【下村博文・辞任勧告スクープ】(01) 子どもには教えられない“裏の顔”――安倍首相ショック! お友達・下村博文文科大臣、塾業界から“違法献金”

安倍首相との親密さを喧伝、自ら熱望して文部科学大臣に就いた下村氏。塾業界を全国8つの後援会に続々と入会させているのだが、驚くことに全ての後援会が政治団体の届け出はなし。つまり“闇の政治資金”を吸い上げているのである。見返りは何か? 後援会幹部による爆弾告発。

2月13日、文部科学省大臣室には、全国から集まった下村博文文部科学大臣(60)の後援会組織『博友会』の各地域の会長と事務局長らがズラリと顔を揃えた。彼らはいずれも学習塾などを経営する教育関係者。この日話し合われたのは、小誌からの取材依頼への対応だった。この日を境に、緘口令でも敷かれたかのように関係者への取材アポイントのキャンセルが続いた。果たして、彼らが口を噤まなければならなかった理由は何か。

下村氏といえば、安倍晋三首相と思想信条を同じくする側近中の側近だ。「下村氏は、安倍氏がまだ森喜朗政権で内閣官房副長官だった頃から、同僚議員らと“安倍さんを応援する会”を立ち上げようと動いたほどの信奉者。“お友達内閣”と言われた第1次安倍政権では官房副長官として官邸入りしました。2012年の自民党総裁選では、所属派閥の清和研の意向に逆らって安倍支持を宣言。第2次安倍政権では文科相に起用され、内閣改造でも留任した。首相周辺も『閣僚の中でも、塩崎(恭久厚労相)さんと下村さんは別格なんだよな』と洩らすほど“お友達の中のお友達”です」(政治部記者)。下村氏は自著『9歳で突然父を亡くし新聞配達少年から文科大臣に』の中で、自らの波乱に満ちた半生を書いている。父の事故死で暗転した家庭環境の中、交通遺児育英会の奨学金で地元・群馬の高崎高校を卒業、政治家を志して早稲田大学へと進み、名門・雄弁会の門を叩いた。大学在学中から板橋区内で学習塾を経営し、その後は都議を経て1996年に衆院議員に初当選。衆院議員になってからの下村氏は、文部科学大臣への意欲を隠そうとしなかった。自著には、今回の入閣の経緯を赤裸々に書いている。まず、環境大臣を打診されたが拒否。さらに、別のポストを提示されても首を縦に振らなかった。4回目に、安倍首相が「わかった。そんなにやりたいのだったら、下村さん、あなたに任せる」と文科大臣を提示し、念願の入閣を果たしたのだ。その教育行政への熱意の原点が、塾経営の経験だ。大学卒業後の1979年に自らが経営する『博文進学ゼミ』を会社化して、本格的に塾経営に乗り出している。




当時を知る地元後援会の初代会長が振り返る。「彼の塾は、板橋を中心に最盛期で7校ほどの分校があったはずです。彼は1989年に都議会議員に当選した後、政治に専念するため後継者に塾を譲り、役員も退きました」。下村氏にとってこの時の約10年の塾経営で得た人脈が、その後の政治活動の礎となっていった。下村氏が文部科学政務官・自民党教育再生実行本部長など文教族として重きをなしていくのと同時に、学習塾の経営者などを中心とした全国網の後援会が組織されていった。それが冒頭の『博友会』である。都内の塾経営者が語る。「学習塾は、教育界の中で“時代の徒花”の如く日陰の存在として扱われてきた経緯があります。当時の文部省が塾を異端視し、存在意義を認めようとしなかった。その後は株式上場を果たす塾も増え、文科省も無視できない存在になっていきましたが、それでも偏見は渦巻いていました。そうした中で塾業界人の期待を一身に背負い、業界出身者初の国会議員となったのが下村氏でした」。下村氏の文部科学大臣就任は、本人と塾業界の“悲願”だったのだ。博友会では、地域ごとに大掛かりな講演会を定期的に催しており、大臣就任以降は規模も拡大している。2013年4月20日、近畿博友会はホテル『ザ・リッツカールトン大阪』で1人2万円の会費で講演会を催した。「2部構成になっており、講演の後、下村大臣を囲む立食スタイルの懇親パーティーも行われ、塾関係者や学校関係者が多数参加していました。最近の近畿博友会の後援会は盛況で、200人超は集まっていると思います」(近畿博友会関係者)。これに続く5月11日には、中四国博友会が『ホテルグランヴィア広島』で講演会を開いた。「これまでは年2回だったものが、大臣になって1回になりました。かつては学習塾関係者を中心にした少人数の集まりといった趣でしたが、今では100人は集めないと成立しなくなっている」(中四国博友会幹部)。同年8月には東北博友会、11月には中部博友会、12月には九州・沖縄博友会がそれぞれ下村大臣を招いた講演会を開催している。

しかし――。この博友会には、不明朗極まりないカネの流れが存在するのだ。小誌が把握するだけで、博友会の名前を冠する下村氏の後援会は10団体存在する。しかし、このうち政治団体として届け出がされているのは、東京都に事務所を置き東京都選管に届け出されている博友会(以下、東京博友会)のみ。他は近畿博友会・中部博友会・九州沖縄博友会など全国各地に博友会が設立され、下村氏が講演に訪れて懇親パーティーも開かれているが、政治団体として届け出されておらず、その資金の流れが一切表に出てこないのだ。博友会の成り立ちについて、1992年から事務局長を務める『田島教育グループ』代表の田島秀恭氏が語る。「(東京)博友会の代表は設立当初から楽天球団オーナー代行の井上智治氏で、所在地は形式上、私の会社になっています。年に6回ほど講演会を開き、秋に資金集めのパーティーを1度やるというのが活動の全てです。会の実務は下村博文事務所が一手に行っており、事務局といっても実態はなく、東京都から届く書類を下村事務所に転送するだけが仕事です。当初は東京のみの組織でしたが、下村氏に近い塾関係者から『東京だけじゃもったいない。全国に博友会を作ってあげる』と申し出があり、今では各地域の博友会と主要地域にある若手の博友会を併せて10の博友会があります。それぞれが独立した組織になっています」

政治資金規正法では、「特定の公職の候補者を推薦し、支持し、又はこれに反対することを本来の目的とする団体」は政治団体となり、届け出をした上で毎年、政治資金収支報告書を提出する必要がある。下村事務所に確認を求めると、次の通り回答した。「政治団体である博友会(注:東京博友会のこと)と各地域にある“○○博友会”は、同じ“博友会”という文字を使用していますが関係がありません。“○○博友会”はあくまでも有志個人の集まりに過ぎず、年に1度程度下村を招いて懇親会をやる程度のことであり、特に他から寄付を受けたりしていることもなく、したがって貴誌が考えるような継続的・組織的に政治活動をしていることはなく、貴誌のご指摘とは事実関係が異なります」。東京博友会を除けば、他は政治団体ではなく任意の団体であるため届け出は必要ないと説明する。任意団体を巡っては昨年、当時の江渡聡徳防衛相が、地元の支援者から構成される『政経福祉懇話会』から毎年300万円の政治献金を受けていることを小誌が報じ、「政治資金規正法違反ではないか」と国会で追及を受けた。その際、江渡氏はあくまでも同会は「私の後援会ではない」とし、政治団体ではないと釈明していた。江渡氏は第3次安倍内閣発足の際、ただ1人留任を固辞し退任した。

一方、取材から浮かび上がる全国の博友会の実態は、江渡氏のケース以上に政治団体そのものなのだ。まず、東北博友会作成の文書にはこうある。「博友会とは下村博文議員を応援する人々による全国組織で、北海道・東北から沖縄まで主要な地域で6支部ございます。毎年、各支部に下村博文議員をお迎えし、講演会や情報交換をしております」。下村氏自身もフェイスブックでこう書いている。「私の全国にある後援会のは1つである、中部博友会講演会で、名古屋に来ています」。下村氏の後援会であり、毎年継続的・組織的に活動している。これが政治団体でなくて何なのだろうか。博友会に纏わる疑惑はこれだけではない。現役古参幹部が重い口を開く。「東京も含め各博友会は同根の組織で、これらをまとめる連絡会として“全国博友会”があります。全国博友会の会長は“近畿博友会”の会長も務める学習塾の元経営者・森本一氏です。当初、博友会の年会費は一律4万8000円だったのですが、彼が『各地域で自由に決められるようにしよう』と提案し、各博友会はそれぞれに年会費を集めることになったのです。下村先生が講演する時には、森本会長が講演料として最低30万円を渡すよう各地の幹部に指示を出していました。私自身も、下村先生に渡す講演料を工面するのを手伝ったことがあります」

講演料について、2007年から2013年までの下村氏の所得等報告書を確認したところ、2009年・2011年は講演料の記載がない。例年、各博友会で複数の講演会が催されていることから、その際は講演料を“裏金”として受け取っていた可能性がある。「森本氏の御膝元の近畿博友会は、博友会の年会費とは別に年30万円の会費を集めており別格扱いでしたが、そうした森本氏のやり方に反発した若手が“博友政経教育研究会”と称して近畿若手博友会を組織しました。中部にも5年ほど前に若手組織が発足したのですが、一度下村先生を講師に招いた際の講演料が少なかったせいで、その後は下村先生を読んでも来てもらえなくなったと聞きました。選挙で当選する度に祝い金と称して10万円単位のお金を集金されることもあり、各博友会とも資金の捻出には頭を痛めていたのです」(同前)

博友会を牛耳る森本氏とは何者なのか。知人が語る。「下村氏とは30年来の付き合いです。個人塾を皮切りに、合併を重ねて“ウイン”という塾の会社を大証2部に上場させました。その後、経営に失敗し、現在は塾のコンサルタントをしています」。森本氏にとって、復権への頼みの綱が下村氏の存在だったようだ。「まだ第1次安倍政権の発足前でしたが、森本氏は安倍政権になれば下村氏が文科大臣になることは既定路線だと信じていましたし、下村氏もまんざらではない様子でした。そこで森本氏が旗振り役となり、塾経営者を“次期文科大臣”とのツーショット写真が撮影できる講演会に誘い、下村氏のためのカネ集めを加速させたのです。写真があれば地域での信用力や認知度を高めることができるため、数万円の出費なら塾経営者にとっては安いものだったのです。森本氏は、『下村氏の推薦で園遊会や安倍首相主催の観桜会に出席した』と周囲に太い関係を自慢しています」(森本氏を知る塾関係者)。森本氏は、自身のホームページでこう謳っている。「下村博文衆議院議員を都議会議員時から支援し、その後援会組織を全国規模に拡大しました」。だが、森本氏の形振り構わぬカネ集めは“黒い人脈”を呼び込むことにもなった。「株式投資で損失を被った森本氏に資金援助をしていたとされているのが、大阪で建築会社を経営する山本秀典という人物でした。彼は、かつて放火と保険金詐取で暴力団組員と逮捕されています。山本氏は近畿博友会の会員として、講演会や8月1日の“八朔参宮の日”に下村氏とともに伊勢神宮にお参りするツアーにも参加していました。羽振りがよく、会合の後は博友会の会員らをクラブに連れ出していましたが、途中から妙なカネ集めを始め、森本氏も手を焼いていました」(山本氏を知る関係者)。山本氏は2005年から7年間、下村氏が代表を務める自民党東京都第11選挙区支部(以下、11支部)に12万円の寄附を続けていたが、2013年2月、大阪府警捜査4課に詐欺容疑で逮捕された。

博友会の“黒い人脈”は山本氏だけではない。京都・嵐山――。世界遺産として知られる天龍寺近くにある別荘に下村氏や博友会の幹部が一堂に会したことがあった。2010年2月のことだ。「別荘の持ち主は、名古屋で“名進研”という学習塾を経営していた豊川正弘氏で、彼は3年ほど前まで中部博友会の会長を務めていました。教育教材の訪問販売で財を成し、塾業界に進出してきた人物です。この日は、別荘を買ったお祝いで会費が5万円。高級料亭“たん熊”の御膳を堪能し、芸者を呼んでお座敷遊びの“とらとら”で盛り上がりました。下村先生も大喜びで、そこから祇園に繰り出したのですが、豊川氏は『一晩で200万円使った』と豪語していました」(出席者の1人)。実は、この“京都の宴”が催された朝、日本経済新聞に豊川氏の脱税での立件が間近に迫っているとの記事が掲載された。参加者は一様にその事実を知りながら、素知らぬ素振りでその話題には触れなかったという。

全国紙社会部記者が語る。「豊川は山口組弘道会の資金源だった風俗業者と昵懇の間柄でした。昨年、朝日新聞がその関係を改めて報じていますが、彼は風俗業者に約6億円を融資しており、その理由を問われて、名進研が開校した東海初の塾立小学校に『(業者が)億単位の出資を約束してくれていたから』などと答えています。今となっては小学校の認可が出たこと自体不思議ですが、教育に携わる仕事をしていながら暴力団関係者と平気で付き合う感覚は信じられません。豊川は2007年に国税当局の家宅捜索を受けた際、“差押顛末書”を破って公用文書等毀棄罪で実刑判決を受け、脱税事件でも在宅起訴されました」。このような人物が中部博友会設立以来トップを務め、下村氏と写真にも収まっていた。付き合いは報道後も続いており、2013年にも下村氏に対して4万8000円を献金している。「豊川氏は名古屋の歓楽街・錦にクラブを持っていて、そこにも下村先生を連れて行っていました。一時は、彼が全国博友会の会長になる話もありましたし、森本氏もそれを後押ししていたと聞いています。昨年、朝日新聞の報道を受けて名進研の社長から退きましたが、中部博友会の講演会には着物姿で参加していました」(中部博友会関係者)。豊川氏は、小誌記者が博友会側が“裏金”を下村氏に渡していることを質すと、こう持論を述べた。「そんなこといいじゃん。別に(報告書に)載ってなくたって。くだらねぇな、ほんと」。博友会の“黒幕”とされる森本氏は、「取材には応じたくない」と取材拒否。

さらに問題なのは、不透明な資金の流れに下村事務所が関与していることだ。小誌が入手した領収書にその動かぬ証拠がある。発行元は、下村氏が代表を務める11支部。領収書の持ち主である博友会会員は困惑気味にこう話す。「私が会員になっている地域の博友会では、毎年の年度初めに博友会の年会費を納めています。ところがなぜか毎年、11支部から領収書が届くのです。年会費を払っているのに、博友会の活動報告の便り1つ届かないのでおかしいなと常々思っていましたが、実はそのお金が11支部への寄附として処理されていたのです。最近になって、他地域でも同じようなことが行われていたと知って疑念は深まるばかりでした」。九州沖縄博友会の会員である学校法人の理事長が語る。「九州は会長が福岡の有名な塾経営者で、彼に誘われて3年ほど前に入会しました。ただ、年会費が6万円と高額なんです。他の会員は自腹での負担は厳しいようで、私が『ポケットマネーで払っている』と言ったら驚いていました」。この理事長名では、2013年分の11支部の政治資金収支報告書に6万円の寄附として記載がある。ここでもまた年会費が寄附にすり替わっているのだ。下村事務所は、「“○○博友会”として毎年決まった会費を集めているとは聞いておりません。寄付を頂いたことから、領収書を発行し、その旨法令に従い収支報告書にて報告をしています」として、11支部への寄附であり博友会の年会費ではないと説明するが、領収書の但し書きには「年会費として」と書かれている。

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さらに、約10年前に発足した東北博友会は、2年ほど前に拠点を福島から仙台に移し改組したが、現会長の常盤木学園の松良千廣校長は、年会費の管理についてこんなエピソードを語る。「前会長時代は年会費を集めても“縛り”があって、全て下村大臣の事務所に渡さなければいけなかったのですが、私が会長になってからは年会費を自分たちの会の運営費用として使えるようになりました。今は年間5000円の会費で、会員は40人ほどです。年に1度、下村大臣をお招きして数百人規模のセミナーを催していますが、この時は参加者から1人1万円を会費として貰っています」。事実確認のため前会長にも話を聞くと、「年会費として集めたお金は、東北博友会として毎年きちんと献金を行ってきた」と胸を張って説明する。だが、2010年から2013年までの11支部の報告書を確認すると、東北博友会名での献金実績は確認できなかった。

政治資金に詳しい神戸学院大学法科大学院の上脇博之教授はこう指摘する。「各地域の博友会は、その実態を見ると任意団体を装った政治団体と言えます。下村氏が博友会の実質的な代表者だと見做されれば、5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金に処せられる可能性があります。また、支払い義務が生じる年会費として受け取ったものを、小選挙区支部の収支報告書に個人の寄附として記載しているのであれば大問題です。代表者である下村氏が事情を承知しているのであれば、虚偽記載や場合によっては詐欺に当たる可能性があります」。下村氏は、塾業界の活用に理解を示してきた。「彼は以前から『学校が全部解決できるという発想は捨てたほうがいい。学校は最低限のことだけやればいい。それ以外は塾が引き受ければいい』と語っており、学習塾やNPO法人に学校法人化の道を開き、株式会社が学校を設立できる“教育特区”の実現に尽力していました。大臣になってからも、公立学校の運営を民間に委託する“公設民営学校”制度に前向きな姿勢を示しています。自治体所有の校舎などが利用でき、少ない元手で学校経営に参入できることから、塾業者にとっても利益があります」(前出・塾経営者)。そんな下村文部科学大臣に浮上した博友会の“年会費上納”“裏金講演料”などの“違法献金”。日本の青少年の教育を担う文部科学省から、下村氏は一刻も早く去るべきだ。


キャプチャ  2015年3月5日号掲載


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テーマ : 政治
ジャンル : 政治・経済

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