【ピケティ狂想曲・ブームの賞味期限】(03) 国境を超えるカリスマ人気――それぞれの経済・社会事情によって、人気の背景や受け止められ方には微妙な国柄の違いが表れている

■アメリカ…権威とデータに幻惑されたアメリカ人
本書は、どうしてこれほどの話題になったのか。もちろんアメリカ人は、格差の拡大や賃金の伸び悩みを酷く憂いている。本書の英訳版が出る少し前の時期には、バラク・オバマ大統領がこれらの問題を政治の争点にしようとした。ところが、少なくとも世論調査を見る限り国民の反応は全く鈍かった(ああいう調査を見たらこんな本が売れるわけないと悲観したくもなる)。それでオバマは一時期、格差について語るのをやめてしまった(今はまた語り始めたが)。そこへ、この本が出て凄まじい反響を引き起こした。なぜなのか。1つには、著名なノーベル賞学者(経済学)のポール・クルーグマンの影響が大きい。彼はニューヨークタイムズ紙の連載コラムで何度も本書に触れているし、ブログにも書いていた。やはりノーベル経済学賞の受賞者であるジョセフ・スティグリッツとロバート・ソローも書評で褒めた。つまり、3人のノーベル経済学賞受賞者が揃ってこの本を絶賛し、多くの経済学者が無視してきた所得の再分配という問題に再び目を向けようと主張したことになる。このように、経済学界での反響は大きかった。その理由は、ピケティが経済学の世界で長らく信じられてきた基本的な仮定に異議を唱えたからではないだろうか。

1971年にノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツは、1960年代に資本主義経済の発展につれて一度は格差が広がるが、やがて中流層が増えて格差は縮小に向かうという『クズネッツ曲線』を提唱。そして彼は、幸運にもまだ格差が少なかった時期にこの世を去った。だが、クズネッツがもっと長生きしていたら、その曲線の続き、つまり格差が再び広がる時代を見て、ピケティと同じ考えに行き着いたかもしれない。ならば、ピケティはクズネッツの後継者なのか? いや、多くの経済学者がクズネッツの仮説を鵜呑みにして分配の問題に背を向けたのに対し、ピケティは異議を唱え分配の問題に正面から取り組んだのだ。もちろん、学者がいくら『21世紀の資本』を買ってもそれだけではベストセラーにならない。オバマの呼び掛けに応えなかった人たちが本書に飛び付いたのは、著者が権威ある専門家で、しかも膨大なデータで武装しているからだろう。本書に出てくる数多くのグラフや数字を前に、一般読者は引いてしまうだろうと思うだろうか。私は、むしろ数値や統計の山に魅了されたのではないかと考える。一般国民は格差の拡大を肌で感じていて、その問題を隣人たちと議論したがっていたのではないか。ただし、その際にオバマの主張の受け売りと思われたくはなかった。そんな時に、マサチューセッツ工科大学(MIT)で教壇に立った経歴を持ち、母国フランスで一流経済学者と見なされている人物が、この問題についてハーバード大学出版局から本を出した。こうした権威のお墨付きがあれば、隣人と格差拡大の話をするに当たって素敵な武器となる。もちろん、これは私の勝手な推測に過ぎない。実際に何が起きたのかは知らない。ご存じかもしれないが、ウォールストリートジャーナル紙に興味深い記事があった。電子書籍リーダーに残る履歴データから、いわゆる本の“読了率”を調べたものだ。『21世紀の資本』は最下位で、読者が目を通したのは平均して25~30ページだけだった。読まなくても持っていたいもの。それが“名著”の条件ということか。 (英語版翻訳者 アーサー・ゴールドハマー)




■日本…「貧しくなる」という富裕層の不安
トマ・ピケティ『21世紀の資本』は、アメリカでも日本でも予想外の大ベストセラーとなった。アメリカではせいぜい2万部と思われていたそうだし、日本版も僕に翻訳の話が来た時点(フランス語の原著が出た直後)ではあまり期待は無かったはずだ。そもそも、僕に話が来るということ自体、「あまり売れない」と思われていた証拠とも言える。僕は専業翻訳家ではないので、売れなくても食うに困るわけではないからだ。それが大売れしている理由は、日本の人々が純粋に格差問題に関心を持ち、そのしっかりした歴史的分析と背景にある力学について興味を募らせていたからだ……と思いたいところ。が、流行の常として話題が話題を呼び、その話題に乗りたいが故に買ってくれる人が増え、それがさらに話題に繋がるというスパイラルの中で手を出している人も多いのは間違いない。それでも、「牛に魅かれて善光寺参り」とも言う。流行で買った人の中にも、実際に読んで示唆を得られる人は必ずいるはずだ。どんな目論見で本書を買ったにせよ、それをきっかけに新しい世界が開かれる人がいるはずだ。

でも、その目論見とはどんなものだろう。流行が流行を生む状態となるまでに、本書の内容に本当に興味を覚えて買ったコアな読者層はいるはずだ。その人々の期待したものとは何か? 当初は、「格差の本だし、不利な状態に置かれていると感じている層が、自分の不満の正当性を学問的にも確認すべく買うのか」と思っていた。が、必ずしもそうではないようだ。むしろ買っているのは、一部上場企業勤めを中心とする、どちらかと言えば裕福な層らしい。各地で熱心に読書会なども開かれているが、参加者の多くもそれなりに豊かな層だ。無理もない。決して安い本ではない。そして所得階層によって、そもそも本を読む習慣といった文化資本の水準も決まってしまうのだから。そしてその人々は、必ずしも富裕層として上から目線で本書を読んでいるわけではない。日本の特徴は、所得や資産がそれなりにある人でも、自分が豊かだとは思っていないことだ。多くの人は自分が中流だと思い、漠然と「自分たちが今後貧しくなるのでは」という不安を抱いているようにも見える。その認識は、この先変わるだろうか? それでも、多少の誤解に基づくとはいえ、そうした豊かな層が格差問題に関心を持つことが悪いはずはない。これは、ピケティが来日した時の聴衆からの質問にも見られた。特に、東京大学での講義で学生たちが行った質問は(教授たちの惨状に比べ)立派なものだった。その中で目立った質問が、「自分たちは豊かな層に生まれ格差の上のほうになるが、それに対してどういうメッセージがあるか」というものだった。ピケティは、「みんなが市民として格差を考え、平等な社会を目指すべきだ」と答えた。まさにその通り。来日時、メディアの多くはピケティに何とかアベノミクス批判らしきことを言わせようと必死で、日本が社会として格差にどう向き合うべきかという本質はかなりお留守になっていたきらいもあった。でも、本書の読者たちの少なくとも一部は、ピケティの本当のメッセージをしっかり受け取っていると思いたい。

最終的には己の立場に関係なく、社会の一員として格差の問題を考え対処しなければ。『21世紀の資本』の読者の中から、この作業を担う人々がきっと出てくるはずだと僕は思っているのだけれど。 (日本語版翻訳者 山形浩生)

■フランス…ブームの逆輸入で異例のロングセラーに
トマ・ピケティは、もともと経済学者として国内でよく知られた存在だった。2002年にフランス最優秀若手経済学者賞に輝いたほか、パリ経済学校の創設メンバーであり、左派系リベラシオン紙の常連寄稿者でもある。2007年の仏大統領選挙では、敗退した社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル候補の顧問を務め、次の2012年の選挙ではフランソワ・オランドの支持に回った。『21世紀の資本』は、フランスで2013年8月に発売された。当初、国内での評価はまちまちだった。「お見事」「よき参考図書」と褒められる一方、右派の批評家からは「二流のマルクス主義」と扱き下ろされた。それでも、970ページという大著にしてはよく売れた。ピケティによると、昨年5月段階で国内売り上げは10万部を超えていた。ただし、母国で売れ始めたのは海外で話題を攫ってからのこと。昨年4月にアメリカで英訳版が出ると“ピケティ旋風”が巻き起こったことに、フランスのメディアは驚きを隠さなかった。国内の否定的な評価に対して「雪辱を果たした」とル・モンド紙は伝えている。さらに同紙は6月、ピケティが米ホワイトハウスから会合に招かれたことを伝え、「エリゼ宮(仏大統領府)にはまだ招待されていない」と指摘。ちなみに、ミシェル・サバン仏財務相は「私には重すぎ、大きすぎる」から読んでいないと口を濁していたものだ。日本でも2ヵ月足らずで13万部が売れ、彼の理論が日本の国会審議で話題になったことはフランスでも報じられた。格差拡大の問題はフランス以外の国々のほうが切実だから、外国で評判になったという見方もある。

また、現政権と彼の冷たい関係も災いしたようだ。オランド大統領が選挙戦で掲げた財政改革の公約には、ピケティの影響が大きかったと言われる。だが公約が実行に移される気配はなく、ピケティは公然と政権を批判してきた。さらにピケティはこの1月、レジョンドヌール勲章の受勲候補を辞退した。天晴れとも傲慢とも言われたが、オランド政権の担当閣僚は「国際的に名声の高い本書は国家による表彰に値する」と述べるに止めた。既に国内での売り上げは22万部に達した。発売後17ヵ月を過ぎても、仏Amazonの売り上げベスト10に入っていた。大衆小説が並ぶ中では異色の存在だ。彼の著書がこんなに売れたのは初めてだし、きっと印税収入には高率の税金がかかる。先頃、テレビの深夜番組に出演したピケティは、「租税回避の問題にも詳しいから、所得隠しも簡単だろう」と突っ込まれた。これに対しピケティは、「税率が80%でも90%でも喜んで納める。大学の給料で生活できるから、これ以上の金は必要ない」と涼しく返し、番組の司会者を拍子抜けさせていた。 (トレーシー・マクニコル)

■韓国…世襲資本主義化する財閥主導経済への警鐘
韓国で昨年9月に発売された『21世紀の資本』がベストセラーになった理由は、この本の登場が実に時宜を得たものだったからだろう。韓国は過去50年の間、『漢江の奇跡』と呼ばれた高度経済成長時代の過程で、富と所得の分配において不平等が著しく拡大してきた。そんな中で現れたピケティと彼の本は、韓国社会が不平等という難病をどのように治すことができるかについて真剣に悩むきっかけを作ってくれた。この本の場合、読者層が幅広いのも特筆すべき傾向の1つ。韓国語版の出版社『クルハンアリ』によると、販売当初の読者層は40代が最も多く、次いで30代と50代となっていた。しかし、最近では20代の読者も増えているという。男女別にみても、当初は男性が7割近くを占めていたが、最近は主婦を含めた女性が増え、男性に迫る勢いを見せている。年齢性別を問わず、分配より成長・平等より効率を重視する政府に批判的な読者が多いようだ。こうした人気の背景には、この国の経済構造も深く関係している。韓国で経済開発が始まった当初、政府は限られた資本や資源を少数の財閥グループに集約させることで、経済成長の効率を最大限にアップさせる戦略を取った。財閥は、確かに韓国経済の発展に寄与した。しかしその一方で、経済力の集中と所得格差の拡大に責任があるとの批判も浴びてきた。財閥は今、創業世代から2世・3世へと経営権と財産を譲る段階に入っている。「21世紀には、19世紀のような世襲資本主義の時代に逆戻りする可能性が高い」と、ピケティは警告している。今まさにそれが現実になろうとしている韓国で、読者が行く末を案じて『21世紀の資本』を読み耽っているのはごく自然なことかもしれない。 (韓国語版筆頭翻訳者 張暻徳)

■中国…共産党も熱烈歓迎? “中国病”脱却の後押しに
『21世紀の資本』(中国語版は『21世紀資本論』)は昨年9月に売り出され、発売から3日間で2万5000部がネットだけで売れた。98元(約1900円)と通常のハードカバー本の3倍近い値段のこの本が売れたのは、中国人が抱えている不満の表れと言える。中国経済はこれまで右肩上がりの成長を続けてきたが、最近の経済成長のスローダウンで収入格差が広がり、中間層の間で貧困層への転落に対する恐怖が広がっている。「富裕層は読む必要がない、貧困層は買うカネがない」と、中国の出版業界に詳しいジャーナリストの胡洪侠は言う。「この本を読んでいるのは、まさに中間層だ」。ピケティが中国語版の序文で指摘している通り、中国には格差を生み出す中国独特の原因がある。汚職と不公平な税制だ。「腐敗は最も不合理な富の不平等。巨額の富が絶え間なく少数の人間の手に入る」「遺産相続と資産に対して累進課税を実施すべき」――とピケティは書く。中国では相続税がないせいで、親の財産を受け継いで贅沢に暮らすスーパーリッチの“富二代”が蔓延り、格差がいつまでも縮まらないという悪循環が続いている。不満を持つ中間層にとって、ピケティの主張は待ちに待ったものだろう。ピケティの主張を歓迎しているのは、中国政府も同じかもしれない。汚職の根絶と公平な税制がもたらす格差無き社会の実現は、中国政府の目指す政策でもある。直接コメントしていないが、翻訳本が国内で大々的に発売されていること自体がその表れだ。内容が気に食わなければ、中国政府はそもそも中国での発行を認めない。実際、相続税の導入には富裕層から根強い抵抗がある。ピケティの本が売れてその主張が浸透すれば、中国政府は相続税導入に踏み切れるかもしれない。格差無き社会がもたらす安定は、共産党がこれから一党独裁を続けるためにも不可欠だ。「売れているのは、実は中国人に馴染みのある“資本論”という名前ゆえでは」(前出・胡洪侠)という皮肉な見方もあるのだが。 (長岡義博)


キャプチャ  2015年2月24日号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR