【ピケティ狂想曲・ブームの賞味期限】(01) ピケティが起こした大論争の行方――世界で大ヒットした経済書『21世紀の資本』、富と格差を巡る議論が生み出すものは

昨年の経済学で最大の話題と言えば、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』をおいてない。各国でベストセラーとなったこの本は、富と格差の過去・現在・未来について考察したもの。無制限な資本主義は富の格差を拡大させ、一握りの名家に富が集中する時代に逆戻りすると説く。2013年8月に本国フランスで出版された同書は、昨年4月に英語版が出ると経済学者らから絶賛された。格差が問題視されているアメリカで瞬く間にブームを呼び、分厚い専門書にして異例のベストセラーに。先月までに世界十数ヵ国で150万部以上が売れたという。一方で、理論的説明が足りないといった批判も出るなど、賛否両論を巻き起こしている。

筆者は昨年末、パリ経済学校の教授であるピケティに電子メールで取材をした。「予想外の爆発的ヒットの熱狂が少し落ち着いた今、著書に対する人々の反応をどう考えているか」と。「私が思うに」とピケティはメールで言う。「この本が与えた影響で最も興味深く有益なものの1つは、多くの国、特に中南米とアジアの各国政府が税金データを公表するようになったことだ。だから私は今、“世界トップ所得データベース”にさらに多くの新興国を含めることで忙しい」。彼はもう少し細かく述べていたが、要点はそんなところだ。『世界トップ所得データベース』は所得格差の推移に関する歴史的データベースで、世界の研究者たちの共同作業で作られたもの。インターネットで公開されている。『21世紀の資本』を巡る大騒ぎのおかげで、ブラジルやメキシコ・台湾・韓国などはピケティにデータを提供した。彼は大喜びだ。正直に言うと、ピケティの反応は想像していたより素っ気なかった(彼が自分を批判する人々を攻撃したら、この記事ももっと面白くなっただろうが)。しかし、そのことでかえって重要な点が浮き彫りになった。ピケティの世界観が勝利しつつあるということだ。経済学者たちは、資本主義の自然な力学を巡るピケティの理論を完全には受け入れていないだろう。しかし、不平等についての現在の理論は間違いなく彼が提示する理論に沿って行われている。諸外国の政府から学者仲間まで、誰もがピケティが問い掛けている疑問への答えを求めている。




『21世紀の資本』が社会現象になる以前から、ピケティは私たちの格差論の方向性を決定づけた人物の1人だった。ピケティとその共同研究者の1人であるカリフォルニア大学バークレー校のエマヌエル・サエス教授らは税金データ分析の先駆者だ。彼らの分析により、上位1%の富裕層に富が集中していることが明らかにされ、2011年の米ウォール街占拠運動の「私たちは99%」というスローガンが生まれた。しかし、『21世紀の資本』は所得(世帯が稼ぐお金)よりも富(世帯が所有する財産)に焦点を当てることで議論の流れを変えた。同書の発売前は、格差の議論における富の役割は小さかった。アメリカ人が富の集中をいかに過小評価しているかを解説した動画がネットで注目を集めたのは2013年のことだ。アメリカの所得のうち労働者に渡る割合が減る一方で、投資家や資本所有者の取り分は上がっている――ニュースサイト『ビジネスインサイダー』のヘンリー・ブロジェット編集長からノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンまで様々な人々が以前からそう指摘していた。しかし、それ以外では富の不平等についての解釈は、誰も大して注目していないという前提で始まることが多かった。なぜ無関心だったのか?

所得と比べて富(ピケティの本では“資本”や“財産”と同義語)は曖昧で、つまらない題材だからだ。政府は富に対して課税しないから、富を正確に測ることは難しい。所得よりも不平等に分配されるが、その理由も明白だ。人は稼げば稼ぐほど多く貯めることができる。さらに、ニューヨークタイムズ紙の記者キャサリン・ランペルがかつて指摘したように、誰もが自分の純財産をわかっているわけではないが、「給与明細はチェックして周りの人たちと簡単に比べられる」。ピケティを批判するジョージ・メイスン大学のタイラー・コーエン教授(経済学)は、「所得の不平等ばかりが言われていたが、富の不平等については指摘されていなかった。私たちが富について語ってこなかったからだ」と筆者に語った。しかし、『21世紀の資本』のおかげで状況は変わった。この記事を読んでいるあなたは多分、この本の基本的な議論、少なくとも有名な数式“r>g”を知っているだろう。ピケティ曰く、資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回る国々では格差は必然的に大きくなる。富は、経済全体が拡大するよりも急速に増える。そのため、事業や株式・債券・不動産を所有している人の下にお金は集中する。結果的に、19世紀のヨーロッパがそうだったように、相続財産が社会を支配するようになる。ピケティの言葉を借りれば、資本主義は自由放任にすると「過去が未来を蝕む」のだ。

thomas piketty

予想通り、『21世紀の資本』に対するエコノミストたちの評価は割れている。しかし、興味深いのはその賛否の境目が、いわゆるリベラル派と保守派でぴったり分かれているわけではない点だ。クルーグマンや同じくノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローといった重鎮が支持する一方で、やや右寄りのコーエンや中道左派のローレンス・サマーズ国家経済会議(NEC)前委員長などは批判的な姿勢を示している。そこで、ワシントンのピーターソン国際経済研究所の新進気鋭の上級研究員ジャスティン・ウルファースに評価を聞いてみた。すると、「ピケティによって新しい視点で格差に目を向けざるを得なくなったのは間違いないが、その理論的枠組みは経済学に大きな影響を及ぼしていない」との答えだった。「これまでのところ、私が出席した学会で“r>g”という発言を聞いたことがない」とウルファースは言う。それでも、昨年12月にはスタンフォード大学のチャド・ジョーンズ教授が、“r>g”の概念がどのようにマクロ経済に関連してくるかを研究した報告書を発表した。ウルファースが指摘するように、経済学界はピケティの理論に大騒ぎしていないかもしれないが、少なくとも興味を示している学者はいる。

それに結局のところ、学会が『21世紀の資本』を称えるかどうかは問題ではない。重要なのは、この理論に批判的なエコノミストたちでさえ富をこれまでにない新しい目で見始めているということだ。預金や証券取引に使える収入よりも、経済の形を変え得るパワーを持つ要因として富を再評価している。例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)の博士課程で学ぶマット・ロングリが書いた『21世紀の資本』に対する強力な批判論文は広く引用されている(サマーズも彼の意見に同調している)。ロングリは主に、ピケティによる資本収益率の扱いについて、または富裕層が投資から毎年いくら得られるかの見込みについて問題点を指摘している。ピケティの理論によれば、成長が鈍化する一方で国民所得から貯蓄に回る割合が安定している国では、資本の総量の増加が経済成長率を上回る(既に欧米や日本で起きている現象だ)。資本の総量が増加する一方で資本収益率はそれほど落ちないため、資本から得られる収益の割合は増加する(より多くの資本+同じ収益率=金持ちはもっと金持ちに)。他方、ロングリはこのピケティ理論を非現実的だと切り捨てる。「資本が積み重なれば、投資の機会を求めてより多くのカネが動くことになる」とロングリは主張。そうなれば、ピケティが予測するような格差拡大のシナリオを十分回避できるほど資本収益率は下がるという。

複雑な論争であり、誰が正しいかなんて答えが出ない壮大な問題だ。ただ重要なのは、支持派も反対派も双方が今、このピケティ理論を議論する価値があると認識していること。彼の本が出版される前には考えられなかった現象だと言えるだろう。今年中に自分の論点をブルッキングス研究所に提出するロングリは、こう書いている。「“21世紀の資本”は、その予測において正しいかもしれないし間違っているかもしれない。だが、その概念は研究する価値のある重要なテーマとして残るだろう」。そうなれば、机上の論争だけで終わらないかもしれない。富の成長を認識し、その要因ともたらされる結果について議論することは、それを正す政策立案への第一歩である。ピケティが好む処方箋(グローバル富裕税)は夢想的だと一蹴されている(ピケティ自身、ユートピアンだと認めるほどだ)。だが少なくとも、彼の政策案が議論を始めるきっかけを提供してくれたのは間違いない。ピケティの理論の土台となった研究をまとめたロンドンスクールオブエコノミクスのガブリエル・ザックマン助教に、『21世紀の資本』が出版されて以降の反響を聞いてみた。彼は最近、富裕税に関するEUのシンポジウムで発言した内容を教えてくれた。「2~3年前にはこんなこと考えられなかった。今回は、富に課税すべきかという問題に丸一日を費やすことになった。大きな変化だ」。繰り返しになるが、今はただ論争が巻き起こっているだけだ。だが、そうした議論から政策は生まれる。そして面白いことに、いま私たちはみんな“ピケティの言葉”を話している。 (スレート誌ビジネス記者 ジョーダン・ワイスマン)


キャプチャ  2015年2月24日号掲載


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