【ピケティ狂想曲・ブームの賞味期限】(04) ピケティは政治の文脈で読め――金融危機後に燻ぶる問題に光を当てた『21世紀の資本』、ピケティは格差拡大への懸念が高まる時流にうまく乗った

トマ・ピケティの『21世紀の資本』は、超富裕層が過去250年にわたり経済成長を上回るペースで富を蓄積してきた事実を明らかにしたとされる。「このままでは金持ちと貧乏人の格差は広がる一方だ」とピケティは説く。そして「政府が富裕層への課税を強化しなければ、格差拡大への流れは止まらない」と論じている。

しかし、著名な経済学者たちはピケティの理論に異議を唱えている。例えば、クリントン政権で財務長官を務めたローレンス・サマーズは、「格差が拡大し続けるのは必至だ」とするピケティの主張を一蹴し、「金持ちとその子孫はいずれ浪費に走り、蓄積した資産を相殺してしまうから、ピケティの予言する不公正な社会は来ない」と論じている。マサチューセッツ工科大学の経済学者ダロン・アセモグルとハーバード大学の経済学者ジェームズ・A・ロビンソンも同様な欠陥を指摘し、過去のデータからあるパターンを見つけ、それを未来にまで引き延ばしただけで将来の経済事象を予見するのは拙速だと批判した。ピケティの著作に対するこうした疑義が、いずれもリベラル左派によるものだという点は注目に値する。ピケティ自身も左派の活動家であり、左派の理論的支柱の1人でもあるからだ。何しろ彼は、この世の不平等が左翼的な神話ではなく厳然たる事実であることを示し、格差の拡大が社会悪であることを膨大な資料で実証したのだ。




保守派の経済学者も、ピケティの議論には納得しない。彼らの愛するトリクルダウン理論(富裕層の旺盛な消費が、いずれは貧困層をも潤すことになる)を、ピケティが真っ向から否定しているからだ。自由意思論者(リバタリアン)のジョージ・リーフも、富裕層への課税強化というピケティの主張は「一部の人の資産を没収する国の権限の言い訳だ」と一蹴した。市場原理の信奉者たちが反発するのは当然だ。1980年代に米レーガン・英サッチャーの両政権が自由市場の思想を取り入れて以来、課税の軸は所得に対する累進課税から消費税および一律課税へと移った。富裕層への高率課税と、善良なる政府による富の再分配というピケティの主張は、時代遅れの社会民主主義のそれと変わらない。また、この世で最も固く守られた利権集団である富裕層を敵に回すに当たり、ピケティは政府の役割を論ずることなく、政府こそ格差解消の最も効率的かつ公平な機関だと見做している。

さて、経済学の話はここまでにしよう。つまるところ、富の偏在も経済的には大した問題ではないかもしれない。金持ちがどんなに裕福でも、貧困層にまともな給料が支払われている限りどこが悪いという話になる。ピケティの本で大事なのは経済学ではない。政治だ。「資本主義が永遠に貧富の格差を生み出す」という彼の議論は実にタイムリーだった。2008年秋に始まる世界金融危機以降、景気回復の歩みは遅い。だが、超富裕層は誰よりも早く失地回復を果たした。だからこそ、『ウォール街占拠』運動では「富裕層に社会主義を、貧困層に資本主義を」の声が上がった。アメリカで今や格差の問題は、左寄りの民主党だけでなく共和党にも無視できない政治課題となっている。その方法論や経済思想にどんな欠陥があるにせよ、彼が2008年危機以降の世界で燻ぶっていた“富の偏在”の問題に光を当てたのは事実。時代の寵児となったのも当然だ。 (本誌国際エディター ニコラス・ワプショット) =おわり

               ◇

皮肉を愛するフランス人には珍しく冗談が通じない――パリのマクニコル記者がピケティについてそう教えてくれました。『21世紀の資本』からも実直さが伝わります。むしろ、来日時の空騒ぎこそ悪い冗談のようでした。民主党は彼から「岡田代表が言ったことは全くその通り」と言質を取り燥いでPRしましたが、せめて国会では受け売りでない議論をしてほしいもの。ブームを通して、自分の頭で格差を捉えるためのヒントを探りました。 (深田政彦)


キャプチャ  2015年2月24日号掲載


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