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【私のルールブック】(212) ずっと拒絶してきた父を理解する…今更ですが始めてみます

52歳にして、今更ながら父親のことを理解しようと努めている。とはいえ、父は7年前に他界した為、手遅れなのだが…。私の両親は、私が中学校を卒業すると同時に離婚した。私と兄から母親に進言し、離婚してもらった形だ。理由は明確。父の借金問題+女性問題+DVである。当時、母親は3つの仕事をして家計を支えていた。にも拘わらず、父は競艇や麻雀三味だった。では、何故母親は自らの意思で離婚に踏み切らなかったのか? それは、私が既に子役として活躍していたからである。「夫婦の揉め事で、僕の名前に傷を付けてはいけない」と…。ある日、そんな事情を兄から伝え聞いた私は、子供ながらに責任を感じ、「父が作った借金は僕が返済し、母親の経済的な面倒も看続けるので、代わりに兄は母親の傍に居続けてくれないか?」と。で、兄も快諾してくれたので、2人で母親に離婚のお願いに上がったわけです。

今思えば、高校生の兄と中学生の私が交わした約束としては重過ぎますよね。ただ、その時の約束は私も兄も現在に至るまで守り通しているので、唯一、自分を褒められる部分かもしれません。以来、私は父とは断絶状態になりました。到底許せませんでしたから。借金を返すことしか頭にありませんでしたし、父への憎しみが唯一の仕事への原動力になっていましたから。和解のチャンスが無かったわけではないんです。父から母に連絡が行き、母が間を取り持って数回会ったことはあります。ですが、どうしても許す気になれなかった。心が揺れた時もありましたが、拒絶が勝ってしまった。で、あっという間に30年が過ぎ、父は他界しました。母親からの電話で知りました。「私とお兄ちゃんは死に顔を見に行くけど、貴男はどうする?」と訊かれましたが、私は断りました。「死んじまったんだから、もう許してやってもいいだろ」という自分も勿論いましたが、何でだろう、行く気になれなかったんですよね。

ただ、後悔はしていませ ん。若しかしたら男親だったからなのかも。これが母が相手だったら、とっくに許していたと思いますから。そんな40年近くに渡って父を憎しみ、遠ざけてきた私が、今更ながら父を理解しようとしている…。自分でもよくわからないんですが、ある夜、寝る前に無意識下で父との記憶を遡っていたんですよね。「よく寿司屋に連れて行ってもらったな~」とか、「ガード下で父と兄と駆けっこしたな~」とか。一方で、父が酔っ払って帰宅すると、いつ爆発して母親を罵倒するかわからない恐怖に怯えていた日々や、わかり易く柄の悪い格好をしたチンピラ風のお兄ちゃんに、「借りたモンは返さないといけないんだよって、お父ちゃんに言っといてくれな」と凄まれた時の映像や…。懐かしい思い出と思い出したくもない記憶が交互に襲ってきて、そのパズルを怖がりながら脳裏で繋ぎ合わせている自分がいたんですよね。で、そろそろなのかなと。手遅れかもしれないけど、そろそろ整理する時なのかなと。時間はかかるかもしれませんが、やってみようかなと…はい。


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2019年8月29日号掲載
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テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

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