【そうだったのか!ピケティ】(中編) 富裕層で高まる節税ブーム、日本でも進む“世襲資本主義”…世界を巡るピケティの問い、映し出される格差の各国事情

「最近、都内の資産家たちが都内のタワーマンションを買い漁っている」(都内税理士)。タワーマンションを購入する富裕層が増加している。その目的は相続税の節税である。現預金などで資産を持っている場合は、相続税評価額が100%となる。だが、タワーマンションは1戸当たりの土地の面積が小さいため、相続税評価額を引き下げることが可能だ。「タワーマンションを購入し人に賃貸することで、相続税評価額を約2割にできる」(『スタイルアクト』沖有人社長)という。さらに同じ広さの部屋であれば、上層階の高額物件ほど、実際の販売価格と相続税評価額の差があるため節税効果は大きく、「出物があれば飛ぶように売れる」(不動産業者)という状況が続いている。国内の相続額は年間50兆円とも言われる巨大市場であり、今後高齢化が進むことで2030年までに1000兆円もの資産が次世代へ移るとみられている。そのため、金融機関では富裕層に対する相続事業を強化する動きが高まっている。三井住友銀行は昨年末、シティバンク銀行の個人部門の買収を発表した。シティが抱えていた富裕層を三井住友銀行の子会社である信託銀行に取り込み、事業の拡大を狙う。また、りそな銀行では昨年1月にプライベートバンキング部を設立し、全国7ヵ所に拠点を設けた。富裕層からの相続の相談は年々増えており、「顧客の相続財産の状況などを調べた書類の作成件数は、この3年間で3000件から6000件へと倍増した」(りそな銀行プライベートバンキンググループリーダー・土井仁氏)と好調だ。

20150218 01

富裕層による節税への関心が高まる背景には、大きく2つの理由がある。1つ目は、富裕層への課税が強化されていることだ。かつて1970年代には、相続税の最高税率は75%という高い水準だったが、その後は段階的に軽減され、2003年に50%(相続額3億円超)にまで低下した。ところが、今年1月から相続税の基礎控除額が大幅に引き下げられ、最高税率も55%(同6億円超)へと引き上げられた。そのため、「富裕層への課税強化が決まって以降、相続への関心が急速に高まった」(『青山財産ネットワークス』蓮見正純社長)。2つ目は、富裕層の増加だ。野村総合研究所の調査によれば、金融資産1億円以上の富裕層の世帯数は2000年に83万5000世帯だったが、2013年には100万7000世帯へと約2割増加。金融資産額も171兆円から241兆円へと約4割増加した。富裕層の中には企業のオーナー経営者や株主などが多いため、アベノミクスによる金融緩和で株式などの金融資産の価値が膨らんだことが大きな理由だ。中でも、金融資産5億円以上の富裕層は富の拡大が著しい。2000年から2013年にかけて、金融資産が5億円以上の富裕層の世帯数は6万6000世帯から5万4000世帯に減少したものの、金融資産額は43兆円から73兆円へと増加。1世帯当たりで見ると6億5000万円から13億5000万円へと倍増している。その一方で、金融資産3000万円未満の層も、3761万世帯から4183万世帯へと約1割増加し、1世帯当たりの金融資産額は1338万円から1289万円へと減少している。ピケティは、「(人口減少社会では)相続財産が空前の重要性を持っているはずだ」と言う。まさに日本への警告だ。




富裕層の中でも、相続税対策への関心が特に高いのが企業オーナーである。自らが保有する自社株の相続や贈与は、頭の痛い問題である。自社株を個人で保有していれば、相続税の支払いのために自社株を売却せざるを得ず、一族の経営権が失われかねないからだ。こうした事態を防ぐため、企業オーナーの間では資産管理会社を設立するケースが増えている。「富裕層個人への課税が強まる一方、法人税は減らす方向であるため、資産は個人よりも法人で持つほうが有利」(『ZUU』冨田和成社長)という状況も後押しする。自社株を資産管理会社へ移し、減価償却期間が短い高級中古車を購入したり、航空機やヘリコプター・コンテナなどに投資する『オペレーティングリース』と呼ばれる事業を行うことや、利益や純資産を減らし、資産管理会社の株式評価を下げることができる。資産管理会社を使った悪質な税逃れのケースも発覚している。住宅建材大手『トステム』の創業者である住生活(現LIXIL)グループ元会長の潮田健次郎氏の長女は、元会長の死後、住生活グループ株の売却益約220億円を保有する資産管理会社の相続税評価額を85億円に引き下げた。しかし国税局は昨年末、株式評価が不当として約110億円の申告漏れを指摘し、約60億円を追徴課税した。

高まる節税ブームに対し、国税当局は監視を強化している。「そろそろスケープゴートが出てくるのではないか」(外資系大手金融機関)。行間関係者の多くが注目しているのが、富裕層が保有する海外資産の申告義務違反の摘発だ。富裕層の中には、資産を海外へ持ち出して税逃れをするケースが少なくない。そこで政府は2013年末以降、日本の居住者に対し、海外にある5000万円超の資産については、その保有状況を記載した『国外財産調書』を税務署に提出することを義務付けた。故意に申告しない、もしくは虚偽の申告を行った場合、1年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金を科されることになった(ただし、2013年末分は経過措置として罰則適用は見送り)。さらに、海外移住に対しても新たに課税措置を導入した。現在は、移住先で含み益のある株式を売却すると、日本ではなく移住先の国が課税するため、金融資産の売却益への課税がないシンガポールや香港などに移住して税逃れをする人も少なくない。そのため政府は今年7月以降、金融資産1億円超を保有する富裕層を対象に、出国時に株式の含み益に所得税と住民性を合わせて20%課税する措置を導入することを決めた。海外への資産逃避が難しくなったことで、富裕層マネーは節税効果を求めて、さらにタワーマンション投資や資産管理会社の設立などに向かうことだろう。諸外国に比べて相続税が高い日本では、「3代の相続があれば財産を失う」と言われる。だが、ピケティが指摘するように、資産の収益率が所得の伸びを常に上回る下では、蓄積されてきた富は自動的に拡大していく。世襲資本主義は足元にある問題なのである。

■海外資産への監視強化で新たな税逃れ画策の動き  ワンハンドレッドパートナーズ社長・百武資薫氏
相続税対策などで海外に移住した富裕層たちの帰国が増えている。現行法上、被相続人と相続人が海外に5年を超えて居住すれば、日本の非居住者として海外資産に相続税が課されない。そのため、2011年の東日本大震災以降、多くの富裕層がシンガポールなどの相続税のない国へ移住した。ところが、それから約4年が経ち、高齢の富裕層の中には日本での生活が恋しくて戻ってきてしまうケースが目立つ。現在、海外に居住する中心は40代前後の若い富裕層だ。子供が小さいうちに家族で移住し、5年経ったら子供に財産の一部を贈与する。子供にとっては海外生活で英語が身に付くので、一石二鳥というわけだ。だが、今後は海外移住による税金対策は難しく、国内での節税対策を求める動きが高まっていくだろう。資産運用でも国内回帰の動きが高まりつつある。かつては、キャピタルゲイン課税のない国へ資産を逃避させる人も多かったが、2013年末からは5000万円超の海外資産を申告する『国外資産調書』が義務化されたことで、甘い汁は吸えなくなった。とはいえ、海外資産を申告していない富裕層は今も相当数いると思われる。最近も、ある日本人が保有する100億円超の海外資産を何とかできないかという相談が持ち込まれた。こうした中、海外資産の税逃れを画策するブローカーも出始めている。例えば、某国の王族の協力を得て、申告をせずに海外で資産運用することを画策する輩もいる。富裕層と国税当局のいたちごっこは今後も続くことだろう。

               ◇

ピケティの『21世紀の資本』では、各国それぞれに問い掛ける。「あなたの国に格差・不公平はないか」と。米国・ヨーロッパ・アジア……それぞれの地域や国ごとに答えは様々だ。各国の足元の経済実態を映し出す“鏡”なのである。ピケティが最も強い関心を寄せる米国はどうか。富裕層上位1%が社会全体の所得の20%・富の40%を占める一方で、ニューヨークではこの10年間でホームレスが6割も増えた。ロンドンの一等地では不動産価格が高騰し、高給取りのバンカーなど住宅を所有できる人とできない人の分離が進んでいる。アジアに目を向けてみると、韓国では大韓航空の『ナッツリターン事件』に見られるように、財閥への富の集中と一族の特権意識にアンチブームが起きている。世界に共通する格差問題がピケティ人気に繋がっているのだ。

■アメリカ
ニューヨークを訪問中だったフランスのヨーロッパ問題担当大臣であるアルレム・デジール議員が地元記者と会うというので、参加して本人に聞いてみた。「母国の経済学者であるトマ・ピケティの近著が米国でベストセラーですが、ご存じですか?」。第1書記を務めたことのある社会党の実力者は胸を張った。「もちろん。米国でも流行しているのですよね。世界的な所得配分の不平等をデータを用いて証明した本です」。人種差別反対運動で知られるデジール議員は、フランスのリベラル派の代表格。社会党の経済アドバイザーをも務めたピケティの唱える格差是正論が、米国で話題となっているのが自慢なのだ。デジール議員が指摘するように、“ピケティ人気”が米国を席巻している。『21世紀の資本』は書店で山積み。ピケティが訪米して講演会を開くと、観客が入り切れないほど。「ロックスターのような人気ぶりです」。昨年秋にピケティを招待した米ニュースクール大学の幹部は、こんな嬉しい悲鳴を上げていた。米国では、富裕層上位1%の所得は社会全体の20%を占め、ストックである富も40%を押さえている。その一方で、中間層は苦しい。フルタイムで働く男性の保有資産は、1990年代初めと同水準のまま。底辺層は悲惨だ。ニューヨークの場合、ホームレスの数は昨年11月末時点で6万人超と過去10年間で約6割増えた。

米国は、格差度を示すジニ係数が先進国最高水準の0.47である。ノーベル経済学賞学者のジョセフ・スティグリッツ氏の言葉を借りるなら、「世界に冠たる格差社会」なのだ。「一握りだけが非常に得をする経済を認めるのか?」。オバマ大統領は1月の一般教書演説で格差問題を取り上げた。オバマ大統領は、キャピタルゲインと配当に対する最高税率を引き上げ、死亡時の資産譲渡のキャピタル課税を検討している。大銀行に対しては、債務残高に応じた手数料徴収を計画している。金融危機から6年が経過した。失業率が低下したといっても、低所得層は複数のパートタイムを持って糊口を凌ぐ。株価上昇は部門整理で浮いた現金による株主還元のおかげ。一方の“1%”では、相続税制の抜け穴が利用されて事実上の世襲制が復活している。米国版“ピケティ人気”は当然の現象なのだ。 (産経新聞ニューヨーク駐在編集委員 松浦肇)

■イギリス
“犬猿の仲”とは英国とフランスのためにある表現だ。英国はフランスの文化に対して嫉妬に近い羨望を抱いているが、その狡猾さと傲慢さを嫌っている。だから、フランスの経済学者が主に英米の社会を批判したこの本が、2014年の英国のフィナンシャルタイムズ/マッキンゼー賞を受賞したのは驚きだった。しかも売れ行きに火が付いたのが本国のフランスではなく、批判の主な対象となっている英米だ。英国では、このところの格差拡大が売れ行きを後押ししたのは確かだろう。特にリーマンショック後の2009年以降、株式市場や企業収益は上がったが、一般社員の給与にはほとんど変化がない。英国を代表するFTSE100社のCEOと一般従業員の年収格差は1980年では11倍だったが、現在では116倍に膨れ上がっている。例外は金融街に勤めるバンカーで、海外から流入している資金と共に不動産価格の高騰に一役買っている。英国では“住宅はしご”(不動産を若いうちに購入し、年が経つに連れアップグレードしていく)に乗れない人たちが増えていて、社会問題となっている。特にロンドンの不動産価格の上昇には目を見張るものがあり、若手社員などは皆、遠方の郊外から通勤している。住宅ローン大手のハリファックスによると、20~45歳の3分の1が「もう手が届かないから」と不動産の購入を諦めている。

20150218 02

ただし、ピケティ本には批判や疑問も目立つ。例えば、国際的な富裕層への累進課税の強化の現実味はどうか。ある国が増税を行えば、まずその国から資本の逃避が起こるので、誰も最初の一歩を踏み出したがらないと批判される。皮肉なことに、ピケティのお膝元のフランスで新年早々、年収100万ユーロ(約1億3300万円)を超える所得に対し、累進課税の上限を75%に上げるという策が頓挫したばかりだ。英国では、格差拡大の原因を金融街に向けている。一昨年にバンカーのボーナスの課税を重くするなど、世論の不満をかき消すのに躍起だ。だが、英国の繁栄を保っているのは金融だ。バンカーを冷遇しすぎると、自らの首を絞めることにもなりかねない。 (みずほインターナショナルディレクター 竹下誠二郎)

■フランス
ピケティは2007年のフランス大統領選挙で、社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル議員が立候補した際に経済問題の顧問を務めたことでも知られる。フランスでは、そのピケティの『21世紀の資本』に関する論争は、保守とリベラルの間のイデオロギー的な対立を軸に行われている。昨年4月に保守系日刊新聞『ル・フィガロ』は、「ピケティの著作は、社会党の財政政策に明らかに影響を与えている。例えば、オランドが就任直後に年収100万ユーロを超える富裕層に対する所得税率を75%に引き上げる提案をしたことは、ピケティの影響だ」と批判している。実際、ピケティは『21世紀の資本』で、資産税や最高税率が80%に達する所得税を提案している。一方、リベラルな月刊新聞『ル・モンド・ディプロマティーク』は、「マルクスが労働者の自己疎外を終わらせるために、従来の労働力と資本の関係を廃止して社会を変革しようとしたのに対し、ピケティの提案は格差縮小のために“人間の顔を持つ資本主義”を目指すことにとどまっている」と指摘し、ピケティの論考は理論的・政治的な深みが足りないと批判している。フランスでも格差は拡大しているが、日米よりも小さい。社会保障が手厚いことから、フランスでは貧困率が39.8%から14.5%に抑えられている。社会保障による富の再分配の重要性を改めて浮き彫りにしている。しかし、フランスは今大きなジレンマに直面している。ユーロ圏に属するフランスは、公的債務残高の対GDP比率を現在の95%から60%未満に下げなくてはならない。このためオランド大統領は、社会保障コストを大幅に削減することを迫られている。さらに、ピケティが提唱する増税は企業の競争力を弱める。『21世紀の資本』は、政府が主導権を握って格差を縮小するべきだとしているが、ユーロ圏でその理想を実現するにはかなりの困難が予想される。 (ジャーナリスト 熊谷徹)

■韓国
大韓航空の副社長(オーナーの長女・41歳)が機内サービスに激怒、航空機を回航させるハプニングを起こし、世間を唖然とさせた『ナッツリターン事件』は記憶に新しい。この事件に象徴されるように、韓国では財閥グループへの富の集中とオーナー一族の特権意識に対して“アンチ財閥”の風潮が蔓延する。そんな中、ピケティの著作が大きな反響を呼んだ。昨年9月、毎日経済新聞の招きでピケティが訪韓すると、講演会は満員の聴衆を集め、同時期に出版された著書はベストセラー5位(昨年10月時点)になった。韓国10大財閥は、法人企業52万社のうち売上高で25%・当期純利益で42%の割合を占める(2013年)。財閥の起源は、韓国動乱直後の1950年代に遡る。当初は高度成長の担い手である創業主の労苦と努力が評価され、批判は少なかった。しかし、権力と癒着してその庇護と特恵で肥大し、大企業の寡占に合わせて一族の資産も加速度的に膨れ上がった。しかも3代目の時代に移行し、富は世襲され資産は拡大・再生産される。海外遊学したオーナーの子女は、能力がなくても高速昇進して30代で系列企業の役員になる。財閥3世の兵役義務忌避や、米国国籍取得のための海外出産といった行動が相次ぎ、顰蹙を買った。ピケティは累進課税を主張するが、政経癒着が続く風土で資産格差解消は至難である。 (経済ジャーナリスト 池東旭)

■中国
中国では市井におけるピケティの認知度は低く、人気はまだアカデミックの世界に限定されている。それでも、解説本が数冊出版されブームがジワリと広がっている。昨年11月にピケティが中国を訪問すると、講演会場になった复旦大学のホールは満席になり、会場に入り切らない学生たちが通路に立って傍聴する姿が見られた。講演会の最後に、司会者から「習近平主席の経済顧問だったら、どんなアドバイスをするか?」と質問を向けられると、ピケティはこう答えた。「中国では財務税収の透明性が不十分。もっとたくさんの情報が公開されれば、最適な解決方法が見つけられる。現在、中国で行われている“反腐敗”は、不公平是正には役に立つかもしれないが、格差はそれだけが原因ではない」。中国でピケティが話題になる背景には、ピケティの主張は自由主義陣営(つまり資本主義制度)の欠陥と捉えられていることがある。さらに、中国が改革開放を経験して、中国国内における収入格差が広がっているという現実がある。


キャプチャ  2015年2月14日号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR