【ニューヒーロー大飛躍の可能性】(中編) 逸ノ城の快進撃、遠藤は横綱になれるか?

秋場所前、本誌編集部より電話があり、『遠藤は横綱になれるか』――このテーマで文章を寄せてほしいという。ハイ。結論から申しまして、「もはやこのテーマの設定からして時機を逸している」と。今、遠藤を論じている場合ではない。注目の対象はイッキに“モンスター”逸ノ城へ移り、この希代の逸材がこの先どこまで強くなるのか。興味はこの一点に絞られたといっても過言ではないだろう。しかし、それでもなお当初のテーマで進めろとなれば、この秋場所の成績でかなり疑わしくなってきたと見るべきか。なるほど、遠藤がまだ髷も結えぬまま颯爽と幕内へ昇進した頃には、稀勢の里に続く国産横綱候補(まだ稀勢の里も横綱候補“だった”)の出現と相撲ファン誰もが色めき立った。当然、自分も同調した。柔軟な足腰・体のバランスがいい・攻勢に転じた際の相撲が速い――等々、好力士の条件を遠藤はいくつも揃えている。

加えて、遠藤には見た目の清潔感がある。これはけっして力士の必要条件ではないけれど、彼の擡頭した時期を考えると、とても大きな意味を持っていたように思う。なにしろそのほんの少し前まで、相撲界ではこれでもかとばかり不祥事が起き問題化していた。違法薬物の使用・若手力士の暴行死、そして八百長の発覚と続き、ついには本場所の開催中止(平成23年大阪場所)という事態に追い込まれる。「日本相撲協会をお取り潰しにせよ」という声も上がるなど、相撲人気は地に落ちた感があった。そこへ遠藤が登場した。今時分の若者らしく丁寧に眉を整え、ハッキリした二重瞼。肌はほんのり桜色で性格も明朗。そして相撲も強いとくれば、人気が出ない筈はない。実際、遠藤の昇進と歩調を合わせるかのように、相撲場への客足も戻った。あとは遠藤が、横綱・大関に揉まれながらも順調に上位に定着してくれればと、新旧相撲ファンの期待は高まった。




ところが、やはりそれほど甘くはなかった。これは遠藤が右肩上がりで成長していた頃から指摘されていたことだが、立ち合いのあたりがまだ弱いことから、逆にあたりの強い力士にいっぺんに持っていかれるのが泣きどころ。遠藤は攻勢に出ているときに腰がよく下り、膝の曲がりも形がよい。ために左右の脚と両の踵を結んだ線が綺麗な五角形を形成する(この五角形を私は“遠藤ペンタゴン”と名づけた)。この形がクッキリ現れれば遠藤は負けないのだが、それを形作る暇を相手が与えてくれなくなってしまった。その前にイッキに土俵外へ持っていかれてしまう。典型的なのは大関・琴奨菊戦で、下位力士からすれば大関の中ではまだ組み易しと見える琴奨菊に、遠藤はまったく歯が立たない。立ち合いのあたりを身上とし、なおかつ四つに組めばガブッて相手の重心を浮かせる取り口なので、遠藤はその下半身に“遠藤ペンタゴン”を形成する間もなく寄り切られてしまうのだった。

だが、「遠藤はあたりが弱い」という指摘が耳に入らぬわけはない。否、相撲を取っている本人がそれを痛感しないはずもない。そこで遠藤は弱点の克服に努めるべく、重点的に立ち合いで押し込む稽古に励んだのだろう。実際、先の秋場所では立ち合いの後、相手の土俵(遠藤が東方であれば、土俵円の凡そ西側半分)へ押し込む相撲が多く見られた。ところが、今度は逆に前へ出ようという気ばかりが先行し、叩き落とされる相撲がやたらと多くなってしまった。これは同時に、対戦相手に対し「遠藤は軽い」という印象を強く植えつけたのではないか。体重もけっして重たい方ではない遠藤だが、相撲が軽いという形容は、理想的な遠藤ペンタゴンが頻繁に見られていた頃には受けなかった印象だ。唐突に引き合いに出すが、野球漫画の星飛雄馬は球も速いしコントロールもよいが、球質が軽いという投手としては致命的な欠陥をもっていたために、大リーグボールなる奇策を次々と編み出してゆかなければならなくなる。だが、残念ながら相撲には大リーグボール並みの奇策はない。立ち合いの飛び道具(蹴手繰りや、それこそ舞の海の“八艘飛び”など)もなくはないが、それは上位を目指す力士に求められるものではない。この相撲が軽いという欠点こそ、実はこの先遠藤を苛む最大の弱点となってしまうのではないかと危惧している。

そしてもうひとつ。冒頭にも触れた“モンスター”逸ノ城の出現である。横綱にしろ、他の番付上の各地位にしろ、その地位に応じた絶対的な力量を必要とするわけではない。そもそもが、その時々に番付に名を連ねる全力士の力量の序列だ。してみると、遠藤がこの先地力を増し強くなっても、その上にはやはり逸ノ城がいる。加えて、いったん後退を余儀なくされたとはいえ、これまたスケールの大きな相撲を取り、“伸びしろ”の大きさを感じさせる横綱候補・照ノ富士も控えている。いずれ今の上位陣が土俵を去り、遠藤(改め清野川?)たちの世代が上位を形成する時代となっても、遠藤の上には逸ノ城・照ノ富士の両モンゴル出身巨漢横綱がデンと構えていては、遠藤の食い込む余地がなくなってしまうのではないだろうか。もちろん、今日の鶴竜のように第3の横綱を目指せないではない。古くは柏戸・大鵬のバリバリ青年横綱が君臨する中、栃ノ海、さらには佐田の山の小兵、痩躯の横綱が続いた例もある。この先遠藤が技能に磨きをかけ、自分より若く、しかも体力面でも圧倒的に優位にある両者に伍してゆく可能性もなくはないのだが……。先述の“遠藤ペンタゴン”が、さらに相手を浮かせる“遠藤ジャッキ”に進化しなければ、やはり苦しいと見る。


やくみつる 漫画家。1959年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経て、1981年『がんばれエガワ君』(芳文社コミックス)でデビュー。1996年に第42回文藝春秋漫画賞を受賞。テレビのコメンテーターやエッセイストとしても活躍。元日本相撲協会外部委員・日本昆虫協会理事。著書に『やくみつるの小言・大言』(新日本出版社)、齋藤孝氏との共著に『国語力』(辰巳出版)など。


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