【格差を考える】(上) 戦後日本、富の集中度低く…“平等社会”成長に課題、最適バランス求め議論を――スタンフォード大学客員教授&一橋大学教授・森口千晶氏

ポイント
○ピケティ氏は「成長と格差」の研究に新風
○日本の超富裕層シェアは大戦前後で一変
○米競争社会も課題多く最適な均衡みえず


“成長と格差”の問題は経済学の重要なテーマだ。成長は貧富の差を生み出すのか。持続的な成長はやがて格差を縮小させるのか。富の蓄積は革新の推進力か。それとも富の偏在は逆に成長を阻むのか。研究上の困難は理論を検証するための長期的データがないことだった。例えば、所得の不平等を示すジニ係数の算出に必要な大規模家計調査が始まったのは、先進国でも1960年代にすぎない。そこに新風を吹き込んだのがトマ・ピケティ氏(パリ経済学校教授)である。彼は理論家でありながら、税務統計と国民所得計算から所得占有率という格差の指標を推計する方法を編み出し、自らフランスの歴史統計を駆使して新たな事実を明らかにした。この方法は瞬く間に世界の研究者に広がり、現在では新興国を含む30ヵ国について同様の指標が推計されデータベースとして公開されている。同氏の革新的な手法によって富裕層に初めて分析の光が当たり“成長と格差”の研究は各国の長期統計を基礎とする実証研究へと大きく展開した。本稿では、筆者がカリフォルニア大学バークレー校のエマニュエル・サエズ教授とともに行ってきた日本の分析結果を最新の推計を含めて紹介し、わが国における格差の長期的な変遷を明らかにする。




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日本のデータは以下の点で注目に値する。まず、明治政府は欧米に先駆けて1887年に所得税を導入したため、125年にわたる、どの国よりも長い時系列データが得られる。さらに、19世紀中葉には産業革命が進展していた欧米とは異なり、近代成長の全過程がこのデータ期間に含まれる。日本は、欧米各国が1世紀半かかった産業化のプロセスをその倍のスピードで駆け抜けた。このような急激な成長は、所得や富の集中を伴ったのだろうか。そこで、成人人口の上位0.1%の高額所得者を“超富裕層”と呼び、彼らの所得が総個人所得の何%を占めるかを示す“上位0.1%シェア”について、1890年から2012年までの推移をみよう。ここで所得とは課税および公的移転前の市場所得を指す。株や不動産の売買から得られるキャピタルゲインは、実現時のみの一時的な所得で取得者の変動も激しいため通常は除くが、図にはそれを含めた系列も示す。ただし、戦前は譲渡益が非課税だったため、データがない。キャピタルゲインを除いた系列をみると、産業化初期の急成長期(1890~1938年)に超富裕層への所得の集中が急激に進み、第2次世界大戦前夜にはシェアが9%を超えたが、戦中に急落し、終戦時には2%にまで激減した。その後、驚異的な成長率を記録した高度成長期(1955~1973年)にも超富裕層のシェアは低位で推移し、安定成長期にさらに1.5%まで低下、バブル期の頂点でも終戦時と同じ2%にすぎない。

以上のデータは、日本の高成長は戦前には“格差社会”、戦後には“平等社会”のなかで実現したことを明確に示す。すなわち“格差と成長”の関係は一意的には決まらない。これは驚くべき事実だが、日本の経済システムは戦前と戦後で全く異なるものだったとする多くの先行研究と優れて整合的である。明治・大正期の経済発展のダイナミズムは、(1)資産家(商工業者・地主)による財閥系大企業への資本投下、(2)企業から大株主への高配当による利潤還元と、高額の重役報酬、(3)資産家による富の蓄積とその再投資――にあった。それでは、何が戦前から戦後への劇的な変化をもたらしたのか。1938年に始まった軍事統制は、直接生産に従事する農民・労働者を保護する一方で、資本所得(地代・配当・利子)と重役報酬に厳しい制限を加え、さらにインフレと都市部の空襲が資産を破壊し、超富裕層の所得に大打撃を与えたのである。だが、上位所得シェアはなぜ戦時ショックからすぐに回復しなかったのか。その理由は占領期の民主改革とその後の制度変化にある。土地改革・財閥解体・臨時財産税は大規模な土地・株式・家計資産の再配分をもたらし、富そのものの集中を解消し、長期的に資本所得を平準化した。さらに、戦時の高度に累進的な所得税・相続税がそのまま制度化されたことは、富の再集中を困難にした。また、教育改革と労働法改革は、人的資本と労使関係を平等化した。

このような制度的基礎の上に花開いたのが、高度成長期の“日本型企業システム”である。そこでは、個人資産家に代わり系列企業とメーンバンクが株式を保有し、オーナー経営者は内部昇進によるサラリーマン経営者に置き換わった。従業員も企業別組合を結成して企業統治に参加し、戦前に比べて配当・重役報酬が大きく低下した。ブルーカラー社員にも人的資本投資を行い、ボトムアップの生産性向上を目指す日本型人事管理は、高度成長期から安定成長期までの“格差なき成長”の原動力となった。しかし、キャッチアップの時代が終わり、バブル崩壊後、日本は新たなシステムを求めて長い模索期に入った。1990年代以降、非正規雇用の増大など低位所得層の拡大がみられるが、日本でも米国のように所得分布の“二極化”が進んでいるのだろうか。図によると、日本の超富裕層のシェアは1990年代半ばから上昇に転じ2008年に戦後最高値を記録したが、それでも2.6%であり、リーマン・ショック後は低下傾向にある。これに対して米国では、1980年代からシェアが急伸し2012年には実に8.8%に達している。同年の日本での超富裕層の平均所得は約5500万円だが、米国ではその7倍の3億8000万円だ。キャピタルゲインを含めた系列もみておくと、日本では物価高騰期やバブル期には一時的に超富裕層のシェアが5%を超えていたが、2012年時点のシェアは3.3%にとどまっている。今後のデータで『アベノミクス』の影響を注視する必要はあるが、その他のデータも総合すると、日本の上位所得シェアは歴史的にも国際的にも依然として低い水準にあり、ピケティ氏が警告する“富裕層のさらなる富裕化”が起こっているようにはみえない。

それでは、成長を高めるために日本は上位所得における格差を容認すべきだろうか。高度成長期に日本が作り上げたシステムは個人の卓越した才能よりもチームワークを重視し、トップダウンよりもボトムアップの革新を奨励するシステムであり、多くのメンバーから高い意欲と生産性を引き出すのに優れている。その半面、傑出した個人に十分な誘因や報酬を与えないため、労働市場がグローバル化すれば才能の流出を招く。例えば、プロ野球のダルビッシュ有投手の大リーグ移籍は、日本の格差を縮小し米国の格差を拡大したが、もし“平等社会”の背後に人材の流出があるとすれば、社会の活力が失われる危険が大きい。他方、米国のシステムは、競争を勝ち抜いた個人に大きな報酬を与えるスターシステムであり、シリコンバレーの起業家にみるように、創造力や独創性の育成に威力を発揮する一方で、残された大多数を顧みない。また、米国の超富裕層の6割を占める大企業経営者の多くは、才能と努力ではなく幸運によって巨額の報酬を得ているという分析もあり、留意が必要だ。21世紀の日本はどちらのシステムを選択するのか。あるいは試行錯誤のなかで新たなシステムを編み出すのか。私たちは“成長と格差”の最適なバランスを求めて真摯な議論を重ねていく必要がある。


もりぐち・ちあき 京都大学卒、スタンフォード大博士(経済学)。専門は比較経済史。


≡日本経済新聞 2015年2月11日付掲載≡


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