【2015年の世界を読み解く】(01) “不安の時代”は2015年も続く…アメリカの影響力低下と代わりのリーダー不在が、暴力行為の蔓延する不安定な世界を生みだした

「もし人類史上のどの時代に生まれるかを選択しなければならないとしたら、選ぶべき時期は今だ」。2014年夏にバラク・オバマ米大統領はそう語った。この言葉に違和感を覚える向きもあるだろう。2014年の出来事を振り返ると、イスラム教スンニ派テロ組織『ISIS』(自称イスラム国・別名ISIL)の台頭・ウクライナ危機・エボラ出血熱・パレスチナ自治区ガザへの空爆……。平穏な世界秩序が維持されたとは言い難い。むしろ2014年の特徴は、不安定さと暴力の増加だった。そして残念ながら、2015年は違うと考えるべき理由はほとんどない。

私たちは“不安の時代”に生きている。世界経済は近年の混乱から回復し始めているが、至る所で潜在的な弱さや恐れの感情が見受けられる。21世紀はまだ、前世紀に匹敵する惨禍は経験していない。世界大戦の勃発もなければ、核戦争の危機も全体主義体制の暴虐と同等の殺戮も起きていない。それでも、世界は暴力的志向と完全に決別したわけではない。ISISの残忍で野蛮な行為や、シリアという国家の破壊、彼らの犠牲となった大量の遺体がそれを雄弁に物語る。この世界は厄介な場所だ。冷戦終結後には、これからはうまくコントロールできるという希望が生まれたが、今にして思えば甘い期待にすぎなかった。世界はグローバル化したが、同時に予測不能で不安定な場所になった。“力の分散”が進み、NGO(非政府組織)や企業、あるいはテロリストが新たな主役に躍り出た。その結果、政府に対する私たちの期待、特に外交政策への期待値は大きく低下した。だから、アメリカの大統領が「今は人類史上最高の時代だ」と語り掛けても、簡単には信じる気になれない。この不確実性の根底には、アメリカの存在がある。世界は過去数年間の経験から、アメリカの政策の一貫性と確実性に大きな信頼を置けなくなった。




オバマはシリアの体制変革を訴えたが、口先だけで実行が伴わなかった。シリアのバシャル・アサド大統領に対し、自国民相手に化学兵器を使うという“限界ライン”を越えるなと警告したが、実際に化学兵器が使われても行動を起こさなかった。オバマは中国のサイバースパイ活動を批判したが、その数週間後には元CIA(米中央情報局)職員エドワード・スノーデンがアメリカの大規模な盗聴活動を暴露。明らかになったアメリカのスパイ行為は予想を超えるもので、世界中の敵対国や同盟国・一般市民が盗聴の対象となっていた。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がクリミアを力ずくで併合し、ウクライナ東部にも手を伸ばすと、ホワイトハウスは激しく非難し、ロシアへの制裁に踏み切った。しかし、それ以上はほとんど何もしなかった。時代が違えば、アメリカの大統領は同盟国を糾合し、NATO(北大西洋条約機構)に新たな緊急使命を与えて軍事同盟を強化したかもしれない。だが、オバマが大統領に選ばれた理由の1つは、厄介な世界からアメリカを切り離すと約束したこと。新たな国際情勢への積極的関与を打ち出したからではない。2015年も、アメリカの指導力に対する疑問はくすぶり続けるだろう。アメリカは、もう世界で力を行使しないというわけではない。オバマ政権の積極的な無人機の活用や対テロ作戦の強化を見れば、それがよく分かる。ただし、以前に比べて力の行使は限定的で利己的なものになった。そのため、多くの同盟国は今後もパックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)を信じていいのか疑問に思っている。アメリカは“後方から引っ張る”役割がいいという見解が、国内では多くの支持を集めている。だが、同盟国からはまだ「アメリカに先頭に立ってほしい」という声を聞くことがある。

この問題が最も切実なのはアジアだ。アジア・太平洋地域はおおむね平和だが、多くの国々が領土紛争やナショナリズムの衝突、根深い遺恨といった問題を引きずっている。しかも、紛争予防のための地域的な枠組みや制度はまだ存在しない。そのため特に日本と韓国では、アメリカによる安全保障が地域安定の基盤と見なされてきた。シリアとイラクの問題に対するアメリカの迷走はアジアの同盟国に強い懸念を抱かせ、オバマは11月のアジア歴訪で火消しに奔走した。それでも多くの国々で、アメリカは自分たちのために戦ってくれるのかという疑問が払拭されたわけではない。幸い、アジアはようやくオバマ政権の最重要テーマに浮上しつつあり、2015年中にTPP(環太平洋経済連携協定)交渉がまとまる可能性はある。世界のGDPの40%を占める12ヵ国が高度な貿易自由化を目指すTPPは、オバマ政権の“アジア重視”政策の要だ。アメリカでは、中間選挙で共和党が圧勝したことで政治的に交渉進展の芽が出てきたが、どちらかと言えばTPPは同盟国にとって悩ましいテーマでもある。日本国内に残る岩盤規制の打破に苦労している安倍晋三首相にとっては特にそうだ。だが、安倍は急いだほうがいい。2015年末までにTPPが米議会の承認を得られなければ、大統領選レースが本格化する2016年の協定成立は望み薄だ。

言うまでもなく、この地域の将来に大きな影を落としているのは中国の動向だ。習近平国家主席は、ごく短期間で巨大な権力を自身の手に集中させることに成功した。個人崇拝の対象だった毛沢東や鄧小平とは異なるが、前任者の胡錦濤や江沢民とも違うタイプの指導者像を確立したことは間違いない。鄧小平以降の中国は集団指導体制を取ってきたが、その時代も終わりを迎えたのかもしれない。権力の頂点に立った習は、その巨大な力を駆使して腐敗した共産党幹部の一掃に力を入れ始めた。公安部門のトップだった前共産党政治局常務委員・周永康の逮捕はその一例だ。習の反汚職キャンペーンは、中国経済の置かれた状況を考えても納得できる動きだ。中国経済の2桁成長の時代は終わり、格差の拡大・環境の悪化・統治の質などが大きな問題として浮上している。そのような状況で国の安定を維持したければ、腐敗した官僚や政治家を血祭りに上げて国民の支持をつなぎ留めるのが最も有効な方法だ。それでも国内の抗議行動はこの10年間増え続けており、その傾向は2015年も続くだろう。2010年以降、中国は軍よりも国内の治安機関に多くの予算をつぎ込んでいる。習は国民の不満の高まりを乗り切るだろうが、それは一層難しい仕事になる。中国が自国の“裏庭”で強硬な態度を取ることは2015年も変わらないだろう。中国政府は東南アジア諸国との海洋協力の年にしたいと言っているが、その言葉を信じている国はない。何しろ習体制発足後、中国は近隣地域で領有権の主張を強化してきた。離島に構造物を設置したり、石油や天然ガスの調査のために艦船を送り込んだりもしている。2015年には、南シナ海でも防空識別圏(ADIZ)の設定に踏み切るのではないかと懸念する声もある。2013年11月に中国が東シナ海にADIZを設定したときは、アメリカと日本が神経を尖らせた。

中国やアジアの領土紛争の根底にはナショナリズムがある場合が多い。不幸にして、いまナショナリズムの影響力は高まっている。インドでは、2014年の総選挙で圧倒的な支持を集めて、筋金入りのナショナリストであるナレンドラ・モディが首相に就いた。日本では、保守派が“従軍慰安婦”に関する政府見解の見直しを目指しており、安倍首相は日本の軍事的役割を強めたいという意向を抱いている。ナショナリズムが勢いを増しているのはアジアだけではない。“不安の時代”には、政治家が自らの政治的目的のために人々の不安や恐怖を利用するのはいとも簡単なことだ。ヨーロッパでは、新たな排外主義的ナショナリスト政党が選挙で党勢を拡大している。2015年のイギリス総選挙でイギリス独立党が躍進すれば、イギリスのEU離脱が現実味を帯びるかもしれない。フランスでは、反移民を掲げる国民戦線のマリーヌ・ルペン党首に注目が集まる。最近アメリカで共和党が好調なのも、排外主義的性格の強い草の根保守派連合『ティーパーティー』のおかげという面が大きい。欧米のナショナリズムに共通するのは、おおむね孤立主義的傾向が強いことだ。ナショナリスト勢力はほかの国に首を突っ込みたいと考えておらず、むしろ自国の周囲に高い壁を巡らせ、外の世界と自国を切り離したいと考える。事情が違うのがロシアだ。ロシアでは、最も危険なタイプのナショナリズムが高揚している。プーチン大統領は、国民の不安と憎悪をたきつけることにより、ウクライナ侵攻への支持を維持しようとしてきた。世界がロシアを敵視していると国内メディアに描かせることで、強硬路線への支持を得ようとしている。原油価格の下落によりロシア経済が打撃を被れば、2015年にはロシア政府が反欧米的な主張をますます強めるだろう。

もっとも、ロシアだけが問題というわけではない。歴史的遺恨とナショナリズムが過去のものになったという希望は、世界中で崩れた。2015年は第2次世界大戦の終結70周年だが、民主主義国家でも独裁国家でも、ナショナリズムは危うい火薬であり続けているのだ。2014年の世界が経験した最も悲惨な出来事は、中東で『アラブの春』の希望が打ち砕かれ、戦争と原理主義者がはびこる混迷状態に陥ってしまったことだ。この状況は2015年も続くだろう。いま、世界で最も新しい“国家”は『イスラム国』を自称するISISだ。ISISはイスラム教の正統とは異なる教えを実践し、過去の血に飢えた支配者たちと大して変わらないかもしれないが、戦いで相次いで勝利を収め、カリフ制国家の再興という目標を(少なくとも一時的には)ほぼ実現した。この“国家”がいつまで存続するかは、アメリカとその同盟国、そしてアサド政権のシリアを含む近隣諸国の出方次第だ。アメリカ主導の空爆によりISISの勢力拡大のペースは落ちたが、アルカイダの場合と違って、アメリカはISISを地の果てまで追い詰めるつもりはないだろう。イラクとアフガニスタンで2つの長い戦争を経験し、アメリカ国民はいま戦争に後ろ向きになっている。実戦で鍛えられたISISの手ごわい部隊と戦うためにアメリカ兵の血を流し、アメリカの予算を費やすことを国民は望んでいない。一方、中東の多くの国、特にトルコ・エジプト・サウジアラビア・イランはもっぱら国内のコントロールに関心があるように見える。近隣の国々と手を携えて、ISISやその他のイスラム過激派勢力の脅威を食い止めるために積極的に取り組もうとはしないだろう。

ここで議論は、今日の世界をさいなんでいる不安の主たる原因に戻る。問題は、世界自体が昔より危険な場所になったことではない。ISIS・エボラ出血熱・ウクライナ危機などは確かに悪い材料だが、過去にはもっと悪い時代もあった。今の世界が抱えている問題は、目の前の脅威に立ち向かうためにどの国がリーダーシップを発揮するのかが見えてこないことだ。アメリカの影響力は弱まっており、しかもアメリカ主導の国際秩序に代わる新しい秩序についての国際的な合意も形成されていない。アメリカは一時的に休憩しているだけで、アラームが鳴り響けば眠りから覚める可能性もある。しかし、その目覚めの時は当分訪れそうにない。危機がよほど深刻化するか、新しい指導者が選ばれるまで待たなければならないだろう。それまでの間、世界は歯を食いしばって“不安の時代”が過ぎ去るのを待つしかない。 (本誌コラムニスト ウィリアム・ドブソン)


キャプチャ  2014年12月30日・2015年1月6日新年合併号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR