東大卒58歳元アナウンサーが体当たりルポ――中高年“ブラックバイト”哀史

増えぬ収入を補おうとアルバイトをする中高年が増えている。試験監督・学会運営補助・検品などの日雇い派遣バイトを58歳の中沢彰吾氏が自ら体験。東京大学文学部卒・元毎日放送アナウンサーという異色の経歴を持つジャーナリストが見た中高年バイトの闇とは――。

「もう来るなよ。てめえみたいなじじい、いらねえから」。イベントの現場責任者の怒声が巨大ショッピングセンターのフロアに大きく響いた。正月休みの幸福感にあふれた家族連れが、ぎょっとして振り向く。1月3日、神奈川県内の巨大モールでの出来事だ。私が日雇い派遣で働くようになってちょうど1年。うんざりするくらい見てきた、非常識でキレやすく労働法の最低限の知識すらないお粗末な管理職様がそこにいた。

アルバイトをする中高年が増えている。給与削減で困った中高年のサラリーマン、年金が生活費に満たない定年退職者、パート収入だけではやりくりできない主婦たちが、収入の足しにしたいと押し寄せている。こうした人々にとってフルタイムに近い長期のバイトは難しくても、土日や平日の空き時間に自分の予定に合わせて働くことのできる単発のバイト・日雇い派遣は魅力的だ。安倍政権の掲げる“柔軟で多様な働き方”が可能な日雇い派遣のバイトの実態はいかなるものか。58歳の私は、自ら働いてみることにした。取材目的だけかといえばそうではない。身内の病気介護で、居心地の良かったテレビ局の正社員の座を捨てざるを得なくなってから7年余。在宅で“もの書き”を自称し、小説や大女優の半世紀などの作品を出版してきたが生活は苦しい。

そんな中、某公共放送の追い出し部屋(彼曰く)に勤務する知人から、「介護の合間に行けていい気晴らしになる」と勧められたのだ。リクルート系の『フロム・エー ナビ』や『バイトルドットコム』などの大手求人サイトには数多くのバイト広告が掲載されている。気に入った仕事があればその広告を出している派遣会社に登録し、派遣される仕組みだ。当日でも申し込みが可能なものもある。最近は、試験監督や学会などのイベント運営が人気の職種だという。快適な室内でのきれいな業務で肉体労働でこき使われることはなく、世間体も良さそうだ。私がまず選んだのは、東京国際フォーラムでの大手企業の展示会や国際学会の運営・試験監督など。しかし、申し込みメールを出しても音沙汰なしの会社が多かった。そうした会社の説明書きには「20代・30代の方が活躍」「学生さん大歓迎」などと書かれていたから、中高年は最初からお呼びでないのだろう。10社ほど申し込んで、ようやく返信のあった会社に登録に出向いた。




「試験監督大募集」をうたうEという会社は都内の雑居ビルに事務所を構え、パチンコ屋のようなアップテンポの曲が流れ、「○○会社様から初契約いただきましたあああ!」などという絶叫が飛び交っていた。私の担当だというアンジェラ・アキ似のやり手風の若い女性は、「試験監督は先週までで一段落しちゃったんですよねえ」といかにも残念そう。「お仕事の実績のない方には、人気の試験監督は紹介しにくいんですよ。まずは実績を作りましょう」。なるほどそんなものかと思い、まずは彼女いち押しの“化粧品の検品”をやってみることにした。「女性が多く、明るく楽しい職場ですよ」との触れ込みで、時給は900円で交通費はなし。勤務時間は17時から22時だが、集合は埼玉県内の駅に16時15分だという。翌日、駅に行くと仕事場まで徒歩移動を指示された。30分かかるという……。集まったのは男性ばかりで経験者もいた。その中の1人がこう教えてくれた。「一言で言って、きついっすよ。体もそうですが、精神的にやられますね」。事務所は幹線道路わきの倉庫。事務所は5階だが、エレベーターは使わせてもらえない。事務服姿の若い女性が名簿をチェックしながら、制服や帽子を機械的に手渡していた。私が名乗ると、「聞こえねえよぉ。声は大きくっていつも言ってんだろ」。到着早々のタメ口。先が思いやられた。1階の物置に降りて着替え、再び階段を上がり5階の待機室で待つ。70人ほどが押し黙って座っている。私語厳禁だそうだ。

業務開始10分前に作業場へ異動。入り口のドアはひとりずつしか通れないのに、監督らしい男がせきたてる。「急げよ、もたもたするな」。牧羊犬にほえたてられる羊の群れのようだ。“検品場”と書かれた部屋の入り口はクリーンルーム。2坪ほどのスペースに10人ずつ閉じ込められて強い風をあてられた。作業場はちょっとした体育館ほどの広さ。ジリリリリとけたたましくベルがなった。火災報知器かと思ったら始業の合図だった。作業台に置かれていたのは卓上カレンダーの部品だった。台紙と月めくりの束を小さなリング状の接合具で組み立てる作業だという。派遣会社のオファーとはぜんぜん違うが、皆黙々と手を動かしている。紙がすれるワサワサという音、束をそろえるトントンという音、そして接合具を止めるパチンパチンという音だけが響く。鶏が並んでエサをついばむ鶏舎のような異様な雰囲気にのまれ、抗議するのも忘れていた。肩をたたかれ振り向くと監督がいた。「手が止まっているぞ」。刑務所の看守に向いていそうなドスのきいた声。「初めてなもので……それと仕事の内容が……」「言い訳するな。25秒にひとつできなければ欠勤扱いだからな」。何と作業ノルマまで決められていた。

25秒なんてあっという間だ。台紙を折り曲げる。月めくりの束をそろえる。そこまではいい。だが細かい接合具が手につかない。焦ってつまんでは落とし、つまんでは落とす。穴に通そうとしても通らない。監督はストップウォッチを私の目の前に掲げた。「50秒もかかってるぞ。いい年して、どうして人並みのことができないんだ」。屈辱感に打ちのめされた。同時に、皆がこなしている単純作業についていけず脱落する自分が情けないという感情も生まれていた。「すみません……頑張りますから」「またちょくちょく見に来っからな」。作業場の監督は「おまえが25秒で作らないと、うちは赤字なんだよ」と何度も強調していた。産業用ロボットなら簡単にできる組立だが、高価な機械をセットするより時給900円の日雇いをこき使ったほうが儲かるのだろう。21世紀の日本でこんな働かせ方をする企業があることに驚いた。そこはまさしくタコ部屋だった。ちなみに、日雇い派遣では労働者は派遣先に抗議できない。仕事の内容等に問題があれば派遣会社との交渉になるが、契約先を失いたくない派遣会社が労働者の側に立つことはない。ただ、たまたま最悪な仕事にあたってしまっただけかもしれない。私は気を取り直して、次のバイトに出かけることにした。

派遣されたのは、日本国際歯科大会の運営。P社による派遣だった。「朝だけの待機に入って下さい」「日勤はダメですか」「ちょっと年齢が高すぎるので……たいてい欠員が出て日勤になるんで大丈夫ですよ。待機分の日当は1500円です」。昨年10月10日から3日間、パシフィコ横浜で開かれた大きな学会である。人気が高く若い女性などの応募者が多いため、待機しか空きがなかった。待機とは補欠要員で、朝早く出勤しても欠員がなければ即帰宅。欠員が出ればその穴埋めで勤務につく。だが、初日は全員出勤でむなしく帰宅した。2日目。ホールに入ると派遣会社から他のスタッフの点呼を指示された。点呼は本来、管理者の業務で日雇い派遣がするべきではないが、便利に使われたようだ。「P社の派遣の方で、点呼を受けていない方はいませんか」。急に後ろから首根っこをつかまれた。「馬鹿野郎、P社なんかここには関係ねえんだよ」。会場の仕切りをするT社というイベント会社の責任者だった。自前で人を集められず、孫請けの派遣会社に丸投げしたことを主催者に知られたくなかったらしい。

この日はひとり欠員があり晴れて日勤となった。担当は講師役の医師を迎える特別な窓口。外国人も多いため、急遽「歯科衛生士はハイジニスト」「歯科技工士はデンタルテクニシャン」などと専門用語をメモし想定問答集も作った。準備がほぼ整った1時間後、先の責任者から思わぬ宣告を受けた。「もう彼女来たから、おまえ帰って」。寝耳に水だった。私は頭が混乱した。「帰れって言ってんの。まだほとんど働いてないだろ」。労働契約では、「日勤」と業務内容を指示したら勝手に変えられないはずだ。「何だよ。そんなに仕事がしたいんか」「できればお願いしたいんですが……」「ちっ、しょうがねえな」。どうやら違法性は認識していたらしい。だが、私が座っていた席には連絡なしで遅刻した若い女性が座り、私はクロークの倉庫に押し込められた。窓のないほこりっぽい部屋で、スーツケースやバッグを管理する。その数およそ800。倉庫内はしんどいので、他の若いスタッフは楽な受付などとローテーションが組まれていたが、私だけ終日倉庫だった。受付から「グリーンの45」「オレンジの142」などと指示され、そのバッグを探し出して運ぶ。重労働でクタクタに疲れてしまった。3日目も欠員なし。支払われたのは計4500円。何と、2日目の日勤日当7200円は支払ってもらえず、待機手当のみ。抗議したところ「さすがに賃金踏み倒しまではしませんよ」という意味深なメールが来て、1ヵ月後に支払われた。このように必要な人員の増減に備える緩衝材として、中高年を使い捨てにするケースはザラにある。2時間待機で2000円が相場だ。

さらにバイト仲間の複数の中高年男性から残酷な話を聞いた。B級グルメなどの食の祭典では、会場整理などの日雇い派遣を大勢手配する。ところが、天気予報がはずれて天候が悪く、予想より客が集まりそうにない。すると、運営スタッフがこう声をかけてきたという。「お父さん、昨夜お酒飲んだ?」。晩酌を楽しむ人は少なくない。正直に「イエス」と答えると……「やっぱりね。お父さん、酒臭いよ。仕事に入ってもらうわけにはいかないから帰って。あんたが原因の事故だから欠勤扱いね」。日雇い派遣は無法地帯である。求人サイトの運営会社では、派遣会社の実態や求人内容について事前にほとんどチェックしていないという。業者に悪意があれば、どんな大ウソでも掲載されてしまう。派遣先が官公庁だからといって安心できない。最近、横浜市が中高年アルバイターの間で有名になった。問題の職種はバスの乗客の誘導員。横浜市では昨年8月から11月まで、トリエンナーレという芸術祭が開かれ、4ヵ所に分散している各展覧会場をバスが循環していた。誘導員は指示された場所に常時看板を持って立ち、乗客する客をバスまで誘導、降りる客に近くの美術館への方角を示す……だけの仕事だが、このバイトは定員割れが続き、派遣会社は「どうかお助け下さい」との求人メールを乱発していた。

私が横浜に行ったのは10月13日。寒波が居座り気温は13度までしか上がらない予報だったので、厚手の上着を着て出かけた。だが、現場では黄色の半袖Tシャツに着替えるよう指示された。初冬の寒さである。「半袖シャツ1枚では寒い」と訴えると、支給されたのは安っぽいすけすけのヤッケで風通し抜群。雨も降り出したが、渡されたのは百均のダイソーのひらひらの合羽。私が配置されたのは海岸に近い税関の前。吹きっさらしで座る場所もない。雨の中しんしんと冷え込んで、体はブルブル震えてくるが、「気をつけ」の姿勢で立つように指示されている。鼻水が止まらず、くしゃみを連発。ブラック臭ぷんぷんだが、実はこのバイトが恐れられている理由は他にもあった。バスが到着すると、十数人の乗客が降りてくる。誘導員は車内に忘れ物がないか確認し、あれば客を追いかけ、その後に路上で待っていた客のチケットをひとりずつチェックして乗せる。周辺の道案内をするガイドは配置されていなかった。そのため客はバスを降りるや否や、お門違いの誘導員に群がって道案内の質問攻めで、対応できないと容赦なく罵声を浴びせた。「ちゃんと教えろよ。おまえらガイドだろう」「わからないんだったら、電話するなり調べろ」。激昂する男性客からは勘違い暴言も。「横浜市から高い給料もらってんだろうが。税金泥棒!」

客に囲まれて車内チェックができばければ、バスはいつまでも発車できない。今度は乗客やバスの運転手から、「何やってんだ、早くしろ!」と怒鳴られる。収拾がつかず、頭が真っ白になってしまうことが何度もあった。同じ派遣でも、『ガイド』となると時給は2000円程度に跳ね上がる。『誘導員』の倍だ。だから横浜市はガイドを雇わなかったのだろう。勤務後、市側は終礼だと言って全員を立たせた。「今日も皆さんの態度が悪いという苦情がたくさん寄せられました。残念ですね。お客様に説明できない人は、家で勉強してきて」。仕事はバス客の誘導としながら難しいガイドまでやらせて、態度が悪いと罵倒するとはあまりに理不尽。だが誰も発言しなかった。横浜市では、年齢による“差別”もあった。屋内にも大勢のバイトが配置されていたがほとんど若者で、屋外に配置されるのは中高年ばかり。仲間の60代の女性が解説してくれた。「あたし、これは本当におかしいなと思って尋ねたの。そしたらね、若い人は見栄えがいいから美術品のそばに置いてもいいけど、中高年は汚いからダメなんだって」

私の古巣の民放テレビ業界への派遣をうたう会社も多い。エキストラやスタジオ観覧者として稼げるというのだが、経費削減に励むテレビ業界は近年エキストラなどは無料で集めている。登録してみたが、案の定仕事は来ない。そもそも、「スタジオ観覧は若い女性で」という局が増えている。絵面をきれいにしたいからだそうで、ここでも中高年などお呼びでないのだ。だが、何とうれしいことに“新番組シミュレーション”という仕事が来た。タレントの代わりにリハーサルに参加するという。何だか楽しそうだ。六本木にあるビルの一室には、中高年ばかり10人ほどが集まっていた。新番組では、タレントや演歌歌手などが体力を競う。それを同年代の我々に先にやらせて、安全かどうか判断するという。つまりは人体実験である。鉄棒の逆上がりや前回りなどは、小学校以来ほぼ50年ぶりだから頭がくらくらした。ローラースケートをはいて、いきなりヨーイドンで走れと指示されたが、足を前に出しても体の重心がついていかない。全員が後ろや横に倒れ、私は硬い床で腰を打ってしまった。次はブリッジ。上体を後ろにそらして弓状になり、手をついて支える体操の技。体が硬いため手が床に届かず上半身が落ちて、頭が床をこするようにして倒れた。そばで笑って見ていたプロデューサー氏に訴えた。「こんなこと、いきなりやらせたら危険ですよ」「あっ、大丈夫。本番では医者を待機させるから」。私たちが危ないと言ったつもりだったが、彼には通じなかった。次は逆立ちで10歩歩いてタイムを競う。逆立ちして右手を前に出そうとした途端、左手だけでは体を支えきれず左腕が肘でカクンと折れて、頭からドタッと床に崩れ落ちた。もはや命がけである。何をやるかも知らされずに行って日当は2000円。大ケガをしたとしてもテレビ局は補償してくれない。派遣会社との話し合いになるが、怪しげなネット派遣だから悲惨な運命が待っているだろう。

多くのブラックバイトを経験した私だが、中には優良企業もあった。Nという試験請負会社の監督員派遣がそれだ。監督と言っても難しい採用試験や面接はなく、1時間程の説明会に出席するだけ。試験にふさわしくない風体(ヤンキー風・紫や赤などの髪色・大きなピアス等)の人は登録されない。試験の種類は、電気工事士などの国家資格や各種検定・TOEIC・受験模擬試験など多岐に渡り、都の教員採用試験まである。監督員業務はマニュアルで細かく解説されていて、真面目に事務仕事ができる人なら誰でも簡単。時給は監督員が1000円、監督補助が900円と高くはないが、N社が素晴らしいのは待遇面だ。日雇い派遣では切り捨てられることが多い残業代は、1分でも超過すれば15分単位で割り増し加算される。他社では出ない交通費も一律1000円支給。欠員に備えた待機要員にも日勤日当が全額支払われる。研修は登録時だけで、未経験の試験に従事する場合、事前に郵送されるマニュアルとネット上のチェックリストで自宅で確認できる。この業界では、都心に呼びつけておいて日当を払わないのが常識なのだ。N社が労働者の待遇を保証するのは、監督員がカリカリしていると受験生に悪い影響があるからだろうが、結果的に派遣の中高年をハッピーにしている。監督員の男女比は6:4で女性のほうが多く、年齢別では40~60代が多い。担当する教室の受験生数に応じて2~5人でチームを組み、朝の準備から試験終了までチームで行動する。男女共にきちんとしたスーツ姿で魅力的に見える。私自身、監督員として年下の女性たちと行動を共にし、1日中ドキドキしたことが何度もあった。仲間の60代の男性は、N社の日雇い派遣を「毎回違う熟女と知り合えて、お金までもらえるパラダイス」と評した。不謹慎極まりない発言と言いたいところだが、私もすっかり試験監督にハマってしまったのは事実である。ただN社は、労働法を最低限守っているに過ぎない。他がひどすぎるのだ。残念ながら真っ当な派遣会社はきわめて少ない。

安倍政権は成長戦略として「雇用と労働の規制緩和」と唱え、産業競争力会議の竹中平蔵氏は「正社員をなくしましょう」と発言している。だが、日雇い派遣とバイトいう“柔軟で多様な働き方”の先に待ち受けているのは、中高年が食い物にされる弱肉強食の世界なのだ。


キャプチャ  2015年1月22日号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR