【異論のススメ】(27) 『人生フルーツ』と経済成長…脱成長主義を生きるには

先日、『人生フルーツ』(東海テレビ・東風)というドキュメンタリー映画をみた。東京では盛況と聞いていたが、遅れて上映された京都のミニシアターも満員であった。『日本住宅公団』で戦後日本の団地開発を手掛けた建築家・津端修一さんと、その妻・英子さんの日常生活の記録である。1960年代の高度成長時代に、津端さんは次々と日本のニュータウンを手掛けた。その1つが愛知県の『高蔵寺ニュータウン』であるが、自然との共生を目指した彼の計画は受け入れられなかった。そこで彼は、このニュータウンの一角に土地を購入し、小さな雑木林を作り、畑と果樹園を作り、毎日の食事は基本的に自給自足するという生活を送ってきた。畑では70種類の野菜、果樹園では50種類の果物を育てているという。映画は、90歳になった修一さんと3歳年下の英子さんの日常を淡々と描いているのだが、しみじみとした感慨を与えてくれる。大抵の建築家は、ニュータウンや団地の設計を手掛けても、そこには住まない。大都市からやって来て仕事を済ませると、それで終わりである。津端さんは、思い通りにならなかった愛知のニュータウンに住み、小さいながらもその土地に根を張り、そこで自然の息吹を聞こうとする。風が通り、鳥がやって来る。四季が巡る。時には台風が襲いかかる。その全てが循環しながら、土地を育み草花や野菜を育て、この老夫婦の生活を支えている。いや、この夫婦の生活そのものも、この生命の循環の中にあるように見える。

嘗ては、日本の彼方此方にこういう場所がごく自然に存在していた。1960年代でも未だ、都市の郊外や地方を行けば、人々は自然の循環の中で野菜を作り、半ば自給しながら生活していた。その後、1960年代から1970年代にかけての高度成長は終息し、1980年代のバブル経済も崩壊した。にも拘わらず、四季の移ろいや自然の息吹と共に生きることは、今日、大変に難しくなっている。この映画を見ていると、自給的生活はかなり忙しいことがよくわかる。労力がいるのである。自給といっても、コメや肉まで手に入る訳ではない。90歳の津端さんは、自転車に乗って買いだしに出る。畑や家の手入れも大変だ。毎日同じことを繰り返すにも労力がいる。“できることは自分たちでやる”という独力自立の生活は、映画館でこれを見ている我々に与える清々しさからは想像できないエネルギーを必要とするのであろう。1990年代になって、日本は殆どゼロ成長に近い状態になっている。にも拘わらず、我々は相変わらずより便利な生活を求め、より多くの富を求め、休日ともなればより遠くまで遊びに行かなければ満足できない。政府も、AIやロボットによって、人間の労力をコンピューターや機械に置き換えようとする。住宅もIT等と結び付けられて、生活環境そのものが自動化されつつある。外国からは観光客を呼び込み、国内では消費需要の拡張に腐心している。それもこれも経済成長の為であり、それはグローバル競争に勝つ為だというのだ。日本がグローバルな競争に曝されていることは私も理解しているつもりではあるが、その為に自然や四季の移ろいを肌で感じ、地域に根を下ろし、便利な機械や便利なシステムにできるだけ依存しない自立的生活が困難になっていくのは、我々の生活や経済のあり方としても本末転倒であろう。




この5月末に、私は『経済成長主義への訣別』(新潮選書)という本を出版した。私は、必ずしも経済成長を否定する“反成長論者”ではない。また、所謂“環境主義者”という訳でもない。しかし、これだけモノも資本も有り余っている今日の日本において、「グローバル競争に勝つ為にどうしても経済成長を」という“成長第一主義”の価値観には、容易には与することはできない。現実に経済成長が可能かどうかというより、問題は価値観なのである。経済成長によって、“より便利に、より豊かに”の追求を第一義にしてきた戦後日本の価値観を疑いたいのである。それよりもまず、我々はどういう生を送り死を迎えるか、それを少し自問してみたいのである。実は、東海テレビが人生フルーツを製作中に、急に津端さんが亡くなる。その直前まで、元気にいつもと同じ生活をしており、実に静かで自然な死であったようだ。こういう死を迎えることは、今日、中々難しい。我々はグルメ情報を片手に、美味いものの食べ歩きに精を出し、旅情報を基に秘境まででかけ、株式市場の動向に一喜一憂し、医療情報や健康食品に矢鱈関心を持ち、そしてその挙げ句に、病院のベッドに縛り付けられて最後を迎えることになる。こうした今日の我々の標準的な生と死は、本当に幸せなものなのだろうか?――誰しもが思うだろう。確かに、「より多くの快楽を得たい」「より便利に生活したい」というのは、現代人の本性のようになっている。経済成長も、我々の生活に組み込まれている。しかし、この映画はまた、その気になれば、このグローバル競争の時代に、都市のニュータウンの真ん中で、細やかながらもこのような生が可能なことをも示している。経済成長を否定する必要はないが、その傍らで、脱成長主義の生を部分的であれ、採り入れることはできる筈であろう。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2017年6月2日付掲載≡




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