【異論のススメ】(34) 明治維新150年…矛盾はらんだ日本の近代

今年は明治維新150年である。これから、関連の特集等が新聞や雑誌に登場するのであろう。おまけに、NHKの大河ドラマも『西郷どん!』である。「明治維新とは何だったのか?」というテーマは、未だに我々の関心を引きつけ、その評価も定着していない。明治維新は日本の近代の始点であった。たとえ近代化の素地が既に江戸時代に見い出せるとしても、西洋文明を手本とした近代化に着手したのは明治維新であった。そして、この日本の近代化150年という結構長い時間を真っ二つに分けてみれば、丁度、あの昭和の大戦の4年間がその中間に位置する。つまり、真ん中の4年を挟んで、前半の73年は、明治に始まった近代化があの大戦争へ行き着き、後半の73年は、戦後の謂わば第二の近代化が今日のグローバル競争へと行き着く時間である。明治維新を問うことは、日本の近代化を問うことと等しい。無論、そんな問いに一言や二言で答えることは不可能ではあるが、しかし、誰もが自分なりの見方を持つことはできる。私にとって、明治維新の最も基底にあるものはといえば、“壮大な矛盾を孕んだ苦渋の試み”と言いたい。先ず、明治維新という言葉がある特徴を示している。英語で言えば“リストレーション”、つまり“復古”である。“復古”としての“刷新”なのである。復古とは、天皇親政や神道の国家化等、日本独自の“伝統”を強く意識した国家形成を行なうことを意味し、“刷新”のほうは、徳川の封建体制を全面的に打ち壊して西洋型の近代国家へ造り替えることを意味している。こう書いただけで、既に日本の近代化が内包する矛盾を見てとることができよう。明治の近代化は、日本独自の“国のかたち”や日本的な倫理や精神の覚醒を促すと同時に、西洋型の近代社会の建設という目標を掲げたものであった。

矛盾とも思える二面を生み出したのは、黒船に象徴される西洋列強の来襲であった。所謂“西洋の衝撃”である。日本には、ほぼ選択肢は無かった。開国して列強との間に不平等条約を締結する他なかった。問題はその後だ。西洋列強の圧倒的な“文明”が日本に流れ込んできたからである。この圧倒的な文明に、日本は適応する他なかった。いや、顕著な事実を言えば、“殖産興業”や“富国強兵”の明治政府の積極政策から始まり、大多数の民衆はこの“文明開化”に飛びついた訳である。一気に“欧化”が始まった。その種のことを見越してか、福沢諭吉は『文明論之概略』(※明治8年)の中で、次のことを強く唱える。「今日の世界をみれば、西洋文明は明らかに日本を先んじている。日本は早急にそれを取り入れなければならない。しかし…」と彼は言う。「それは、あくまで日本の独立を守るためである。国の独立こそが目的であり、西洋文明の導入はその手段だ。今日のように、西洋が力で世界を支配しつつある時代に、列強と対峙しつつ独立を保つには、西洋文明によるほかない」。だが、一度欧化の流れが奔流の如く押し寄せると、“文明開化”の圧力は社会も人心も押し流していくだろう。その先にあるのは何かと言えば、知識であれ、制度であれ、生活様式であれ、西洋流を先進文明と見做してひたすら模倣し、しかもそれを日本の先端で誇るという奴隷根性であろう。これでは、福沢が文明の礎石と考えた不羈独立の精神、つまり“一身独立、一国独立”などどこかへ霧散しかねない。福沢もそうだが、政治にせよ言論にせよ、明治の指導者たちは元々武士であり、強い倫理観と武士的精神の持ち主であった。だから本来は、明治の欧化政策と、士道の延長上にある強い自立心の間に矛盾を抱えていた筈である。ところが、憲法が制定され、議会が開設され、富国強兵もそれなりに功を奏して、日本が西洋列強に伍するにつれ、日本人の内面生活のほうが何とも希薄化してゆくのである。兎も角、西洋列強を追いかけ、彼らに認められることに意を注ぎ、何の為の文明化かなど問おうともしないということになる。夏目漱石はそれを、上滑りの“外発的開化”と呼んで批判したのだった。

ここに、日本の近代化の孕む大きな矛盾があった。簡単に言えば、日本の近代化は、同時に日本の西洋化である他なかった。しかし、それに成功すればするほど、“日本”は溶解しかねない。少なくとも、福沢の言う“独立の気風”や“士道の精神”等というものは蒸発しかねない。そこで、近代化や西洋化から取り残されるものの不満は、殊更“日本”を持ち出す方向へと向かうのである。西郷隆盛はその不満を一身に引き受けたが、それで事は片付いた訳ではなかった。戦後の第二の近代化は、西洋化というよりアメリカ化であった。今日、アメリカ型の文明がグローバリズムという名で世界を覆いつつある。私には、明治の近代化において日本が直面した矛盾が解決されたとは思えない。だが残念なことに、福沢を後継する“新・文明論之概略”は出てこず、彼の危惧した“独立の気風”の喪失も問題とされない。とはいえ、西郷どんが未だに人気があるのは、日本の近代化の宿命的な矛盾を、我々もどこかで気にかけているからではなかろうか。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2018年1月12日付掲載≡
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テーマ : 歴史
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