【日日是薩婆訶】(28) 人間が人間らしく生きる為に必要なものとは何かに思いを巡らしつつ…

10月と11月は全国的に催しが多い。いつも講演の依頼は、この季節と5月・6月の足が早いのだが、やはり人が集まるのに好い季節なのだろう。10月には『中外日報社』主催の講演を京都で頼まれていたのだが、その前日に『全日本仏教会』の全国大会が福島県郡山市で開催される為、何とかそこでの講演を頼みたいという。東京の講演会場に会長ご自身がお越し下さり、直々のご依頼であった為、講演後直ぐに上洛する約束を取り付けた上で承諾した。翌日は京都で山折哲雄先生との対談があり、この打ち合わせが昼前から予定されていた為、何とかその日のうちに京都に到着したかったのである。10月13日、私は約束通り、14時半前に全日本仏教会の会場である郡山のホテルに着いたのだが、儀式等が少しずつ遅れ、予定の13時になっても講演は始まらなかった。どのくらい遅れそうか、講演は短く切り上げるのか、それとも予定通り1時間すべきなのか、それも不明だった為、私は会場の外をうろつきながら焦っていた。結局、30分程遅れ、予定通り1時間講演して着替えると、16時半をかなり廻っていた。事務局は16時にタクシーを呼んでおくので、16時半の電車でも充分間に合うだろうと言っていたのだが、私は念の為、17時7分の新幹線切符にしておいた。“念の為”がこれほど役だったのも珍しいことだった。翌日は山折先生との対談が予定されていた為に、先生から送って頂いた近著『勿体なや祖師は紙衣の90年』(中央公論新社)を早速、新幹線車中で読み出した。これは今月のスヴァーハ本でもあるのだが、山折先生らしい多角的な視点がとても面白かった。この本のタイトルは、東本願寺の第23世法主・大谷句仏の詠んだ俳句である。明治8年生まれの宗門のサラブレッドの、貴種なるが故の孤独と、その交友が描かれる。登場するのは清沢満之や暁烏敏、或いは高浜虚子や河東碧梧桐、正岡子規や宮沢賢治等、宗教と文学の双方に跨る。更に山折氏の筆は、蕪村、一茶、芭蕉へと進み、“非僧非俗”のキーワードによって芭蕉から親鸞聖人までも繋げていく。同書の俳句で詠われる“祖師”とは勿論、親鸞聖人のことだから、読者はまるでミステリーを読むように、この句が詠まれた時代や人々の交友、更には心の指向する奥深い心象まで、いつしか導かれていくのである。それにしても、今、この句を詠んだ時、“紙衣”というものを既に知らない人が多いのではないかと危惧する。句中では、紙縒を編んだ紙製の法衣は、無論、粗末なものの象徴としての意味を持つ。しかし今、若しも紙衣を知っている人がいれば、それは超高級品としてではないだろうか。人間の手数がかかった品物はどんどん高価なものになり、俳句の意味にさえ倒錯が起こるのである。

京都に着いたのは21時過ぎ。私はホテルのフロント階のレストランで食事を済ませ、部屋に戻り、今度は自分の小説原稿の校正をしなくてはならなかった。今回の『竹林精舎』(朝日新聞出版)は約550枚程の長編である為、校正にも時間がかかる。校閲者は放射線等についても詳しいらしく、実に丁寧な書き込みをしてくれていた。また今回は、自分で年表を作らなかったせいか、時間的な誤認が含まれていた。それを修正するのは簡単な作業ではないのだが、兎に角、やるしかないのだった。いつも校閲者に対しては、愛憎半ばする複雑な感情を持つ。単純な間違いの指摘は本当にありがたいのだが、矢鱈と表記を揃えようとするのは困りものである。例えば、“ゆるんだ”という場合、紐が“ゆるむ”のは“緩む”でいいが、“頬がゆるむ”のは平仮名にしたいではないか。或いは前後の言葉が漢字か平仮名かでも表記は変わるし、“笑う”と“嗤う”だって統一できない。向こうも知っていながら指摘しているのかもしれないが、夜中までそんな作業をしていると、時々ムッとくるのである。時計を見ると2時を過ぎており、「もう寝なくては…」と思って寝たのだが、横になると数秒で熟睡していた。久しぶりにお目にかかる山折先生は、転んで足を痛めたらしく、杖を持参されていた。それでも上半身は至って元気で、昼食を摂りながらの打ち合わせは本番よりも面白かった。本番は『時代に向き合う あしたを生き抜く力』というタイトルでの対談だった。山折先生は西行を例示し、時には僧侶として、また時には歌詠みの俗人として生きる姿に、「日本的な要素を感じる」と仰った。それは大谷句仏にも、更には芭蕉や親鸞聖人にも通じる在り方だろう。現代社会では非正規雇用で働く人が増え、昔のような職人気質とは違った価値観が求められているのかもしれない。そういえば、山折氏は著作の中で、「俳諧は、この国ではリベラルアーツの芯だった」と書いている。リベラルアーツとは、ギリシャ・ローマ時代から続く考え方で、人間が人間らしく生きる為に必要とされた基本的な学問・技芸のことだ。元々は“自由七科”と呼ばれ、文法学・修辞学・論理学・算術・幾何・天文学・音楽のことを言ったが、日本ではそれらの必須の教養の芯として俳諧が機能していたというのである。なるほど、と思う。実際、個別に7科目を学ぶのは大変なことだが、俳諧という表出に出口を限ってしまえば、入り口は幅広く何でも取り込める。我々僧侶が呻吟する“戒名”と一緒である。私も俳句は好きだが、中々実作はできないので、今のところ戒名しか制作していない。今後の課題にしておこう。そういえば、今回の『竹林精舎』では、主人公の僧侶が戒名を苦しみつつ考える様子を描写してみた。私としては実感に近く、編集者にも「初めて知った」と驚かれたが、皆さんの場合はどうなのか、いずれご一読の上、考えてみて頂きたい。正直なところ、私のリベラルアーツの中心にあるのは戒名ならぬ禅だと思うのだが、芭蕉等には色濃く禅を感じる。要は、表現の出口が俳句等の文芸なのか、禅なのかということなのだろう。私は若しかすると、その出口として文学と禅を統合したいのかもしれないが、自分でもその辺のことはよくわからない。

文化講座の後には中外日報創刊120年記念式典が行なわれ、そこでは様々な宗教活動への表彰も行なわれたらしい。“らしい”とは無責任だが、私は翌日に法事がある為、直ぐに京都駅へ向かったので、ご寛恕頂きたい。ただ、式典には出席はできなかったものの、控え室には表彰される方も挨拶に来られた。今回新設された“涙骨賞”実践部門を受賞した『釜石仏教会』の方から、とてつもなく重い本を頂戴したのだが、これがまた凄い本だったのでご紹介したい。『生きた証』と題された1510頁余りの本は、全て東日本大震災で亡くなった大槌町民の記録である。津波で亡くなった1285名の内、その分厚い冊子には544名の方々のことが載っている。中には写真が見つからなかった人もいるが、大部分は顔写真が載せられ、氏名・住所・享年等の他に、“人生のあゆみ”・“震災時の状況”・“ご遺族より”・“伝えたいこと”と分けて、様々な人々への聴き書きが纏めてある。それは履歴書のように間違いがなくて淡泊、という書き方ではなく、遺族や友人たちの熱い思いが反映されている。巻末には15名の編集委員が名を連ね、また実行委員も大勢いたことがわかる。「聴き取り作業は、ご遺族を探すことから始まりましたが、津波によって移住先が不明となり、探し当てるまでに数ヵ月を要する遺族もありました。また、聴き取りは数人で行ない、聴き取りした録音を基に原稿を起こし、更に幾度となく校正作業を繰り返しました」(※編集後記より)。何という遠大なお仕事をなさったのだろう。私は自坊に戻ってから漸く中を開いたのだが、本の重さ以上の中身の重さに、思わず項垂れて敬意を表していた。もうこうなったら、今月はスヴァーハ本のパレードで行こうか。10月19日に講演の為、大分に飛んだ時は、著者の柳美里さんから贈呈された『国家への道順』(河出書房新社)を持っていた。在日朝鮮人の問題については、これまでも考えていたつもりだったが、長年の経験を基にした著者の言葉は、やはり重い。彼女は東日本大震災後、母方に縁のある福島県南相馬市に鎌倉から引っ越してきた。私も2度ほど対談の為にお会いしたのだが、会話の最中に在日であることは殆ど意識しなかった。物書き同士だし、大体は震災の話題だったから、そのせいもあったかもしれない。しかし彼女は、この国に生まれ、50年以上暮らした今も韓国籍を固持している。それによる不便や差別的な眼差しに絶えず接しているのだ。彼女は書く。「わたしたち在日外国人は、日本で生まれ、育ち、働き、納税等の義務も日本国民と同じように負っています。なのに何故、同等の権利などを主張すると、日本国民ではない、と排除されるのでしょうか?」。ここで彼女が主に問題にしたのは、貧しい暮らしをせざるを得ない人々の“生活保護を受ける権利”だ。また彼女は、ヘイトスピーチについても次のように言う。「日本でも、もし、黒人やユダヤ人に対して、誹謗中傷や侮蔑の言葉を投げ付け、殺害を扇動するようなシュプレヒコールを口にしたら、即座に逮捕されるのではないでしょうか。【中略】日本政府は、そして日本人は、いったいいつまでこのヘイトクライム(※憎悪犯罪)に対して、見て見ぬ振りを続けるのでしょうか」。

引用すれば限が無いのだが、もう1ヵ所だけ。彼女は嘗て、日本が1939~1945年まで、炭鉱・鉱山・土木・港湾等の労働力を補う為に、約150万人に上る朝鮮人を募集し、半ば強制的に従事させてきた事実を踏まえ、今の安倍晋三政権が新成長戦略の1つとして進めている“外国人技能実習制度の見直し”新制度を危惧する。実習期間3年を5年に延長するというのだが、「東京五輪の宿泊・体育施設の建設や、道路などの基礎整備を視野に入れたものであることは明白です」と言う。私も全く同感だが、現在、日本に住む外国人労働者は約72万人、その内の2割に当たる約15万人が外国人技能実習生らしい。大体、震災からの復興とオリンピックの準備が、これまでの労働力で両立できる筈もない。その為に借り出す労働力に対して、以前のように酷い待遇ではないかと心配になるのだが、心配は現実になりつつある。2014年6月20日、アメリカ政府は世界各国の人身売買の実態を纏めた報告書を発表したが、実は、この報告書の中で日本における外国人技能実習制度が問題にされている。途上国への技術支援を目的に掲げながら、実際は奴隷制度のような状態になっているというのだ。中国・ベトナム・フィリピン・インドネシア・タイ・ミャンマー。今や日本で働くアジアの人々はどんどん増え続けている。その中で、パスポートを取り上げたり、高額な保証金を徴収する等の悪質なやり方が横行し、事実上、“強制労働”になっているケースが後を絶たないらしい。しかも、こうした点をアメリカに指摘されたのは8年連続だというから、報道の恣意性にも驚く。国内ではそのような報道を全く目にしないからである。最後にもう1冊、ご紹介したいのは、ビートたけしの書き下ろし小説『アナログ』(新潮社)である。以前にも彼が書いた小説は読んだことがあり、漫才の空気とあまりに違っていて驚いたのだが、今回のも実に面白い。全てがデジタル化しつつある風潮に、恐らくたけしも不満なのだろう。本書では驚くほど真面目な恋愛が描かれるのだが、その進め方が実にアナログなのだ。得意なシナリオのように、話の展開は最後まで小気味いい。時に状況描写が除かれる為、記憶に残る印象が薄くなるきらいはあるものの、漫才のような会話の面白さも刺激的で、一気に読めてしまう。今月は講演その他で忙しかったものの、目的地との往復等に結構本が読めた。充実した読書時間にスヴァーハである。そういえば、私の好きなカズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞したのも嬉しかった。彼自身、5歳でイギリスに渡った移民のような存在だが、そうした経歴も作品に充分活かされている。柳さんの著書にも鑑み、今後の日本は移民問題を真剣に考えていかなくてはならないだろう。因みに、庫裏の改修工事は至って順調に進んでいるが、台所周りの機具のことで女房が悩んでいる。ガスとIHと電気クッカー、一体、今後の熱源はどうすべきなのだろう? 震災の後、オール電化に抵抗がある為、尚更悩みは深そうだ。


玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう) 作家・臨済宗妙心寺派福聚寺住職。1956年、福島県生まれ。慶應義塾大学中国文学科卒業後は職を転々とし、1983年に天龍寺専門僧堂に入門。2001年に『中陰の花』(文藝春秋)で芥川賞、2007年に柳澤桂子との往復書簡『般若心経 いのちの対話』(『文藝春秋』2006年12月号)で文藝春秋読者賞、2014年に『光の山』(新潮社)で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『アブラクサスの祭』『アミターバ 無量光明』(共に新潮社)・『御開帳綺譚』『龍の棲む家』(共に文藝春秋)・『無功徳』(海竜社)・『福島に生きる』(双葉社)等著書多数。近著に『やがて死ぬけしき』(サンガ新書)。


キャプチャ  2017年12月号掲載
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