1期生の1人。クラウド大手セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフCEO(最高経営責任者)と、イベント会場で直接話した興奮が忘れられない。「世界で活躍する営業マンになる」。アサヒグループホールディングスは2010年に始めた若手社員の海外研修制度を3年前に見直した。以前は中国・タイなどで半年ほどの市場調査を課していたが、「闇雲な派遣では効果が薄かった」(柴田勝人事部門マネジャー)。新制度では海外の買収企業に派遣。現地の同僚と1年半働いてもらい、今後に生かす仕組みに変えた。能楽の鑑賞や寺での座禅など“教養”研修も用意するのは丸紅だ。「グローバルで活躍するには日本文化の理解も重要」(渡辺将玄人事部課長)。最近では「海外でバリバリ働きたい」と考える若手は減り、内向き志向が目立つ。ただ「ゆとり教育で育った人は発想が豊かで、発信も得意」(インテリジェンスHITO総合研究所)。伸びしろを成長にどう生かすか、働き方は若手次第だ。

               ◇

グローバル企業への脱皮を目指すサントリーホールディングス。今年は、巨額資金を投じた海外M&A(合併・買収)の効果を求められそうだ。その成否を決める組織、そして人材づくりは進んでいるのか。買収先企業との社内会議をのぞいてみた。

師走の空気がしみる早朝の東京ベイエリア。屋外の寒さとは関係なく、サントリーのオフィスビルの一室は熱気に包まれていた。それもそのはず。昨年5月に買収した米蒸留酒大手ビームの社員たちが集まり、サントリーの企業文化に初めて触れていたからだ。日本人社員も参加する会議がスタートしてすぐ、オーストラリア法人で働く女性社員のレイラ・ワッツは、出席していた日本人社員たちに、こんな疑問をぶつけた。「『やってみなはれ』って誰が最初に言ったの?」。サントリーの社員なら、誰もが「創業者の鳥井信治郎が2代目の佐治敬三を鼓舞したときに使った言葉」と知っているが、ワッツに知るよしもない。ビデオ映像などでサントリーの歴史は説明したが、その真意はなかなか伝えるのが難しい。言葉自体は「Go For It(困難に立ち向かいやってみる)」と訳せるが、もっと“挑戦”の意味合いが強いニュアンスもある。サントリーの人事部はあえて「Yatteminahare」とホワイトボードに書き、外国人社員に理解を促した。「『やってみなはれ』という言葉、そのままの意味合いを分かってほしい」というこだわりからだった。

サントリーがグローバル市場に打って出たのは、創業家出身である佐治信忠の社長時代。歴史はさほど長くない。2009年に仏飲料大手のオランジーナ・シュウェップス・グループ、そしてビーム……。大型買収を繰り返してきたサントリーは、いつのまにか社員の6割以上が外国人になった。実に、グループ社員3万8000人のうち2万5000人が外国人である。そんなサントリーが買収先のビーム社員を東京に集める最大の目的は何か。グローバル人事部課長の飯島勝は「我々のスピリッツを共有することが大切だから」という。会議が始まって1時間が過ぎると、なぜか出席者の顔がみるみる緊張してきた。理由はすぐに分かる。『My Yatteminahare』、つまり自分自身が挑戦してきた実体験をプレゼンテーションする時間が迫ってきたからだ。恥ずかしがり屋の性格を努力で克服した米国人社員、金融から畑違いのアルコール業界に入ってきたインド人社員――。自らの苦労話も交えた告白が続く。

イタリア出身のシルビア・モンデッロは、ビームの英国法人で働きはじめたとき、「イタリアとまったく違う英国の文化に慣れるのに苦労した」と赤裸々に語った。しかし、この会議には、もう一つの目的が潜んでいるのかもしれない。日本にいるサントリー社員の発想をグローバル仕様に改造することではないか。英語、そして、「やってみなはれ」を実践するために不可欠な度胸を試すのである。「英語のプレゼンは初めて。僕にとって、これも小さな『やってみなはれ』です」。入社10年目の増田俊樹はプレゼンが自分の番になると、こう切り出した。増田は新人時代、シェアが伸び悩み気味の広島県でビール営業に配属された。粘り腰で営業実績を積み上げた体験を語り出すと、小さかった声が次第に熱を帯びてきた。人事本部課長の森原征司は発泡酒の新製品開発に携わった体験を披露。プレゼンの最後には自ら開発した当時の缶製品をポケットから取り出し、出席者たちの笑いを誘った。

サントリーは、まずは、自らの企業文化の根っこにある『やってみなはれ』の精神で買収先の社員と結びつこうとしている。しかし、呪文のように唱えただけで、それぞれの社員同士がうまくかみ合うようになるわけではない。グローバル戦略が一気に進む海外企業のM&Aにはリスクが潜んでいる。失敗例の多くは、買収先を経営できる幹部人材の不足が原因だった。企業買収に詳しいデロイトトーマツコンサルティングのパートナー・松江英夫は「買収相手の企業の経営を仕切れる人材を育てていくことが、以前にもまして大切になっている」という。ビーム社員との会議でホスト役をつとめたグローバル人事部長の村上元成は会議が終わると、しみじみと漏らした。「われわれ日本人社員こそ『やってみなはれ』が試されているんだよね」。相手も変わるし、自分たちも変わる。サントリー社員はグローバル経営の神髄に触れつつある。 《敬称略》 (高橋元気)


≡日本経済新聞 2015年1月7日付掲載≡


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