【暴走する“中華体制”の軋み】(前編) “中国夢”外交にどう対処するか

巨大な隣国の姿は一見すると、年々よくわからない。経済発展に伴って隣国は元より国際社会を不安に陥れる国が過去どれだけあっただろうか。日本に関連する問題を挙げてみれば、尖閣問題や防空識別圏問題といった力尽くで領域支配の現状を変えようとする動きはその最たるものだろう。しかもそれを“正当化”するために、「日本は第2次世界大戦後の国際秩序を守らない世界のトラブルメーカーである」との宣伝を繰り返している。しかも、最近の中国の動きが明らかにしたのは、単に“日本軍国主義の復活”なるものに“平和と正義を愛する中国人民が怒っている”という次元のものではないということである。パラセル諸島を巡るベトナムへの衝突、スプラトリー諸島を巡るフィリピンへの衝突は、実力行使のみならず共産党御用メディアによる「小国が大国・中国に逆らい愚行を働いている」という罵倒を伴った。一方、中国は新興国の優等生として“途上国を助け共に発展する”牽引役を任じようとしている。BRICS諸国を糾合し、『アジアインフラ投資銀行』や『新シルクロード』を立ち上げる計画はその代表例である。中国は国際秩序の破壊者なのか、それとも“創造者”なのか。

筆者の見るところ、中国はそのどちらでもない。否、語弊を恐れずに言えば、「どのように振る舞えばどうなるのか」という基準すら我々と共有していないのではないか。「日本はこのようにして国際的な成功を収め、国際社会一般でも国際法や慣習に則ってこのように関係を結んでいる以上、中国もそれに従うはずだ」と期待すること自体が、とてつもない前提違いであるのかもしれない。その象徴的な動きが、所謂“外資叩き”である。例えば、戦前の中国船徴用に絡む商船三井への莫大な賠償支払い判決、日独自動車メーカー部品の独占禁止法違反による反則金支払い、米国資本の精肉加工業者への抜き打ち検査を大々的に放送してマクドナルド鶏肉問題の契機となったことが目に付く。しかし、そもそも中国の戦略部門に属する国有企業は森厳たる特権・利権によって守られているし、中国で営業する外資は基本的に中国側との合弁企業とする必要もある。外資ばかり叩いて自国の独占・寡占部門を叩かないのは不当である。そもそも、中国のこれまでの発展戦略自体、中国の労働力や資源と外資の技術・資金を結び付けるものであった。しかも近年、中国製品の価格優位が崩れつつある中、中国の採った方針は引き続き外資と協力して総合的な産業の質を高める“産業昇級”であったはずである。それを反故にするかのような政策をいま強めているのは、「中国は中国の決めたいように決めるのであり、中国との関係で利益を得たければ中国の作為に従うべきである」という発想と不可分であろう。これは、習近平政権が掲げる“中国夢”外交の本質の一端であり、彼らの歴史に対する深い悔恨の裏返しである。




中国は本来、世界最古の文明の1つとして燦爛たる歴史と伝統を有し、富を都市に蓄えて漢字による高度な文書行政を行い、その権力の頂点に君臨する皇帝が“天命”の名の下で万民を従えてきた。極論すれば、皇帝・都市・漢字の3点セットこそこの文明の本質である。“礼”によって人間の上下関係を整えようとする儒学は、それを拡大再生産するために好都合なイデオロギーであった。そして、現実の支配を超えて中国文明の恩恵を世界全体に及ぼし、中国文明“天下”の安定を実現するために採られたのが朝貢儀礼である。“天下”には強者と弱者、先進と後進の違いがある。それをそのままに認めて“上”が“下”を思い遣り、世界を主体的に変えて行くというのが彼らの理想であり、その中心にある文明の高みこそが“中華”であった。しかし、このようなやり方は西洋・日本の圧迫のもと放棄させられ、弱体化の中で列強への従属を強いられた。それを打開するための中共による社会主義化(彼らなりの富国強兵の道)も、毛沢東独裁により惨憺たる結果に終わった。

ここ30数年来の改革開放政策の目的は、中国を積貧・積弱から救うのみならず、富強を実現して二度と列強から侮られないようにすることであった。しかも中国近現代の政治思想は、弱小国家・民族の平等と抵抗による世界正義を追求したものの、一方では国際法や国際関係の現実が“公正”とは程遠く、良くも悪しくも勝者の論理が導いているという認識をも内面化していた。そこで、今や中国が米国に比肩し得る圧倒的な実力を持つに至った以上、あくまで弱者として平和的に台頭した中国こそ、既存の西側とは異なった真に“公正”な国際関係を主体的に実現するパワーとなったと考える。だからこそ、“正義”としての中国に対して無意味に逆らう小国(日・越・比)を“懲罰”し、米国の影響力についても中国が中心となる“アジア人によるアジア人のためのアジア”から排除しようとする。しかし、このようなやり方は戦前の日本と近似である。日本が歴史的打撃を受けたのと同じく、長い目で見て中国自身を自滅に追い込むだろう。したがって、“遅れてきた帝国主義”としての“中国夢”への対処法は難しくも何ともない。内外で中共への不満を掻き立てる作為とは真逆の、国際社会から普遍的に受け容れられる価値=ソフトパワーを、日本の叡智を集めてより高め、世界(中共の宣伝を真に受けず日本を知ろうとする中国人を含む)と共有して行けば良い。そしてそれこそが、戦後70年の区切り目を経た日本の新たな時代を開いて行くことになる。逆に、ソフトパワーの優位・均衡を失った時、日本にとって致命的な事態が起こるのかもしれない。


平野聡(ひらの・さとし) 東京大学大学院法学政治学研究科准教授。1970年生まれ。同大学院同研究科博士課程単位取得退学。専門はアジア政治外交史。著書に『清帝国とチベット問題 他民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)、『興亡の世界史第17巻 大清帝国と中華の混迷』(講談社)、『“反日”中国の文明史』(ちくま新書)など。


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