海上保安庁の憂鬱――海保への過大な期待や徒に中国による危機を煽る風潮が、現場の活動を妨げている…日本の海上警備はどうあるべきか

中国サンゴ漁船が集団で小笠原諸島の周辺海域に姿を現すようになったのは、昨年の9月半ば頃のことだった。当初は10数隻程度だったが急速にその数を増し、10月末から11月初旬にかけてのピーク時には200隻を優に超える大船団にまで膨れ上がった。船団は、東京と小笠原の丁度中間付近に位置する伊豆諸島南部の鳥島や須美寿島に至る南北400~500kmに及ぶ広大な海域に散開し、監視取締りが行き届きにくい夜間や荒天時を突いては、主にサンゴが生息する日本の領海12海里(約22km)内に一斉に侵入、まるで我先に宝石サンゴを略奪するかのように違法操業を繰り返した。その後、11月中旬近くになると一団の数は大きく減り始め、12月初め頃までには単独で徘徊する数隻が散見される程度にまで減少。漸く集団での姿は小笠原諸島や伊豆諸島南部の海から消えた。燃料・糧食などが欠乏してきたことの他、日中双方の取り締まり強化や日本の罰則強化などの取り組みが功を奏したことが考えられるが、理由は定かではない。それ以降は、この海域に一団が舞い戻った形跡は認められていない。昨年末(12月21日)に、鳥島周辺の領海内で単独で違法操業を行っていた中国サンゴ漁船1隻が海上保安庁に拿捕されているだけである。

東京から遥か南約1000km離れた小笠原村では、この突然の招かざる一団が来襲して以来、夜な夜なイカ釣り漁船の漁り火のように煌々と明かりを灯した夥しい数の中国漁船が島の直ぐ側にまで迫り来るという尋常ならざる事態に直面し、大きな不安と恐怖に包まれただろう。同時に、世界自然遺産に登録された小笠原の島々と一体不可分の美しい豊かな海が無残にも破壊されていくのを目の当たりにして、激しい怒りに駆られたことは容易に想像できる。更に、連日のようにこの問題を取り上げる新聞・テレビ等が、「この一団は宝石サンゴよりも、何か別の狙いをもって送り込まれた中国の差し金ではないか」「尖閣諸島周辺を守る海上保安庁の警備体制を撹乱するのが狙いではないか」「(伊豆諸島や小笠原諸島からグアム・サイパンを経てパプアニューギニアに至る)中国の“第2列島線”と呼ばれる防衛ラインを突破して、西太平洋の覇権を握るための布石かもしれない」「当局が海上民兵を乗り組ませた漁船を先に係争海域に大挙して差し向けておいて、自国漁民の保護を口実に海軍が乗り出すという強引なやり方が中国の“常套手段”であり、この一団もその可能性が高い」等と徒に危機や不安を煽り立てるような見方を報道したから、尚更心の休まらない日々が続いたに違いない。だが、これらの見方は見当違いも甚だしいものだった。




当時は、11月7日から北京で開催予定のアジア太平洋経済協力会議(APEC)が間近に迫っていたこともあって、日中両国はお互いに連携協力して事態の収拾に取り組むことで一致していた。これは、安倍晋三総理大臣と中国の習近平国家主席との初の首脳会談の実現と、日中関係改善に向けた足掛かりを掴む好機にも見えた。確かに一部のジャーナリストや専門家らが指摘するように、南沙・西沙諸島や尖閣諸島の領有権を巡る中国の強引なやり方は、日本を始めとする関係当事国のみならず国際社会からも顰蹙を買ってきた。しかし、今回は違う。中国側のこれまでの一連の行動を客観的且つ冷静に振り返ってみると、法と正義を重んじる法治国家を自任するだけに、領有権を主張する余地があると踏んだ時で無ければ決して事を構えるようなことはしないという強かさが窺える。とりわけ、国際社会から明らかに国際法に反すると一致して批判されるような行動は、慎重に避けてきたように見受けられる。小笠原諸島や伊豆諸島は南沙・西沙諸島や尖閣諸島とは異なり、世界のどの国からもその類のクレームを受けたことは無い。例え中国が小笠原海域を海洋戦略上重要な要衝と位置付けているにせよ、歴とした日本の島や海に海上民兵であれ何であれ、中国の息の掛かった勢力を送り込んで事を構えるとは思えない。若しもこれらの一団が中国当局のコントロール下にあったとしたら、国の威信のかかったAPEC北京会議を目前に中国政府がこの一団の出漁を黙って放任することはとても考えられないのだ。

抑々、中国のサンゴ漁船が日本近海に頻繁に出没するようになったのは、2010(平成22)年3月に中国でサンゴの採取やサンゴ礁の破壊を禁じた海島保護法が施行されてからのことだ。その翌年の2011(平成23)年11月頃から長崎・五島列島を皮切りに、小笠原諸島・鹿児島・沖縄周辺の日本の領海や排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)において、中国サンゴ漁船が立ち入り検査忌避や違法操業の容疑で相次いで海上保安庁に拿捕されている。また、宝石サンゴの市場価格が急騰し始めたのも丁度この頃で、小笠原村でも長い間休漁していたサンゴ漁が2012(平成24)年に再開された。特に昨年は、市場に出荷する際のブランド名を従来の『日本サンゴ』から『小笠原サンゴ』に改めたところ、これが市場でかなりの高値で取引される大ヒットになった。それが業界で噂になったことが、この度の中国サンゴ漁船団を呼び寄せる契機になったのではないかと見る向きもある。これらのことは、小笠原周辺の領海内でサンゴを違法に採取した容疑で海上保安庁に摘発された中国漁船の船長が公判廷で、「多額の報酬を条件に“小笠原行き”を請け負った」と証言していることとも辻褄が合う。要するに、この度の中国サンゴ漁船団は、サンゴ漁とは別の狙いをもって送り込まれた中国の差し金なんかでは無く、最近大きく急騰していると言われる宝石サンゴで“一攫千金”を狙う悪質な“ならず者集団”だったと見るのが自然だろう。小笠原周辺から姿を消して、中国の本拠地に帰港したと見られていた中国サンゴ漁船の多くが所在不明になっていると言われているが、それは非合法に建造又は取得され、船名・船籍・船舶登録の無い“三無船”と呼ばれる漁船と関係があるように思われる。実際に、海上保安庁による一連の摘発や立ち入り検査を通じ、中国サンゴ漁船の中に“三無船”と目される漁船が少なからず混在していたことが判明している。所在不明になっているのは恐らくそういった“三無船”で、例え補給等の為に帰港していても中国当局がその動静を掴み切れていないからだろう。そして、今でも小笠原や沖縄周辺等の日本近海で単独行動の中国サンゴ漁船が散見されているが、それらも中国の漁業関係当局の統制管理の外で暗躍を続ける“三無船”ではないかと見られる。

ところで、改めて紹介するまでも無く、尖閣問題への対応に組織の総力を挙げて取り組んでいる最中の海上保安庁にとっても、今回の中国サンゴ漁船団の一件は突然降って湧いた“弱り目に祟り目”のような厄介な問題だったに違いない。日本の領海内で宝石サンゴの違法採取を狙う夥しい数の中国サンゴ漁船に対し、海上保安庁は拿捕することよりも領海外へ追い出すことのほうを優先した。こうした海上保安庁に、「対応が生温い」「言うことを聞かなければ、相手が漁船であろうと諸外国のように武器を使ってでも追い払え」「海保の勢力が足りなければ、自衛艦を出せ」などと感情的な厳しい声が上がった。尖閣問題と同時並行してこの問題への対応にも追われることになった海上保安庁としては、それでなくても巡視船艇や航空機の運用が逼迫した状態がずっと続いている中で、南北400~500kmに及ぶ広大な海域に散開して違法操業を繰り返す夥しい数の中国サンゴ漁船団に対応するための勢力は極限られていた。本来であれば、領海内での違法操業は見つけ次第拿捕するのが通例だが、敢えて領海外へ追い出すという“苦渋の選択”をした。それも、そうせざるを得ない事情があったからだ。EEZ内における外国人による漁業を規制する『EEZ漁業法(排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律)』には、国際法に基づく『ボンド(担保金)制度』と呼ばれる早期釈放制度が導入されている。実は、日本のEEZ内で外国漁船を無許可操業や立ち入り検査忌避などの違法行為で摘発しても、担保金又はその保証書が提出されれば遅滞無く船体等の押収物を返還して、違反責任者を釈放する手続きが執れることになっている。この為、現場で担保金等の提出を待って一両日中に釈放までの所定の手続きを済ませることができる。

一方、領海内での外国人による違法操業や立ち入り検査忌避などの違法行為を規制する『外規法(外国人漁業の規制に関する法律)』には、早期釈放制度が無いためそうはいかない。一旦中国漁船を領海内での違法操業等で拿捕すると、最低でも1隻の巡視船を現場から外し、船長等の違反責任者とその中国漁船を検察当局に送るといった一連の刑事手続きを執るために、約1000kmも離れた横浜まで連行しなければならないのだ。連行中はスピードも出せないから、そういった横浜までの航海と一連の刑事手続きに要する時間を考えると、最低でも10日前後は現場海域から離脱することになるのである。今回の問題の舞台となった小笠原諸島などの南方海域を担当している第3管区は、全管区の中でも最大規模の勢力を保有している。しかし、それでもこうした南方の外洋海域で1週間以上の連続行動が可能な大型巡視船は、ヘリコプター搭載型巡視船などの僅か6隻に過ぎない。従って、仮にこれらの6隻を全てサンゴ漁船団の取り締まりに投入した上で、何とか他管区から大型巡視船の派遣を受けることができたとしても、海上保安庁の現有勢力では短期的でも最大5隻程度が限度だ。長期的に常時配備するとなると、2~3隻でも難しいかもしれない。水産庁も漁業取締船の現有勢力から見ると事情は同じようなものだろうから、海上保安庁と水産庁が一致協力し総力を挙げて摘発に乗り出しても、中国漁船2~3隻を相次いで拿捕したらサンゴ漁船団の違法操業は野放し状態になってしまう。そこで海上保安庁では、そうした事態を回避しながら極限られた対応精力でサンゴの違法採取を効率的且つ効果的に阻止するため、敢えてあのような“苦渋の選択”をせざるを得なかったのだ。

海上保安庁は、日本の領海とEEZを合わせただけでも国土の12倍の広さにもなるという日本周辺の広大な海域で、各種犯罪の取り締まりを始め、海難救助・航路標識の保守管理・水路測量、その他の海上の安全の確保に関する海上保安業務を行っている。北海道から沖縄までの11の海上保安管区に区分し、24時間態勢での遂行だ。海上保安庁の職員数は、2014(平成26)年度にやっと初めて総勢1万3000人を超えたところである。これは大雑把な比較ではあるが、神奈川県警か愛知県警と同じくらいの規模だ。しかも、こうした広大な海域での広範多岐に亘る業務を巡視船艇や航空機等を駆使しながら昼夜を問わず実施しているのは、その約半数の6000人程度でしかない。これでは、あまりにも少な過ぎる。しかも、尖閣諸島周辺海域では2010年9月に『中国漁船衝突事件』が発生したのを契機に、中国海上法執行機関の政府公船が“通常のパトロール”と称して日常的に姿を見せるようになってから、多くの巡視船等を投入して厳戒態勢を維持しなければならなくなった。その最前線に立つ第11管区は、四国ほどの広さにもなる尖閣諸島周辺の広大な海域における監視警戒を何とか24時間態勢で続けていくため、全国からの応援勢力を加えた巡視船艇や航空機等を駆使し、まさに自転車操業を続けている。そうした状況は、応援を出す側のどの管区も同じだ。身を削るようにして応援派遣勢力を捻出し、自らの管内における海上保安業務を適切に遂行していくための最小限必要な勢力を維持することにも四苦八苦しているのである。特に、尖閣諸島国有化の直後に中国公船が大挙して来航した時は、巡視船艇や航空機に乗り組んでいる海上保安官の多くが法定の公休を取ることもできないほど運用が逼迫していた。この為、結局海上保安庁では年度末に公休分の超過勤務手当を支給することで海上保安官とその家族にも我慢してもらわざるを得なかったそうだ。

そこで、こうした海上保安庁の窮状を改善するため、2015(平成27)年度までに尖閣領海警備専従体制を確立すべく大幅な予算・定員の増加が認められた。この尖閣領海警備専従体制というのは、新規建造の大型巡視船10隻とヘリコプター搭載型巡視船2隻の計12隻による編成だ。大型巡視船のうちの6隻については運用の効率化を図るために8クルーで運用され、実質的には14隻態勢を目指すものだ。そして、その専従要員として総勢600名近い増員が認められた。目下その育成等が急がれているところである。この専従体制が確立されると、第11管区の尖閣諸島周辺海域での各種事案即応体制が格段に充実強化されると同時に、これまで応援派遣勢力を拠出してきた他の管区も応援派遣に伴う負担が大きく軽減され、全管区的に海上保安業務執行体制の大幅な改善が図られるものと期待される。更に、2014年度の補正予算案には、尖閣問題に加えてこの度の中国サンゴ漁船問題への対策強化も念頭に入れ、全体的な海上保安体制の拡充を図るための要求が盛り込まれていた。そして、安全に強行接舷等ができる船体強度の強い“規制能力強化型”の小型巡視船3隻の新造と、監視能力の高いジェット機2機購入を含む255億円が去る1月9日の閣議で決定された。こうした国民の声援と期待を受けて海上保安体制が増強されていくことは、海保OBの1人として誠に喜ばしい限りだ。けれどもこの際、敢えて申し上げておきたいことがある。それは、こうした増強が決まっても直ぐ体制強化に結び付く訳では無いことだ。却って体制全体の弱体化を招きかねない懸念すらあるのだ。




海上保安庁発足以来の予算と定員の伸びを振り返ってみると、これまでも国を挙げて取り組む必要があるような難局に直面する度に、特別枠で大規模な体制強化が繰り返し図られてきた。それなのに、どちらの伸びも緩やかな漸増でしかなかった。国の政策に充てられる予算や定員は、省庁別の縦割りによって管理されている。所謂“霞が関ルール”だ。一方、海上保安庁は国土交通省の外局とはいえ、その広範多岐に亘る所掌事務は国土交通省のみならず、外務・財務・法務・農水・経産・文科等の省庁に跨っている。この為、海上保安庁法第10条には、「海上保安庁長官は、国土交通大臣の指揮監督を受け、庁務を統理し、所部の職員を指揮監督する。但し、国土交通大臣以外の大臣の所管に属する事務については、各々その大臣の指揮監督を受ける」と規定されている。こうしたことから、海上保安庁がある重大事案に対応する為に必要な体制の増強が特別枠で認められた場合でも、予算や定員については国土交通省の枠内で処理するのが基本である。省全体の予算・定員が増えない中で海上保安庁の増強規模が大きくなればなるほど、その分海上保安庁が引き受ける定員削減(定削)や予算の振り替え減も大きくならざるを得ない。そして結局、実質的な純増は折角認められた当初の増強分よりもかなり目減りしたものになってしまうのだ。その目減り分は、他の通常の業務執行体制から身を削るようにして補わざるを得ない。そういったことが繰り返されてきたせいか、日本の海上保安体制全体から見ると、実質的な弱体化が徐々に進行してきたように思われる。

既に述べたように、定員が今年度初めて1万3000人を超えたが、予算は今年度に補正を含めて初めて2000億円を超えたに過ぎない。しかし、それさえも今の霞が関では「海保は破格の厚遇を受けている」と羨望の眼で見られている。だが、大きく激動を続ける最近の極東アジア地域を始めとする国際情勢の中で、日本を取り巻く海上保安を巡る諸情勢も急速且つ大きく変容してきており、海上保安業務は質・量共に高度複雑化し増大し、新たな業務も次々に加わってきていることは言を俟たない。こうした国内外の諸情勢の変化に適応した日本の本来あるべき海上保安体制の整備が後手に回るようなことが無いよう、中長期的な見通しの下に省庁や官民の枠を超えて策定された、包括的且つ統一的な国家海洋戦略に則った海上保安体制の早期確立が求められている。その為には、予算や定員についても実質的な増強になるようでなくてはならない。尤も、本来あるべき海上保安体制が確立されたとしても、尖閣問題や中国サンゴ漁船のような問題は、現場だけの対応では抜本的な解決は疎か事態の打開さえ期待はできそうにもない。特に尖閣問題のような外国との領土主権に関わる案件は、力か話し合いで決着を図る以外に選択肢は無いように思われる。力での決着を避けたいのであれば政治・外交が先頭に立ち、責任を持って別の方策を探るしかないのだ。海上保安庁であれ自衛隊であれ、飽く迄も現場の対応は主として事態悪化の防止と政治・外交のバックアップであって、問題解決又は事態の打開、若しくは改善を期待するのは筋違いというものだ。

これまでのところ、政治と外交の顔がよく見えないせいか海上保安庁が主役のように見えるが、現場を担う海上保安庁に向かって「頑張れ! 頑張れ!」と声援を送るだけでは責任転嫁か責任逃れのようなものだろう。寧ろ、現場の海上保安官が政治・外交に「頑張れ! 頑張れ!」と声援を送りたいに違いない。是非とも、経済・文化・科学技術・環境、その他非軍事的分野において日本の持てる総力を結集するなどして、国民に見える形で中国と事態打開に向けた責任ある交渉を積極的に進めて頂きたいものだ。更に尖閣問題について言うならば、米国に対してもこの際、質すべきは質し、言うべきことは言う時機にきているように思われる。と言うのも、尖閣問題が拗れた発端も、米国のこれまでの外交姿勢と無関係ではないからだ。尖閣問題の抑々の発端は、1969(昭和44)年5月に『国連アジア極東経済委員会(ECAFE)』が発行した、尖閣諸島周辺の東シナ海に中東の油田に匹敵する膨大な石油資源の存在可能性を指摘したレポートである。それに触発された中華民国(台湾)の蒋介石総統(当時)が、沖縄返還協定の締約約3ヵ月前の1971(昭和46)年3月に米国政府に対し尖閣諸島の台湾帰属を願い出て、当時のニクソン政権は同協定の締結後間もない同年10月に、その3代前までの歴代米政権によって確認されていた「尖閣諸島の潜在主権が日本にある」との見解を突然翻した。そして、「尖閣諸島の領有権については、どの国の主張にも与しない」と中立的な立場を取り、日本の潜在主権を曖昧にしたのだ。

尤も、ニクソン大統領自身、尖閣諸島を含む琉球群島の潜在主権が日本にあることを認識していたことは米公文書などから明らかになっている。それにもかかわらずその時以来、これまでの歴代米政権は曖昧なこの立場を踏襲してきており、現オバマ政権も「(尖閣問題は)関係当事国間で冷静に話し合って解決すべきである」と、まるで他人事のような態度を取っている。こうした米国のこれまでの外交姿勢こそが、台湾とそれに続いて中国が領有権を主張する火種を生み、今や中国が政府公船を繰り出して公然と日本の領海内への侵入を繰り返すまでに対日姿勢をエスカレートさせる最大の原動力になっているのだ。そしてまた、米国自身が懸念する一触即発の不測の事態が勃発しかねないほどの緊張をもたらしている原因にもなっている。勿論、それらは米国だけの所為ではない。日本の歴代政権が中国に対し曖昧な態度を繰り返し、問題を先送りしてきたことも指摘せざるを得ない。そこで日本政府には、今後同じ轍を踏まないことは勿論のこと、米国に対し日本の施政下にある尖閣諸島に対する日米安保条約の適用を云々するだけでなく、尖閣諸島の主権が日本に属することを明確に支持するように強く働き掛けていくことも期待したい。序でながら、もう1つ指摘しておきたいことがある。それは、尖閣諸島の防衛に関する限り、折角の日米安保条約や日米同盟が対中抑止力として有効に機能するようにするためには、治安出動や海上警備行動を発令して自衛隊による警察権で対処することよりも、いざという時に日本が実際に個別的自衛権を行使することができる体制を確立しておくことのほうが余程優先すべき喫緊の最重要課題のように思われるということだ。中国側はその点が曖昧であることを見抜いているからこそ対日姿勢の手を緩めること無く、日本の対応というよりも寧ろ米国の顔色のほうを窺っているようにも見える。

それにしても、日中国交正常化以来最悪と言われて久しい両国の関係改善や良好な互恵関係の再構築に向けて、日中両国には互いに相手の国内事情を斟酌し、立場を尊重し合いながら真摯な努力を地道に続けている人たちがいる一方で、徒に不安や危機を煽る無責任なジャーナリストや専門家らの見方がセンセーショナルに報じられたことは、中国国内にも存在数するであろう好戦的で反日的な勢力を勢いづかせただけだろう。無責任な報道は国益を害することはあっても、決して国益に資することにはならない。中国サンゴ漁船団の一件では、そういったことに惑わされて日本中が騒然となった。それは、今の日本社会の危うさを垣間見るような気がして一抹の不安を覚える。また尖閣諸島海域では、来航する中国公船の隻数や領海内侵入時間が最近若干少なくなってきたのではないかと楽観視する空気が感じられるが、他国の政府公船に公然と領海に侵入され主権が犯され続けているという由々しき事態に直面していることには、今も聊かなりとも変わりは無い。そのことを国民の一人ひとりが肝に銘じると共に、尖閣問題や海上保安庁の窮状に象徴される手詰まり状態の日本が抱える諸問題の本質を冷静に見極めて、政治と外交の背中を押すことが求められているのではないか。


向田昌幸(むかいだ・まさゆき) 元海上保安庁警備救難監。1952年、広島県生まれ。海上保安大学校卒。(公社)日本水難救済会理事長。内閣情報調査室・在オランダ日本国大使館に出向。第8管区海上保安本部長・海上保安庁警備救難部長・警備救難監を歴任して退官。


キャプチャ  2015年3月号掲載


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