【曽野綾子vs百田尚樹・憂国放談】(前編) モンスター化する親と子…この国の悪しき『平等論』

歯に衣着せぬ発言で、ときに物議を醸す2人の作家。それでも、撤回などしないのは、真実を突いているからだ。だからこそ、2人が書く小説・エッセイはベストセラーになるのだろう。閉塞感が漂うこの時代に、あえて“不平等”を肯定する。人権ばかりが叫ばれる戦後教育が生み出したのは、“バカ親とドラ息子”、そして“甘えの構造”であった。

曽野 私、じつはブラジルあたりへ“亡命”しようかと考えたことがあるんですよ。書きたいことが、日本じゃもう自由に書ける場所がなくなるだろうなと思ったことがあるんです。

書くべきことは書く。いったん公にした言葉はけっして撤回しない。曽野綾子氏(82)の作家としての矜持は、何十年にもわたるマスコミの言論弾圧との戦いの結果だった。一方の百田尚樹氏(58)も、発言を朝日新聞をはじめとするメディアに執拗に攻撃され続けてきたが、自説を曲げることはなかった。

百田 朝日は8月5日の慰安婦検証報道で自ら墓穴を掘った。こんな記事あかん、すぐ購読をやめるという読者で8月の終わりまでに部数が10万部くらい減ったらしいですわ。9月になって「今月からやめます」という読者が出てくるから、その倍は減るでしょう。でも、僕は朝日に恨みがありますから、容赦しません。曽野先生はどんな言論弾圧を受けたんですか?
曽野 もう何十年も前ですけど、東京新聞のコラムで「2つの中国があるのは中国人たちの決定したこと」と書いたら、すでに輪転機が回っているのを止めて掲載中止になったんです。当時のマスコミは、2つの中国を認めないという形で、どこも中国共産党のご機嫌を伺ってたんですね。昭和50年代に入ると、今度は差別語の時代が始まったんです。『乞食』という言葉は、今でも新聞は使わせません。雑誌はほとんどどこも平気になりましたが、当時は読売・朝日・毎日…ほとんどすべての新聞でその言葉を削れ、と指示されました。







それは言葉を吟味し尽くす作家にとってメディアによる“言葉狩り”そのものだった。

曽野 イタリアの修道院には、侯爵家の娘で大学も出ている裕福な娘も入ってきます。そういう娘にもミラノ一の大寺院の前で乞食をさせるんです。この世で仮に得ている美貌や健康や親の財産などはいっさい捨てて、人間を生きるとは何かを教えるんです。だから、『乞食』という言葉を使わせていただきたい。文句が出たら、私の責任においてお相手しますからと言っているんですが、それでも、ダメだと言うのはやっぱり言論弾圧ですよ。
百田 それは、まったく正しいと思うんですけど、厄介なのは、いまの日本では“人権”がどんどん肥大化していることです。人権派というのは言葉尻を捉えて攻撃するんですわ。「傷つく人がいる」という理由で糾弾する。
曽野 人間は生きていれば傷つくのは当たり前です。傷ついても、細胞と同じで自己治癒力がある。その力を伸ばしてやるのが教育というものです。
百田 僕は日教組が戦後教育をメチャメチャにしたガンやと思うてます。日教組の強いところでは、小学校で徒競走をやらないんですよ。負けた子が可哀相やからと。代わりに『全員リレー』というのをやる。これなら勝ちも負けもないというわけです。公立のクラスでは学力なども順位づけしない。でも平等というのは欺瞞です。そんなもの、世の中に出たら通用しませんよ。みんな平等、みんな一緒。じゃあ、みんなで一緒に東大に行けるのか。社会へ出ても、一流の会社とそうでない会社とは給料が違う。同じように仕事しとっても、仕事のできる奴は給料が上がるし昇進する。それが当たり前です。

曽野氏は昨年10月まで政府の教育再生実行会議の委員を務めていた。辞任した理由は、ほかの委員との哲学の違いだったという。

曽野 なぜイジメがなくならないか。それは、イジメは面白いからですよ。人間の中には善の部分と悪の部分が混在してるんです。でも、そんな程度の面白さよりも、人間は教育や読書によって、それ以上の面白さを知るわけですね。そこを言わないで、イジメというのは悪い子供だけが心に浮かべる特殊な情熱のように考えているから、皆さん、制度さえ変えれば、イジメはなくせるとおっしゃる。イジメは制度なんかではなくなりません。
百田 それは人間というものをまったくわかっていない証拠ですね。
曽野 日教組は「人権は要求するものだ」と言いますが、人権というのは与えられるだけじゃない。自らも与えるものなんです。“受けて与える”ものなんです。私、若い人に一生懸命、この世は平等でないことを教えてきたんです。私、オードリー・ヘプバーンとほぼ同い年です。ヘプバーンと私の容姿はどう見ても同じじゃない、だから平等じゃないんです(笑)。
百田 人間というものは生まれながらにして不平等なんです。背の高い奴もおれば低い奴もおる。美人もおればそうでないのもおる。勉強のできる奴もおればできない奴もおる。スポーツの世界でも、うまい奴もおればへたくそな奴もおるわけです。

曽野 子育てについては親の責任もあります。親が劣化しています。その証拠に親の存在感が薄くなりましたね。
百田 どう生きるか、どう考えるか、人に対してどう接するかということを教えるのは親なんです。ところが、いまの親はそういうことも全部、学校に丸投げしてしまってますよね。
曽野 絶望的だと思うのは、親が学校に敬語を教えてくださいって言うんですって。私は母から敬語だけは厳しく教えられました。昔はそれが当たり前でした。
百田 口に出すのもチャンチャラおかしいんですが、いまの親も先生も「きみはやればできる」と言う。本人も「僕はやればできる」と言う。「やればできる」というのは、一度でも本気でやって目標に到達できたことのある人間が言える言葉なんです。実績もない子供にそんなデタラメを教えてどうするんでしょう。
曽野 世の中、やればできないことだらけです。100のうち90はできません。できないことだらけだというすさまじい現実を自覚させなきゃいけないんです。「なせば成る」ではなく「なせど成らない」ことに耐える人間を創ることから始めなければいけません。

こうした教育を受け続ければ、いわゆるエリートもどこかが欠落した人間にならざるをえない。

百田 放送局の友人の話ですが、裁判官といろいろ話していたら「裁判官になっていちばんびっくりしたのが、世の中には人の金借りて返さん奴がおるんですねえ」と言うてたと。裁判官といえば、司法試験に通ったなかでもいちばんのエリートですが、人間をここまで知らん奴が裁判官になってええんかと、あきれました。

日本を覆う“平等”という名の欺瞞は教育の場に限らない。

曽野 福島瑞穂さんたち人権派が「日本は格差がひどい国」だとか言っていますが、逆ですよ。だって、府中刑務所の中に人工透析室があるんですから。美人の看護師さんもいます。
百田 最近、聞いた話ですが、いつ死ぬかわからん死刑囚が病気になったんですよ。刑務所としては死刑にせなあかん。病死したらあかんから、2000万か3000万円かけてそいつを治したというんです。もう馬鹿馬鹿しくてねえ。人権派がどんどんええこと言うから、刑務所の環境がものすごくよくなってしまってるんです。
曽野 ほんとうに馬鹿げています。215万人もが生活保護を受けていて、体の動く人も働かない…。
百田 国が生活保護者用の住宅を作ればいいんですよ。また、カネの代わりに、食券を与えればいい。そして贅沢は許さない。要するにここから抜け出さんといかんという気にさせなあかんのです。でもなんというても、生活保護でいちばん厄介なのは医療ですよ。
曽野 私の知り合いは生活保護を受けてすぐに歯を治しに行きました。
百田 この医療費が税金を食いまくってるんですよ。一生懸命働いて税金を納めても、ガンになったらものすごい金がかかる。ところが生活保護を受けていれば医療費は1円もかかりません。
曽野 だから、生活保護を受けてる人のなかには、安心してお酒買って飲んでる人もいますよ。
百田 夜、寝られへんからと、精神科に行って抗うつ剤とか睡眠薬とかもらってきて、それを売る輩もおります。

「女性は出産したら会社をお辞めなさい」。曽野氏の発言は最近も物議を醸した。指摘したのは、いまの日本人の“甘えの構造”だという。

曽野 いま、国も自治体も保育所を増やそうって一生懸命でしょ。もちろん、保育所はあったほうがいい。でも、まだおっぱい飲んでいる子を母親から引き離すのはあまりいいことじゃない。
百田 女性でも30歳過ぎても親の家にいるし、自分のパンツも親に洗わせていますからね。そりゃもう結婚しないですよ。若い人としゃべってると、収入が少ないから結婚できないんやという。でも、逆やないか。収入が少ないから結婚して助け合うのが当たり前です。私の父親とか母親とか、当時の日本はいまの若者と比べてもはるかに貧しかった。でも、みんな結婚して子供作ったんですよ。
曽野 私の若いころの新婚家庭といったら、六畳一間とか四畳半一間のアパートを借りて住んでいた。誰も気の毒だと思いませんでしたよ。皆、そんなもんだと思ってましたからね。近年、皆が共稼ぎをしなければならないというけれど、なんでそんなにお金が足りないんでしょう。
百田 自分の生活をかなり高いところに想定しているんでしょう。20代で、そこそこ広いマンションに住んで、車もある暮らしみたいなものを描いている。そら、そういう人もいますよ。一流会社とか入ったらそういう生活できますけど、誰もがそうじゃない。それをわかってない。結局、自立できてないんですね。野生動物は非常に大事に子供を育てるが、ある程度育つと群れを追い出すそうですね。
曽野 上野動物園園長だった中川志郎さんのご著書によれば、猿などは生まれて半年か1年は、とにかくおっぱい含ませて抱いているんですって。それが終わると、今度は母親から見えるところに話してじっと見てるんです。襲われそうになったり、水に落ちそうになったら飛んで行く。その期間が終わると、今度は、何をしようと構わない。放ったらかし。人間もそれを見習ったらいいんですね。
百田 猿を見習ったらええということですね。

曽野氏は震災などの被災者や老人に対しても“甘え”を指摘し、さまざまな批判を受けた。

曽野 震災のときに日本人は略奪もレイプもしなかったと言われますが、私はあんまりそれを信じていないんです。というのは、日本では必ず当日か翌日には包装されたパンが配られるでしょう。そういう国家に対する信頼があるから。それは素晴らしいことですが、もしパンが配られないとわかったら、日本人も略奪すると思いますよ。災害避難で腹が立つのは、避難所に入った人たちが、ただ座っていることです。なぜ、握り飯を作ってこないのか、作る暇がないなら缶詰を持ってこないのか。国や自治体にただ依存している日本人ばかりになったらどうなるんでしょうか。

2人が指摘するのは、ひと言で言えば日本人の“劣化”である。それでも、百田氏は希望を語る。

百田 戦争で日本は木端微塵にされた。明治以降、それまでに作ったありとあらゆる工場・会社・インフラ、そして一般の民家も、何もかも焼かれて、いまやったら仮設住宅を国が作ってくれるけど、当時は仮設住宅なんて誰も作ってくれない。昭和20年は食料自給率が73%。3割が飢えて死ぬということです。だけど、そのどん底から日本人は立ち上がった。まだ戦争に負けて19年の昭和39年に欧米のどこにも作れなかった時速200kmの新幹線を作った。その年にオリンピックを開いて、その2~3年後にはイギリスを抜いて世界2位の経済大国になった。先人たちがどれだけ勤勉に働いたかということですね。いまの日本人も本当に危機になればそれができるはずやと思います。

曽野氏は昭和大学の医療チームと口唇口蓋裂の治療のためにマダガスカルなどアフリカに通うが、曽野氏の役割はほんの少額の“賄賂”を現地で渡すことだという。それがなければ援助がスムーズにいかないという現実がある。

曽野 私は、去年ちょっと本が売れてあぶく銭が入ったんです。それで、私は賄賂をやる係になりました。賄賂をやる人のことを英語で“ワイラー”というんです。シェークスピアの言葉じゃありません。私の作った英語です(笑)。

世界の現実は甘くない。次号の対談後編では、曽野氏が何度となく訪れているアフリカで学んだ人間の真実から、中国や韓国への対し方まで語ってもらう。


その・あやこ 1931年9月17日生まれ。東京都出身。作家。聖心女子大学卒。1979年、ローマ法王庁によりヴァチカン有功十字勲章を受章。2003年に文化功労者。1995年から2005年まで日本財団会長。著書に『中年以後』『老いの才覚』『人間にとって成熟とは何か』などベストセラー多数。
ひゃくた・なおき 1956年2月23日生まれ。大阪府出身。作家・放送作家。放送作家として『探偵!ナイトスクープ』の構成を手がけた。2006年、『永遠の0』で作家デビュー。著書に『BOX!』、本屋大賞受賞の『海賊と呼ばれた男』などがある。2013年11月よりNHK経営委員を務める。


キャプチャ  2014年9月30日・10月7日号掲載
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