ブラック企業の監督官庁で『サービス残業』を強要――安倍首相の“いつか来た道”、お友達・塩崎厚労相の大暴走

発足から2年が過ぎてなお高い内閣支持率を維持し、“一強”と称される安倍政権。しかし今、その足元で見えざる亀裂が生まれている。その震源地は塩崎恭久厚労相。第1次安倍政権で官邸崩壊を招いた元凶とされる男が、厚労省で再び繰り広げる大暴走を衝撃スクープ。

「いい加減にしろ! 言った通りにやれって言ってるだろ!」。昨年12月19日夕刻、菅義偉官房長官は珍しく電話口で声を荒げた。電話の相手は塩崎恭久厚生労働大臣である。「かつてないほど厳しい口調で注意した」と菅は後に周囲に漏らしている。この電話の前、首相官邸で塩崎と向き合った菅は1枚の紙を渡した。『GPIF改革について』と題された紙に書かれた項目は3つ。「最低限の法律改正」「運用の責任問題」「責任問題が明確でシンプルな組織」。止めの文章にはこうあった。「次期通常国会は、GPIFのガバナンス改革については以上の考え方に基づいた独法整備法案を提出することとし、法人形態を変更する法案は提出しない」。昨年9月以来、燻ぶり続けてきた“GPIF問題”を収束させるべく、菅は異例のペーパーで“指示”を出した。だが、塩崎は納得していなかった。夕方、菅に電話しこう告げた。「これは総理の了承を得ていますから」。その言葉に菅はキレたのだ。

厚労省が所管する『GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)』。国民の年金130兆円を運用する世界最大の年金基金だ。安倍晋三首相は昨年1月のダボス会議で、GPIFの運用を「フォワードルッキングに見直す」と述べ、これまでの日本国債中心の運用を見直し、日本株を含めた株式の比率を高めることを“国際公約”にした。安倍政権にとって、GPIFの運用見直しは株価対策に直結する。莫大な資金を持つGPIFが買い手に回れば、株価の上昇が見込める。運用見直しは政権の“悲願”だった。昨年6月に閣議決定された成長戦略『“日本再興戦略”改訂2014』には、GPIFについて“基本ポートフォリオの適切な見直し”が書き込まれた。自民党で取りまとめにあたったのが、当時自民党政調会長代理だった塩崎だった。昨年9月2日、運用見直しに積極的な塩崎がGPIFを所管する厚生労働大臣に内定した。この速報に日経平均株価は200円近く上がった。だが塩崎厚労相の誕生により、GPIFは安倍政権内に大きな亀裂を生じさせていく。




官邸と厚労省から見れば、前任の厚労相・田村憲久が積み上げてきた“GPIF改革”はほぼゴールしつつあるはずだった。他方、塩崎から見れば自身の就任は改革のスタートに過ぎなかったのだ。塩崎が拘ったのは“ガバナンス”だ。塩崎は、古巣・日本銀行の政策委員会に似た合議制の理事会を設置し、ガバナンスの強化を図ろうとしていた。だが、それにはGPIFの大きな組織改編が伴うため、運用の見直しに遅れが生じる。10月に入り、菅は塩崎にこう釘を刺した。「ポートフォリオを変更しないまま年を越すと、マーケットの期待を裏切る。これまでのGPIFの改革の方針に添って、改革を遅滞なく3月31にまでにスケジュール通りやってほしい。その上で、官邸と緊密に連絡を取り、政府与党の了承を得てから成案を得るようにしてほしい」。10月31日、GPIFは国内株式を12%から25%へと大幅に引き上げるポートフォリオの見直しを公表。日経平均株価は高騰した。ただ、相変わらず塩崎は“ガバナンス”に拘っていた。ガバナンスの強化により、マーケットの支持を得られる。この方針は、安倍首相も理解してくれている。“安倍の支持”を錦の御旗にする塩崎と官邸・厚労省との対立は抜き差しならなくなっていた。

再び、菅が動く。菅は「何でもオレのせいになる」と零すが、その危機管理能力には定評がある。“GPIF問題”は既に危機管理のレベルに達しつつあった。「口頭ではなく、ペーパーで渡さないと塩崎さんはダメだ」。周囲の進言により菅が明確に“指示”を出したのが、冒頭の12月19日だった。菅の一喝を伝え聞いた官邸スタッフは思った。「問題は決着した」――。年が明けた2015年。1月20日に発売された月刊誌『FACTA』のスクープに、永田町・霞が関は衝撃を受けた。『“130兆円GPIF”某重大事件』と題した記事には、12月19日の菅との会談を含め、GPIFを巡る塩崎と官邸の対立が詳細に報じられていたのだ。塩崎サイドのリークと見た官邸は激怒した。記事は、GPIFの最高投資責任者(CIO)に就任した水野弘道に対して厳しいトーンとなっている。水野は大阪市立大学法学部を卒業後、住友信託銀行に入行し、2003年からイギリスのプライベートエクイティ(PE、未公開株)投資会社『コラーキャピタル』のパートナーになった。FACTAが指摘したように、コラーキャピタルのファンド規模が小さいことや、資産運用のトラックレコード(収益実績)のないことから、水野への疑問の声は確かにマーケットにもある。塩崎周辺からは、「水野は外資系のファンドにいたとはいえ、営業のプロに過ぎない。運用のプロではない」といった批判や、「イギリス在住が長く、日本で税金を納めていないはず」「年俸3000万円以上を要求し、規定を変えさせた」といった資質を問う声が絶えない。1月21日には、塩崎自身がウォールストリートジャーナルによるインタビューで水野についてこう語っている。「理事長が決めたことだから、そのことで私がどうこう言うことではない」「年金受給者のプラスになってくれないと困る」。その水野を連れてきたのは、官房副長官の世耕弘成だ。塩崎が毀誉褒貶ある水野を標的とすることで反撃に出た。官邸サイドはそう受け止めた。

1月5日にCIOに就任した水野を、塩崎は忌避し続けた。就任挨拶をしようにも「多忙」を理由に断られる。一方で、GPIFの課長・部長クラスは連日のように塩崎に呼び出されていた。水野の名刺についても、塩崎はクレームをつけた。「CIO? 最高投資責任者? この肩書きは何だ。俺がいつ認めたんだ。“運用担当者”だろ。名刺変えろ」。水野が塩崎との面会に漕ぎ着けたのは、就任から1ヵ月が過ぎた2月上旬のことだ。その際、塩崎の傍らには2人の弁護士が控えていた。昨年11月付で厚労省顧問となった野村修也、GPIFガバナンス強化担当参与となった松沢香の両弁護士である。GPIF問題をきっかけに、塩崎は厚労省とも激しく対立するようになっていた。厚労省でGPIF問題を担当するのが年金局だ。だが、年金局長の香取照幸が、塩崎から“出入り禁止”を申し渡される異常事態が起きている。厚労官僚にガバナンス改革を任せておけないと見た塩崎は昨年11月、社会保障審議会年金部会の下に委員10人からなる作業班(座長・植田和男東京大学大学院教授)を設置した。この会合に年金局長の香取は出入り禁止となり、年金局と塩崎とのパイプ役は森浩太郎官房参事官(資金運用担当)・八神敦雄年金局総務課長が担っているという。1980年入省の香取は、次官候補と目される厚労省の大物官僚だ。カラーシャツを着てスタイリッシュな雰囲気を醸し出し、周囲からはカトリーヌと呼ばれる。小泉内閣では内閣参事官として厚労相を代表する形で官邸入りし、飯島勲秘書官率いる“チーム飯島”の一員となった。国会議員や先輩官僚に対してもダメ出しし、民主党政権時代、長妻昭厚労相にも臆することがなく周囲を驚かせた。一連のGPIF改革でも、官邸や財務省との調整にあたってきたのが香取だった。香取に「あなたは誰に仕えているんだ」と声を荒げたこともあったという塩崎は、香取を官邸に通じていると見做し、厚労官僚を遠ざけるようになっていく。

代わりに登用されたのが、民間の弁護士たちだ。次々に顧問や参与に起用し、政策決定に関与させた。「資料作成は、万般にわたって顧問や参与と調整するように」。塩崎は議員にこうした指示を出した。水野との会談に同席した野村・松沢の両氏に加え、GPIFガバナンス強化担当参与には鈴木謙輔弁護士も就任し、法案作成にも携わる。内閣法制局への法案説明に弁護士が来て、関係者を驚かせた。塩崎を知る知人はこう語る。「彼は身内しか信用しない。弁護士を登用する陰には、長男の存在がある」。塩崎は2007年の官房長官時代、政治資金収支報告書の領収書二重添付で女性職員の使い込みが発覚。昨年には、戦局の老人ホーム開設に絡む秘書の口利き疑惑が浮上した。塩崎の長男・彰久は、第1次安倍内閣では父に仕える官房長官秘書官となった。人の好き嫌いが激しく、記者泣かせだった父に代わり、もっぱら彰久が記者との対談役を務めた。“荒野の無人望”と揶揄される父に対し、当時“官邸で唯一まともな男”と言われるなど評判は悪くない。今回の大臣就任前も議員会館に出入りして事務所を取り仕切ってきた。だが、現在の彰久のポジションは判然としない。前出の鈴木弁護士は、彰久と東大で同級生で同じ法律事務所に所属している。鈴木は参与だが、彰久は違う。大臣の私的アドバイザーという立場で、守秘義務のかからない一民間人の彰久に対してどこまで情報を出すべきか、厚労官僚たちは対応に苦慮している。だが、塩崎肝煎りのガバナンス改革を議論する前出の作業班には、彰久の影が見え隠れする。会合を実質的に取り仕切ったのは、前出の弁護士たち。年末にかけて6度開かれ、塩崎の考えに沿った報告書が出された。この報告書作成過程では、塩崎に近い作業班メンバーだけの“裏会合”も開かれたという。

もう1人の側近が、政務秘書官の野々口秀樹だ。自らも日銀出身の塩崎は、日銀金融機構局考査企画課長の野々口を一本釣りした。野々口は第1次安倍政権で官房副長官補室に出向した際、官房長官だった塩崎の御眼鏡に適った。だが、そこで酷使されたことで野々口は後に塩崎と距離を置くこととなった。今回、塩崎のリクエストに対し、日銀総裁の黒田東彦は「きちんと面倒を見てほしい」と注文をつけたとの逸話が残る。だが、その野々口が事件を起こした。前出の年金部会作業班は塩崎の指示を受けて、今年の通常国会に法案を間に合わせるため、ほぼ週1回のペースで開かれた。会議前日の日曜日の夜10時頃、年金局の課長補佐級職員の自宅の電話が鳴った。電話の主は野々口。「翌月曜日の朝9時開始の作業班会合に出す資料が足りないから追加せよ」と言う。職員は「著作権の調整も必要で、この時間からだと物理的に不可能」と答えたが、野々口はこう言い放った。「事務方が大臣の指示に従えないのであれば後日、理由を文書で示してほしい」。この職員は元々激務でノイローゼ気味だった。職員の異変を悟った妻は着信番号にかけ直し、野々口にこう問い質したという。「あなたは主人を殺す気ですか! このままだと自殺してしまいます!」。委員会前の大臣レクは朝6時に始まる。当然、職員はもっと早く登庁しなければならない。元々、塩崎は睡眠時間4時間というショートスリーパーだ。朝4時に起き、公務の後は情報収集の会合に出かけ、就寝は夜12時。第1次安倍政権時から昼夜関係なく電話を入れる人使いの荒さには定評があった。ただ、大臣を務める厚労省では、時間外労働の監督指導を強化してブラック企業対策を進める労働基準法の改正案を今国会に提出予定だ。大臣の御膝元でのこうした状況は“ブラックジョーク”というほかない。

厚労省に確認を求めた。香取の出入り禁止については、「作業班については審議官をヘッドとする事務局で対応する体制となっている」とし、香取が参加していないことを認めた。野々口秘書官の電話については、「年金局職員の奥様から野々口秘書官に電話があったのは事実です。その電話は野々口秘書官宛てではなく別の職員に対するものでしたが、野々口秘書官が奥様の話を聞いたところ、『最近仕事が集中しているので配慮してほしい』との趣旨でした」。塩崎の長男が政策決定に関与している事実はないとし、「大臣の私的アドバイザーの1人で、主に法的問題についての助言等を行っている」と回答した。だが、安倍を支える面々から見れば、塩崎を巡る今日の混乱は予め予測されたことだった。ある官邸関係者は、大臣が1人も辞任せず盤石の体制を維持していた第2次安倍政権についてこう語っている。「安倍政権を潰すのは簡単だよ。塩崎を入閣させればいい」。短命に終わった第1次安倍政権と抜群の安定感を誇る第2次安倍政権の差は、官房長官にあると指摘する声は多い。要は塩崎と菅の差だと言うのだ。

“お友達内閣”と批判を浴び、官邸崩壊を招いた塩崎官房長官。“消えた年金問題”で厚労省と対立したが、その救済策を官邸で処理できず引き取ったのは、当時総務大臣だった菅だった。菅はこう漏らしたことがある。「塩ちゃんは安倍さんの“お友達”だけど、俺は違うからなあ」。1982年の中曽根内閣で安倍晋太郎外務大臣・塩崎潤経済企画庁長官の秘書官を其々務めた頃からの付き合いという安倍と塩崎。第2次安倍政権発足時、安倍は塩崎を入閣させず、政調会長代理に就けた。その思いを安倍は周辺にこう語っている。「塩ちゃんの能力の高さはみんな知っている。でも、人望がない。だからちゃんと汗をかいて、本当はいい人なんだなという声が周りから上がるようになってほしい。“代理”にしたのはそういう意味なんだ」。安倍が“3人衆”と呼ぶ第2次安倍政権の中枢である菅義偉・麻生太郎・甘利明は内閣改造の際、揃って塩崎入閣に反対した。だが、安倍からすれば塩崎の“雑巾がけ”は済んだと思ったのだろう。周囲の反対を押し切っての塩崎入閣は、恐れていた第1次安倍政権の悪夢を彷彿とさせる。

自民党幹部が危険信号を察知したのは、昨年の臨時国会だ。小渕優子・松島みどりらの疑惑に隠れてはいたが、塩崎の言動は波乱要因になりつつあった。大臣就任から2ヵ月後、昨年10月30日の予算委員会。塩崎は質問者の細野豪志に向かってこう言い放った。「もうちょっと勉強してから言ってくれよ」。「アメリカの公的年金は全て債券で運用されている」と質問する細野に、塩崎は大臣席からヤジを飛ばし委員長から注意を受けた。だが、細野の質問の基になった資料は厚労省が作成したものだ。さらに11月5日の厚労委員会では、労働組合が反対したのに企業が派遣労働者受け入れを延長した場合について、塩崎は「労働局としても指導せざるを得ない」と答弁。民主党の大串博志に「法律に書かれていない」と突っ込まれるとしどろもどろになり、審議は度々中断。結局、この労働者派遣法改正案は臨時国会で成立しなかった。厚労省幹部は嘆く。「塩崎大臣はGPIFに“注力”するあまり、他の年金や医療に関する勉強が追いつかない。田村前大臣は夜の会合をほとんど入れず勉強に当てていたが、塩崎大臣は自信があるせいか夜も出かけていく」

波乱要因はまだある。「“C法案”でいいから登録してほしい」。塩崎は“GPIF改革”を諦めていない。ガバナンス改革のために設置した作業班がまとめた報告書を基に、CIOの水野の権限を縮小させるべく法案を準備しているのだ。それを今国会で提出するよう、村木厚子事務次官を通じて官邸に捻じ込んだ。C法案とは、省庁が提出を“検討中”という謂わば優先度の低い法案だ。ただ、C法案にも登録されなければ国会提出が不可能になってしまうのだ。今国会で厚労省は、既にGPIFの本部移転や理事の増員に関する法案を2月中に提出することを決めている。これは、今国会で成立を確実に期すため日切れ法案に含めている。これだけなら、塩崎の望むガバナンス改革は叶わない。塩崎が目指すガバナンス改革に関する法案は大改正となるため、自民党厚労部会、最終的には総務会の了承を得なければならない。だが、こうした官邸と塩崎の妥協策は、野党に追及の余地を与えることになる。同じ法人に関する法案を、なぜ2回に分けて同じ国会に提出し、審議しなければならないのか。この点を野党に追及されれば、政府と塩崎の方向性の違いが明らかになってしまうのだ。世耕や今井尚哉首相秘書官らは、塩崎を安倍と2人きりにさせないようにしているという。すぐにGPIFの話を始めるからだ。

年間110兆円の社会保障費を扱う巨大官庁の“ガバナンス”を担う大臣として、果たして塩崎は適切な人物だったのか。安倍も最近では「困ったねえ」とこぼし、首相周辺は「最後は総理が塩崎さんと話すしかない」と語る。だが、塩崎をよく知る議員はこうも言うのだ。「塩崎さんが考えを変えるのを見たことがない」。わずか1年で退陣に追い込まれ国民の批判に曝された安倍は、第1次安倍政権の反省を自らノートに綴り、5年後に復活を果たした。安倍が“反省ノート”の中で最も肝に銘じているのは次の言葉だという。「人事において情に流されない」。第1次安倍政権が躓いたのは、“お友達”と厚労省の“消えた年金”だった。歴史は繰り返すのか。 《敬称略》


キャプチャ  2015年2月26日号掲載


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