【働きかたNext】第1部(10) “待てない世代”走る――下積みより今のやりがい

東京・本郷の東京大学キャンパスの近く。雑然とした部屋でエンジニアの小笠原一憲(29)が部品を手に熱弁を振るう。ここは新しい電子回路を創る東大発ベンチャー・AgIC(エージック)の本社だ。小笠原は東京工業大の修士課程を修了後、三菱電機に入社した。待っていたのは与えられた仕事をこなす日々。自動車製品を開発していたが、関わるのは一部だけだ。全体を見渡せるのは数十年後。「そんなに待てない」。焦燥感に駆られた。そんなころ、学生時代の友人でAgICを起業した最高経営責任者(CEO)の清水信哉(26)に誘われた。「ここなら自分でものづくりができる」。2014年6月、三菱から転職した。“待てない世代”。入社まもなく企業を飛び出す若者が多い。新卒採用の大卒は毎年約40万人。約3割が3年以内に辞める。脱・大企業志向は就職戦線にも表れている。東京大学。2013年度卒は7人がウェブコンサルティングを手掛けるベンチャー企業・ビービット(東京・千代田)に就職した。三菱重工業や住友生命保険とほぼ同数だ。慶応大学も状況は似る。「優秀な若者が企業に背を向け、起業やNPO・ベンチャーに向かっている」(慶大大学院特任教授の高橋俊介=60)。大企業に入れば一生安泰。若いうちの我慢がいずれ報われる。大企業の相次ぐ破綻やリストラを見てきた若者にそんな“神話”は通用しない。新たな魅力を示せなければ、若者はためらわずに企業社会から飛び出す。

NPO法人『クロスフィールズ』(東京・品川)の斎藤陽介(30)。6年勤めた三井物産から転職、企業の若手を途上国に派遣する活動を手掛ける。年収は半分に減った。でも今のほうが社会とのつながりを実感する。「給料や地位よりも何のために働くかのほうが大事」。長い下積みを経た後で任される大仕事よりも、目の前の確かなやりがいを求める。そんな“待てない世代”とどう向き合うか。企業も模索する。タクシー大手の日本交通(東京・北)。山本智也(28)は2013年の新卒入社後すぐに車載機器の企画・開発の責任者に抜てきされた。取締役会にも出る社長直轄の“特命サラリーマン”だ。東大で航空宇宙工学を学び、米シリコンバレーのベンチャー企業から誘われたが「自分の強みを発揮できる世界で仕事したい」と日交を選んだ。社長の川鍋一朗(44)は「結果を出せばそれでいい」。外に飛び出て壁に当たった若者を再び受け入れた企業も。村田健一(仮名・29)は昨夏、大和証券に2年半ぶりに復帰した。創業間もない情報技術ベンチャーに転職したが、知識や経験が足りないと痛感していたときに古巣と縁があった。「ベンチャーでの経験を生かしつつ、自分も成長したい」。以前と同じく株式公開を担当する部署に配属された。復帰は異例中の異例だ。若者は自らの手で次の働き方を創り出そうとしている。変化を恐れず前に進もう。それはすべての働き手へのメッセージでもある。 《敬称略》




会社勤めや起業。いずれの道にも背を向けた若い女性たちがいる。彼女たちが向かう先は森林だ。

鳥取市東部の山麓部。チェーンソーを手に古木を見上げる伊藤綾沙子さんに先輩から厳しい指示が飛んだ。「切り倒してOKか」「周りに声を掛けて」。30歳の伊藤さんは昨春、事務員の仕事をやめ、鳥取市内の森林組合に転職した。仕事は伐採など女性に縁遠い仕事だった森林整備。“森ガール”ならぬ“林業女子”だ。伐採作業は男性でも体がクタクタになる。それでも、「何となく仕事をこなす感覚はない。充実している」と笑う。総務省によると、林業従事者のうち35歳未満の割合は2010年時点で18%。10年前と比べて8ポイント上昇した。伊藤さんのような若い女性も増えたという。林業従事者の平均所得は全産業平均と比べ35%低いが、何が彼女たちを引きつけるのか。鳥取県日南町の木材生産会社勤務の須山里実さんは「山が荒れれば、自然災害のリスクが高まる。お金に換算できない価値がある」と話す。“失われた20年”を経て若者の就業観は変わった。ネットで小口資金を集めるベンチャー企業・レディーフォー(東京・文京)の米良はるか代表(27)は「若者の多くは社会とつながり、貢献したいと考えている」と同世代を代弁する。林業女子がいて不思議ではない時代なのだ。

               ◇

“失われた20年”に育った若者たちは、どんな働き方を選んでいくのか。親の世代の雇用慣行がきしむ一方、技術進歩が新しいビジネスや働き方を生み出しつつある。ネットで小口資金を集めるクラウドファンディングのサイト運営ベンチャー・レディーフォー(東京・文京)の米良はるか代表に若者世代の感覚を聞いた。

――米良さんは20代でレディーフォーを立ち上げ、経営トップをつとめています。最近の若者をどう見ていますか。
「同世代の人の話を聞くと、一度きりの人生だから様々な形で社会に貢献したいという人が多い。大企業に勤めながら、社外で別の活動をする人がクラウドファンディングで支援を受けるケースもある。『欲望がない』と言われるかもしれないが、昔と比べて経済的に満足することは難しい。むしろ、会社での仕事にしても、それ以外の活動にしても、『他人や社会に貢献したい』『つながっていたい』と感じている人が多いのではないか」

――社会とのつながりを求める若者に対して、企業はどう向き合うべきでしょうか。
「今の若い人は企業の思った通りの人材には育たないかもしれない。それでも、少なくとも入社したときには『この会社で社会に対して面白いことをやりたい』と思っているはず。そうした興味を会社の売り上げにつなげる方法を考えるべきだ。5年・10年かけて企業の“型”にはめていく人材育成の方針は変えていく必要がある」

――大企業以外で働く人も増えています。大企業で勤めることは幸せなのでしょうか。
「私自身は企業で働いた経験がないし、個人の性格にもよるので一概には言えないが、大企業の仕事が不幸だとは思わない。ただ、新しいルールをつくりたいと思う人に現実的な選択肢ができているのは事実だ。これまでも組織で働くことに疑問を持つ人は一定数いた。今はネットや交流サイトの広がりによって、そうした人が新しい働き方の情報に触れられるようになっている。同じ価値観の人と出会えれば一緒に事業を始めることもできる」

――ベンチャー企業やNPO法人を立ち上げる選択も増えている気がします。
「リスクをとれるのは一部の人だけで、多くの人にとって起業はハードルが高い。新しいことを始めるのに必ずしもベストな選択肢ではない。ただし、誰もが新しいことを気軽に始められる社会が重要だと思う。その中で、拡大すべきだと思う事業があれば、会社を興せばいい」
「例えば、政治家はすべてをなげうって政治活動に専念するが、国のために役立ちたいと思う人でも、そこまで思い切れる人は少ない。一度企業を飛び出した人が元の会社に戻れることを保証する、“出向制度”のような仕組みが広がればいいと思う。様々な分野でチャレンジする人が増えると思う」

――女性の働き方はどう変わっていくでしょうか。
「社会の女性に対する見方はまだ画一的だと思う。例えば、男性が転勤する場合、結婚相手の女性は働いていたとしても、『旦那さんの転勤についていくの?』と聞かれる。今の男性管理職はそうした時代に働いてきた人たちが多い。まずはそうした考えをやめてみようと思うことが必要だ。女性も、『何、言っちゃてるの』などと言えるようにならないといけない」

――女性進出が進んでいくためには何が必要でしょうか。
「これだけの男性社会の中で女性が今すぐ活躍するのは難しいと思う。今の女性リーダーに頑張ってもらい、次の世代を引き上げてもらいたい。そこで若い世代が成果を残していければ女性への見方が変わってくるかもしれない。ネットやソフトウエアの産業が中心になり、男性でないと難しい仕事は多くはない。女性だから活躍できないということはない。男女がお互いフラットに、やりたいことをやれる世の中がすてきだと思う」 (聞き手は諸富聡)

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財務省や三菱商事を見向きもしないエリートが集うゴールドマン・サックス証券。そんな人気企業に入社したにもかかわらず、飛び出してしまった若者たちがいる。彼らの野望は“世界最強の投資銀行”の枠にも収まっていなかった。

東京・青山の高層オフィスビル。その一室に入ると、テレビ会議システムの大型ディスプレーに若者たちの顔が並んでいた。その数、およそ20人。大半の参加者がアパートの一室とおぼしき場所から普段着で参加していた。「さて、案件の進み具合を確認しよう。あのクライアントとの話は進んでるか」。ディスプレーに向かって指示を飛ばしていたのが、まだ20歳代に見える石田裕樹(32)。経営コンサルティングなどを手掛けるヤマトキャピタルパートナーズ(東京・港)の創業者だ。今は同社を含むグループ全体を動かすグループCEOをつとめている。会議の様子は一見すると、若者同士のおしゃべりのようだが、会話はすべて英語。内容も、顧客企業の支援や新たな投資先の選定についての真面目な話だ。実は、石田はゴールドマン・サックス証券出身。2011年夏にゴールドマンを辞めてヤマトキャピタルを創業。ゴールドマンで同僚だった千先拓志(30)らも加わり、今のヤマトキャピタルの中核メンバーとして働くようになった。ヤマトキャピタルには、ゴールドマンやマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社といった有名企業を辞めた20~30歳代の若者50人が働く。主な仕事は、顧客企業へのコンサルティング事業や企業投資。これまでラーメン店・食品会社・動物病院などに投資し、社員を派遣して経営を立て直してきた。社員の中には、前の会社で数千万円の年収を得ていた者も多い。石田は「給与水準はできるだけ維持するようにしている」としているが、本人の年収はゴールドマン時代より下がった。

ゴールドマンを辞めずにずっと働き続ければ、高収入と恵まれた生活、うまく昇進すれば名声も得ていたはずだ。それなのに、なぜ、石田たちは独立を選んだのか。「青臭いけれど、自分の力でグローバルなブランドをつくってみたい。ならば、いっそのこと自分で会社をつくってしまおう」。石田は早口で熱っぽく語る。ゴールドマンに勤め続けていても海外に出て仕事はできるかもしれない。しかし、仕事の軸足は日本にとどまってしまう先輩たちを見てきた。ヤマトキャピタルという社名にも、石田の夢が込められている。それは、「日本の若者の手でグローバル企業を生み出したい」という思いだ。実際、ヤマトキャピタルは社員の半分が香港・上海・シンガポール・バンコクに駐在して顧客企業や投資先のアジア進出を支援している。創業3年で4ヵ所の海外拠点というのは背伸びした感じだが、チャンスはあるという。ヤマトキャピタルが狙う勝負の土俵は中小企業だ。ゴールドマンなど大手金融機関なら、投資の金額は最低でも100億円単位とされ、中小企業相手の商売には手を出さない。この中小企業相手の投資こそ、石田には宝の山に見えた。「たとえ、我々の投資額が小さくても、経営指導などを通じて投資先の会社が数千万円の利益を出すようになれば、十分に投資を回収できる」

今のところ、ヤマトキャピタルは黒字経営。石田が視野に入れる次の目標は2017年までに日本・中国などアジアで合計150人の体制を敷くこと。そして、アジアの金融マーケットの中心である香港市場に上場することだ。投資先が増えるにつれ、リスクも大きくなる。20歳代の社員が顧客企業に出向いて、門前払いされることもある。石田は「正直、社員全員が逃げ出してしまった夢を見て跳び起きたこともある。それでも、日本の若者が海外でも戦える姿を見せたい」と話す。やめゴールドマンたちの尽きない野望が野望のまま終わるのか。それとも、国内市場に安住してきた大手金融機関を驚かすサクセスストーリーを生むのか。挑戦は始まったばかりだ。 =おわり 《敬称略》 (高橋元気)

               ◇

宮東治彦・武類雅典・柳瀬和央・桂裕徳・田村明彦・河尻定・小谷洋司・宇野沢晋一郎・北西厚一・藤野逸郎・阿曽村雄太・小川望・黒瀧啓介・高橋里奈・江里直哉・高橋元気・木村慧・学頭貴子・諸富聡・植出勇輝・佐伯真也が担当しました。


≡日本経済新聞 2015年1月11日付掲載≡


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