【黒田日銀は正しかったか】(後編) 『異次元緩和』に効果はあったのか?

安倍政権の成立から2年、黒田新総裁率いる日銀が『異次元緩和』と呼ばれる大胆な金融緩和を開始してからも1年半余りが経つ。多くの国民から熱烈な賞賛を浴び、高い内閣支持率に繋がったアベノミクスの熱気も、最近はさすがに冷めかけてきたようだ。ただ、これでアベノミクスや黒田緩和で何ができ、何ができなかったか、冷静に評価できる環境が整ってきたとも言える。

まず、アベノミクスの第1の成果として、リーマンショックや東日本大震災などで落ち込んでいた国民の心理を明るくしたことが挙げられる。2012年秋までの1ドル=80円、日経平均8000円という円高・株安は、当時の雰囲気の暗さを象徴する数字だった。それが、「大胆な金融緩和」を唱える安倍首相の登場とともに大幅な円安・株高に転じたことの心理的な効果は極めて大きかった。また、経済政策とは別次元であるが、2020年の東京オリンピック招致成功によって、人々が将来への夢を語り始めたことも、画期的な変化だったと思う。第2の成果は、やはりデフレ脱却の実現だろう。2014年に入って、消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの影響を除いても1%台で推移している。2012年秋からの円安の影響は徐々に薄れつつあり、近いうちに日銀が掲げる2%のインフレ目標が実現するとは思えないが、賃金が上昇に転じてきたことや、2014年秋口から再び円安傾向となってきたことなどを踏まえると、物価下落に逆戻りするとも考えにくい。デフレが“持続的な物価下落”を意味するとの定義に照らせば、既にデフレが終わったことは明らかだろう。日本経済は、過去15年余り続いた宿痾から漸く抜け出したことになる。このように、アベノミクスないし黒田緩和は極めて大きな成果を挙げたと評価できるが、同時にその限界も明らかになりつつある。その最大のものは、デフレが終わっても日本経済の強さは戻って来ないという事実だろう。




大胆な金融緩和を主唱した“リフレ派”によれば、1990年代からの日本経済の長期低迷の原因はデフレであった。曰く、①物価下落予想で個人消費が先送りされている、②デフレによる実質金利の上昇で設備投資は抑制される、③デフレ下の円高で輸出が伸びない。これらの主張が正しければ、今やデフレは終わり、実質金利はマイナス、大幅な円安なのだから、消費も投資も輸出も伸びて日本経済は大変な好況を謳歌しているはずだ。しかし、残念ながらそうした事実はない。確かに、2013年度の実質成長率は2.3%と一見まずまずだったが、このうち0.7%は公共事業の寄与であり、消費税率引き上げ前の駆け込み需要が個人消費と住宅投資と併せて0.7~0.8%あったことを考えると、これらを除いた実力は1%未満だったことになる。民間見通しによれば、駆け込み需要の反動もあって、2014年度の成長率は0.5%に届かないかもしれない。さらに注目すべきは、わずかな景気回復でたちまち人手不足に直面したことだ。失業率は3.5%まで低下したが、景気循環によらない『構造失業率』が3%台半ばだから、完全雇用が達成されたことになる。それ自体喜ぶべきことではあるが、こんなに簡単に完全雇用が実現したのは、日本経済の成長天井(=潜在成長率)が低下したためだと考えざるを得ない。現に、日銀の黒田総裁は「潜在成長率は0%台半ば、ないしそれ以下」だと言う。

そして、このことはアベノミクスの“3本の矢”それぞれに対して、以下のような含意を持つ。まず第1に、『異次元緩和』の過大評価は避けるべきだろう。大方の予想より早くデフレ脱却が実現した背景には、金融緩和が円安等を通じて物価押し上げに寄与したことも然ることながら、成長天井自体が下がっていたため速やかに需給ギャップが縮小し、物価上昇に繋がった面もあったと考えられるからだ。第2に、潜在成長率が大幅に下がった事実を踏まえれば、もはや「経済成長で財政赤字は解決できる」などという夢物語は忘れる必要がある。政府は「2020年度までにプライマリーバランスの黒字化」という目標を掲げているが、政府自身(内閣府)の試算でも、2020年度に10兆円以上の赤字が残ることになっている。しかも、その前提は2015年から消費税率を10%に引き上げるだけでなく、名目3%台、実質2%台の経済成長が続くという驚くほど楽観的なものだ。日本の公債残高の対GDP比率がギリシャより高いという事実を見据えて、より現実的な前提の下で、財政の健全化に真剣に取り組んで行く必要がある。第3は、既に完全雇用が達成された以上、今重要なのは総需要の追加ではなく、供給力の強化だということである。潜在成長率がここまで低下したのは、2013年の『日本再興戦略』も含めて、各内閣が毎年策定してきた成長戦略がほとんど何の効果も持たなかったことを意味している。2014年の成長戦略では、農協改革やコーポレートガバナンス改革など多くの重要なテーマが掲げられたが、今度こそ実効性のあるものへと練り上げて行くことが求められよう。

以上を踏まえれば、“3本の矢”の優先順位もまた明らかだ。これまでは“第1の矢”が突出してきたが、デフレ脱却が実現した以上、日銀のメンツを気にして2%インフレを急ぐ必要はあるまい。むしろ、財政健全化と成長力の強化こそが急がれる。物価上昇だけが実現すれば、国債金利の急上昇という深刻なリスクに直面することを忘れてはならない。


早川英男(はやかわ・ひでお) 富士通総研エグゼクティブフェロー。1954年生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。調査統計局長・名古屋支店長・大阪支店長などを経て、2009年3月より日本銀行理事。2013年3月に同行を退職し、同年4月より現職。経済学博士(米プリンストン大学)。金融危機後の世界経済動向、日本の潜在成長率低下とその要因等について研究中。


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