従軍慰安婦問題で安倍政権牽制、“友好”と“批判”のバランスを欠く――メルケル独首相が訪日で犯した3つの過ち

7年ぶりに訪日したドイツのメルケル首相は、歴史認識やエネルギー政策で安倍政権に次々と注文を付けた。昨秋から積もり積もった不信感を伝えようと爪を研いでいたドイツ。だが信頼関係もないのに、いきなり本題を突きつけるというドイツ流を押し通したことで、日独関係には大きなしこりが残った。ただ視点を変えれば、たまっていた悪材料が出尽くしたともいえる。瀬戸際の日独関係を修復するには双方が努力するしかない。 (ベルリン支局 赤川省吾)

9日の首脳会談後の記者会見だった。「アドバイスするために訪日したのではないが、ドイツがやってきたことは話せる」。日中韓が歴史認識で争っていることについて問われたメルケル首相は、どのようにドイツが“過去への謝罪”に取り組んだのかを安倍晋三首相の前で語り始めた。「アドバイスではない」と前置きしたものの、誰に何を求めているのかは明らかだった。久しぶりの訪日というのに、わざわざ歴史認識に言及したのはなぜか。日本が“右傾化”したと見るドイツ国内の雰囲気が背中を押した。メルケル首相の訪日を伝える公共放送ARDは看板番組の夜のニュースで安倍政権を“右派保守主義”と表現した。極右ではないが、国粋主義的な色彩があるときに使われる言葉だ。こうした政治思想は“国家保守主義”とも呼ばれ、ドイツでは第2次世界大戦前に活躍し、ナチスの政権掌握に手を貸した右派政党の『ドイツ国家人民党』がこれにあたる。日本でいえば、NHKの夜の7時のニュース番組で、そうした右派政党と安倍首相が率いる自民党をひとくくりにするほど風当たりは強い。日中韓の争いを本当に心配しているという事情もある。「東アジアでは軍事衝突のリスクがあると思っている」。そう語るドイツの政治家は少なくない。和平をもたらしたいという純粋な気持ちから日本にも口を出した。外交政策に自信を持つようになったドイツは、イランやイラクなどの中東和平にも積極的にかかわっている。

もっともドイツは安倍政権の発足当初から歴史認識を問題視していたわけではない。むしろ関心が高かったのはアベノミクスのほうだった。当時は日本の財政赤字が膨らみ、世界の金融市場が混乱するという危惧があった。その証拠に2014年4月のベルリンでの日独首脳会談では、歴史認識にはほとんど焦点が当たらず、アベノミクスの進捗状況に注目が集まった。空気が変わったのは昨秋のことだった。従軍慰安婦問題を巡って日韓が争っているところに、自民党が朝日新聞社を厳しく追及したことがドイツに伝わり、日本への不信感に拍車がかかった。「報道の自由が抑圧されている」。独政府・与党の取材先は異口同音に語った。そこでドイツは異例の決断を下す。自ら従軍慰安婦問題の火の粉のなかに飛び込み、安倍政権を牽制することにした。あえて朝日新聞社で講演したメルケル首相は「(政府は)様々な意見に耳を傾けなければならないと思う」と発言した。「日本に対する警告」(シュピーゲル誌)と独メディアも伝えた。




ドイツ国内では訪日は成功したように映る。メルケル首相は歴史認識と脱原発について繰り返し触れた。安倍政権は周辺国と仲たがいし、「民意を踏みにじって原発を再稼働しようとしている」(独紙『フランクフルターアルゲマイネ』)というのがドイツの共通認識。そんな安倍政権をけん制したことをドイツメディアは好意的に報じ、留飲を下げた。だが、せっかくの訪日だったにもかかわらず、日独友好は遠のいた。独政府筋は「日本とドイツは価値観を共有し、民間レベルの交流も盛んだ。だからこそ本音をぶつけても大丈夫」と言うが、本当にそうだろうか。

Germany 01
今回の訪日でドイツでは日独の疎遠さだけがあぶり出され、日本のイメージがさらに悪化した。筆者は幼少時代の1970年代にドイツに渡り、それから40年近くにわたって日独を行き来しながら両国の関係を追ってきたが、日本への冷たい視線をいまほど肌に感じたことはない。11日、出張先からベルリンに戻る機中でたまたま隣り合わせになったドイツ人の大学講師は初対面だったにもかかわらず、日本を面罵してきた。「男性優先の日本では女性の地位が著しく低く、吐き気がする」。連日のように報じられる日本批判を読んでいれば、そう考えるのも無理はない。こうした状況に対する危機感は、いまの独政府にはない。原因は日独の双方にある。日本がドイツとの意思疎通を怠っているあいだに、ドイツでは安倍政権の財政・金融政策やエネルギー問題、それに歴史認識への不満がマグマのようにたまった。いまでは北部欧州の多くの国がドイツに同調する。オーストリア政府筋は「対日関係が悪くなるから表だって言いたくないが、ドイツの批判は理にかなっている」と言う。成長力を取り戻すのに役立った構造改革や財政再建のやり方、それに戦後70年にわたる“過去への謝罪”などドイツの経験から日本が学べることは確かに多い。

その一方で、ドイツも3つの過ちを犯した。1つはメルケル首相の訪日日程で“友好”と“批判”のバランスを欠いたこと。学識経験者らと脱原発を議論し、朝日新聞社を訪れ、首脳会談で歴史認識に言及した。民主党の岡田克也代表とも会った。対日批判が漏れやすい予定が多く組み込まれた一方で、“友好”のシンボルと呼べるのはせいぜいドイツ系企業の工場や二足歩行ロボット『ASIMO』の視察などにとどまった。いまの日独は共通の話題を見つけるのがやっとの状況。国際会議で同席した際、メルケル首相がアベノミクスの先行きについて安倍首相を質問攻めにしたこともあったという。そんな薄氷の関係だったにもかかわらず、“友好”というつっかい棒を用意せず、多くの“批判”を氷の上に載せた。認識が甘かったと言わざるを得ない。友好関係も築けていないのに“主張を伝える”という欧州流の外交にこだわったことが2つ目の誤りだ。ドイツは日本を名指しして批判するのを避ければ、歴史認識に言及しても波紋を広げることはないだろうと高をくくっていた。ドイツなりに配慮し、「礼儀正しく批判した」(南ドイツ新聞)つもりだった。それゆえメルケル発言に日本が敏感に反応すると独政府は戸惑った。在日大使館ですら日本を知り尽くした知日派が細り、日本の実情にあわせた微妙なさじ加減ができない。外交日程を見ても日本の国民感情がわかっていない。英国のウィリアム王子は東日本大震災の被災地を訪れ、好印象を残した。だがメルケル首相は9~10日に東京周辺のみを訪れ、震災から4年となる3月11日を目前にして離日した。「日程が詰まっていて被災地訪問は無理だった」と独政府筋は釈明するが、帰国を半日ずらして犠牲者に黙とうをささげる姿を見せたならばドイツへの印象は変わっていただろう。大きなチャンスを逃した。

だがなんと言っても最大のミスは、準備万端ではないのに歴史認識に触れたことだった。それはメルケル首相と民主党の岡田代表との懇談からもにじみ出る。「きちんと解決した方がいい。日韓は価値を共有しているので和解をすることが重要だ」。岡田代表は従軍慰安婦問題についてメルケル首相が、そう口にしたと語った。だが日本の国内外での論争に巻き込まれかねないとわかったとたんドイツ政府は慌てた。「そんなことは言ってない」(ザイベルト報道官)と火消しに回り、岡田氏ははしごを外された形になった。どこまで具体的に踏み込んだかは別として、昨秋からの独政府の空気を読めば歴史認識に触れた可能性は高いと言わざるを得ない。歴史認識に少しでも言及すれば日本で与野党の駆け引きに利用されたり、日中韓の争いの火に油を注いだりするのはわかりきっていたが、毅然とした態度を貫く勇気も覚悟もドイツにはなかった。専門知識を持つ人材を重用し、緻密に計算をしたうえで大胆な一歩を踏み出すというのがドイツ外交の特徴だったはずだ。東部ウクライナの停戦仲介では、ドイツは専門家を集めて対策を練り、首脳レベルだけでなく、閣僚・次官級でも折衝を重ねた。ロシアとウクライナの双方をさまざまなルートで粘り強く説得した。だが訪日では準備不足の感がぬぐえない。歴史認識の解決をドイツが本当に後押ししたいなら、官民に散っている知日派を結集した専門チームを立ち上げ、ドイツなりにビジョンを描くぐらいの気概を持つべきだった。ドイツ自身がメルケル氏の発言の重みを自覚していなかったのではないか。

冷え込んだ日独関係が修復されぬうちから、中途半端に歴史認識問題に口先介入したツケは重い。6月に主要7ヵ国(G7)の首脳会議のために安倍首相が訪独、来年には日本でのG7会議のためにメルケル首相が再び訪日する。そのたびに歴史認識を話し合ったかどうかが焦点になり、日独関係の重荷になる。もっとも前進したことは1つだけある。独日の立場の違いがようやく明確になった。これまでは、それすら日本では認識されていなかった。日本がドイツの意見に真摯に耳を傾ける一方で、ドイツも稚拙な対日外交を修正するのがあるべき姿。相互理解と歩み寄りで距離を縮めていくしかない。


≡日本経済新聞 2015年3月18日付掲載≡


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