朝日新聞、うわべだけの謝罪を看破する!――“池上彰コラム”一転掲載を自画自賛した朝刊編集長を嗤う

まさに、朝日新聞の“9.11”事件と言うべき出来事である。11日の記者会見で木村伊量社長ら経営陣は否定してきた“誤報”を認め深々と頭を下げたのだ。だが、朝日の報道は本当に変わるのだろうか。作家の百田尚樹氏が“謝罪”の裏側を語り下ろす。

読者の皆さんは、朝日新聞社の“謝罪会見”を見てどう思われたでしょうか。満場の会見でフラッシュを浴びて頭を下げる経営陣を見て、『朝日』も捏造と誤報を反省し、報道姿勢を大転換するはずだと映ったでしょうか。残念ながら私はそう思わない。言葉では謝っているけど、本気で謝罪する意思はないとしか見えなかった。なぜなのか。その理由をこれからお話ししましょう。






まず、どうして9月11日になって記者会見を開いたのか。ここに注目するべきです。ご存知のように、朝日新聞が、今回、謝罪・撤回することになったのは、故吉田昌郎氏(元福島第1原発所長)の『聞き取り調査』を手に入れたと報じた5月20日の記事です。そこで、『朝日』は職員たちが命令に違反して原発事故現場から逃亡したと断定しました。これに対して、まずノンフィクション作家の門田隆将氏が、事実と違うと反論するのですが、当初、『朝日』は訴えると脅して彼を黙らせようとしました。これは『スラップ』と言って、企業が法的手段をもってジャーナリストなどを威圧するやり方です。アメリカでも社会問題になっていることを平気でやってきたのです。しかし、そのうち産経新聞なども調書の内容を報道するようになると、誤報は動かしがたいものになった。それでも、『朝日』は訂正しようとしなかったのです。『吉田調書』は非公開でしたが、調書を手に入れたマスコミが増えてきたため、政府はついに公開を決める。その当日となった9月11日に急転直下、『朝日』は記事を謝罪・撤回したわけです。

当日の会見で杉浦信之取締役(編集担当)は「以前から謝罪会見を計画していた」と釈明していましたが、それならどうして他紙が調書を手に入れ、事実を報じた時点でやらなかったのか。一方で杉浦氏は「政府の公開の前に会見をやるのは難しかった」と認めている。もし、調書が公開されていなかったら『朝日』はいまだに本当のことを隠し、しらを切り通していたかも知れません。公開されると国民に捏造したことがばれてしまう。こうなったら、もう謝るしかないと観念しての会見だったのは明白です。刑法では、犯人がわかる前に自首すれば刑が軽くなることがあるが、指名手配されてから自首しても減刑にはなりません。たとえは悪いですが、今回の朝日の謝罪会見は“指名手配”されてからの自首に近いと思う。

それから、もうひとつ、本気で反省していないと分かったのは、今回の会見で、(慰安婦狩りの嘘をついた)吉田証言の記事について“ついでに謝った”という姿勢を取ったことです。質疑応答で慰安婦報道について聞かれても、8月5日・6日の記事で検証は終わっていると突っぱねるばかり。朝日新聞は変わっていないと、私はいよいよ確信したわけです。ご存知のように、『朝日』の慰安婦報道の核心は『吉田証言』、そして女子挺身隊と慰安婦の“混同”にあります。1991年8月の記事で植村隆記者が《“女子挺身隊”の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた》と書いたことから、軍の強制連行があったと悪質な誤解が広まったのです。

ところが、『朝日』はこれを当時の研究が不十分だったことから“誤用”したと逃げた。会見では、「元慰安婦は挺身隊として連行されたと話していないのではないか」と追及の声も出ましたが、杉浦氏ははぐらかしてばかり。そして「広い意味での強制性はあった」と従来の自説を強弁するだけでした。記者会見は、私もじっくり見ていましたが、木村社長の向かって右に座る杉浦氏の受け答えが本当に苦しそうだったのが印象的です。『朝日』で、編集担当役員にまで上り詰めたのだから超エリートであることは間違いないのですが、自分の言っていることが支離滅裂だと知りながら話さなくてはならないのが手に取るように分かった。私はサラリーマンじゃないから言えるのですが、あんな支離滅裂な説明をして、天下にアホ丸出しの姿をさらすくらいなら仕事を失ったほうがマシやと思ったほどです。

さらに、『朝日』の体質が変わっていないと思わせたのは、「謝罪するべき」とした池上彰氏のコラムを掲載拒否したことでした。これに対し、池上氏が、今後の連載を拒否したこともあって週刊新潮・週刊文春などで大きく取り上げられ、現場の朝日記者からもツイッターなどで猛烈な批判の声が上がった。この事態が読めなかったとするならば、上層部の判断力は中学生以下である。もっと呆れるのは、批判の厳しさに驚いて、今度は掲載を決めたことです。もはや指揮系統がバラバラ、混乱の極みです。

ところが、朝日新聞の『沢村亙』という朝刊編集長がこの騒動をツイッターで自画自賛しているのにはさらに驚いてしまいました。
これは悪い冗談でしょうか、と聞きたい。今回は池上さんだから大きな問題になりましたが、『朝日』にとって都合の悪いコラムを平気でボツにしたなんてことは、これまでにもあったはずです【註:1995年4月、獨協大学の中村粂教授(当時)が南京事件や慰安婦報道について反対する論文を朝日新聞の『論壇』に投稿したところ、「誤解や反発を招く恐れがある」として書き直させた上で不掲載とした。後に中村氏は裁判を起こすが敗訴】。

そもそも、それほど民主的で、記者が自由に発言できる新聞社なら、32年もの間、慰安婦問題の誤報に対して誰か声を上げる人はいなかったのかと問いたい。長い期間で延べ数万人になるはずの社員のうち、どれだけの人が、慰安婦報道の間違いを批判できたのでしょうか。この“朝刊編集長”にぜひ聞きたいものです。『朝日』のOB記者のなかには、報道のあり方に批判的な発言をしてきた人もいますが、その中には『社友』の資格を停止された人もいると聞きました【註:元週刊朝日編集長の川村二郎氏のこと】。古巣を心配して発言するOBに対してこんな“仕打ち”をする会社の中で、はたして現役記者が編集委員に対して声を上げられるものなのか、大いに疑問である。

それにしても会見に臨んだ『朝日』の木村社長の姿を見ているとつくづく惜しいなあ、と思わざるを得ません。私は前回、週刊新潮の“語りおろし”で木村社長を改革者だとして「朝日の“ゴルバチョフ”だとさえ思っている」と言いました。しかし、木村社長は『吉田証言』を撤回させた一方で、社内メールに《反朝日キャンペーンを繰り広げる勢力に断じて屈するわけにはいきません》とか、《今回の紙面は、これからも揺るぎのない姿勢で慰安婦問題を問い続けるための、朝日新聞の決意表明だと考えています》と居直っている。記者会見でも、慰安婦報道については“検証済み”と譲らなかった。マスコミのエリート『朝日』の、そのまたトップという立場がそうさせたのでしょうか。でもね、人間というものは、60歳を超えたら「後生を畏れる」ということを考えないといけません。これは孔子の言葉で、“後生”とは後から生まれた人たちのことを指しますが、人は棺に蓋をされて、後生による評価が定まるのです。木村社長も、「慰安婦報道はぜんぶ間違っていました」と言って辞めたら“朝日を変えた男”として、後生に高い評価を受けたと思います。

思うに『朝日』において“強制”にこだわる『慰安婦報道』は、もはや社長でさえ撤回ができないほど固く根を下ろしているのかも知れません。それは、原発事故についての『吉田調書』報道は全面的に謝罪・撤回できたのに、慰安婦報道ついてはまったく基本姿勢を崩していないことからも歴然としている。この差は何なのか。私が思うに『吉田調書』の記事は、今年5月に報じた“一発もの”だった。誤報そのものは大問題ですが、まだ時間も経っておらず、早めに謝罪・撤回すれば処分の人数も限られ、傷が浅いと考えたのだと思います。ところが、慰安婦報道は違う。朝日新聞は30年以上をかけて、朝鮮人女性が日本政府によって強制的に慰安婦にされたという膨大な報道を積み重ねてきたわけです。これは、ある意味、社を挙げて繰り広げてきた“歴史プロジェクト”みたいなもの。それを、いまさら謝罪・撤回するとなれば、報道に関わってきた多くの記者や編集幹部の責任が問われることになる。それこそ、本当の“自己否定”につながりかねない。

今回の謝罪会見で、木村社長は社内に「信頼回復と再生のための委員会」を立ち上げ、これまでの報道を検証するとしています。また、慰安婦報道については元名古屋高裁長官やジャーナリスト・歴史学者らによる社外の『第三者委員会』も作ると明言している。しかし、私はそうした“第三者”などという組織にそもそも期待していません。当たり障りのない人選でお茶を濁すのが普通ですから。作るのなら世間があっと言うようなメンバーでなくてはならない。まあ、私みたいな朝日を徹底批判する人間に声がかかることはないと思うし、忙しいからやりたいとは思わないけど、「やってくれ」と言われたらやりますよ。朝日新聞の間違いを正す絶好の機会ですからね。


キャプチャ  2014年9月25日号掲載
スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR