【異論のススメ】(28) 加速するAI技術…迫られる“人間とは何か”

将棋界の藤井聡太四段の快進撃が遂に止まった。とはいえ、29連勝とは大変な偉業である。もって生まれた天賦の才はあるのだろうが、彼はAI(人工知能)の将棋ソフトを使って練習を重ねたという。今後、AIによる訓練が標準化することは必定であろう。練習ならよいが、実際に、既にAIと人間の棋士の対決は、ここ2年間、AIが勝っている。昨年には、囲碁で韓国人の世界トップ棋士相手にAIが4勝1敗で勝利した。前世紀末には、チェスでもAIは勝利している。現時点で言えば、この種の能力に関しては、AIは人間よりも遥かに上である。「ゲームに限らず、将来、AIは人間の頭脳を遥かに凌ぐ仕事をするだろう」とも思えてくる。今日のAIは、ビッグデータなる膨大なデータを用いて、ディープラーニングと呼ばれる自らの学習機能を持っているそうで、思わぬことを“考え出す”らしい。そこにまた、ある種の恐ろしさもあって、例えば、囲碁での対決においてAIは一度だけ敗北したが、その時には、思わぬ“奇策”を考え出し、その挙げ句に自滅していったそうである。これが囲碁であればよいが、仮に我々の日常生活に入り込んだAIが、あまりに独創的なことを考え出すとすれば、果たして、我々人間はそれについていけるのであろうか?

今日の科学・技術の展開は、イノベーションの速度の高度化というだけではなく、何か根本的に新たな段階に突入しようとしているのではなかろうか。この20年ほどの脳科学や情報技術の展開の上に、AIやロボット技術が華々しく進化した。生命科学の発展は、細胞や遺伝子レベルで、従来とは大きく異なった医療を可能としつつある。果たして、こうした技術の展開を、これまで同様の科学・技術の延長上において理解してもよいのだろうか? 西洋の近代社会は、何といっても、合理的な科学と技術の先駆的な展開によって、世界において圧倒的な力と影響力を持った。20世紀に入り、とりわけ戦後の冷戦体制の下では、アメリカがこの種の合理主義・科学主義・技術主義の旗を高く掲げ、それを世界市場と結び付けることで多大な利益を上げた訳である。元々、近代の合理的科学は、人間という理性的主体が自然や世界を対象化し、そこに理論的で普遍的な法則を見い出し、その法則を利用して、人間が自然や世界(社会)を変えていった。人間はあくまで、この自然や世界の外から、これらに働きかけた。技術の力を使って、自然を管理し、社会を便利にするところに“進歩の思想”も生まれた。しかし、今日の脳科学にせよ、AIにせよ、生命科学にせよ、それが働きかける、若しくは分析する対象は人間自身なのである。AIも人間の頭脳の代替である。少なくとも、それは、人間が、自らの外にある自然や世界(社会)に働きかけるものではない。丁度、フランケンシュタイン博士の生み出した怪物が、外界の自然や世界を作り変えるのではなく、謂わば人間自身のシミュレーションであり、その技術的創造であるのと同様である。多くの技術者もエコノミストも、恐らくは「科学や技術の本質は何も変わらない」と言うであろう。「あくまで主体は人間自身にあって、AIであれ、ロボットであれ、生命科学であれ、遺伝子技術であれ、それを使うのは我々だ」と言うのであろう。「我々が理性的にそれを使えば、それは、従来の技術同様、人間に大きな可能性と幸福を齎すであろう」と。




私は、これらの最新技術の可能性を否定する気は毛頭ないが、それでも、この新技術から超然として“人間”というものがあり得るとは思えない。ただ便利にそれらを使えばよい、というものではないと思う。第一の理由は、人間は、確かに新たな技術を有効利用するが、また同時に他方では、“悪魔と取引する”ものだからである。物理学の発展が生み出した核融合技術をみれば、これは明らかであろう。第二の理由は、「若しもこれらの技術が高度に展開すれば、人間自身が、これらの技術に取り込まれてゆくだろう」と想像されるからである。こうした先端技術は、こちらに人間という確たる“主体”があって、それが“客体”としての対象に働きかけるという近代の合理的科学の前提を大きく逸脱してしまった。ここで我々は、否応もなく「人間とは何か?」という根源的な問いの前に立たされることになろう。こうなれば「、科学と技術の発展が、自然や社会を支配する人間の力を増大させ、ほぼ自動的に人間の幸福を高める」等とは全く言えない。近代社会の“進歩の思想”は崩壊するだろう。その時、我々はそれらが、人間にとってどのような意味を持つかを問わざるを得なくなる。にも拘わらず、それに対する答えを近代社会は準備できない。何故なら、近代社会は科学・技術とその意味(価値)を切り離したからである。その結果、今日、こうした問いとは全く無関係に、専ら、それが市場を拡大し、経済的利益を生み出すという期待だけでイノベーションが加速されているのだ。これは恐るべき事態と言うべきではなかろうか。いつか、人間同士の将棋で泣いたり笑ったりした時代が懐かしくなるのかも知れない。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2017年7月7日付掲載≡




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