【曽野綾子vs百田尚樹・憂国放談】(後編) 絶対善か! 絶対悪か!…“宗教”とはいったい何なのか!

空爆に発展した過激派組織『イスラム国』問題、中国のウイグル・チベット問題…。世界では宗教を背景とした争いが絶えることはない。だからこそ今、問いかける。宗教とは、信仰とは…。ベストセラー作家2人による対談の完結編をお贈りする。

『ワイラー』とは“賄賂の贈り手”という意味の曽野綾子氏(83)の造語である。アフリカの医療支援で自らそのワイラー役を務めるのだと、曽野氏は対談の前編で明かした。百田尚樹氏(58)は、「しかし、賄賂はやはりよくないと思いますが」と応じたが――。

曽野 大きな賄賂は私も反対です。大統領の私腹を肥やすようなものは、いけません。でも、税関などで穏やかに薬を通すために、ほんの少額の賄賂、つまりお祝儀か、お駄賃を渡す。これには意味があるんです。世界中には1日1ドルで暮らす公務員家族もいる。子供が5人も6人もいては食べていけない。だから、お巡りさんが麻薬の密輸を手伝ったりする。そういう人たちに10ドルでも渡したら、子供たちがたまに肉の切れ端でも食べられるようになります。私はその程度に留めています。

単純な善悪論では何の解決にもならない。曽野氏が訴えているのは、途上国の“貧困”という現実である。

曽野 私は53歳のときに初めてサハラ砂漠を縦断したんです。サハラは1480kmの間、水もガソリンも何もない“無の極限”です。そしてそこから南には貧困が広がっている。そういう現実を見て、物質が潤沢であるなんてことは、この世の天国だということがわかるようになりました。それから毎年、アフリカへ行っています。“アフリカの貧困”が、いまでも私の生活の基準線です。
百田 それをいうたら、日本は“有の極限”ですね。
曽野 日本では予約しておけばホテルは必ず確保されている。でも、アフリカでは通用しません。隣国から外務大臣が急にお供を80人連れてやって来たとなると、部屋なんかなくなる。そこで小さな戦いが始まる。ホテルのフロントで、まずパスポートの間にお金を挟んで渡してみる。次に大統領の親友だと偽って「断っていいのか」と脅す。最後には、ホテルの女性に「君とお茶飲めると思ったのに」と小声で囁く。金と権力と色を駆使するんですね。
百田 日本人は馬鹿正直にルールを守る。それはもちろんええことなんですけど、海外では、そういう交渉力も必要なのかもしれませんね。
曽野 アフリカへ行かれればわかりますよ。貧乏の定義とは「今晩、食べるものがない」ことなんです。食べ物がなければ、水を飲んで寝る・盗む・乞食をする、この3つしか解決法はないんです。盗むことは悪いなどと言っていたら、子供は飢え死にします。







曽野氏は40年間にわたって、辺境地域へ物資や資金を提供する活動を続けてきた。2009年にコンゴを訪れた際には、エボラ出血熱が大発生した地域にも足を運んでいる。

曽野 あの病気は、ちょっと針を刺しただけで血が噴き出すんだそうです。その血まみれになった手袋や防護服を普通ならドラム缶に入れて焼却するんですが、この防護服が焼く前に盗まれるんですよ。
百田 えっ? そんなもの盗んでも、売れないんじゃないですか。
曽野 アフリカでは何でも売れます。だからどんどん感染が広まってしまうんです。1995年にエボラ出血熱が爆発的に流行ったとき、コンゴ民主共和国のキクウィートという町では、イタリアの修道会のナースたちが全員踏みとどまって、10日間に6人も亡くなりました。神父は死にかかっている患者に最期の接吻をするんですが、そのときに感染した人もいます。あの病いは人間の勇気と尊厳の証しを問いかけていますね。

途上国のこんな現実の前では、豊かな日本の“ヒューマニズム”など何の役にも立たないというのだ。世界2位の経済大国・中国も、その内実は“途上国”と変わりはない。9月22日から経団連など経済界トップが過去最大の200人以上の規模で中国を訪問したが、曽野氏、そして百田氏もこう危ぶむのだ。

曽野 私が、もし会社を持っていたら中国にはまあ進出しません。必ず後でひどい目に遭いますから。文化交流だけにします。
百田 中国は危ないからと欧米企業は2000年代初めから撤退していた。にもかかわらず、日本の企業だけがどんどん中国に進出していったんですよ。
曽野 10何億人も人口がいると、運動靴が1足売れるだけでも10何億足売れるという計算なんですね。
百田 それと、安い労働力で人件費がまかなわれるということで日本企業はたくさん出ていったわけですが、みんな失敗しています。物を取られたり、技術を盗まれたりしてきました。
曽野 しかも従業員が誠実でない。
百田 いまいちばん流行ってる中国ビジネスは中国からの撤退コンサルタントです。撤退しようとすると報復されるんですよ。いままで払ってなかった税金を急に払えとか違約金を払えとか。いかにリスクを少なく撤退するかということがビジネスになっているんです。
曽野 そういう国からは黙って夜逃げするほかありませんね(笑)。

百田氏は、そもそも中国人と日本人の民族性が違うのだと指摘する。

百田 中国の歴史は虐殺の歴史です。日本は弥生時代から第2次世界大戦まで1度たりとも人口が減ったことはない。ところが、中国の人口はドーンと何回も減ってるんですよ。戦争のたびにものすごい数の人が死ぬんです。漢の時代には人口が2000万人になりましたが、漢が亡んだときに300万人まで減っているんです。曽野先生、こんな話でもええんですか。
曽野 どうぞ、もっと教えてください。
百田 戦争よりもはるかに怖いのは共産党の粛清です。僕がいちばんひどいと思うのはポルポトです。600万人いたカンボジアの人口が、ポルポト時代の4年足らずの間に、120万人から250万人が殺害されたといわれています。200万人とすると、国民の3分の1以上ですよ。
曽野 しかも。カンボジア国内だけですからね。日本も太平洋戦争で300万人が亡くなりましたが、死因が違います。
百田 スターリンも毛沢東も数千万人を殺しています。僕は共産主義というのは19世紀の終わりに出現した“新興宗教”やと思ってるんです。共産党は政権を取ったときに、まず宗教を弾圧する。これは共産党が宗教そのものややからですよ。日本では源平の戦いでも、天下分け目の関ヶ原でも、一般の民衆はほとんど犠牲になっていません。信長以外に人民虐殺の歴史がない珍しい国です。そういう日本人が南京大虐殺なんかするわけがないんですよ。それを朝日新聞なんかが、中国の尻馬に乗って書きたててきたわけです。
曽野 この世には絶対善も絶対悪もありえない。その認識がない幼稚な議論にはつき合い切れません。
百田 幼稚の最たるものが憲法9条論議ですよ。「日本は戦争を放棄します。これで平和になります」って、アホかと。いちばんの戦争抑止力は“力”です。軍隊を持っていることが抑止力なんです。お前が何かしたら、俺は反撃するぞと。そうすると、敵は簡単には攻めて来ないんです。

曽野氏は百田氏の言葉に頷きながら“抑止力”についての個人的なエピソードを披露した。

曽野 三浦半島の小網代湾という小さな湾のそばに別荘があるんです。たとえば、私が『百田部族』と争っていて彼らを湾の中に入れたくないから機雷で港を封鎖しようとする。これに、いくらかかると思いますか?
百田 えっ、機雷ですか?
曽野 先日、専門家に聞いたんですが、湾の入口は600mぐらいだから本物の機雷を10発、偽物を10発置くと敵は入れないそうです。本物の機雷の値段は1発60万円くらいで、全部で1000万円もあれば、敵対部族を封鎖できるんです。機雷はインターネットでも買えるそうですよ。もちろん、本気で機雷を買うつもりはありませんけど、私は小説家ですから、架空の危険をよく考えるんです。

日本も“敵”に囲まれている。中国や韓国という度し難い価値観を押しつけてくる相手とどう渡り合えばいいのだろうか。

曽野 私が通っていた戦前の聖心には文部省令による学校と、インターナショナルスクールがあったんです。日本人と外国人が一緒に学んでいましたが、お互いの文化は侵さない、お辞儀の仕方まで別々でした。相手のやり方は認めることを、厳しくしつけられましたね。
百田 その話は靖国問題にもつながりますね。靖国は日本の死生観・宗教観の問題です。それに対して他国が口を出すのは内政干渉ですよ。絶対に認めたらあかんのです。アメリカの大統領がアーリントン墓地で戦死者を追悼したときに、ベトナム人が「ベトナム戦争を肯定するのか」と言ったら大変な問題になりますよね。ヨーロッパ人がイスラム教の宗教施設に口出ししたら戦争になる。それぐらいデリケートな問題なのに、日本の左翼マスコミも政府も、「はい、はい」と、中国や韓国の言うことを聞いています。
曽野 私はクリスチャンですけど、10年も15年も靖国参拝を続けています。
百田 毎年行ってはるんですか?
曽野 8月15日には必ず行きます。英字新聞を読んで気がついたんですが、靖国神社のことを『ヤスクニ・ウォー・シュライン(靖国“戦争”神社)』と書いてあるんです。これは『ヤスクニ・ピース・シュライン(靖国“平和”神社)』と訳すべきですよ。こんな誤訳を通してしまったのはマスコミや外務省の責任です。

何物にもひるまず、悪いものは悪いと言い切る曽野氏の強さを支えるのはキリスト教への信仰だという。

曽野 私、キリスト教のおかげで正しい人間はいない、だから許しなさい、と習ったんです。
百田 じつは私の母親がキリスト教なんです。先生のようにカトリックやなくてプロテスタントです。僕はキリスト教やないし、洗礼も受けていませんけどね。幼児洗礼は意味がないというのが、母親の考え方でしたから。
曽野 自分で選んだほうがいいんですね。
百田 そんなわけで、小さいときから聖書はいちおう読んでいました。宗教界のことは詳しく知らないんですけど、キリスト教などの古典的な宗教と新興宗教のいちばん大きな違いは、新興宗教はほとんどすべてが現世利益やということですね。拝めば幸せになれる。こんな楽なもんないですわ。キリスト教にしてもイスラム教にしても、古典宗教には非常に深い哲学がある。キリスト教のヨブ記は宗教における信仰が、人の幸せにどう結びつくかという大きなテーマを含んでいますよね。
曽野 ヨブ記は、42章7節以降で信仰を持てば全員が報われるようになっているんです。でも、それは勧善懲悪の好きな読者のために後で書き加えられたものなんだといわれています。本当のヨブ記というのは、42章6節まででね、義人といえども現世で報われない話なんです。
百田 信仰の深い人がとことん不幸になっていくんですよね。
曽野 そのテーマで私は『無名碑』という小説を書いてるんですが、大手ゼネコンの有名な社長から「曽野綾子はけしからん。いい人間がこんなにひどい目に遭う小説を書いてけしからん」って非難されたことがあります。
百田 信仰しても報われない人がおる。じゃあ、なぜ信心するのか。そこをさらに深くつっこむのが偉大な宗教です。

ともにベストセラーを生み出す2人である。話題は自然に作家論に移っていった。

百田 曽野先生と僕では格が違うんですけれども、言わせていただくと、僕は作家というのは恥ずかしいもんやと思うてるんです。物を作ったり運んだり、お医者さんなら病気の人を助けたり、世の中にはいろんな仕事がある。そういう仕事に比べると、小説家なんて、なくてもいい仕事やなと思います。
曽野 「たかが小説家」という自覚は本当に必要です。だからこそ、魂の自由を失わずにいられるんですよ。
百田 小説家って、究極的には「おもろい話するから銭くれよ」という仕事やと思うんです。こういう奴は原始時代からおったと思いますよ。「俺、昨日マンモスと戦ってな。ほんま危なかったけど、危機一髪で助かったわ」いうたら、みんなが「おもろいな、まあ肉食えや」ってね。僕は「社会に食わせてもろてる」と思ってるから、お返しせなあかんと思うてるんです。
曽野 私は、文章力というのは、いちばん穏やかな武器だと思っています。人生は戦いです。その戦いに、斧がいるのか腕力がいるのかわかりませんけど、文章力も武器だと思っています。気がついたら、63年も書き続けて、少なく見積もっても400字で20万枚は書いているんです。いまでは月に120枚くらいしか書いてませんけれど。私は“書く職人”でした。
百田 とてもそんなには書けませんわ。ところで、曽野先生は別荘をお持ちなんですね。よく行かれるんですか?
曽野 畑をやってますからね。玉ねぎが数十kg、みかんも半トンぐらい獲れるんですよ。でも畑仕事って残酷なんですよ。だって、芽が出たら間引きするんですから。人間は、弱いものを淘汰した野菜を食べなければ生きていけない。それなのに、「人権」だとか、「1人の命は地球より重い」とか安易に言いすぎますね。それは嘘・まやかしですよ。

それを教えてくれたのは、アフリカとキリスト教、そして畑だと曽野氏は言うのである。


その・あやこ 1931年9月17日生まれ。東京都出身。作家。聖心女子大学卒。1979年、ローマ法王庁によりヴァチカン有功十字勲章を受章。2003年に文化功労者。1995年から2005年まで日本財団会長。著書に『中年以後』『老いの才覚』『人間にとって成熟とは何か』などベストセラー多数。
ひゃくた・なおき 1956年2月23日生まれ。大阪府出身。作家・放送作家。放送作家として『探偵!ナイトスクープ』の構成を手がけた。2006年、『永遠の0』で作家デビュー。著書に『BOX!』、本屋大賞受賞の『海賊と呼ばれた男』などがある。2013年11月よりNHK経営委員を務める。


キャプチャ  2014年10月14日号掲載
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