【そうだったのか!ピケティ】(前編) 「本当に伝えたかったことは何ですか?」――トマ・ピケティ×池上彰

全700ページ超に上る分厚い経済書『21世紀の資本』には、要は何が書いてあるのか。名解説でお馴染み、ジャーナリストの池上彰氏が3つの最重要ポイントを教えてくれる。

①「おかしい!」という一般大衆の思いを見事に説明してくれる
2014年春、英語版が出版され米国で爆発的に売れました。50万部を超えるベストセラーです。それが日本に伝わってブームになっていますね。米国ではレーガンやブッシュと長く続いた共和党政権の下で、『トリクルダウン』という考え方が信じられてきました。富裕層がより豊かになることによって、その富が滴り落ちるよう全体に行き渡るというものです。ところが、結局はそうはならなかった。2011年秋、「ウォール街を占拠せよ」と若者たちが行ったデモを覚えているでしょうか。1980年代以降、米国で最も裕福なトップ1%が手にする所得の割合は急上昇しました。第2次世界大戦後、長らく6~8%で推移してきた全所得に占めるトップ1%比率はとうとう20%程度に達しました。その現状を知った職のない若者たちが、金融の中心地であるウォール街で「我々は99%だ」と叫び、抗議活動に出たのです。何でこんなことになってしまったのか――。そんな一般大衆の思いに応え、説明してくれる経済学がこれまでなかった。そこに、フランスの経済学者トマ・ピケティさんが『21世紀の資本』を引っ提げて登場し、きちんと説明してくれた。だからこそ爆発的ヒットとなったのでしょう。日本でも、「格差が広がっている」と感じている人は多いですね。「アベノミクスで以前よりは経済指標は良くなっているし株価も上がっているけれども、一般レベルには恩恵が来ないよ」と思っている人たちが大勢いる。ピケティさんは、世界各国の膨大なデータを分析し、「富める者はますます富み、そうでない者との格差が開いていく」ことを資本主義そのものが抱える問題として明らかにしました。それが納得できる答えを求めていた多くの人の心を捉えたのです。

②理論のマルクスとデータのピケティには意外な共通点がある
かつては、経済学といえばマルクス経済学でした。資本主義は放っておくととんでもないことになると考えられていました。ところが、東西冷戦が終わりソビエト連邦が崩壊すると、「今更マルクスじゃない」となった。それがリーマンショック後の金融危機を経験したことで、見直す動きが出てきていました。ピケティさんもまた資本主義そのものの問題に目を向け、本のタイトルもマルクスの『資本論』を思い起こさせるものです。ですが、学問的アプローチは全く違っていますし、本の中身もほとんど関係ありません。ただ、不思議な共通点があるのです。マルクスは『資本論』の前に『経済学批判』という本を書いています。当時の経済学をあまりに政治的であると批判しました。ピケティさんも『21世紀の資本』で、やはり現代の経済学のあり方を批判しています。この本にサブタイトルを付けるとしたら何が適切か? 私はまさに『経済学批判』だろうと思います。「経済学が数学そのものになってしまい、世の中が見えなくなっている今こそ政治経済学を復権させるべきだ」と。マルクスとは逆ですね。

③“r>g”という目からウロコ…理論より行動を促す
ピケティさんたちは税務当局の納税記録に着目し、世界20ヵ国以上のデータを過去200年以上にわたって収集。さらに、その分析方法を編み出して世界に公開しました。それに関心を示した世界の研究者30人ほどと協力しながら、格差の拡大を示しました。格差はなぜ広がるかを説明するメカニズムが“資本収益率(r)>経済成長率(g)”という極めてわかりやすい不等式です。資本収益率とは、株や不動産などあらゆる資本から生み出された平均収益率。18世紀以降はおおよそ4~5%で推移してきました。一方、国民所得の伸びを示す経済成長率は長期的には1~2%にとどまる。資本によって得られる収益は働く人の賃金の伸びを上回り、格差が自然と広がっていくことを明らかにしたのです。目からウロコのデータですよね。従来の経済学者なら、なぜそうなるか精緻な理論を組み立てようとするでしょう。それに対してピケティさんは、「“r>g”を論理的に説明はできるが、その理由はわからない」と素っ気ない。実際、米国の経済学者を中心に“r>g”による格差拡大メカニズムへの疑問や、“資本”の中身への批判などが出始めています。それに対してピケティさんは、「このデータをたたき台にして皆さんも考えてみてください」というスタンスのように思います。謙虚な姿勢だと思います。私の『21世紀の資本』に対する支持率は80%でしょうか。「データや歴史分析の知見を使い、世の中を良くしていこうよ。さぁ、ここからは格差を減らすための行動をしなければなりませんよ」という彼のメッセージをきちんと受け止めるべきだと思います。




1月29日に初来日を果たしたピケティ氏。帰国までのわずか4日間で多数の取材や対談を受け、講演も精力的に行った。池上氏との対談が行われたこの日も、約10時間の予定を全てこなした後だった。にもかかわらず疲れた表情は見せず、対談は穏やかに始まった。世界で“経済界のロックスター”と評される43歳の経済学者は、何を伝えたくて『21世紀の資本』を世に出したのか。池上氏がその本質を問う。

池上「フランスの学者が来日してこれだけ大勢の関心を集めたのは、私の記憶では哲学者ジャンポール・サルトル以来ではないかと思います」
ピケティ「とても光栄なことです。日本はフランスと比べて新聞も本も出る数が違います。今回の日本語版も、この1ヵ月で非常に売れています。日本は読書をする人が多い国だと思いますし、大変ありがたいことです」
池上「本の題名は、カール・マルクスの“資本論”を意識しているのではないかと言われています。ピケティさんは『マルクスを読んでいない』ともおっしゃっているようですが、本当ですか?」
ピケティ「いいえ。もちろん、本は読んでいますよ」
池上「そうですか。ピケティさんは『今の経済学者は、数学的にあまりに細かい理論を追い求めるが故に大局を見失っている』と批判していますね。マルクスが資本論の前に出したのが“経済学批判”でした。当時の主流の経済学を批判するという点では似ているのではないでしょうか」
ピケティ「マルクスは、彼の直感から格差の広がりに気付き、その時代に必要な問い掛けをしました。ですが、必ずしも正しい答えを出したと思っていません。もとよりマルクスの本より、私の本のほうが簡単に読めたのではないでしょうか。それも歴史的な証拠に基づいて書いたからです。マルクスは論理や推論が入っていて、読むのが難しい。苦痛ですらありますね。ただし、私が批判している経済学とはマルクスのものとは違います。申し上げたいのは、今の経済学者は数字を利用してかなり複雑な経済理論を作っていますが、それが社会に役に立つものになっていないということです。私は、富の分配の問題を経済学の中心に置きたいと思い、研究を続けてきました。この分野は19世紀以降、マルクスやデヴィッド・リカードらが挑んできましたが、もう一度別のアプローチで挑戦してみたかったのです。注目したのが、サイモン・クズネッツの分析です。税務統計を利用して20世紀前半に格差の研究をした人ですが、その手法を時間的にも空間的にも広げました。歴史的なアプローチを取ったのです。今の問題は、経済学と社会科学との垣根が大き過ぎることです。経済学者だとしても、研究の時間を割くべきはデータの収集であって、複雑な理論を築くことではないでしょう。歴史的な進化の過程を追っていくべきなのです」

1971年にパリで生まれたピケティ氏は、公立高校を卒業後、フランスの中で最も難易度の高いパリ高等師範学校に入学。わずか22歳で、高等師範学校とロンドンスクールオブエコノミクスの経済学博士号を取得した“秀才”だ。数学的なセンスが認められ、米マサチューセッツ工科大学に渡り、2年間の教鞭も執った。だが、経済学者の内輪な“数字遊び”を見限って帰国し、格差の歴史的な研究に専念するようになった。

池上「本の中では、オノレ・ド・バルザックなどの文学作品を多く引用しています。これもマルクスと似ていますが、若い頃から文学に傾倒していたのですか?」
ピケティ「ええ。高校生の時からかなり色々な作品を読んできました。文学は、私にとって大事な情報源です。その時代に生きた人々の身に何が起こっていたのかがわかるからです。特に、マネーは人生に大きな影響を及ぼします。それも生々しく、です。文学は時代を読み解く上でとても重要な資料ですね。例えば、最近に読んだメキシコ人作家のカルロス・フエンテスの本は、メキシコ革命が人々に与えた影響がよく表現されています。文学には経済学的な美しさはありませんが、社会科学と補完的な関係があります。社会科学の最先端にあると言ってもよい力強さがありますね」
池上「確かに、お金や貧富の格差が中心の文学は多くあります。経済がドラマを生んでいるわけですね。ピケティさんは“ロミオとジュリエット”のような恋愛小説よりも、経済的な小説に影響を受けてきたということですか?」
ピケティ「そうですね。ただ池上さん、“ロミオとジュリエット”にも富の格差があり、それが悲劇に繋がるわけです。人生に避けられないテーマではないでしょうか」
池上「そうでしたね(笑)。格差の問題に取り組むきっかけは、こうした格差をテーマにした人間ドラマの描かれた小説を読んだことが大きいのでしょうか?」
ピケティ「ええ。特にバルザックの“ゴリオ爺さん”には大きな影響を受けました。法律家の青年がこのまま働き続けて出世を目指すのがよいのか、お金持ちの娘と結婚するのがよいのかを持ち掛けられるわけですが、長い間この問いが頭にありました。19世紀の史実なのか、それとも創作だったのか。お金持ちの娘と結婚すべきなのか――。調査を進め、資本の社会における富の分配と労働収入との関係を考えるようになりました。本の11章でも検討しましたが、結果としてバルザックの時代は上位1%の遺産を相続する人々の生活水準が、トップ1%の賃金を得る労働者の水準を上回っていました。つまり、青年は富裕層の女性と結婚するほうがずっと暮らしが良かったのです。ただし、20世紀の半ばになるとそれが逆転する現象も現れています」
池上「数学の得意なピケティさんが経済学者になったのは、バルザックの影響が大きかったのですか?」
ピケティ「ええ。ある意味ではそうだと言えます。高校生の頃は、数学や科学よりも音楽や歴史に興味を持っていました。フランスでは『数学をやりなさい』と言われるのですよ。長い目で見て必要だと感じてやりましたが、一番好きなのは文学でした。歴史的な問題と経済的な問題、それと文学とを結び付けることができると思って、経済を専攻しました」
池上「だからこそ、この本ができたのですね」
ピケティ「はい。富と格差の問題に関心を抱いたところから始まり、歴史的なデータを拾い集めて本にすることができました」

池上「本の中身を検証できるようにデータも公開されていますね。そのため、データへの批判も集まりました。この方法は、ソフトウェア開発において正式版の前に出される“β版”と同じ方法ではないかと思いました。まずβ版を出して世の中に広め、色々な意見を聞きよりよいものに洗練していく、本に出ているβの等式とは違いますけれども、β版の本ということでしょうか?」
ピケティ「この本を出した後、多くの国々のデータが集まりました。例えばブラジルやメキシコ・チリ・韓国・台湾です。この本にそのデータは入っていないのですが、データベースに入れる作業を進めています。これは、インターネットに公開しています。その点で、池上さんのおっしゃる通りで、これからも継続して作業を続けていきます」
池上「インターネットの時代だからこそ、こういう本が作られた。こうした調査ができるということですね」
ピケティ「その通りです。オンラインでデータを開示することにより、調査の透明性が高く保てます。しかも、世界中の研究者が参加でき中身を充実させることも簡単です。フランスでは、1970年代・1980年代に価格と賃金の研究をしていたグループがありました。その作業は全て手作業。彼ら自身データ収集だけで疲労困憊となり、その本も統計だらけで読むのに苦痛を伴うものでした。読み手に喜びを与えることができなかったのです。それが技術の進歩によって変わりました。データ収集よりも歴史的な解釈の作業に力を注ぐことができるようになりました。実際にこの本は詳細データをオンラインに譲り、ストーリーに重きを置いて書いています。自身の考えをしっかりと伝えられ、歴史や社会の話もできたのです。もちろん、その解釈に対して人々が同意しないというのはいいわけです。データもダウンロードできるので、皆さんが使いたいように使ってもらえるわけですよ」
池上「“集合知”という考え方がありますが、この本はまさにその結晶とも言えますね」
ピケティ「ええ。多くの国際的な研究者のデータに依存しています。本の解釈は私自身のものですが、データは国際的な研究者の集合知と言えるでしょうね」

研究の集大成は“r>g”で表された。歴史的に、あらゆる資本の収益率は経済成長率を上回り今後もそうなるという不等式だ。だが、これに理論の裏付けや根拠が薄いという批判もある。この対談の直前、池上氏は東京大学で行われた講義でピケティ氏がそれに答える様子を見ていた。

池上「先ほど、東大の学生たちとの質疑応答で、『rがgよりも大きいのはなぜですか?』という質問に対して、ピケティさんは『よく分からない。でもデータを調べたらそうなっているんだ』と回答していました。これには驚きました」
ピケティ「確かに『理由はない』と答えましたが、論理的な説明はできますよ。もしrがgよりも小さくなるならば、人は将来の所得が上がることを見越して無限に借り入れをしたほうが得になる。投資もしたくなくなるのでおかしい。その逆は論理的に正しいということです。rがgより大きいこと自体は悪くないのです。問題は、rとgのギャップが開き過ぎると富の集中が起きて、格差の拡大をさらに後押しします。民主的な社会にとって矛盾が生まれてしまう。そこで、富裕層により重い負担を課すべく累進的な税金をかけるよう本で提案しています。格差を防ぐのは金融政策では難しいと思います。中世では、キリスト教もイスラム教も金利を付けて利子を取ってはいけないという戒律があった。一方で、家賃収入はどんどん取るという矛盾もあった。旧ソ連でも金利や利子はダメだとしたが、うまくいかなかった。利子がないと投資ができずに経済が死んでしまうからです」
池上「金利の持つ重要性をおっしゃっています。アベノミクスでは、金融緩和によって実質金利をさらに引き下げることで何とか経済を良くしようとしていますが、これをどう評価しますか?」
ピケティ「もしお札を刷ってさらにマネーの供給を増やすと、資産価格のバブルを引き起こしやすくなる。株価を押し上げることにはなりますが、格差が広がる恐れがある。はっきりと有効かどうかを答える自信はありませんが、いずれにしても税制を変えるよりも手軽という意味で短絡的な手法だと感じています」
池上「ピケティさんは、理想的な税制の姿について“所得税”“相続税”“年次の累進性のある資産税”の3つだと言いました。日本はいつも所得税・法人税・消費税について議論していますが、ピケティさんの掲げる3つの税とは違いますね。日本の議論はどう考えますか?」
ピケティ「法人税と所得税は、ある意味で非常に似通っていると思います。法人税は、法人の所得税と考えることができるからです。また、日本には固定資産税がありますね。これは不動産という重要な富に対してかかる税ですが、もう少し累進性を持たせるのがいい。さらに負債分を除いた純資産に課す。資産形成する世代の負担を和らげ、富を蓄積した高齢者から住宅ローンなどを抱える若い世代へと富を移すのです。消費税について言えば、あまり当てにすべきではない。消費税は累進性がなく、低所得層にしわ寄せが行きます。元々貯蓄の少ない層に税をかけることで、消費を抑えかねません。あまり良い税ではないですね」
池上「日本の消費税は8%です。将来的には欧州並みに20%にしたほうがいいという議論がありますが、それには懐疑的なのですね?」
ピケティ「ええ、疑問です。欧州でも、日本の消費税に当たる付加価値税を上げようという議論があります。ただし、これを日本は参考にすべきではありません。EUの国同士が交易をしても関税がかかりません。そのため、例えばフランスがドイツから税金を取ろうと付加価値税を利用するのです。EU内の関税のようなもので、欧州各国の財政的な協力がない表れなのです」

ピケティ氏は本で、お金持ちの家でないとトップ大学に入りにくい現状を浮き彫りにした。それに対して、日本トップ校の東大生がメッセージを求めた。ピケティは、「親は選べない。格差の問題を解決するのは我々市民であって、世の中を良くするため努力し最善を尽くすべきだ。私の本はそのために書いた」と答えた。

ピケティ「我々市民は、政治家の選択ができ、政府が行う政策に対して責任を負っています。そのことを東大生に伝えました」
池上「ということは、これは民主主義のための本ですね」
ピケティ「そうです。本の第一目的は、知識の民主化にあります。民主主義を社会に広めていくためには、専門家だけが経済学を独占してはいけない。今回、本という民主的な形で、経済学の知識が一般の人に届いたのは重要なステップでしょう。この本が支持されている理由には、『しっかりと情報を判断した上で、行動の起こせる市民を生み出すのに役立つ本だ』という評価もあったのでしょう」
池上「それであれば、もっと薄くて安い本でも良いのでは?」
ピケティ「おっしゃる通りです。でも、長いですが読みやすいと思いますよ」
池上「マルクスよりも読みやすい(笑)。国内ではダイジェスト本もベストセラーになっている。本当はピケティさんが書くべきです」
ピケティ「読んでいないので何も言えませんが、ぜひオリジナルを読むよう伝えてもらいたい(笑)」
池上「これまでお話を伺ってきましたが、本当に若い人たちのことを考えているのですね」
ピケティ「日本でも欧州でも、理由は違いますが、若い人のほうが親の世代に比べて生きるのが難しくなっています。欧州では若い人たちの失業率が高く、これが社会に緊張感をもたらしています。日本は労働市場の仕組みが若い人に厳しい。パートや非正規の人が増えており、待遇も良くない。日本でも欧州でも、若い人たちに希望を与える政策を取ることが重要です」
池上「まさにこの本が民主主義の本であることを確認できました。今日はこれが収穫です。ありがとうございました」
ピケティ「こちらこそ、ありがとうございました」

               ◇

■対談を終えて…池上彰語る
「rを下げたら経済成長が発展しないが、rが増えると資本の集中が起きる。それを何とかしなければならない。必要なのは政治の力であり、一人ひとりが知識化された市民として行動することだ」。ピケティさんはそうおっしゃいました。富の再分配の仕組みを作るのは市民です。それが格差の拡大を抑えるのです。「これこそが民主主義なんだ、そのための本なんだ」ということを本当は伝えたかったのでしょう。


キャプチャ  2015年2月14日号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR