荷物を破損したら給料から天引き、その金額は役員のさじ加減――『アリさんマークの引越社』は社員からカネをむしり取る“アリ地獄”だった!

引っ越し業界大手『引越社』のシンボルマークは、2匹のアリが荷物を山積みにした荷車を押す様子を描いたものだ。“働き者のアリ”をイメージしているに違いないが、顔の周りを飛ぶ水滴は額に滲む“汗”ではなく頬を流れる“涙”ではないか。会社が求める“不当な請求”に従業員たちは悲鳴を上げている。

雪がちらつく2月上旬、グリーンのユニフォームに身を包んだ作業員数人が、都内のマンション玄関口から次々とベッドや家財道具を抱えて出てきた。笑顔を見せる者はなく、黙々と荷物をトラックに積み込んでいく。彼らのユニフォームからは汗が蒸気となって寒空に立ち上る。中には汗を滴らせ、タオルで顔を拭う作業員もいた。「真面目に頑張りまっせ。アリさんマークの引越社です!」。元プロボクサーで“浪速のロッキー”ことタレントの赤井英和が満面の笑みでそう語るテレビCMを覚えている人も多いだろう。『引越社』は1971年に愛知県名古屋市で創業。以来43年間、引っ越しを専業とする経営方針で事業を拡大してきた。全国80支店・従業員約4000人・グループ売上高273億円(2013年度)を誇る業界大手である。モットーは“お客様本位”だ。

ところが、その裏側で従業員からは悲鳴が上がっている。現役社員のAさんは、月給約40万円の募集要項を見て同社の面接を受け入社した。「月給が魅力的なので入社希望者は絶えません。しかし、会社から借金を負って数年で辞めていく社員が少なくない。その理由は、仕事で発生した損害の賠償費用を社員が引き受ける独自のシステムにあります。例えば、引っ越し作業の最中にお客様の家具に傷を付けたり、荷物の一部を破損したりという物損事故はどうしても起こってしまいます。すると、弁償費は壊した本人だけでなく、連帯責任として作業に当たっていたスタッフ全員が“頭割り”で払わなければなりません」。引っ越しスタッフは、社員とアルバイトの混成チームの場合が多い。日当払いのアルバイトは賠償額の上限が1万円だ。一方、社員に上限はない。昨年、Aさんはもう1人の社員とアルバイト2人の計4人で現場に出た。そこで家財道具を運搬中、誤って革張りのソファーを破損してしまった。顧客からクレームが入ると、Aさんらは会社から被害額10万円を請求された。アルバイトが各1万円で、残る8万円を社員2人で割り、4万円ずつ負担したという。




「給与からの天引きで徴収されました。私はこれまでの数年間で20万円以上を天引きされています。物損事故が起きると、作業チームのリーダーからスタッフ全員に、弁償に同意する旨の書類にサインするよう求められます。しかも、私はサインもしていないのに、後で書類を見ると私の署名が入っていた経験が何度もあります」(Aさん)。取材に応じた同社の現役幹部社員が明かす。「月に1回、各支店には社内監査が入り、同意書などの署名漏れがあれば書類不備を厳しく注意します。だから、支店の幹部が勝手に作業員の名を署名することがあるのでしょう。もちろん、物損事故が起きた時に備えて会社として保険に加入しています。しかし、事故が起きても実際は中々申請しません。申請件数が増えればそれだけ保険等級が下がり、会社が保険会社に支払う保険料が高くなるからです。その代わりに社員らに弁済してもらっている」

荷物を積んだトラックの運転中にドライバーが事故を起こすと、会社からの請求金額はケタ違いに増える。元社員のBさんが話す。「2013年の秋、トラックを運転していて、つい前方不注意で前のバイクに追突してしまいました。バイクは転倒せず、前方に押し出される形になりました。被害者は自分でバイクを路肩に停め、私が呼んだ救急車に自分で乗り込みました」。事故から約1年後の昨年11月初旬のことだ。突然、支店長から「悪い報告がある」と呼ばれたBさんは1枚の紙を見せられた。『役員会議報告書』と題されたペーパーには、“高額事故審議”案件としてBさんの事故の概略とともに、「被害総額401.3万円」「【審議結果】225万円」の数字が記されていた。Bさんが続ける。「支店長からは、『役員審議の結果、Bさんに225万円を払ってもらうことになったから』とだけ告げられました。詳しい説明も明細もなし。そして支払い同意書にサインを求められました。事故の様子を思い返しても、なぜ400万円もの被害が出たのかわからず、その半分以上を支払うことに納得できなかったのでサインを拒否しました」。そもそも、Bさんは事故の翌月、「損害額は未定だが、とりあえず40万円払ってほしい」と上司から言われ、会社の互助組織である『友の会』から40万円の融資を受けて、それをそのまま会社に支払っている。

同様に、トラックで事故を起こして会社から高額賠償を請求され、『友の会』から借金をしている社員は少なからずいる。Bさんの元同僚の中には、180万円の借金をして会社に払った者もいたという。前出の同社幹部が言う。「100万円を超えるような高額な支払いを社員に求める時は、金額は役員会議で検討されます。数人の役員がそれぞれ金額を投票し、最高値と最安値を除いた数字の平均額を社員に請求することになる。そうした決め方なので、そもそも弁済額の見積もりが厳密とは言えません」。そうした従業員への請求に法的な問題はないのだろうか。労働問題が専門の笹山尚人弁護士が指摘する。「故意や重大な過失のない通常の業務範囲内で起きた物損事故の損害は、会社が経営上のリスクとして当然負うべきもので、社員に請求するのは不当です。しかも、給料天引きという強制的な徴収は明らかに労働基準法第24条(賃金の支払い)に違反しています。仮に重大過失があって社員に賠償義務が生じても、その責を負うのは荷物を壊した本人。同じ現場で働いていた他の作業員から徴収するのは大きな問題です。車両事故についても、請求金額が役員の投票で決定されるなど算定根拠が恣意的で曖昧なため、請求自体が無効になる可能性が高いと言えます」。全国の労働基準監督署を所管する厚生労働省にも確認したが、物損事故における社員への請求や給与天引き・頭割りは「労働基準法第24条に違反する」(厚生労働省労働局監督課)と回答した。

『引越社』に入社する時、社員は“誓約書”にサインを求められる。そこには、「会社の建物・車両・機械設備・器具等及び顧客より委託を受けた運送品に対しては丁重に取り扱い、故意または過失によりこれを毀損もしくは紛失した場合は、その損害賠償の責に任じます」という一文がある。多くの社員は、自分が署名したこの誓約書によって会社から法外な額を請求されても「仕方ない」と諦めてしまうのだという。正社員になるためには、さらに条件がある。前出の幹部が話す。「土地を持っている人に保証人になってもらっています。社員に賠償費用などを負担させるシステムなので、離職率が非常に高い。事故を起こし、会社から高額請求されると退職を願い出る者がいるので、あらかじめ不動産を持っている人を連帯保証人にすることを正社員の条件にしておけば、辞められた時にそちらに請求できますから」。実際に保証人に“催告書”が送られるケースがあった。また、社員として働くにあたり、会社と従業員は『賃金控除に関する協定書』を交わす。第1項目に「会社は毎月の賃金支払い日に、次に掲げるものを賃金から控除することができる」と記し、以下8項目が並ぶ。その中に“定期積立預金”という項目がある。同社関係者が言う。「会社から言われるまま、大半の社員が給与天引きで1万円程度を社内預金している。ところが、その積立預金が社員の手元に戻らないケースがある。会社から多額のカネを請求されたら、ほぼ全員が友の会から融資を受ける。その際、借用書の関係書類に『借入金の返済が困難に成った場合は、【中略】社内預金より相殺していただくことを事前承諾のうえ申し込み致します』との一文がある。完済せずに会社を辞めると、退職後も社内預金が受け取れない場合がある」。社内預金を“凍結”され、会社への返済原資に回されているというのだ。前述の“不動産を持つ保証人”と同じく、社員に対する債権の取りっぱぐれを防ぐシステムである。

前出の元社員・Bさんは会社の請求が不当だとして、今年1月に退社。現在、個人加盟の労働組合(プレカリアートユニオン)を通じて会社側と団体交渉を行っており、他にも2人の元社員が団交を申し込んでいる。Bさんが振り返る。「一生懸命働いた末に、無理が祟って事故を起こす。それで借金を背負い、その返済のためにさらに働き、また事故を起こす……。この負債がドンドン膨らんでいく悪循環を、社内では“アリ地獄”と呼んでいました」。『引越社』に見解を求めたが、「団交中の案件でもあるため、お答えできない」との回答にとどまった。ことは労使問題ではなく、違法労働の疑いが生じているという認識はないようだ。競争激化に伴い、引っ越し業界も薄利多売のビジネスモデルに走り、各社ともコスト削減に必死だ。とはいえ、そうした経営課題を社員にツケ回すことは許されない。どんな“働きアリ”でも逃げ出すのは当然である。


キャプチャ  2015年2月20日号掲載


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