【ベネッセの実像】(上) ベネッセ、巨大訴訟の衝撃

日本国民の3人に1人という大規模な顧客情報漏洩事件から半年、ベネッセホールディングスに対する集団訴訟が噴出している。2015年3月期、上場以来初の最終赤字に転落する見通しの大手教育出版は、かつてない危機に直面した。“プロ経営者”と称される原田泳幸はこの荒波を乗り切れるのか。事件の深層を探っていくと、巨大な教育ビジネスの本質があらわになってくる。 (編集委員 金田信一郎)

1月29日、東京地方裁判所。記者とテレビカメラでごった返す会見室に、5人の弁護士が並んだ。彼らがベネッセの顧客情報漏洩事件で、『被害者の会』を立ち上げたのは昨年12月1日のこと。それから年末までに1789人を集め、“巨大訴訟”として注目を浴びることになった。「重要な情報を漏らしながら、500円の金券で済まそうとしたベネッセの体質に怒りを感じる」。弁護団長の眞鍋淳也はそう語り、1人当たり5万5000円の損害賠償を求めて裁判を起こした。弁護士費用を実質無料にしたこともあって、発足直後から問い合わせが殺到、年末に“1次募集”を締め切った時、想定を大きく上回る原告団が形成されていた。だが、年明け、思わぬ展開が待っていた。膨大な書類の処理に追われていた時、ベネッセ側から書類が届く。『通知書』。そう題された10ページの文書は、1月7日付でベネッセ側の弁護士事務所が作成したものだった。インターネットで原告を募ったり、裁判情報を公開しようとしている手法が弁護士職務基本規定に違反しているなどと主張する。弁護士会への懲戒請求の申し立てを辞さない構えを見せていた。「場外乱闘を仕掛けてきた」(眞鍋)。法廷の外での戦いを仕掛け、リング(裁判所)に上がることを防ぐ…。事実、反論書を仕上げるまでに9日間を費やすことになる。




こうした応酬が繰り広げられる背景には、判決の内容もさることながら、時間との戦いが大きなポイントになっていることがある。事件の時効は3年なので、原告側はそれまでに判決を出したい。もし損害賠償額が確定すれば、参加者が急増する可能性がある。「ベネッセは背後に控える4000万人を意識しているはずだ」。被害者の会の弁護士・松尾明弘はそう読んでいる。そして、原告団は今も拡大を続けている。今年になっても参加者が後を絶たず、2月中に2次訴訟を1000人規模で起こす予定だ。ベネッセは「訴訟についてはコメントできない」とし、意見書を作成したあさひ法律事務所も取材の問い合わせに対して、担当弁護士の名前を明らかにせず、いまだ返答がない(2月8日時点)。「ベネッセの事件後の対応がひどすぎる。米国なら懲罰的賠償を科せられている」。約400人の集団訴訟で代理人弁護士を務める金田万作は、子供1人10万円の賠償金を求めている。しかも、全国で同じ裁判を、弁護士費用をかけずに起こせるように、訴状のひな型をネット上で公開している。名前や住所などを打ち込んでプリントすれば、そのまま裁判所に持ち込める。“弁護士いらず”の裁判手法を、あえて金田が用意している背景には、「このままでは、名簿の拡散が続き、2次被害が止まらない」という危機感がある。昨年7月末、親類の情報が漏洩したことを知り、ベネッセに流出先を問い合わせた。名簿業者に情報の削除を要請するためだった。ところが、お客様相談室から「把握していない」という内容の書面が送られてきただけだった。「重大な事故を起こしながら、(被害を止めるという)当事者意識がない」。そうした思いをブログにつづると、ベネッセの対応に疑問を抱いていた人たちの問い合わせが、せきを切ったようになだれ込んできた。

ここにきて訴訟が拡大している背景には、ベネッセの対応への不信感が人々の心に蓄積していることがある。補償に対する会社側の姿勢は今もふらついている。当初、「補償を考えていない」と表明して批判を浴び、その8日後に、「200億円を準備した」と経営トップの原田が発表している。そして、500円の金券を用意することになる。ところが、その後『財団法人ベネッセこども基金』を創設し、図書カードや電子マネーといった金券のほかに、基金への寄付も選択できるようにした。しかも、選択の期限は昨年12月15日で、「それを過ぎると自動的にベネッセ基金に回る」という情報がネット上などで流れていた。「基金が具体的に何をするのか見えない。なぜ、ユニセフなど既存の団体に寄付しないのか」。疑念を抱いていた金田は、期限が過ぎた後に、基金に回ったのかベネッセに問い合わせた。すると「基金に回るのはその通りだが、期限は12月25日まで延期した」という答えが返ってきた。しかし、ベネッセのホームページにそうした告知は見あたらない。実は、ベネッセは1月下旬の時点でも、「基金に回すかどうかも含め、まだ決めていない」と説明している。「200億円の補償」と発表しながら、選択した人の分だけ支払って、補償を終了する可能性がある。

「今、ベネッセの経営は、原田社長とごく少数の取り巻きが考えている。どういう議論が進んでいるのか、まったく分からない」(事業会社ベネッセコーポレーションの部長)。そして、毎月のように組織に大ナタが振るわれる。「役職はおおむね半分に減った。多くの管理職が一段階ぐらい格下げになった」(40代課長)。昨年末にはリストラ策が発表され、春までに300人の希望退職を募集し、700人が配置転換される。こうしたリストラ策を打つタイミングも絶妙だった。「苦情の電話が鳴り止まず、役職者まで対応させられ、1日中どなられた。自信とプライドを失いかけているところに大改革の波が来たので、黙って受け入れるしかなかった」(50代幹部)。経営陣も多くの古参役員がその地位を追われた。副会長の福島保と、取締役最高情報責任者だった明田英治が事件で引責辞任。ベネッセコーポレーションの生え抜きの社長だった小林仁もその座を外され、原田が持ち株会社と事業会社のトップを兼務する体制となった。一方、外部から9人の経営幹部をスカウトしてきた。今年1月に加わった2人の新執行役員は、ともに外資系コンサルティング会社の出身者だった。経営陣の大幅な入れ替えは、個人情報を漏洩させた“企業風土”を変革する狙いも込められてる。9月17日に再発防止策を経済産業省に提出したが、個人情報保護法違反などを指摘された。「データ管理に責任を持つ担当者がいないし、セキュリティー強化の行程も不明確」(同省サービス政策課長の松岡建志)として、再発防止策を徹底するように勧告を受けている。その後、元パナソニック情報セキュリティ本部長をCLO(最高法務責任者)に就任させ、1月には情報セキュリティー会社ラックと共同出資会社を設立するなど、情報管理体制の強化策を打ってきた。

そして、新たなマーケティング戦略が次々と打ち出されている。「顧客との接点を作る」。そう話す原田は、顧客情報漏洩事件で不安を感じている消費者に向けて、住所や氏名を登録しなくてもオンライン学習ができるサービスを開発、2月17日から大手コンビニエンスストアのローソンでプリペイドカードとして発売する。自宅のパソコンで、カードに記載されたコード番号を打ち込むと、500円で30分~2時間程度の学習ができる。「130万枚作ったが、売れるかどうかまったく予測できない。でも、腐るものではない」。そう原田は“低リスク”を強調する。だが、ほかにも次々とマーケティング施策を打っており、少なからぬリスクをはらんでいる。学習相談所『エリアベネッセ』は4月までに500ヵ所に設置するという。社員が“学習プランナー”として配置され、勉強法や進路をコンサルティングする。だが、昨年11月に都内2店でスタートしたものの、いまだ全国7店にとどまっている。その要因に、希望者不足があるとみられる。「今、社員がもっとも恐れているのは、エリアベネッセに異動させられること」。30代の社員はそう打ち明ける。「これから、地方にも展開していく。どこに飛ばされるか分からない」

それだけではない。進研ゼミを使った個別指導教室を、数年で500ヵ所立ち上げる。グループ会社の東京個別指導学院が教師1人で生徒2人を指導しているノウハウを使って、生徒4人を同時に指導するという。なぜ、生徒4人なのか。その質問に、東京個別指導学院の幹部は首をかしげた。「分かりません。昨年8月に新業態として知らされただけです」。そこから急いで授業や研修の方法をまとめ上げたという。それだけに、500校計画の成功には不安が残る。「3月までに総括すると思います。仙川校(1号店)の成功を見極めた上でないと、絵に描いた餅になりますから」。“進研ゼミの教室”は失敗の歴史がある。2004年にも学習教室『チャレンジ』をスタート、3年で2000ヵ所に設置するという目標を掲げたが、軌道に乗らず2008年に撤退している。しかも、今回は人材のミスマッチまで指摘されている。リストラで異動の対象となるのは、主にグループ内の間接部門といわれている。「今まで社内管理をしていた人が、いきなり子供相手に学習指導をできるはずがない」(大手学習塾幹部)

急拡大戦略が“机上の空論”に終わる危険を指摘する声は少なくない。「原田さんは人と接しなくなった」。ある証券アナリストは、経営方針説明会の後、名刺交換もせずに足早に去っていく姿に違和感を覚えた。「あれでは、創業家の福武(総一郎)さんだけを見て経営していると思われてしまう」。取材にも応じる気配はない。昨年末から原田への取材依頼を続けているが、「時間が取れない」として実現していない。ベネッセの社長室は東京・西新宿の新宿三井ビルディングにある。その道をはさんだ反対側に、日本マクドナルドホールディングス本社が入るアイランドタワーがそびえる。マクドナルド会長を兼務している原田は、2つの向かい合うタワービルの地下駐車場の間をクルマで移動するという。「現場を見ないことが、大胆な戦略につながっている」。ベネッセの50代幹部は、そう感じている。“DM凍結”はその象徴だという。原田は事件後、「DMは客を操るためで、何の価値も提供していない」とDM戦略を否定し、マーケティング手法を転換することをうたった。そして、学習塾化に邁進する。だが、収益の大黒柱である進研ゼミの凋落が止まらない。入会者数は昨年11月、前年同月比55%減と危機的状況に陥ったと見られる。事件前の昨年4月に365万人だった会員数は、半年後の10月に325万人まで激減している。




なぜベネッセは、事件発覚から半年ほど経っても、これほど打撃が尾を引いているのか。その答えは、ベネッセのビジネスモデルに隠されている。“教育”“出版”といった業態区分で語られてきたが、その内実は、他に例を見ない特殊な事業スタイルをとる。そこに、事件の“意味の重さ”が潜んでいる。企業体を読み解く鍵となる会社は、東京都昭島市にあった。レンガ色の3階建てのビルは、昼間からシャッターが下り、窓は鉄格子で覆われている。『文献社』。名簿流出事件で、ジャストシステムが「子供のデータはないか」と問い合わせた名簿業者だ。文献社は5月中旬、東京都武蔵野市の名簿業者『パンワールド』から大量の名簿データを購入し、5月21日にジャストシステムに257万件を販売したという。「東の文献社」。名簿業界では“大手”として名が通っている。「住民基本台帳が閲覧できた時代には、役所に行って名前や住所を書き写していた。それを手広く手がけていたのが文献社だった」(教育コンサルティング会社社長)。信用調査会社の情報データでは、文献社の取引先のトップにベネッセが掲載されている(ベネッセは、「現在、取引はない」という)。かつては、教育出版や訪問販売業者・学習塾など、多くの企業が営業活動のため、個人情報を住民基本台帳から取得していた。だが、各企業が独自に住民データを取得することは多大なカネと労力がかかる。転居率が高い都市部では、毎年のように閲覧して情報を更新しなければならない。そこで、個人情報を得たい企業は、文献社をはじめとした専門の名簿業者を利用して、全国ネットワークを作り、情報を吸い上げていった。「様々な大手企業が名簿取得のネットワークを構築していたが、最後の大きな(情報の)山を作ったのがベネッセだった」(教育出版社幹部)

「ベネッセが、なぜ先行する旺文社や学研(学研ホールディングス)を追い抜くことができたのか。それは、強力な名簿ネットワークを築いたからだ」。40代の元社員は逆転の構図をそう明かす。「出版社に分類されるから、強さの本質を見誤る。彼らのビジネスは、名簿を中心に回っている」。かつては、社内でも“名簿集め”が盛んに行われていた。「Z会(増進会出版社)と違って、地方トップ校の生徒が少ない。だが、社内には高学歴の社員があふれているので、春になると親類縁者の卒業名簿をかき集める。そのたびに金券が飛び交っていた」(50代元幹部)。だが、21世紀に入り、このビジネスモデルに大きな転機が訪れる。2006年1月、住民基本台帳法が改正され、住民データを書き取ることができなくなる。その期日が迫った2005年10月、ベネッセは閲覧を中止する。社員を使った名簿集めも現在は実施していないという。この時期、多くの名簿業者が転廃業を余儀なくされた。そして、残った業者は、かつて集めた個人データを使って、細々と事業を続けている。しかし、取得が難しくなった分、個人情報の価値は高まり、大企業のデータ流出事件が後を絶たない。その“金脈”を掘り当てると、多くの同業者や企業に売りつけようとするため、一気に拡散する。ベネッセから流出した膨大なデータは、少なくとも35の業者に渡ったとされる。だが、都内の名簿業者は「そんなに少ないはずがない。ケタ違いに多くの人の手に渡っている」という。「出所がばれないように、データをマージ(統合)したり、スクリーニングにかけて分解する。そうすれば“オリジナル”のデータに化ける」。こうした名簿の売買において、取得先や取得方法を明かすと、違法取引になりかねない。互いに“暗黙の了解”でデータを受け渡しする。それだけに、データや名簿業者の信用は、記載された住所に届かず戻ってくるメールの割合を指す“不着率”で判断される。

名簿業界でベネッセの個人データが突出して優れているとされるのは、圧倒的な件数もさることながら、不着率が極めて低いことにある。『たまごクラブ』や『ひよこクラブ』といった出産前後の子供から、ネット情報サービスを利用する大人まで、幅広い年齢層をカバーして、刻々と最新の顧客データを吸い上げている。しかも、進研ゼミ325万人、女性総合サイト『ウィメンズパーク』500万人など巨大な会員組織を抱え、様々な属性や行動記録を積み上げる。さらに、データの精度を高めているのが、高頻度のDM発送だ。「DMを打ち続けていると、引っ越しても1年間は転送される。その間に、懸賞でもいいので、1つでも返信してくれれば、住所データが更新できる」。名簿業者大手プレゼンス社長の田路和也はそう解説する。そんなカラクリがあるだけに、原田が「DM凍結」を打ち出しても、業界内では「1年ももたない」と冷ややかに見られていた。転居先に届かなくなり、個人データの精度が落ちていくからだ。それは、ビジネスモデルの根幹を揺るがすことになる。そして1月下旬、ベネッセはDMを再開した。「購買意欲をあおるような内容ではない」と会社は説明する。それでも、わずか数ヵ月前の判断を覆したことになる。「因果応報というか、DMこそ福武書店(ベネッセの旧社名)の伝統だから、止められない」。すでにリタイアした元幹部は、創業者から聞かされた“生い立ち”の出来事を思い出したという。

昭和29(1954)年7月20日、岡山の地方出版社が倒産した。その経営者は元教師だったが、終戦で価値観がひっくり返り、もっていく場のない憤りを覚えた。手記にはこうつづられている。「やけくそであらゆる闇屋とブローカーをやりました。アイスキャンディー屋もやりました」。そして出版業に進出、小学校の教材を作って大ヒットした。だが、勢いに乗って全国展開して資金繰りが悪化、高利貸しにも手を出して破綻した。次は、絶対に破綻しない会社を作る――。再起を誓った男がまず作ったのは、“年賀状の手本集”だった。紡績工場へ出稼ぎに来ている女子工員が、なぞって書いたら立派な年賀状ができる、というアイデア商品だ。そして、寮の住所を図書館で調べてダイレクトメールを出した。これが飛ぶように売れて、巨額の利益が転がり込む。それを資本金にして、倒産の翌年となる1955年1月、新たな株式会社が設立される。『福武書店』。福武哲彦、39歳の時のことだった。 《敬称略》


≡日本経済新聞 2015年2月9日付掲載≡


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