【日日是薩婆訶】(29) 必然と偶然だけではわかり切れないこの世にあって敢えて著したこと

11月に入り、講演やシンポジウム等が多くて不安だったのだが、幸いお葬式ができず、スムーズに予定通り事が進んだ。お寺の工事のほうも、11月4日辺りに松島・瑞巌寺の改修工事が終わった為、そちらを受け持っていた『加藤工匠』の大工さんたち5人が合流し、合計11人になった。これまで6人だった時も、毎日のお茶菓子は相当食べてくれたが、11人というのは実に凄い。土日はほぼ法事で埋まり、その度にお供えのお菓子が上がるから間に合うようなものだが、いつお菓子が切れるかハラハラである。最早、各地の工事現場で“お茶出し”という習慣は無くなりつつあると聞く。必要な場合は業者側が経費で買い、準備も自分たちでするらしい。それは承知しているのだが、加藤工匠が行く現場は殆ど寺社である為、古き良き習慣が残っているケースが多いのだろう。無論、準備は自分たちでしてくれるのだが、お菓子は期待されている。以前に紹介した菊地匠平君が、「あの、奥さん、お菓子が無くなったんですけど…」と言ってくる。今のところ何とか応えているが、冬場の法事の少ない季節を迎えるだけに心配である。朝7時半から18時まで、兎に角、良く働く人々だから、せめてお茶菓子くらいは提供したい。女房は時に夕食のおかず等も作って渡したりしているが、これも11人となると大仕事である。また、後から加わった5人は、私が今いる仕事場の2階で寝起きしている。これまでの6人は従来通り、檀家さんからの借家である。2ヵ所別々に自炊しているので、お裾分けも2ヵ所分必要なのだ。それにしても、こうした暮らしがよく続くものだと思う。彼らの自宅は殆ど山形だが、今度加わったメンバーには1人、新潟の人もいる。自宅に帰ったとしても週に1度だし、一度始まった現場は最低でも1年以上はかかる。その間、大工仲間とずっと寝食を共にし、家にいる時間はほんの僅かなのである。昔から、職人の暮らしとはそういうものだったのかもしれないが、家庭生活を想像すると申し訳ないような気分になる。また、家庭を持たない独身者等は、「これじゃ結婚相手を見つける時間もあるまいなぁ」と、余計な心配までしてしまうのである。棟梁の高橋さんはうちの現場に来てから結婚したのだが、「奥さん、元気?」と訊くと「寒いから帰るって言っている」と笑いながら答えた。冗談でなく、実際にそう言われたに違いない。そんな風だから、時に大工さんの家族がお寺にやって来たりすると、私まで嬉しくなる。5月の上棟式の時、女房のアイディアで景品付き籤引きをしたのだが、その当たり券の中に『三春の里』のペア宿泊券があった。他にもガソリン満たん券や近所の食堂の食事券等、手軽なものは直ぐに使われ、多くは支払いを済ませていたのだが、ペア宿泊券の支払いは未だだった。

それが先日、境内でばったり、いつもと違う服装の奥山さんに会ったのである。「あれ?」と私が背後の2人に目を向けると、「あっ、女房と息子です」と言う。あの時のペア宿泊券を使って、『三春の里』に泊まるというのである。以前にも、伊藤さんが奥さんに現場を見せようと休日に連れてきたことがあった。こういう光景を見ると、「あっ、大丈夫なんだ」と私も安堵するし、嬉しいのである。うちの現場が終わっても、事情は何も変わらないだろうが、せめて来年、庫裏の工事が終わるまでは、家族円満に憂いなく仕事に励んで頂きたいものだ。元からの6人は主に庫裏の工事、加わった5人は唐破風の玄関を作っている。設計士の前田先生との関係もよく、仕事は順調だが、順調に進むといずれ終わりも来る。それが寂しくも思える今日この頃なのである。扨て、11月は講演やイベントも多かったのだが、それ以外に幾つか“意味のある偶然”を体験したので、ここではそのことを書いてみたい。“意味のある偶然”というのはカール・グスタフ・ユングの言葉で、“集合的無意識”等に先立ち、自分の周囲で起こることを把握する為の新たな概念として提出されたものだ。世の中に起こる様々な出来事は、いつ、どこで起こるのかも含め、必然と偶然だけでは整理しきれないというのである。今回、この1月4日に発売される私の新刊『竹林精舎』(朝日新聞出版)は、福島県の田舎寺に入寺する若者の奮戦記のようなものだが、実は主人公を始め、重要な登場人物の内の5人を、道尾秀介氏の『ソロモンの犬』(文春文庫)から借りている。というより、彼の『ソロモンの犬』を震災前に読んだ時、ミステリーとしてはこれで解決したのだとしても、登場する若者たちがまるで放り出されたみたいで、その後のことが気になって仕方なかった。「別な設定の中で、どうにか彼らのその後を描けないか?」と苦悶し、震災の少し前から書き出していたのである。恰度、震災の起こる3日前に道尾さんと会うことになり、彼も「続きが読みたい」と言ってくれたし、大手を振って書きつつあったのだが、そんな時に東日本大震災が起こった。設定していた状況そのものが崩れ、私は書き継げなくなってしまった。それでも私は、『ソロモンの犬』の登場人物たちが気に入っていたから、何とかこの福島県を舞台に、彼らのその後の人生が描けないものかと模索し続けた。そしてとうとう、2016年11月、4回目の書き直しを始め、この夏に漸く完成を見たのである。簡単に言えば、別れ別れになっていた男女2人ずつの大学時代の友人たちは、震災という出来事によって交流を再開する。しかも、男たち2人は其々別な経路を通り、出家して禅道場に行った。そして、放射能に怯える福島県に移り住み、1組は結婚し、もう1組の行方が『竹林精舎』では大きなテーマにもなる。

恋と放射能、と言えば極端かもしれないが、要は通常、障碍としか思えない事柄が、様々な偶然の絡み合いによって、事態を思わぬ方向へ進ませるという物語である。障碍は、乗り越えようという意志を生み出す点で助縁にさえなる。そして、ある種の障碍をどんな理由であれ受け容れた時点で、それは“意味のある偶然”にもなるのである。概ねそんなテーマも抱えて書き続けた『竹林精舎』だったが、実はその時期、道尾秀介さん自身も、『ソロモンの犬』に登場した間宮先生のその後を書き継いでいたらしい。間宮未知夫という動物生態学者は、『ソロモンの犬』で重要な役を務めるだけでなく、『竹林精舎』にも登場していい味を出す。偶々同じ時期に、2人はこの間宮未知夫に関わる別な物語を書き進めていたのである。これまでにこういう試みがあったのかどうかは知らない。古典の本歌取りならいざ知らず、現役作家の作品の続きを他の作家が書くなど、前例はあるのだろうか? 私の作品を受け取った編集者は、一読、「面白い」と言ってくれたが、そうした事情を知ると些か戸惑ったようだ。何も知らずに読んだ作品の面白さは認めたものの、一体、こういう作品は著作権の問題等からもどう扱われるのか、不安になったようなのである。そんなこんなで、色々あったが、いよいよ刊行が決まり、蓋を開けてみるとまたびっくり。道尾さんの本も私の本も、同じ1月4日、同じ朝日新聞出版から刊行されるというではないか。ここまで同期すると何だか気味が悪いが、“意味のある偶然”は未だ終わりじゃなかった。実は、『竹林精舎』の表紙写真は、今回の『運慶展』(※東京国立博物館)の図録写真を撮影した六田知弘さんに頼んだのだが、ブックデザインは偶々、『坂川事務所』が選ばれた。何も調べず、編集者は一存でブックデザイナーを選んだというのだが、坂川さんは以前に六田さんの本もデザインしており、私も六田さんもとても気に入る表紙ができたのである。長々と私事のようなことを書いたが、ご容赦頂きたい。ただ、今回の作品は、『竹林精舎』というタイトルからも想像できるように、“始まりのお寺”の物語である。主人公は津波で両親を失い、ある禅僧との出逢いで出家するのだが、住職にと招かれた福島県内のお寺は、過疎の問題と放射能の問題を同時に抱えている。しかも、主人公は27歳という若さ故、“五蘊盛苦”も抱えたまま、大学時代の同級生だった女の子に思いを寄せ続ける。過酷な環境の中での僧侶の成長譚でもあり、放射能の中での恋物語と言ってもいい。「震災から始まったフクシマの複雑さをこれで卒業したい」とも思う作品なので、全国の僧侶の皆さんには是非ご一読、ご批正頂ければと願う次第である。今月のスヴァーハ本には、恐縮ながら自著『竹林精舎』を挙げさせて頂きたい。

11月には毎年、『母から子への手紙』コンテストの審査会がある。今年は『読売新聞社』主催の『生命を見つめるフォト&エッセー』のエッセー部門の審査員も受けてしまった為、全国老若男女の沢山の作品を拝読したが、結果や入賞作等は公式サイトでも紹介するので、そちらをご覧頂きたい。最後に、印象の深かった講演会とシンポジウムの報告をしておこう。11月23日、三重県四日市市で医師会主催の講演会があった。医師会に招かれることは結構多いのだが、今回はよくある手話通訳だけでなく、“要約筆記”という役の方がいた。耳が不自由な人等の為、講演内容を次々その場で書き留め、モニター画面で観客に見せるのである。手話通訳もそうだが、私は自分の話がどんな風に要約筆記されるのか、非常に興味もあり、また心配でもあった。今回の話は、演題は長いが、実際には“自愛の仕方”のようなもの。瞑想体験もしてもらう為、サンスクリットも幾つか使った。知らない言葉は、いくら耳がよくとも上手く書き取れないから心配したのである。予想通り、“アヴァロキテーシュヴァラ”等は書き取れず、私も画面を覗き、「いや、ウに点々、その後に小さなア」等と注文を出してしまったが、何より私は、『四日市医師会』の聴衆へのそこまでの配慮に感銘を受けたのである。もう1つ印象深かったのは、11月12日に福島県田村市の市民文化センターで催されたシンポジウムである。これは時間の割に出演者が多く、シンポジウムも纏まるものかと心配だった。生命科学者の中村桂子先生を始め、民俗学者の赤坂憲雄氏、『会津電力』社長の佐藤彌右衛門氏と、元知事の佐藤栄佐久氏、そして私がシンポジストだった。中村先生の指示により、先ず各自が8分間ずつスピーチを行なった。先生のお考えでは、「言いたいことの要旨など8分で言える筈だ」というのだ。シンポジウムの後は中村先生監修の映画『水と風と生きものと』(メディアワン)を上映することになっていたし、各自それに密着した話をするかと思いきや、其々が自分の現状に即した話をした。中村先生のコーディネイトで、その後はフリートークもあったのだが、話はどんどん散らかっていくように思えた。しかし、最後はまるで魔術を見るようだった。赤坂さんと私と彌右衛門さんが中村先生の質問に其々答え、話がまた膨らんでしまったと思ったら、最後に3人の話を実に手際よく中村先生が纏め、聴衆も我々も深く頷いたのだった。私など昔からのファンと言ってもいい中村先生だが、知性と直観が見事に融合した様子を終始見せて下さった。齢を取るほど進化するとされる結晶性知能だが、私は83歳の中村桂子先生にまさまざとそれを感じてしまった。そういえば先月、岐阜でご一緒した『聖心会』の鈴木秀子先生も、85歳にして見事に歩されていた。聞けば、70歳を過ぎてからウォーキングインストラクターの資格を取ったというから驚く。まさに魔女と言うしかないこのお2人にも、特大スヴァーハ献上である。


玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう) 作家・臨済宗妙心寺派福聚寺住職。1956年、福島県生まれ。慶應義塾大学中国文学科卒業後は職を転々とし、1983年に天龍寺専門僧堂に入門。2001年に『中陰の花』(文藝春秋)で芥川賞、2007年に柳澤桂子との往復書簡『般若心経 いのちの対話』(『文藝春秋』2006年12月号)で文藝春秋読者賞、2014年に『光の山』(新潮社)で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『アブラクサスの祭』『アミターバ 無量光明』(共に新潮社)・『御開帳綺譚』『龍の棲む家』(共に文藝春秋)・『無功徳』(海竜社)・『福島に生きる』(双葉社)等著書多数。近著に『竹林精舎』(朝日新聞出版)。


キャプチャ  2018年1月号掲載
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