【働きかたNext】第3部・常識を疑え(02) 入社、横一線にあらず――歩むレールは自ら敷く

大学などを卒業した若者が4月から社会人として横一線でスタートする。そんな働き方の常識が変わろうとしている。「見せ方を変えないと、使いやすいアプリにならないのでは」。東京・恵比寿のクックパッド本社。明治大学に通う玉木英嗣(19)は街ネタを共有する新たなサービスを巡り、社員と活発に意見を交わす。彼はまだ1年生。就職活動は2年も先のはずだ。「実際に企業で働いた経験は将来にいきるはず」。独学でプログラミングを学び、2月からインターンとして学生生活の時間の一部をクックパッドでの仕事に割く。同社人事部は「インターン経験は採用に向けた情報になる」と明かす。三越伊勢丹ホールディングス・ファーストリテイリング・サイバーエージェント。企業は優秀な学生を囲うように1年生からもインターンを募り、学生は自らの“キャリア”を築こうと競って参加する。20歳前の就業経験が将来に結びつくのが今の実態だ。採用の前に“働きぶり”を見極める会社もある。22日、2016年卒予定の学生10人が南米エクアドルのカカオ農園に旅立った。招いたのはネスレ日本。カカオ生産の現場を1週間体験。そのリポートを採用の最終関門にする。「現場をどう理解し、どう行動するかで入社後の将来性も見る」と人材・組織開発部長の金成和喜は話す。新卒一括採用は日本人の働き方に大きな影響を及ぼしてきた。4月に一斉に入社し、研修を受け、持ち場に配属される。横一線のスタートは同期の仲間意識も生んだ。今は入社時点で同期のキャリアに大きな差がついていてもおかしくない。

転職組の評価も劇的に変わった。技術者の中途採用が2010年度に1人だった富士重工業。2014年度には171人に上った。多くがエレクトロニクス業界などで5~10年の経験を積んだ人だ。衝突を避ける運転支援システム『アイサイト』など、車に積み込む技術は機械から電子機器に急速に変わりつつある。技術陣に求める能力もめまぐるしく変わるようになり、企業は即戦力となる中途依存を強めている。川崎汽船は2014年度に初めて中途が新卒を上回った。商社・銀行・IT(情報技術)企業と多様な出身の人材を採れた。「新卒だけではもったいない」(人材開発チーム)。日本企業に目立った“新卒採用組が本流”という風潮は影を潜め、今は外で経験を積んだ人のほうが評価が高いことも。そんな時代は働き手が自らの進路を常に検証することが欠かせない。リコーの赤堀久美子(39)は退社の道を選ぶことでキャリアを切り開いた。2003年に途上国向けの社会貢献活動をする非政府組織に転じた。しかしそこで培ったノウハウが途上国市場の開拓を目指していたリコーの目に留まる。2008年に再入社した彼女は今、リコーの途上国活動の中心を担う。“新卒で入り、年功で出世し、定年で辞める”という会社員の安定のレールはもはや幻だ。歩むレールは自ら敷く。一人ひとりのそんな覚悟が日本の次の働き方を創る。 《敬称略》




転職組の中には前の会社を辞めたことを悔やむ人も少なくない。人材採用会社のエン・ジャパンの調査では、転職経験者の8割が転職活動中と転職後のギャップを感じている。

東京都の遠藤紀之さん(30・仮名)は失敗経験者のひとりだ。大学を出て大手システム会社に入り、5年目の昨年、Webデザイン会社に転職した。「30歳が転職可能なボーダーライン。このままでは後悔する」。大企業の保守的な風土では成長できないと思った。だが転職後すぐに後悔した。上司のパワハラがあり、休みもほとんどなかった。「しっかり調べればよかった」。結局、3ヵ月で退職。今は東証1部上場のIT企業でデザインの仕事に就く。「会社を安易に辞めたことが失敗だった」と話すのは埼玉県の阪本正義さん(30・仮名)。新卒で入った会社で自動車部品の営業を6年半経験。やはり「転職で市場価値が高いのは30歳まで」という文句に乗せられて、昨年、スポーツ用品の販売会社に移った。「こんなに苦労するのか」。6年在籍した会社とは大変さが段違い。上司が暴力を振るったのを機に退職した。古巣への思いが膨らんだが復帰はかなわず、中小の部品商社にたどり着いた。2人に疑問をぶつけた。「周囲の知人にも転職を勧めますか」。意外にも答えは2人ともイエス。2回目の転職で自分に合った会社に入れたこともあるが、共通する理由は「自分の現状を見つめ直すきっかけになる」ということだった。「結果的に転職しなくてもいいから自分の価値を聞いてみるべき」と阪本さん。居心地の良い職場は時に妥協を生む。自分の仕事に疑問を感じているみなさん、一度立ち止まってみては――。

               ◇

経営の主軸を支える人材に中途採用者を据える企業がある。バーコードなどを使った業務用システムを構築するサトーホールディングスは経営幹部約30人の半数近くが中途入社だ。社長の松山一雄(54)自身も中途入社後にいったん退社し、10年後に再び入社した異色の経歴の持ち主。中途の力を組織力にするサトーの人材戦略を探った。

昨年、サトーに中途入社した浅井尚(49)は新規事業立ち上げのスペシャリストだ。富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)に所属していた浅井は9年前、モバイルとつないだ新たな写真サービス作りに力を注いでいた。ボーダフォン日本法人と水面下で進めてきたサービスだった。だが、成就する直前、想定外のニュースが流れる。「ソフトバンク、ボーダフォン日本法人買収で大筋合意」。温めていた新規事業はご破算、浅井の描いた青写真は実現できなかった。新規事業に失敗はつきものだ。その体験は次へと踏み出すための貴重な原動力にもなる。その後、浅井は富士フイルムで次々と新サービスを作る現場に投入されてきた。化粧品や電子カルテなど、富士フイルムが展開する新事業の現場に浅井の姿があった。その浅井が、転職先として選んだのがサトーだった。確かに東証1部に上場するシェアトップ企業には違いないが、富士フイルムと比べれば、知名度の低さは否めない。それでも転職を決断したのは「気力も体力もある旬なときに、より責任の強い仕事がしたい」との思いがあったから。この会社ならば経験を生かして思いをかなえられるかもしれない――。富士フイルムで新規事業の経験を存分に積んだ浅井を“その気”にさせたのは、社内外での多様な経験を経て、トップに立った松山の存在だ。

松山自身もサトーには、1987年に中途で入社している。新卒入社したのはゼネコンの鹿島だった。入社3年目からのマレーシア赴任中にサトーの工場進出に携わり、その場でサトーから声がかかった。「ウチで、海外事業をやってみないか」。鹿島からサトーに転職していた先輩からの強い引きもあって転職を決めた。ただ松山は海外留学を希望し、わずか4年でサトーを一度退社する。留学後には世界に展開する日用品メーカー『プロクター・アンド・ギャンブル』(P&G)に入社し、神戸の日本法人に配属された。シャンプーのブランドを担当し、国籍も年齢も大きく異なる幅広い人材と共に働く経験を積んできた。サトーを去って10年後、松山をサトーに誘った先輩から連絡が入る。「折り入って話がある。メシでも一緒に食おう」。2人だけの個室で受けたのはまさかのサトー復帰の再オファーだった。中途で出戻り。松山はあらゆる立場で仕事してきた経験を、サトー復帰後の仕事に反映していった。松山の再入社当時に18%だった海外での売上比率はいまや3割超。赤字の事業を稼ぎ頭に育てた。そして3年前、社長に就任した。サトーの新入社員のうち半数は中途採用だ。とくに松山が社長になってからの3年間で、浅井のような将来の幹部候補生を実に16人も採用している。なぜか。松山は「(プロパーばかりだと)ニーズの変化に鈍感になってしまうからだ」と語る。「内部でできることを極めようとしているうちに、技術が置き換わってしまうことがある。会社のためには、1を1.1にするのでなく、ゼロから1を生み出す人材が必要だ」。事業ポートフォリオの転換に上手く対応したとされる富士フイルム。そこで失敗を経験しながら、ゼロから新規事業を生む仕事を重ねてきた浅井は、まさに適任者だったというわけだ。

中途の大量採用はプロパー組のやる気をそぐことにならないか。「内部の人が『いまさら、こんなこと』と思っていることに中途採用者だから気付くことがある。会議の中でどんどんぶつかってもらえばいい」。異質な言動を組織の気づきにつなげる努力は経営者の手腕の見せどころでもある。2014年3月期にサトーは過去最高益を計上した。今年度もさらに更新を狙う状況にあることから見ると、中途の力を組織の力にする試みに一定の成果が生まれ始めているとも言えそうだ。松山は経営の現場に集団の同調圧力がかかるのを嫌う。かつて所属したP&Gで、市場のニーズを読み誤り、ブランド価値を落としてしまった経験を持つからだ。少数意見がもみ消される雰囲気ではいけない。衝突は覚悟の上だ。松山は口を酸っぱく言い続ける。「空気を読むな。読めてもいいが、それを破れ」と。今もなお、サトーは新たな人材を他社から引き込んでいる。多様な人材が加わり続けることで、サトーの会議が沈黙することはないはずだ。 《敬称略》 (宇野沢晋一郎)


≡日本経済新聞 2015年2月28日付掲載≡


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