【時論】 資本主義を生かすために…富の透明性高め格差縮小、日本は“賃金”と“人口増”がカギ――トマ・ピケティ氏(パリ経済学校教授)

先進国の所得や富の格差は、20世紀初めの水準まで広がっている――。膨大な歴史データを基に、そんな姿を示したパリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏が世界中で話題を呼んでいる。相次ぐ金融危機や成長鈍化で人々の不満が募る中で、資本主義や市場経済を生かすにはどうすればよいか。日本が直面する課題にどう対処すべきか。ピケティ氏に診断を聞いた。

――「資本収益率(r)は経済成長率(g)を上回る」。このシンプルな不等式から格差を説明する理論が反響を呼んでいます。
「産業革命を経た19世紀には、当時の先進国の経済成長率は年1~2%だったが、資本収益率は年6~7%に高まった。20世紀には2つの大戦やインフレで、資本が毀損した。半面、戦後の復興などで経済成長率は大いに高まった」
「今や我々は低成長の世界に舞い戻った。経済運営を改善すれば年1~2%の成長を実現できようが、戦後のような5%成長は無理だ。一方、株式、不動産などからのあがりである資本収益率はあまり変わっていない。その結果、富の集中が起きやすくなっている」

――成長のための投資が必要なら、資本がリスクに見合うプレミアム(収益の上乗せ)を求めるのは当然ではありませんか。
「資本のすべてがそうしたリスクをとっているわけではない。資本全体の収益率が経済成長率を上回っていることを、リスクテークだけで説明するのは無理がある。もちろん、リスクをとる動きが広まれば、資本収益率と経済成長率の開きは広がるかもしれないが」

――IT化の進展で機械が人間の労働に置き換わっている結果、資本の力が強まっている側面は。
「主な先進国では国民所得に対する資本の比率が上昇し、資本収益率も高まっている。資本集約的な技術の発展が一つの理由とされる。米アマゾンドットコムが無人飛行機(ドローン)を発表したが、極端なケースはロボットが人間にとって代わる世界だろう」
「ひょっとすると、2030年はロボット社会になっているかもしれない。ただし現時点では、不動産やエネルギーなどのセクターの台頭の方が、重要な意味を持っている。これらの産業は資本集約的だからだ」




――資本は産業活動に投資されるばかりでなく、ますます金融の世界で動き回るようになりました。
「金融の機能は貯蓄を最も収益性の高い生産的なビジネスに向けること。教科書にはそう書いてあるが、現実は違う。金融規制の緩和を進めた結果、金融部門の投資と実体経済に直接の結びつきがなくなってしまった。大口投資家は高度な運用手法を駆使して高収益を上げられるが、小口の投資家はそうではない」
「投資を呼び込もうとする国々の税率下げ競争も、資本収益率の向上を促してきた。極端な税逃れの資本移動の横行は目に余り、国際的な規制や制裁が試みられるようになっている。各国は協調してこうした行動に弾みをつけるべきだ」

――そもそも格差のどこが最も問題なのでしょう。
「企業経営者に年1000万ドル(約12億円)もの報酬を払うことが、国全体の雇用創出に役立つだろうか。ある程度の格差はイノベーション(革新)ややる気を引き出すために必要だとしても、所得や富の少ない層が固定化するのは、経済にとって大きなマイナスだ。しかも社会の流動性が低下し発言力や政治的影響力に差が出ることは、民主主義にとって深刻な事態だ」

――資本主義に否定的だとの誤解もありますね。
「とんでもない。1971年生まれの私は、冷戦後世代に属していると思う。1989年のベルリンの壁崩壊を目の当たりにしているだけに、ソ連型の共産主義には何の魅力も感じない」
「私の本を読んでもらえば、反資本主義などではないと分かるはずだ。私は私有財産制を支持するし、市場やグローバリゼーションの効能を信じている。同時に強力な民主主義制度が必要だし、富の透明性が必要だ。市場や資本の力は大変に強いので、革新をもたらす一方で、極端な所得や富の集中も招いてしまう。資本への累進課税を提案しているのは、その是正策だ」

――成長を否定しているわけではないですよね。
「私は成長を否定したりなどしていない。それどころか、成長は重要であり、高めることを望んでいる。そのためには、大学への投資、一層の革新や生産性の向上、人口の増加が重要になる。とくに日本やドイツでは生産性と並んで、人口の問題が大きな政策課題となる。成長促進のためには、様々な策をとるべきだ」
「ただし、先進国は年5%成長に戻れない。長期的には年1~2%だろう。それもまた事実なのだ。戦後の高成長期に戻れると思うのは幻想で、現実の成長に合わせたプランB(代替策)を考えるべきだ」

――日本の場合、米国のように一部の富裕層への所得や富の集中が真の問題なのでしょうか。企業がおカネをため込んでいる方が、問題だと思うのですが。
「忘れてならないのは、企業は主に家計によって所有されている存在だということだ。日本ばかりでなく多くの国で企業は内部留保をためている。家計と企業を合わせた民間の富は著しく増加している。一方で政府など公的部門の富は減少している。日本はその典型ということなのだ」
「ここ10年、公的部門の負債増加ばかり議論されてきたが、半面で民間部門の資本の増加はもっと大きかった。主な先進国では今や民間資本は国民所得の4~7年分になっている。経済全体としてみると、民間の財産に適切に課税すれば、政府の負債を支えられる」

――日本では高齢者に金融資産が集中しています。世代間の格差については。
「財産が固定して動かないと、新しい世代が困難に直面する。例えば不動産の取得が難しくなる。課題は税制を若い世代に有利なものに変えることだ。勤労所得に対する課税、とりわけ中低所得の人たちの税負担を減らす。一方で、不動産や資産への課税を増やす。日本は民間資本が多いのだから、資本に対する累進課税を進めることは、理にかなっているはずだ」

――成長抜きの分配は考えにくいと思いますが、日本の場合は名目国内総生産(GDP)がピークより40兆円も縮んでいるのです。
「(グラフを手にして)名目GDPの長期にわたる縮小には大変驚かされ興味深い。19世紀末の英国が想起される。当時の英国はデフレに直面し、非常に大きな政府債務を負っていた」

――日本は1997年の金融危機をきっかけに、デフレの局面に入りました。
「19世紀の英国が経験していない現象を挙げれば、日本の場合には人口減だろう。1人当たりGDPは上昇しているかもしれないが、人口減少が響き、経済規模が収縮したのだ。物価の下落に加えて、労働力人口が減少したこの組み合わせはとてもユニークだ」

――じり貧の流れは逆転可能だと思いますか。
「2つのポイントがある。物価の下落と人口の減少だ。物価を反転上昇させ、出生数増加により人口を増やす必要がある。この2つは別の課題だ。物価の問題についていえば、中央銀行がお札を刷り金融機関に貸し出すことで、インフレをつくり出すことは可能だ」
「これはインフレの必要条件だが、十分条件とはいえない。お札を刷るだけでは、消費や設備投資に回る保証はない。消費者物価の上昇ではなく、資産インフレを招きかねない。安倍政権の経済政策“アベノミクス”は株式や不動産のバブルを生むリスクをはらんでいる。肝心の物価の上昇を実現するには、金融を緩和すると同時に賃金の上昇を果たす必要がある」

――安倍政権は金融緩和だけでなく、賃上げ実現にも力を入れています。
「実際の賃上げの幅はどのくらいなのか。そして政府部門の賃金はどうか」

――大手企業では昨年は2%くらいです。昨年は公務員の給与カットをやめました。今年は民間の後を追い賃上げに動くでしょう。
「それでは不十分だと思う。もしデフレに終止符を打ち、インフレに転換したいなら、政府は民間の後を追うのではなく、率先して公務員の賃金を上げるべきだ。消費税増税の分を除いた消費者物価上昇率が、1%を下回っているというのはやはり低い。思い切った措置が必要だろう」

――出生数については。
「男女平等で、家庭支援的な仕組みが必要だ。おかげでスウェーデンやフランスは出生率が2程度にまで回復している。半面、ドイツやイタリアは出生率が低いなど、欧州でばらつきがある。出生数の回復は施策を講じても成果が出るまで時間がかかるので、短期的には賃金増によるインフレ実現の方が重要だ」

               ◇

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ピケティ氏は日本でも熱狂的に迎えられた。世界が低成長時代に入れば資本を持つ者と持たざる者の格差は広がる。市場経済では格差拡大を予定調和的に制御する力が働かない、という。主張の肝は「資本収益率は経済成長率を上回る」との命題だ。雪だるまのように資本が積み上がり、格差が広がっていく。そうした事態を防ぐには、各国が足並みをそろえて資本に累進課税すべきだと提案する。だが資本が収益を求めリスクをとるからこそ、経済が成長するという側面も見逃せない。資本を眠ったままにさせず、どうやって成長につなげるか。この課題は相当な難問である。格差是正を求める論者は、しばしば反成長を唱える。それとは一線を画し、ピケティ氏は成長の重要性を否定しない。長期の経済停滞が格差拡大を招いた日本でこの点を確認するのはとても大切だ。教育や就職の機会を広げ格差の固定化を防ぐ努力と、経済成長は決して矛盾しない。それどころか、経済停滞を打ち破ることが、日本では格差是正の第一歩といえる。 (編集委員 滝田洋一)


Thomas Piketty フランスの経済学者。所得や資本の分配と格差の動向を巨視的に分析した『21世紀の資本』の著者。700ページを超える大著ながら、巧みな筆致で読者をとらえ、世界中で150万部を超えるベストセラーに。仏紙の時評をまとめた『トマ・ピケティの新・資本論』も出版。仏社会科学高等研究院で経済学を修め、博士号を取得後に米マサチューセッツ工科大学で教える。仏帰国後、経済を歴史的な政治・社会変動と関連づけ、分析することを目指している。政治的にはリベラルだが、単に格差是正を訴えるのではなく、その手法は徹底した実証主義。税や相続の膨大な原データを実に3世紀にわたって分析し、事実をもって説得する。43歳。


≡日本経済新聞 2015年2月1日付掲載≡


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