【異論のススメ】(29) 森友・加計問題めぐる報道…“事実”を利用するメディア

大相撲名古屋場所で14勝1敗で優勝した白鵬が、その1敗した御嶽海戦について、こんなことを言っていた。「万全の体勢になって問題ないと思ったら敗れた。相撲は奥が深いね」と。あまり適当な連想ではないが、“安倍1強”と言われ、万全の態勢にあった安倍政権の支持率が急落し、急遽、内閣改造を行った。相撲ならよいが、こちらはまさか「政治は奥が深いね」というような話ではないだろう。安倍政権にとって幸いなのは、民進党の混迷が輪をかけて酷い状態なので、現状で対抗できる野党が無いことだ。しかし、明らかに安倍政権は“1強”ではない。敵は“世論”であり、それを端的に数値化した“支持率”である。1990年代の政治改革以来、支持率に示される世論が政治の動向を左右することとなった。元々、政治改革とは2大政党の間の政策論争による政権選択だと宣伝されてきた。民進党(旧民主党)はまさにその実現を使命として成立し、本紙を中心とする多くのメディアもそれを支持した。にも拘わらず、実際に進展したことは何だったのか? とてもではないが、2大政党政治でもなく、政策論争でもなく、政権選択選挙でもなく、専ら“支持率を通して世論が政治を動かす”という事態であった。しかし、“世論の動向”とは抑々何なのか? 安倍政権の“1強”を崩した要因の半分は、自民党も含め、身内から出てきた失言や暴言や週刊誌的スキャンダルであった。閣僚については、安倍首相に責任があることは間違いない。しかし、後の半分は『森友学園』・『加計学園』問題である。実際、この5ヵ月以上に亘って、殆ど連日、野党もマスメディアもこの問題を取り上げ続けてきた。テレビの報道番組や報道バラエティーを見れば、連日、加計学園の名が出てきて、今治に計画された小さな大学が、今や全国で最も知名度の高い大学になってしまった。半年近くに亘って新聞紙上の1面を占拠し続けた問題となると、通常は国家の方向を左右する大問題である。「果たして、今治に計画される獣医学部が日本の将来を左右するだろうか?」等と皮肉を言いたくなるほどの大きな扱いであった。

様々な不透明な経緯はあったにせよ、加計学園問題がそれほど重大問題だとは私には思われない。ただ、ここで私が関心を持つのは、この問題が“事実”を巡ってどうにもならない泥沼に陥ってしまったように見える点である。とりわけ、メディアは“事実”を御旗にしている。“事実”といえば一見、客観的で確定的なものに見える。そこで、野党もメディアも文科省の内部メールを持ち出して、これを“事実”とし、官邸が文科省に圧力をかけたという。そうでないなら、「“ない”という“事実”を出せ」という。「出せないのは、安倍首相が“お友だち”の便宜を図る為に圧力をかけたからではないか?」という。メディアが連日、そんな報道をしているうちに、内閣支持率が急落していったのである。この先、何かのっぴきならない“事実”が出れば兎も角、現状では確かな“事実”などどこにもない。そして、「安倍首相が加計学園の便宜を図り、圧力をかけた」といった“事実”は出る筈もなかろう。全て藪の中なのである。しかし、野党もメディアも、「政府側が説明できないのは、“事実”を隠蔽しようとしているからだ」という。私には全く無謀な論理だとしか思われない。冗談だが、仮に便宜を図ったとして、「それを“事実”をあげて説明せよ」と言われても難しいだろう。抑々、“口利き”や“圧力”は証拠など残さないだろう。しかも、野党もメディアも、実は“事実”だけを報道している訳ではない。「個人的事情によって行政を歪めた」と推測し、その推測を根拠に、政府の説明責任を追及しているのである。“事実”報道の客観性を唱えるメディアが頼っているのは、“事実”ではなく“推測”である。この推測を突き崩す“事実”を提出できない政府を攻撃するというのだ。しかし、政府からすれば、“ない”という“事実”を証明することなど不可能であろう。




私は今、政府を弁護しようとしている訳ではない。そうではなく、「事実、事実と言っているメディアが、実は事実など本当は信用してはおらず、ただそれを利用しているだけではないか?」と言いたいのだ。森友・加計問題に示されたメディアの報道は、“事実”を巡る検証の体を取りながら、実際には“疑惑の安倍政権”というイメージを醸成する一種の“世論”操作のようにみえる。民主政治は、言論を通じた権力闘争である。安倍政権に対して批判的であれば、批判をするのが当然である。しかし、この批判は、安倍首相の世界観や現状認識、それに基づく政策(※グローバル経済への対応・対米政策・北朝鮮問題・安全保障・TPP・学校教育等いくらでもある)へ向けるべきだろう。加計学園問題にしても、少し掘り下げれば、“構造改革の是非”や“官邸主導政治の是非”という問題へ辿り着く筈だ。論争は、不確かな“事実”を巡る駆け引きではなく、世界観や政策を巡る意見の対立にこそあるからだ。そして、野党もメディアも元々、それを求めていた筈ではなかったろうか。

               ◇

佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2017年8月4日付掲載≡

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