【異論のススメ】(26) 憲法9条の矛盾…平和守るため戦わねば

この5月3日で、憲法施行から70年が経過した。安倍首相は「3年後の憲法改正を目指す」とし、「9条に自衛隊の合憲化を付加したい」と述べた。私には、それで充分だとは思えない。実際には、今日ほどこの憲法の存在が問われている時はないだろう。最大の理由は言うまでもなく、朝鮮半島有事の可能性が現実味を帯びてきたからである。北朝鮮とアメリカの間に戦闘が勃発すれば、日本も戦闘状態に入る。また、韓国にいる日本人の安全も確保しなければならない。「果たして、こうしたことを憲法の枠組みの中で対応できるのか?」という厳しい現実を突きつけられているからである。2年ほど前、安倍首相は集団的自衛権の行使容認を目指して、日本の安全保障に関わる法整備を行った。野党や多くの“識者”や憲法学者は、これを違憲として、憲法擁護を訴えたが、果たして、彼らは今日の事態についてどのように言うのであろうか? 野党も、『森友学園』問題や政治家のスキャンダルや失言には矢鱈と力瘤が入るようだが、朝鮮半島情勢には全く無関心のふりをしている。

私がここで述べたいのは、「現行の法的枠組みの中で如何なる対応が可能なのか?」という技術的な問題ではない。そうではなく、国の防衛と憲法の関係というかなり厄介な問題なのである。「戦争というような非常事態が生じても、あくまで現行憲法の平和主義を貫くべきだ」という意見がある。特に、護憲派の人たちはそのように言う。しかし、今日のような“緊急事態前夜”になってみれば、抑々の戦後憲法の基本的な立場に無理があったと言う他ないであろう。憲法の前文には、次のようなことが書かれている。「日本国民は…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。これを受けて、9条の非武装平和主義がある。ところが今日、最早“平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して”いる訳にはいかなくなった。ということは、9条平和主義にも然したる根拠が無くなるということであろう。考えてみれば、日本は北朝鮮とは未だに平和条約を締結しておらず、ロシアとも同じである。中国との国交回復に際しては、尖閣問題は棚上げされ、領土問題は確定していない。つまり、これらの諸国とは、厳密には、そして形式上は、未だに完全には戦争が終結していないことになる。『サンフランシスコ講和条約』は、あくまで米英蘭等西洋諸国との間のものなのである。しかも、この憲法発布後暫くして冷戦が始まり、朝鮮戦争が生じる。戦後憲法の平和主義によって日本を永遠に武装解除したアメリカは、常に軍事大国として世界の戦争に関わってきた。しかも、そのアメリカが日本の安全保障まで司っているのである。こうした矛盾、或いは異形を、我々はずっと放置してきた。そして、若し仮にアメリカと北朝鮮が戦争状態にでも突入すれば、我々は一体何をすべきなのか、それさえも国会で殆ど論議されていない有り様である。「アメリカが全て問題を処理してくれる」とでも思っているのであろうか? 憲法9条は、先ず前半で侵略戦争の放棄という意味での平和主義を掲げる。それは良いとしても、後段にある戦力の放棄と交戦権の否定は、そのまま読めば、一切の自衛権の放棄を目指すという他ない。少なくとも、自衛権の行使さえできるだけ制限しようとする。何せ戦力を持たないのだから、自衛のしようがないからだ。これが成り立つのは、文字通り、“平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼”できる場合に限られるだろう。そして、そのようなことは戦後世界の中では一度も生じなかった。『国連憲章』を引き合いに出すまでもなく、自衛権は主権国家の固有の権利である。憲法は、国民の生命・財産等の基本的権利の保障を謳っているが、他国からの脅威に対して、それらの安全を確保するにも、自衛権が実効性を持たなければならない。つまり、国防は憲法の前提になるということであり、憲法によって制限されるべきものではない。そのことと、憲法の基調にある平和への希求は、決して矛盾するものではない。平和主義とは無条件の戦争放棄ではなく、あくまで自らの野心に突き動かされた侵略戦争の否定であり、これは国際法上も違法である。若しも我々が他国によって侵略や攻撃の危機に曝されれば、これに対して断固として自衛の戦いをすることは、平和国家であることと矛盾するものではなかろう。いや、平和を守る為にも戦わなければならないであろう。




「平和とは何か?」という問題は一先ず置き、仮に、護憲派の人たちの言うように、「平和こそは崇高な理念だ」とするなら、この崇高な価値を守る為には、その侵害者に対して身命を賭して戦うことは、それこそ“普遍的な政治道徳の法則”ではないだろうか。それどころか、世界中で生じる平和への脅威に対して、我々は積極的に働きかけるべきではなかろうか。私は護憲派でもなければ、憲法前文を良しとするものではないが、そう解さなければ、“全世界の国民”の平和を実現する為に、「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法前文さえも死文になってしまうであろう。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2017年5月5日付掲載≡
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