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朝日バッシング――突きつけられた5つの問題

朝日新聞問題とは何が問われているのか。慰安婦問題、福島第1原発事故を巡る吉田調書問題、一連の報道への危機管理の対処、“反日”“国辱”という言葉を使ったバッシングの背景、または情報公開のあり方……。識者が語った『5大問題』をお届けしよう。 (聞き手/本誌 北川仁士・柳澤一男)

■“正義”ありきでファクトを軽んじる怖さ  学習院女子大学長・石澤靖治(57)
報道機関の危機管理で最も大切なことは、事実に忠実であることです。自らが信じる“正義”にこだわるあまり事実を軽視すれば、唱える正義からも読者の支持が離れるのは当然です。慰安婦問題・『吉田調書』問題で朝日新聞は事実をお粗末にした。ただ、どのメディアも自らが信じる“正義”を掲げており、その意味で問われていることは同じだと受け止めるべきです。米国のジャーナリズムは、事実関係の正確さには非常に神経を尖らせています。私は1990年から1994年にかけて、ワシントン・ポストに在籍しましたが、ニュースソース(情報源)の曖昧さには非常に厳しかった。日本の報道によくある“○○関係者”などと書くと、「誰が言ったのか」「ソースを書け」と必ず指摘された。どうしても匿名の場合は、なぜ匿名なのかを記事で説明することが必要とされます。なぜ、そこまでするのか。米国でも記事の捏造事件が度々あったからです。






有名なのはニューヨーク・タイムズの記者が、インタビュー記事の捏造や他紙からの盗用などを繰り返した『ブレア事件』(2003年)。少なくとも36本もの記事で捏造などが行われていました。その記者の記事には、以前から“○○関係者”などソースを明らかにしないものが多かった。米メディア史に残る前代未聞の事件で、その後、組織内の問題も次々に浮上しました。だが、ニューヨーク・タイムズは事件を徹底検証して関係者を処分し、現在は危機を脱した。間違えたら即座に誤りを認め、謝罪すること。危機管理の鉄則を貫いたのです。

ところが、朝日は慰安婦の強制連行問題に関して誤報を30年以上放置した。この信頼感が崩れたダメージは大きい。朝日だけでなく、新聞界全体の信用が危機にあると考えた方がいい。私は朝日と他紙で紙面批評を担当したことがありますが、どちらも批判を受け止めることに消極的だと感じました。ストレートに批判すると「誰が言っているんだ」と不満げな声が漏れ聞こえることもあった。こうした意識を変えることこそ、いま必要なのです。加えて紙面では、ニュースと主観を交えた記事を、明確に区別すべきです、主観は社説で表現すればいい。中立とは何かを、もう一度問いかけるべきです。朝日の受けた傷は深いけれど、十分な検証をすればきっと出直せるはずです。

■政府の“非公開情報”の課題が露見  ジャーナリスト・江川紹子(56)
非公開が前提だった『吉田調書』は、朝日新聞の記事で世に出ましたが、「命令違反で撤退」という表現が誤りだったため朝日は記事を取り消し、謝罪しました。今回の件で、政府の非公開前提の情報について課題が露見したと思います。

1つは、情報操作の可能性があるということです。ジャーナリストが隠された事実を明らかにする姿勢は大切で、今後も変わりません。ただ、情報提供には提供者の意図がはらむ危険性はあります。今回、従軍慰安婦報道で朝日批判が高まった時期に、論調が政権寄りとされる産経・読売が入手して報じました。調書は事故の真実を明らかにし、未来の教訓とするためにあるべきなのに、朝日の初報では“東電叩き”、後の報道は“朝日叩き”に使われてしまいました。その結果、事故当時に政権にあった民主党と朝日に批判的な現政権の意図を代弁した政治的代理戦争のようになってしまった感があります。政府の事故調査・検証委員会は当時の関係者772人から聞き取りし、すべて調書に残しています。それらに基づいて2012年に最終報告がまとまりました。吉田調書は吉田昌郎元所長(故人)から見た事故の実態です。当時の現場責任者による非常に貴重な証言ですが、あくまで事故の全体像の一部です。東電本店サイドの証言も明らかになっていない中、吉田調書だけをクローズアップすることはかえって全体像を見えにくくする恐れもあります。

もう1つは、こうした重要な調査のルール作りです。あくまで原因究明と再発防止が目的ですから、対象者には真実を語ってもらわなければなりません。そのためには、証言が当人や所属組織の刑事責任や損害賠償責任につながるような内容であっても、“免責”することを規定すべきです。免責がないまま、今回のようになし崩し的に公開することもありうる、というのでは、今後、不幸にしてこのような調査が必要な事故があった時、関係者は正直に全てを語るでしょうか。かといって、永久に非公開では、報告書をチェックしようがないし、証言から学ぶ機会も失われます。“免責”によって真実を収集し、証言者の不利にならない仕組みを作ったうえで年限を区切って公開する。そういった情報公開についてルール作りを進めることこそが、今回の吉田調書問題が突きつけた課題だと、私は考えます。

■エセ愛国者こそ「売国」「反日」を叫ぶ  新右翼『一水会』最高顧問・鈴木邦男(71)
朝日新聞は、軍の強制連行に関する記事について誤報と認めました。同時に、「広義の強制性はあった」と主張した。「慰安婦問題全体がなかったかのように否定されるのはマズい」と考えたのでしょうが、是非は別にして、居直っているようにも感じましたね。一方で、朝日批判をする側にも「反日」「国辱」「売国」などと口汚くののしる人々がいます。自らを“愛国者”と規定した上でのことでしょうが、どうかと思います。

では、“愛国者”とは何でしょうか。今、愛国者と称すれば何でも言えるような雰囲気ですが、国を愛するって各人の心の問題でしょう。自分が何をやるかを自らに問う言葉であって、他人に向かって言う言葉ではない。だから対の関係にある「反日」「売国」「国辱」といったレッテル貼りにも意味はありません。私は学生時代、日本は正しい戦争をしたと思っていました。しかし、長年右翼運動をする中で、同じ考えでも「このやり方はちょっとひどいだろう」と思うことが出てきた。同じ考えの人間が集まると、最も過激な考えに引っ張られる形で暴走することを、何度も目の当たりにしました。“強さ”への憧れというのは、人には常にあるのです。愛国という言葉は素晴らしい。でもそれは、先に国家ありきではなく、家族や大切な人たち、周囲の人々を愛するという流れの中で培っていくもの。愛国者気取りで口汚くののしるのは“エセ愛国者”“虚構の愛国者”に見えます。もっと言えば、自らの拠り所がないから最も強い存在に映る国家に頼ってしまうのでしょう。中身がないから、形にこだわるのかもしれない。

日本は従来、いろんな異文化を取り入れる寛容な民族文化を持っています。この伝統に反する排外主義的な人こそ、本当の意味の“反日”ではないでしょうか。日露戦争の講和会議で全権を務めた小村寿太郎外相は、屈辱外交だとして「国辱」「売国」と罵倒されてもひるまずに闘いました。このような人物こそが、真の愛国者だと思います。自分たちに都合の良いことや、自分たちが期待するものしか受け入れない。朝日への過激なバッシングは、そうした心情が背景にあるのではないかとも感じます。「反日」「売国」――こうした言葉が歴史の検証に堪えられるのか。すべての人がもう一度、考えるべきではないでしょうか。

■“国益”を損ねたのは誰なのか?  津田塾大学教授・萱野稔人(44)
今回の慰安婦問題で、政府が「報道によって国益を損ねた」と朝日バッシングをあおるのは、滑稽です。そもそも、政権の姿勢が“歴史修正主義”と警戒され、中国・韓国だけでなく米国との関係もギクシャクしたのに、報道による影響を強調して“国益”を言うのは、完全なお門違い・目くらましです。他方、市民レベルで見ると、朝日への風当たりの強さの背景には「何で日本だけが批判されなきゃいけないんだ」という被害者意識があります。確かに、戦時性暴力の話は日本に限ったことではありません。加えて戦時賠償は日韓基本条約の中で解決済みであり、さらに慰安婦問題についても、民間のアジア女性基金を通じてアジアの国々に首相のお詫びの手紙と償い金を支給してきたという、謝罪の事実があるからです。韓国側の対応が事態をややこしくしたのも事実。韓国では基金から償い金を受け取った元慰安婦が嫌がらせを受けるなど、慰安婦問題がナショナリズム高揚に使われ、さらに米国でも慰安婦像を作るなど日本叩きの材料にされています。

結果、特に朝日が『吉田証言』の虚偽を認めて以降、日本では強制連行の否定・修正が慰安婦問題の焦点となっています。しかし国際社会では、朝日の誤報修正によって慰安婦問題への見方が変わることはありません。強制連行の問題でなく、女性の人権問題としてとらえられているからです。なのに、歴史修正主義者はこうした現実を踏まえず「強制連行はなかった=慰安婦問題もなかった」かのように主張しています。また「他国にもあった」とどれだけ言おうと日本に味方する国はありません。疑問は理解できるが、だからといって免罪されるわけではない。彼らは朝日に対して「国の名誉を傷つけた」と強く批判していますが、待ってほしい。この間、諸外国の日本を見る目を厳しくし、“国益”を損ねたのは、こうした考えをする人たちでもある。朝日の誤報修正をもとに、歴史修正主義者が従来の主張を繰り返せば、日本はそれだけ国際社会での信用を失います。

戦後、日本がこの問題にどれだけ真摯に対応してきたか。そのことはほとんど世界に伝わっていません。朝日も修正主義者も軍の関与に拘泥せず、戦後日本の取り組みを外交的にアピールした上で、新たな一歩を提案すべきです。それが国益に最もかなうことです。

■朝日を攻撃する過激ネットの時代背景  関西学院大学准教授・鈴木謙介(38)
一連の朝日新聞問題を受けて、ネット上には「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「猛スピードのダンプカーで轢き殺す」といった、度が過ぎた書き込みが目立ちます。また、ツイッターには100人以上の朝日記者らの名を連ねた『朝日関係殺虫駆除リスト』が作られたとの報道もありました。発信者は定かではありませんが「ネットでの発信者は若者が多く、匿名性ゆえに過激な発信に結びつく」という発想は、実は正しくないと思います。フェイスブックなど身元をある程度明らかにして投稿するソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)をチェックすると、今回のような政治的問題に関わる発言は、圧倒的に40代以上の男性に多い。若い世代は政治そのものへの関心が薄いためだと考えられます。また、前述のようにSNSを通じた発言もかなりあり、過激発信は匿名性が引き起こしているとは、一概には言えないのです。

では、過激発信はなぜ起こるのか。背景には日本の中高年男性がネット以外で政治的議論をしにくい状況があります。米国のある調査では「SNS上で政治問題について友人らと議論したいか」と尋ねたところ、大半が「したくない」と答えました。面と向かって議論するからだそうです。一方、日本では社会生活の中で政治を議論することが忌避されがちです。それがネット上の発信につながると、私は考えます。会って議論すれば過激表現になりにくいが、ネット上は同じ考えの人が同調したりあおったりして、極端に偏っていく。米国の学者はこれを『集団分極化』と呼び、怖いのは現実に結びつくこと。米国では人工妊娠中絶に反対する医師らがネット上でリスト化され、襲われた例があります。「殺す」と書くことは既に脅迫・刑法犯だと伝える必要性も感じ始めています。

もう1つ、従軍慰安婦問題に関してネットを見ていて思うのは、国内と海外の論点のずれです。日本では虚偽の『吉田証言』を中心に、強制性の否定など歴史問題になっていますが、外国のネット上では「過去の日本軍と性の問題について、現政府がどういう見解なのか」という人権問題として注目されています。韓国が米国内に慰安婦像を設置できたのも、女性の人権問題としてアピールしたからです。こうした現実に向き合い、政府は海外へのベストなアピールの方法を冷静に考えるべきでしょう。


キャプチャ  2014年10月12日増大号掲載
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