年間50兆円の資産が移転、タワーマンションで相続税軽減――1000兆円の資産が動く…相続で激震、ニッポン金融

2015年1月の増税で急速に関心が高まる相続。2030年までに1000兆円の資産が動く。巨大市場を巡り、銀行勢・証券会社・専門会社などが入り乱れて競う。地方から資産移転も起こり、地銀の危機も。相続は金融業界を激変させる。 (主任編集委員 田村賢司)

2015年1月中旬、東京で建築事務所を経営する仲本隆さんは、会社の税務を委託している一番町共同会計事務所の統括代表パートナー、棟田裕幸・公認会計士(税理士)と話し込んでいた。「今月から相続税の税制が変わったことで仲本さんの資産を引き継ぐ方は課税対象になりますね」(棟田さん)、「これまでの制度なら非課税だったのに。まさか自分が対象になるなんて…。どうしたらいいのだろう」(仲本さん)。数十年に1度とも言われる今回の大改正。全国では、課税対象者が従来の1.5倍、地価の高い首都圏では2倍になるとも言われる。相続税は、不動産、株式、預貯金など資産の評価額(課税評価額)から基礎控除と呼ばれる減額分を差し引いた残りにかかる。その基礎控除が、2014年までの“5000万円+法定相続人1人当たり1000万円”から、40%も少ない“3000万円+法定相続人1人当たり600万円”となったために課税対象者が急増したのだ。

仲本さんは数百万円の課税になりそうと言われ衝撃を受けた。既に75歳。2年前、予想もしていなかった大腸がんが見つかり、手術で何とか回復したばかり。無理はきかない。「どういう対策がありますか」。頭を抱える仲本さんに、棟田会計士は、同じように課税対象になった人たちが1月に入ってどう動いているかを仲間の税理士たちに聞いて伝えた。「資産を減らして課税対象にならないように、子供に贈与を始めた人が多い。今さらでも何かしようということらしい」「それから、小規模な宅地や事業用地は一定規模まで課税評価額を減らせる制度を使う人もいる。宅地が広かったらその一部を売却して事業用地に買い替えるといった方法のようだ」。同じような立場の人たちの動きを棟田会計士から聞きながら、仲本さんは考えた。「妻と2人の子供には納税資金は大きな負担になるはず。(約500平方メートルある神奈川県の)宅地の一部を売るしかないか…。まだ遅くはない。できるだけのことはしよう」




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2014年まで相続税の基礎控除額は、“5000万円+法定相続人数×1000万円”だった。例えば、法定相続人が配偶者と子供2人の計3人なら8000万円である。これが2015年から“3000万円+法定相続人数×600万円”となった。上記の例であれば4800万円。つまり、その差の3200万円分が課税対象に加わり、増税となる。また、今回の改正では、税率構造が変わり、法定相続人の取得金額で“2億円超・3億円以下”の層がこれまでの税率40%から45%に。同じく“6億円超”の層が50%から55%に引き上げとなった。一方で、贈与税は“基礎控除後の課税価格”ベースで“300万円超・3000万円以下”が減税になっている。相続税を引き上げ、贈与税を下げることで、資産を早期に若い世代へ移転させる狙いがあると見られる。

相続に関わる市場が今、急拡大している。今回の増税で、仲本さんのような新たな課税対象者が増え、その対策を支援する税理士や金融機関のビジネス機会が膨らんでいるのはもちろん。だが、実際にはそれも市場拡大のごく一部にすぎない。相続市場ははるかに大きな規模で動いている。野村資本市場研究所の推計によると、相続に関わるビジネスの“起点”となる相続資産の規模は既に年間50兆円に達し、2013年から2030年までだけで総計1000兆円に上るという。背景にあるのは、人口の高齢化で「死亡者数(相続発生)が増え続けていること」(野村資本市場研究所の宮本佐知子・主任研究員)。高齢化による死亡数増が資産の移転を急速に進めているのだ。加えて、政府も相続税を増税する一方で教育資金贈与の拡充・延長を図るなど贈与税を軽減し、高齢者から若い世代へ資産の移転を後押ししようとしている。2015年度の税制改正大綱で、こどもNISA(少額投資非課税制度)の創設を決めて高齢者の貯蓄を投資に振り向ける道筋を付けようとするなど、国策も資産の移転を促している。こうして動く膨大な相続資産が生み出す市場は大きい。遺言作成を柱にした信託や相続税額を軽減するために資産の一部を親が子や孫に贈与したり、賃貸用不動産投資をしたりすることも珍しくない。そこでは当然、不動産仲介サービスも増大する。逆に相続資産を増やしたり、納税資金を確保するために運用をしたりすることもある。中小企業など事業オーナーには、相続と一体となった事業承継支援サービスもあるといった具合だ。そして今、この拡大し始めた相続関連ビジネスを狙って“新規参入者”が増えてきた。従来、相続と言えば信託銀行の金城湯池。信託銀行がグループの大手銀行や不動産会社などと共に手掛けるケースが多かった。

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相続もにらんだセミナーが各地で開かれている(写真は東京で開かれた三井住友信託銀行のセミナー/写真=柚木裕司)。出所:野村資本市場研究所、宮本佐知子・主任研究員の推計。

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出所:大和証券の資料などを基に本誌が作成。

そこへ、ここ数年、大手証券や弁護士などが設立した信託会社・不動産会社や不動産コンサルティング会社など“新興勢力”が参入し、本格的にヒト・モノ・カネを投じて急激に存在感を増し始めたのだ。中でも特に激しい攻勢をかけているのが野村証券と大和証券だ。「親の資産がどの程度なのか。相続税はどのくらいかかるのか。これまで専門の方に試算してもらったこともないし、いざとなったら納税申告をするのも大変そうで…」。2015年1月中旬。横浜市の大和証券横浜駅西口支店を1人の女性が訪れた。多田響子さん(仮名)、59歳。3年前、父親が倒れるまでは会社員だったが、「この種の対策となると、見当がつかない」と言う。父親が亡くなった後は、87歳になる母親と二人暮らしになったが、今度はその母親が弱ってきた。困り果てて、母親が保有する約700万円の株式と自宅の建物・土地、そして預金をどう受け継げばいいのかを相談に来たのだ。相続の相談としてはごく当たり前。難しい話でもない。だが、数年前まで株式や投資信託など金融商品の販売・運用に意識が染まっていた証券会社としては、大きな転換だ。

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出所:大和証券の資料を基に本誌が作成。

「今度、ご自宅の固定資産税の課税証明書などを持ってきていただけませんか。資産の額がどのくらいになるかの把握から始めましょう」。応対した本社相続コンサルティング課の石井千香子・上席課長代理は1年半前まで、そして支店の相続コンサルタント、辻菜々美主任は2014年半ばまで、共に営業現場にいた。だが、もうすっかり相続のコンサルティングには慣れた様子だ。「でも、年齢が年齢だから、母親が認知症にならないかと不安になることもあるんです。それも考えると施設に入る資金も作っておかないといけないし…。実は、私には叔母から相続した家も別にあるんです」。多田さんの話は次第に人生相談のようになってくる。だが、証券会社の狙いはむしろそこにある。「株式や投資信託など従来の証券会社の事業の枠を広げて、顧客とより広く、深く付き合いたい」(水波悟・大和証券ウェルスマネジメント部担当部長)からだ。大和の口座には1000万円しか預けてなくても、多額の預貯金や不動産を保有しているといったケースはいくらでもある。相続で資産が移るタイミングは、顧客のそんな別の顔にも深く食い込むチャンス。逆に、ここを逃すと顧客を信託銀行を含めた他社に奪われかねない危うささえある。そのために、顧客へのアプローチの仕方も一変した。2013年春に、相続資産の評価や遺言作成など相続に関する手続きなどを一括して受託するサービスを開始。2014年4月には、従来は相続や事業承継について、個別にサービスするのは預かり資産が数億円以上の富裕層だけだったのを大きく変えた。同月、前出の石井上席課長代理が所属する相続コンサルティング課を設置し、少し下のクラスの富裕層まで対象を広げた。そして同10月には、一部の支店から相続コンサルタント(計21人)を置き始め、預かり資産で5000万円クラスというさらに下の層にまでサービスを拡大した。富裕層から一般の上位クラスの層まで幅広く捉える作戦に出たのである。

対象を広く取る戦略は、野村証券も同様。ただし、大和が一部の支店にコンサルタントを置き、それを起点に徐々に相続ビジネスの拡大を図っているのに対し、野村の場合は営業の最前線全体から意識改革を促している。2015年1月16日、横須賀支店ファイナンシャル・コンサルティング課の久保田真樹課長は、横須賀市内に住む83歳の大坪マサさん(仮名)を訪ねた。もう50~60代になっている3人の子供たちへ「毎年お正月、贈与をしたい」という希望をかなえるためだ。大坪さんにすればお年玉のようなもの。だが、高齢になっているだけに「銀行振り込みもおっくうで」と嘆いたという。久保田課長にとっては、2014年春までいた本社の教育研修部門や、その前の支店営業の時代の仕事とは様変わりしたが、それでも時折、営業マンの鋭い目ものぞく。「今まで普通の資産規模の顧客と思っていた方でも、相続である日突然、お金持ちになることが少なくない。そのあたりは見逃してはいけない」。野村では、かつて支店で営業課・資産管理課と称していた営業部隊が2008年夏からファイナンシャル・コンサルティング課に名称を変更。2013年初めからは、全支店で相続に関する相談型のセミナーを開催するようになり、前線部隊は証券営業と相続コンサルティングの両方の顔を持つように仕向けられてきた。証券マンとしての強みを生かしながらビジネスモデルを“転換”しようというわけだ。

新興勢力として相続ビジネスの拡大にかける野村や大和にとって、もう一つの強みになるのは“安さ”だ。両社は、遺言書の作成やその執行支援、あるいは親の死亡後に配偶者や子供など相続人から請け負う遺産整理の支援を無料にしている。そのもくろみは、親の側が持つ現金や不動産などを相続を通じて動かす中で「相続する人が取れるリスクに応じ一部でも株や保険などの金融商品に振り向けてもらう」(平賀敏明・野村証券信託銀行保険事業部長)こと。あるいは「親は投資が好きでも子供はそれほど熱心でないようなケースもある」(久保田・横須賀支店ファイナンシャル・コンサルティング課長)が、相続を通じて関係を深めれば、口座の代替わりができる上に運用も増やせたりするという。安さを武器に顧客の代替わりを進めるというわけだ。大和の場合には、2011年5月に開業し、既に2兆5000億円の預金量になったネット銀行の大和ネクスト銀行を相続資産の受取口座にもできる。そうして預金を増やし、既に設けてある証券の口座との間で資金を自由に移動できる仕組みを使って運用につなげることも可能になる。こうした動きを通じて、相続に関する支援手数料はただでも、収益を取る出口を本業に持っていくというのが相続のビジネスモデルと言えるだろう。

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遺産分割案件の数値。出所:みずほ信託銀行の資料を基に本誌が作成。

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出所:みずほ信託銀行の資料を基に本誌が作成。

一方、既存勢力側の銀行勢は証券会社とは戦い方が大きく異なる。そのひとつは、遺言信託など一部のビジネスでは、事実上、富裕層に集中的に力を注いでいることだ。それが表れているのが信託契約の手数料や報酬。代表的な信託商品の遺言信託では、ほとんどの信託銀行で基本手数料が32万4000円、遺言書の保管料が毎年6480円に、遺言執行時の相続財産の規模に応じて遺言執行報酬がかかる。この執行報酬は各行ともほぼ横並びで、例えば、みずほ信託銀行では、遺産額が1億円以下で1.836%(1億円で183万6000円、最低でも108万円)。1億円超3億円以下が1.080%(3億円で399万6000円)、3億円超5億円以下が0.648%(5億円で529万2000円)、5億円超10億円以下が0.432%(10億円で745万2000円)、10億円超が0.324%(20億円で1069万2000円)。証券会社とは比較にならない。遺言信託や遺産整理業務は、信託銀行側が事務作業を丸ごと引き受ける部分が多いのは確か。だが、この高さを見る限り、実態として信託銀行の遺言などの相続ビジネスは、富裕層に比重を置いていると見える。しかし、強みのひとつはそこにある。

「ご趣味はまた一段とご上達されていますか」。みずほ銀行・みずほ信託銀行などを柱にしたみずほフィナンシャルグループのみずほプライベートウェルスマネジメントの社員は、しばしば顧客とこんな会話を交わしている。同社は金融資産で数十億円を保有しているような超富裕層に対して、資産運用などの支援をする一方で、社内で“非金融”と呼んでいるサービスも手厚く行っている。超富裕層の家族の趣味がオペラや絵画鑑賞なら、一般公開とは別に限られた人たちだけのコンサートや美術展を手配し、健康維持のために会員制の医療機関を紹介する。あるいは子女の留学をあらゆる面でサポートするといったものだ。そんなサービスを長年続ける中で担当者は、超富裕層家族と信頼関係を構築。「家族の資産内容を聞けるまでになって運用や不動産売買の仲介・事業承継のビジネスを受けている」(大石泰正・みずほ銀行リテールバンキング業務部次長)という。超富裕層家族のために、オーダーメードの運用や資産管理などを行う欧州のプライベートバンクのような存在である。

信託銀行のもうひとつの強みは、信託という独自の商品を作れることや、グループの柱であるメガバンク(大手銀行)の膨大な顧客基盤を生かした物量の力にある。発売から半年で契約が早くも6000件超──。三菱UFJ信託銀行が2014年6月に始めた暦年贈与信託が大きなヒット商品となった。暦年贈与は、年間110万円までは贈与しても非課税になる制度だが、毎年行うと長期で多額の贈与を行ったのと同等と見なされ課税されやすくなる。しかし、この商品では、毎年、三菱UFJ信託が、贈与側に意思を確認する形を取ることでその難題を解消。利用者にとっては、手間を省けて多額の贈与を行える点が評価された。前出の教育贈与信託などを含め、各信託銀行はこうした商品については手数料をゼロにしている。その結果、三菱UFJ信託でも「教育贈与信託の獲得契約数の40%は、新規の顧客となった」(玉置千裕・リテール企画推進部調査役)という。富裕層に軸足を置きながら、中間層にも巧みに手を伸ばす戦略である。

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しかし、相続市場にはさらに新たな変化も起こり始めている。東京都中央区に住む柳田厚子さん(仮名・51歳)は数年前から、商社を経営する父親の資産の相続と事業承継対策に本腰を入れている。だが、銀行や証券会社、税理士法人などからの提案には満足できなかったという。銀行などの提案は、「父親の会社を分社して相続税評価額を下げる」「銀行などから借金をして航空機に投資し、それをリースする」といったもの。いずれも相続税は圧縮できるが、柳田さんが重視したのは、父親の会社の事業に影響を及ぼさないことと、過大なリスクを取らないことなど。その点で不満が残り、手をつけかねていた。そんな時に知ったのが、タワーマンションへの投資をして、父の資産の相続税評価額を下げる方法だった。タワーマンションは、人気があるため時価は高いが、1棟当たりの戸数が多く底地は小さい。そのせいで投資額に比べて相続税評価額は低くなる。さらに部屋を賃貸にすると借地権・借家権が発生し、その分も評価額が引き下げられるから最終的にはさらに減額になる。提案したのは、都内の不動産コンサルティング会社『スタイルアクト』(沖有人代表)だった。ただ、ここまでなら不動産投資を使った相続税圧縮の基本の応用でもある。柳田さんが感心したのは、「相続税圧縮に目がくらんで高い物件を買ってはいけない。そうすると賃貸料も高くなり、借り手が減る」「都心のいい場所の物件だけに投資して、空室リスクをぎりぎりまで減らす」「不動産に資産を集中させない。ポートフォリオを考える」といった“事業”として見た場合のアドバイスだった。最終的に、柳田さんは東京都心のタワーマンションに6000万円から約2億円の部屋を計7戸購入したという。「税制などの専門性は当然。経済環境が不透明な今は、さらに深い知識と経験を生かしたレベルの高い提案が必要になっている。大手信託銀行や証券会社など、大企業かどうかという問題ではない」(柳田さん)。顧客の視点は、専門性、事業性を含めた“質”に向かっている。

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出所:三井住友信託銀行の資料を基に本誌が作成。

相続税の増税は、一般の人の間にも相続への関心を強めたが、実際には非課税の中間層でも遺産紛争は急激に多くなっている。長男が親の資産を受け継ぐ長子相続制が地方でも崩れる一方で、長期のデフレ不況が資産の取り合いを演じさせたためだ。相続はもはや富裕層だけの問題ではない。目を地方に転じれば、少子化の中で地方に親が残り、少ない子供は皆大都市に住むといった組み合わせが増えている。三井住友信託銀行調査部の青木美香氏は、相続によって地方に住む親の資産が今後20~25年で大規模に他地域に流出すると予測する。中でも「青森・岩手・宮城・福島・群馬県や高知・愛媛県などでは家計資産の25%以上が移転する可能性がある」と言う。そこで起きるのは、地域の金融資産の受け皿となってきた地方銀行などへの大きな打撃である。既に相続市場では、既存勢力の信託銀行・メガバンクに挑む証券会社と、そこへ鋭く切り込む専門業者、という業種を超えた大競争が始まっている。そして、それは今後、地方にも波及し、さらに激しい戦いになる可能性がありそうだ。


キャプチャ  2015年2月2日号掲載


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