FC2ブログ

【日日是薩婆訶】(26) 今年は“草原墓地元年”になるだろうという期待を膨らませるお盆になった

8月は何といってもお盆の月だが、今年ほどそれらしくないお盆も珍しかった気がする。何より天気が雨続き。大抵の年は、お盆中には雷雨はあるものの、大部分の日は猛暑である。「あぁ、イネの花が受粉する」、或いは「これぞお盆」等と自ら慰めながら猛暑に耐えるのである。しかし、今年は関東から東北まで、広い地域で雨模様の日々が続いた。秋田や岩手では川の氾濫も起こって、被害も甚大である。気象学者は、地球温暖化のせいで、これからも予期せぬ天候不順が起こることを予測しているようだが、こればかりは努力だけではどうにもならない。ただ、当欄でも何度か申し上げているように、雨水をU字溝から川に集約する現在の在り方だけは、今後、努力して緩和していくべきだろう。うちのお寺は、今年のお盆前にも墓地のU字溝のあちこちに穴を開けた。大雨が降っても、坂下の川まで雨水は行かないのである。こうした改善策が各地でなされれば、大地も息を吹き返し、大雨被害も随分変わってくるのではないだろうか。先月も少し書いたが、今年のお盆にはお墓掃除に来た檀家さんたちに、「墓地に草を生やしましょう」と呼びかけた。幸い、モデルケースのようなお墓が1ヵ所あり、全面杉苔に覆われていて美しい。「こんな風になればもう草も生えませんし、どうですか?」と誘いかけたのである。多くの人は、そのお墓を見ると「なるほど、これは綺麗だ」と思うようだ。しかし問題なのは、そこへ到る途中の“草ぼーぼー状態”である。草が生えていれば日影ができ、菩も増え易いので、暫くは草を抜かずに温存し、高刈りを続けながら草ぼーぼー状態を保つ訳だが、墓地には親戚等もお参りに来る為、「お墓掃除も真面にできないのか?」と言われかねない。誰もが親戚や世間のそんな目を恐れているのである。そこで早速、ラミネート加工した小さな立て札を沢山作り、「土壌改良のため草を生やしています 寺」と印刷した紙を入れた。「あぁ、助かります」と言って、何人もの檀家さんがそれを持っていき、自分の家の墓地に立ててくれた。楽観はしていないが、思ったよりスムースに“草原墓地”が実現するかもしれない。「今年は草原墓地元年だろうか?」と、期待を膨らませた希有なお盆であった。お盆には、7日にお施餓鬼を行ない、遠隔地で棚経に廻れない方々にご参加頂いた。町内や近隣には13日から棚経に廻ったのだが、今年はNさんも含めて3人で手分けできたので助かった。恐らく、ここ20年ほどでも一番早く棚経を終えられたのではないだろうか。

また、今年のお盆前には、6年越しの長編小説が一応の脱稿を見た。未だ微修正はあるものの、初めから4回書き直した作品だけに、脱稿の喜びも一入だった。タイトルは『竹林精舎』(朝日新聞出版)。ご承知のように、ビンビサーラ王によって寄贈された釈尊にとって最初の寺である。これまで寺を舞台にした小説は、然程多くはない。しかし、東日本大震災以後の様々な宗教の動きの中で、「やはり寺を舞台にもっと書くべきだろう」と改めて思った。それこそ自分独自の世界でもあるし、日常の思考の場でもある。今回は在家から出家した若者が主人公だが、女性への思いに悩みながらも道場を出て僧侶となり、被災地である福島県の小さな寺の住職になっていく物語である。“五蘊盛苦”が一貫したテーマだが、その中で若い僧侶が成長していく様を描きたかった。お寺の経済や異性問題、公案や放射能のこと等も入れ込んだ長編である。この作品についてはいずれまた触れたいが、現状では来年1月の刊行になりそうなので、その際にご一読頂ければ嬉しい。扨て、お盆が明けると、今年は『塔』という短歌の会での講演が待っていた。偶々、この会の東京支部に、私が学生時代に参加していた同人誌『いんぐ』のメンバー・武山さんがいての体頼である。この時、私は初めて“歌合わせ”というイベントを拝見したのだが、正直なところ、その闘争性に驚いた。大和心を体現するような人々だし、嘸かし雅な気分で良い歌を褒め合うのだろうと思っていたら、然に非ず。決まったテーマで様々に詠んで提出してあったお互いの歌をパネルに映し出し、平たく言えばお互い遠慮なく貶し合うのだ。鋭い言葉を繰り出す人々だけに、貶し言葉も痛烈である。その批判を聞いた上で、トーナメントで対戦する双方どちらかの歌に全員で投票するのだが、批判の言葉の影響を受けることは間違いない。その後、私は『無常とあはれ』というタイトルで講演させて頂いたのだが、ご報告したいのは、その講演も済み、事前に約束していた懇親会にも顔を出し、メンバーと別れた後の出来事である。Nさんや女房と合流し、「もう少し飲もうか」ということになって、私は会場ホテルの前のベンチに座って、ぼんやり2人が来るのを待っていた。近くにコンビニがあったようだが、よく覚えていないところを見ると、結構いい気分だったのだろう。私は一旦、そのベンチに座り、少し休んでから合流する場所を決める為、女房に電話しようと考えていた。そして、私は携帯電話を持たない為、公衆電話を求めてホテル内に戻ったのである。




ぼんやりした記憶だが、公衆電話で使うコインを出そうと、私はベンチのあった場所で頭陀袋から財布を出したのだろう。私がホテルに入っていった後、べンチの上に茶色い革製の財布が置かれたままだったらしい。実は、私がベンチに座っている時、塔の会員さんがコンビニに行ったらしく、出てくると私はおらず、財布だけが残されていた。「これはきっと玄侑さんの財布に違いない」と思った彼女は、それをホテルに持ち帰り、仲間と一緒に相談した上で開けてみた。すると、玄侑宛ての領収証が何枚も入っており(※お金はあまり入っていなかった)、「これは間違いない」ということになって、結局、また相談の結果、ホテルのフロントに預けたのである。一方、私はといえば、ホテルで公衆電話を使おうと思い当たる場所に行ってみたが、電話そのものが無い。公衆電話が激減して、私は今やとても困っているのだが、この時もどこにも無いのである。そこで私はフロントに行き、電話を借りて女房に連絡を取った。財布を忘れたことなど知らない私は、そこから真っ直ぐ合流しようとする居酒屋に向かったのである。恐らく、私がそこで電話を借りた5分後か10分後くらいに、フロントに財布が届けられたのだろう。財布が無いことに気付いたのは、居酒屋で勘定をしようと思った時だ。慌てて私はベンチまで戻ってみたが、無い。時間以上経っていたし、当然だろう。しかし、お寺への電話が女房のスマホに転送されており、そこに塔の武山千鶴さんからの連絡が入っていた。ホテルのフロントで、何とか無事に財布を受け取った次第である。何という有難いご縁であることか。武山さんを始め、財布を発見してホテルまで持ち帰ってくれた福井県の女性2人にも、深く感謝申し上げたい。実は、私は以前にもJR東京駅ホームの公衆電話の上に財布を忘れたことがある。この時も電話をかける為、テレカを財布から出し、電話が済むとそのまま電車に飛び乗ってしまった。気付いた私は落胆し、いや殆ど落魄しそうだったが、何と翌日に東京駅の遺失物係から電話が入った。誰か知らない男性が駅員に届け、名前も告げずに立ち去ったというのである。こんなことを小説で書けば、何と都合のいい話運びと思われるに違いない。しかし、現実は小説以上に奇妙に絡み合い、不思議で有難いことがふんだんに起こる。今回脱稿した小説のサブテーマは“意味のある偶然”だが、カール・グスタフ・ユングがそれを学問的テーマにしたのも面白い。今月はその後、長野県の塩尻で連続3講演というのがあった。曹洞宗の大教師・青山俊董老師の自坊無量寺での研修会である。もう50年も続いているという2泊3日の行事なのだが、同じメンバーに3度の講演というのは、こちらの準備もかなり大変である。今回は“両行”・“不二”というテーマで午前と午後に話し、3日目の午前中には少し気分を変えて、1月から12月までの禅語解説をした。7年前にも招かれて講演したのだが、何とその時にも参加したという女性に声を掛けられた。長年弛まず行なわれてきた行事というのは凄いもので、場の空気が実に佳かった。

2日目の朝も3日目の朝も、青山老師が手づからお茶を点てて下さった。初日は松原泰道師の“無事貴人”、2日目は大山澄太さんの“余情残心”という短冊が掛かり、足許には朝露を帯びた萩が活けられていた。ところで、“両行”はかなり話し慣れてきたが、“不二”は中々に難しい。基本は無論『維摩経』で、そこからの話が多いのだが、今回は前号でご紹介した『福岡伸一、西田哲学を読む』(明石書店)がとても参考になった。生命そのものが“合成”に先立って“分解”を繰り返しており、寧ろ“分解”があるからこそ“合成”が起こる。“動的平衡”の核心とも言えるその在り方は、西田哲学の“絶対矛盾的自己同一”や“行為的直観”に重なってくる。“不二”なる命の在り方を語る際の重要な切り口を頂いた気がする。“不二”という考え方は、現実的にも家康公の国造りにおける“富士”を象徴として進められる。狩野探幽を御用絵師として用い、兎に角、理想郷としての富士の絵を、家康・秀忠・家光の3代に亘って探幽に描かせ続けた。東と西を始め、様々な“対”を生産原理として温存し、それによって“不二”なる日本の緩い輪郭を描こうとしたのが、江戸時代の国造りではなかっただろうか。話の内容は兎も角、塩尻での研修会では運営側の多くの尼僧さんたちにお世話になった。普段は名古屋の『愛知専門尼僧堂』にいる面々が大挙して手伝いに来ており、典座から隠侍まで実に肌理細かいご配慮を頂いた。この場をお借りして感謝申し上げたい。居るところにはこんなに居るのに、全国的には所謂尼寺がどんどん無住になりつつある。男性僧侶も足りないのだし、それは無理もないことではあるが、改めて青山老師の斯界でのご尽力に頭が下がるばかりである。そういえば、3回目の講座である禅語解説の時に、私が些か不備な解説をしてしまった句があった。すると、青山老師は終了後、お礼旁々控え室にお出でになり、その句の出典となる大梅山の法常禅師の話をされ、帰る前には『正法眼蔵』の該当ページのコピーを、弟子を通じて手渡して下さった。一読、忸怩たる思いと反省がこみ上げ、同時に青山老師の凄さ・素晴らしさが改めて身に沁みた。今、私の手許には『塔』短歌会の時、永田和宏氏に頂戴した『近代秀歌』・『現代秀歌』(共に岩波新書)がある。偶々、懇親会で同席させて頂き、お土産にと頂載したのだが、その後、永川氏からは細胞生物学者としての著書『生命の内と外』(新潮選書)も送って頂いた。同封の手紙によると、どうやら永田氏も私の財布ではご迷惑をかけたようだが、それとは関係なく、以上の本をお勧めしておきたい。私自身は恐らく、長編小説の修正が済んでからじっくり拝読することになると思うが、「ヒトは“膜”である」と帯に謳う生物学の本のほうに、先に手が出そうである。


玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう) 作家・臨済宗妙心寺派福聚寺住職。1956年、福島県生まれ。慶應義塾大学中国文学科卒業後は職を転々とし、1983年に天龍寺専門僧堂に入門。2001年に『中陰の花』(文藝春秋)で芥川賞、2007年に柳澤桂子との往復書簡『般若心経 いのちの対話』(『文藝春秋』2006年12月号)で文藝春秋読者賞、2014年に『光の山』(新潮社)で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『アブラクサスの祭』『アミターバ 無量光明』(共に新潮社)・『御開帳綺譚』『龍の棲む家』(共に文藝春秋)・『無功徳』(海竜社)・『福島に生きる』(双葉社)等著書多数。近著に『やがて死ぬけしき』(サンガ新書)。


キャプチャ  2017年10月号掲載


スポンサーサイト

テーマ : 仏教の教えと世界観
ジャンル : 心と身体

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR