【働きかたNext】第3部・常識を疑え(03) 地方では即1軍――豊かさ・充実感…若者移る

東京から飛行機と列車で6時間。人口が10年で2割減った過疎の町、島根県川本町で伸びる企業がある。医療や法律など専門書の古本をネット販売する『エコカレッジ』だ。町内唯一の書店だった建物に倉庫兼本社を構える。周囲にあるのは飲食店と美容室くらい。人通りもまばらだが、社長の尾野寛明(32)は「しっかりと仕事をしながら生活も楽しめる」と話す。尾野は一橋大学在学中に東京で起業した。売れるまでに時間がかかる専門書は保管場所が悩み。島根に縁はないが、“東京の100分の1”の家賃と環境に引かれて移転した。倉庫面積は今や東京時代の80倍。在庫を10倍の15万冊にしたことで注文が増え、売上高は8年間で6倍に増えた。「若者は都会の大企業では3軍かもしれないが、地方では即1軍」と説く。仕事を探すなら東京などの大都市。そんな常識と逆行し、地方に移る人がじわり増えている。NPO法人『ふるさと回帰支援センター』の昨年のセミナー参加者数は約1万人と3年前の5倍になった。「定年後に田舎でのんびり」は昔の話。利用者の過半が20~40代の働き盛りだ。仕事と生活の両立だけではない。ネットの普及が都会と変わらない働きを後押しする。

東京から1時間半。創業16年目のソフト開発『エリジオン』(静岡県浜松市)は、米ボーイングや独BMWなど世界の大手を顧客に抱える。会長の小寺敏正(61)は「都落ちではなく、地方にいながらグローバルで戦う」と語る。同社はCAD(コンピューターによる設計)データの変換ソフトで世界のトップを走る。正社員68人の半数が東京大学出身。平均年齢は約36歳と若いが、平均年収は1200万円を超える。入社5年目の多田康政(27)も東大卒のエンジニア。「付加価値が高い仕事をやりたかった。浜松に来ることに抵抗感はなかった」と振り返る。豊かさ・やりがい。目指すものはそれぞれでも地方を選ぶ働き手が点から面に広がれば、地域を変える原動力になる。大雪山の麓の北海道東川町。稲作と木工が主産業の田舎町に札幌や東京から客が訪れる店がある。洋服店『SALT』。アウトドア関連など品ぞろえは東京の中目黒や代官山の店に劣らない。札幌から地元に戻り起業した米山勝範(39)は「自然に近い環境でライフスタイルを提案したかった」と話す。米山の働き方が発信源となり、東川町に移り住み雑貨店やカフェを開く動きが続く。地方としゃれた店の組み合わせが話題となり周辺は今や観光名所。昨秋には町の人口が42年ぶりに8000人を超えた。東京から移住し、2013年に町内でホテル『ニセウコロコロ』の運営を始めた正垣智弘(34)は「仕事は忙しいけど家族と過ごす時間を増やせた」と満足げだ。「東京に魅力を感じなくなった若者が仕事のやりがいと豊かな生活を求めて地方に移っている」。明治大学教授の小田切徳美(55)は分析する。ゆとり・充実感。人生に何を求めるか。発想を変えれば地方は新たな働き方に踏み出す格好の舞台となる。 《敬称略》




新幹線の延伸や格安航空会社(LCC)の就航で都市間の移動がしやすくなり、地方での働き方も柔軟になってきた。移住や転勤という一方通行でなく、大都市と地方の双方に働く基盤を持つ“2拠点勤務”が静かに広がる。

北陸新幹線の開通を控えた富山駅から路面電車で10分弱。雑居ビル内に地域コーディネーター・明石博之さん(43)の事務所がある。主な仕事は商店街の活性化や古民家の再生だ。東京にも拠点を持ち、月に1度、消費者調査のために上京する。「東京の感覚が分からないと、地方の街おこしはできない」という。もともと東京から全国各地に出張で仕事をしていたが、「地方の拠点がないと地元の人に信用してもらえない」と判断。2010年に妻の故郷の富山に移住した。畳店だった建物を改装したカフェなどが女性に好評だ。2拠点勤務は地方移住への足がかりにもなる。都内で働く岡本佳子さん(35)は地元の島根に帰って働こうと考えたが、仕事がない。そこで古民家を借りて自らシェアハウスを運営することを決断。軌道に乗るまで2年間、副業を認める東京の不動産会社に転職した。毎月1週間は島根で過ごし、開業を準備。昨夏シェアハウスの運営を始めて手応えを得たため、2月13日、晴れて都内の会社を辞めて島根に移った。複数の職場を持てばどちらかの地域を選ぶ際、失敗のリスクが減る。三菱総合研究所の小宮山宏理事長(70)は「全国で820万戸ある空き家を格安で活用できれば、東京を拠点に夏は涼しい北海道、冬は温暖な沖縄といった3拠点勤務も可能になる」と話す。複数拠点勤務の動きが広がれば、人口減時代に地方を支える新たな働き方になる可能性もある。

               ◇

東京など大都市圏への人口流入が続くなか、若者を中心に地方で働く人が増えている。なぜ地元志向なのか。彼らは仕事に何を求めているのか。地元に残る若者を分析し、『マイルドヤンキー』と名付けた博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平氏に聞いた。

――マイルドヤンキーは従来のヤンキーとどう違うのでしょうか。
「頭髪はリーゼント・学生服はボンタン・車は改造車という1980年代ごろに存在したヤンキーは社会で許容されなくなり、全国的に目にすることが激減した。ただ、20~30年前ならヤンキーになっていたような人たちは今もいる。例えばエグザイルのように少し悪そうなファッションが好きで、内装に凝った車に乗っているような若者たちだ。時代がマイルドになったのを受け、ヤンキーも昔のように突っ張らずにマイルドになった」

――彼らはなぜ地元に残るのでしょうか。
「以前は東京など大都市へのあこがれがあり、そこに向かうことがクールという価値観があった。今では主に3つの要因で『できれば居心地の良い地元に残りたい』という考え方に変わった。最近はむしろ東京に出る人を『かわいそう』と哀れみの目で見ている」
「まず経済が低成長ステージに入ったこと。東京で働いても給料が大きく上がることは期待できず、地元での現状維持にベクトルが向く。次に大型のショッピングセンター(SC)とインターネットの広がりだ。よほどのこだわりがなければSCとインターネットで東京と同じモノが買えるようになり、大都市と地方の生活の差が縮まった」
「最後は携帯電話の普及だ。若いうちから携帯を持ち、中学校を卒業してもLINEなどソーシャルメディアで地元の友達とつながるようになった。付け加えるなら“友達親子”という言葉に表れるように親子関係も良好になり、実家に居続けられることも大きいかもしれない」

――地元に若者が残るのは地方だけの現象ですか。
「割合でいえば地方や郊外が高いかもしれないが、マイルドヤンキーは東京23区にも存在する。私の同級生の元ヤンキーは10代後半から20代前半の若者を雇っているが、彼らは地元である赤羽や王子から外に出たがらず同じ居酒屋に通うという。ヤンキーは池袋あたりまで出て行ったものだが、マイルドヤンキーは『池袋は人が多くて面倒くさい』となる。中心志向のなさという点では大都市も地方も変わらない」

――マイルドヤンキーの就労観に特徴はありますか。
「もちろん人それぞれの部分はあるが、正社員で終身雇用・夫婦に子供2人という昭和の核家族を望んでいる印象を受ける。そして、彼らにとっては幼なじみや中学時代の友達がとても大切だ。実際、居酒屋では友達と一緒に応募する“連れバイト”が増えている。賛否両論はあるだろうが、人手不足に悩む業界が友達のグループを一括で面接したり採用したりすれば人が集まってくるだろう」
「かつての日本の若者は非常に物欲が強く、バイトを選ぶ際の一番のポイントは時給だった。だが低成長ステージを生きる若者のメンタリティーは現状維持だ。地域密着で、働いている時間も仲間と楽しく過ごしたいと考えている。大手企業も取り入れ始めている地域限定正社員制度は、発想の方向性としてはマイルドヤンキーのニーズに合致するのではないか」

――国は地方創生を掲げています。マイルドヤンキーは担い手になり得るでしょうか。
「まず、地方にいる若者は二極化しているということを理解すべきだ。居心地が良いから残るマイルドヤンキー層と、給料は安くても地元のために働きたいという前向きの意識を持つ層だ。人数はマイルドヤンキーが圧倒的に多く、2つの層は交わりにくいだろう」
「マイルドヤンキーの郷土愛を因数分解すると、地元の友達・住む場所を与えてくれる親・大型SCの3つになる。『地元をより良くしよう』という方向に働く郷土愛とは違う。ただ、マイルドヤンキーは同世代のなかでは消費意欲が旺盛で、ボリュームもある。地方における消費者、あるいは製造業やサービス業などの労働者としての存在感は大きい」 (聞き手は木村慧)


≡日本経済新聞 2015年3月1日付掲載≡


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