総ページ数は728ページ・価格5940円、なのに大ベストセラーの『21世紀の資本』――トマ・ピケティはなぜ“アイドル”になったのか、来日した本人に直接聞いてみた

まるで、彼はアイドルのようだった。雑誌のグラビアを飾り、週刊誌は来日に合わせて空港にカメラマンを待機させる。幾つもの撮影と取材が組まれ、朝から晩までスケジュールはびっしり。フランスの経済学者であるトマ・ピケティのことである。『21世紀の資本』日本語版の出版ポロモーションの為に東京へ来ていたのだ。『報道ステーション』や『クローズアップ現代』等のテレビ出演は勿論、『週刊東洋経済』はピケティ特集号を組み、何と表紙も彼の写真。『週刊現代』なんて「ピケティ教授もびっくり! “21世紀の女性器”格差」という便乗特集を組んでいた。何でも「世界の富の大部分を一握りの富裕層が所有しているように、セックスの快楽の大部分は少数の女性が所有している」らしく、その是正のためにピケティの主張する所得への累進課税に倣って「富める女性器への再分配」を提案している。要は、「セックスの気持ち良さを多くの女性が知るべきだ」ということらしい。まさに“ピケティ教授もびっくり!”の日本メディアの狂乱である。

そんなピケティ旋風が吹き荒れる中、僕も彼に会ってきた。討論番組『ニッポンのジレンマ』でインタビューの時間を貰うことができたのだ(2015年2月28日24:00-25:00放送・NHK Eテレ)。しかし、流石アイドルのピケティ、信じられないハードスケジュールだった。木曜日に来日して、日曜日の昼間に帰国という僅か4日間の行程中に、信じられないくらい予定が詰め込まれていたのである。哲学者の萱野稔人さんとのニコニコ生放送対談に至っては、前のスケジュールが押してしまった為15分しか時間が取れなかったという。まあ、そのプロモーションも実って、本誌が発売される頃には恐らく夥しい数のインタビューや対談が既に発表されているだろう。この原稿も完全にそれに乗っかる訳だが、ピケティの主張内容や解説・異論・反論は多く出回っているのでここでは繰り返さない。それよりも本稿では、ピケティへのインタビューを再構成しながら、なぜ彼が日本でここまで人気を獲得したのかを考えてみたい。勿論、大前提としてピケティの『21世紀の資本』という研究成果自体が素晴らしいということもあるのだろう。しかし日本では、前評判だけでピケティ論が大きな話題になっていた。どうして、ピケティはこれほどまでアイドルのような存在になったのだろうか。




1月30日、金曜日。雪混じりの雨が降る渋谷のNHKにピケティはやって来た。『クローズアップ現代』と『ニッポンのジレンマ』の収録の為だ。僕たち『ニッポンのジレンマ』に割り当てられた時間は1時間。『クローズアップ現代』で国谷裕子さんと対談した後、局内で収録をする筈だった。しかし、NHKに来た時点でピケティは既に疲労困憊。前日の木曜日に来日したばかりなのに、既に幾つものテレビ収録や講演を終えた後だった。しかも、『クローズアップ現代』の収録が長引いた。VTRを含めて26分の番組なので、通常スタジオでの撮影は20分程度で終わる。だが、ピケティ相手に国谷さんも張り切ってしまったのか、何と彼と90分間もカット無しで話し続けた。まあ、仕方ない。だって『クローズアップ現代』はNHKの看板番組。しかも副調整室では、NHKの偉そうなおじさん達が収録を嬉しそうに見守っている。撮影後は皆で記念撮影してまで大盛り上がり。やはり完全にアイドルである。別にピケティがアイドル化しても一向に構わないのだが、困ったのは彼にアテンドしていたみすず書房の担当者と僕たち『ニッポンのジレンマ』チームだ。ピケティの次の予定は14時からの日仏会館での取材。しかし、それまでに一度宿泊している帝国ホテルに戻り、妻とランチをしたいと言っている。時刻は既に12時前。無理矢理NHKで収録をしてもいいが、『クローズアップ現代』を終えたピケティは終わり時間ばかりを気にしている。そこで結局、帝国ホテルに向かうロケバスの中でピケティに話を聞くことになった。一体、疲れ切ったアイドルはどんな話をしてくれたのだろうか。

『21世紀の資本』は2013年8月にフランス語版が発売された時から話題にはなっていたが、2014年4月に英語版が発売されるとピケティ現象は劇的に盛り上がった。日本でも翻訳前から経済誌が特集を組んだり、霞が関などでもしばしば勉強会が持たれたりした。そして、満を持しての日本語版が2014年12月に発売され、部数はあっという間に16万部に達した。価格5940円の本としては異例の売れ行きだ。更に、世界での累計販売部数は100万部を超えたという。先ず、単刀直入にピケティ自身にこの本の成功の理由を聞いてみた。彼が1つ目に挙げたのは、「経済の知識に対する欲求が高まっていること」だ。今、経済や金融に関して自分なりの意見を持ちたい人が増えている。しかし、経済学者など一部の専門家が蓄積し洗練させてきた知識は、多くの人にとって複雑過ぎて理解不可能なものだと思われている。そんな時に現れたのが『21世紀の資本』だ。ピケティ曰く、「この本は誰にとってもアクセスしやすく、そして読み易い」。同書の成功は、経済や金融を一部の専門家に独占させたくない人が多くいることの証であるという。抑々、不平等やお金というのは人々にとって身近で個人的な問題でもある。多くの人がお金の物語に興味を持つのは不思議ではないというのだ。確かに、経済格差の告発本としても読める本書が、アメリカなど格差が深刻な国でヒットしたのは納得できる。しかし統計を見る限り、日本は諸外国に比べて格差はそれほど深刻だとはまだまだ言い難い。それなのに、なぜ日本でもピケティはアイドルのような扱いを受けているのだろうか。ピケティ自身も、日本の格差がアメリカほど深刻でないことは認める。しかし、過去20年間において成長率が低いにもかかわらず、格差は明確に拡大している。要は、格差が様々な形で可視化されつつあるというのだ。

更に、不動産価格の上昇という問題がある。日本は例外的に1991年のバブル崩壊以降、不動産価格は低下傾向にあるが、それでも若い世代が東京で家を買うことが難しいことには変わりがない。団塊の世代などの先行世代は、高い成長率を背景に親の援助無しで資産を持てる可能性が高かった。しかし、ピケティを含めた後続世代はそうはいかない。若い世代は5%の経済成長など見たことも無いし、自分の力だけで富を形成するのが難しくなる。そこで、親がどれだけ資産を持っているかで格差が生まれてしまうのだ。このように、ピケティは日本でも話題の世代間格差について興味を持っていることがわかる。彼は、「若い世代に対して、もっと多くのことをする必要があります。社会保障や会計制度を変革しなくてはならないんです」と主張する。特に、不動産などの資産を持たない人々に対する減税が必要であるという。労働所得しかない人、しかもその中でも収入が程々以下の人への税金を安くする代わりに、既に富を蓄えた人に対しては資産課税を強化しなくてはならない。そうすれば、若い世代はこれから富を蓄えやすくなる(因みに、このアイデアは一般的にいって若い世代に有利だが、高齢者の世代間格差も是正する)。だが、日本は高齢者が多く若者が少ない社会だ。こんな社会で、高齢者にとって不利な税制は成立するのだろうか。ピケティは、「アメリカでは上位1%が富を支配していますが、日本では高齢者が富を独占しています」とした上で、「それでも高齢者を含めて社会を説得する方法はある」と言う。何故なら、若い世代への投資は社会全体の投資になるからだ。また、「高齢者たちは日本の人口減少を憂え怯えている筈だ」と言う。人口を増やすためには男女が共に働きながら子育てができるような環境を作ったり、教育機関への投資を増やす必要がある。

このように、「税制・教育政策・家族政策などを変えていくことが、結果的に若い世代のみならず日本全体の利益に繋がる」と言う。特に、男女平等政策の重要さをピケティは訴える。「日本の政治家には、まだ『子供は女性が育てるものだ』という保守的な価値観を持っている人が多いかもしれないですね。しかし、そうやって時代遅れの制度を維持して出生率が下がっていけば、日本は危機的状況に陥るでしょう」。ピケティの言うことは正論過ぎるくらい正論だ。僕も、国などの会議で何度「若い世代への投資は、日本全体への利益になる」と言ってきたかわからない。恐らく、政治家たちも頭では理解しているのだろう。しかし、中々社会制度も人々の意識も変わらない。待機児童問題さえ解決されないし、世界経済フォーラムが発表する男女平等指数で、日本は142の調査対象国中104位という順位だ。そんな悲観論をぶつけても、ピケティはめげない。「民主主義は戦いなんです」という熱っぽい言葉が返ってきた。「必ずしも簡単な道ではありません。しかし、時に変革を起こすための大きな社会運動や動員が起こることがあるのです」。確かに、ドイツやイタリアなど低出生率に苦しんでいる国もある。しかし、フランスやスウェーデンのように出生率を上げられた国もある。「社会には様々な可能性があり、決して悲観することはない」と言うのだ。ピケティは、自身のことを「楽観論者でありたい」という。その言葉通り、「高齢者を説得することも、最も保守的な政治家たちを変えることも可能です。変えなくちゃいけない」「日本の未来は若い世代にかかっているんだよ」と励ましてくれた。

ピケティの話はよくわかる。確かに、日本が独裁制ではなく民主制を敷いている以上、人々の力で政治は変えられるかもしれない。でも、日本はフランスのように頻繁にデモが起こる国ではない。思わず、「ピケティさんは随分と民主主義と言う仕組みを信頼しているんですね」と聞いてしまう。日本は先の衆議院選挙で過去最低の52.7%という投票率を記録、また政府や国会議員への信頼度が国際的に見ても低い国である。しかし、楽観論者のピケティの答えはこんな時でも明るい。彼からは、「勿論、私は民主主義を信頼しています」という答えが返ってきた。何故なら、「それしかチョイスが無いから」だ。「若し私たちが史上と民主主義への信頼を同時に失ってしまうと、一体何が残るというのでしょう」と言う。非常に強大な力を持ち、時に間違った方向へ進む可能性がある市場と資本家を適切に管理するために、民主主義的な制度は不可欠だ。勿論、民主主義という仕組み自体を適切にマイナーチェンジしていくことも必要だ。「選挙制度改革・高失業率への対応など、出来ることは沢山ある」と言う。但し、投票率の低下は日本だけの問題じゃない。政府への信頼を無くした人々に何が言えるかは非常に難しい。しかし、ピケティは「アイデアと本の力を信じている」と言う。今やITの力で、優れた情報は一瞬で拡散する。そして、『21世紀の資本』のヒットが証明したように、多くの人は経済問題に関わりたいと思っている。「経済のことは難し過ぎるから、誰か専門家に任せたい」と言うのは簡単だ。そうではなく、「『誰もが経済問題に関して自分の意見を持つ必要がある』と一人ひとりが気付くことが重要だ」と言う。その意味でも、ピケティ自身が実践している“経済知識の民主化(誰もが経済的な知識にアクセスできること)”が大切になる。

ピケティ先生の熱血講義は如何だっただろうか。「民主主義は戦いだ」など、専門分野から飛び出す内容に関しては意外と精神論が多かったことが印象的だった。他にも、「『資本主義が終わる』という議論が日本では流行っていますがどう思いますか」とか「世界的な名声とそれなりの印税を手にしたけど、節税したくなりませんか」「政治家になりたくはないんですか」とかミーハーなことを聞いてみた(何て答えたかは番組を見てほしい。皆もうピケティに飽きている頃だろうけど)。ロケバスの運転手に頼んで多少遠回りをしてもらったものの、結局インタビュー時間は実質40分程度だった。しかし、疲れ切っていた筈のアイドルは、力強く日本の若者たちを励まし続けてくれた。帝国ホテルのロビーで彼を見送り、ピケティ人気の理由を考えていた。先ず、一番始めに浮かんだのは“ピケティ”という音である。“ポッキー”や“プリッツ”のように、破裂音を含んだ言葉は耳に残りやすいと言われている。そして、もう少し真面目な理由。それは明治時代より続く“舶来信仰”だ。日本では、伝統的に学問とは西洋から輸入したものを翻訳し、国内問題に応用するものであった。洋書の入手が難しかった時代は、その本を持っていること自体で知を独占することができたわけだ。しかし、これだけ世界中の情報にアクセスしやすくなった時代、流石に研究者は翻訳だけをしている訳にはいかなくなった。それでも、定期的に日本では海外研究者による本が爆発的にヒットしている。古くはアルビン・トフラーの『第三の波』、その後も『ソフィーの世界』や『話を聞かない男、地図が読めない女』『スタンフォードの自分を変える教室』等が記憶に新しい。数年前のマイケル・サンデル人気も凄かった。西洋哲学者の間では既に稍“過去の人”扱いだったにもかかわらず、彼の『これからの“正義”の話をしよう』は80万部を超えるのベストセラーになった(因みに、“サンデル”には破裂音ではないが濁音が含まれている)。

何故“舶来信仰”は終わらないのか。それは、グローバル化の進行が同時に「ガラパゴスではいけない」という意識の高まりをももたらすことになったからだろう。「日本国内だけの知識に満足してはいけない」と考える人は、海外の知を求めるようになる。結果的に、それは“舶来信仰”と似たような形を取ることになる。実際、僕のインタビューを始め、多くの日本メディアはピケティに専門分野ではないことを聞いていた。明晰な頭脳にご神託を求めるかのようにアベノミクスの成否を質問し、それが新聞のヘッドラインを飾ったりもした。更に、ピケティの主張を我田引水的に参照することで、自分の説を補強する論者が沢山いる。何分大著なので、「格差はけしからん」「経済成長は重要だ」とピケティ本は様々な形で引用することができる。特に、暫く低調だった格差論や富裕層に対する増税論は、ピケティ本に大分助けられたことだろう。ピケティのいいところは、本を読まなくても内容が語れたり議論ができてしまうことだ。分厚い本にもかかわらず、結論は“r>g”。この魔法のような呪文を唱えていれば、色んなことがわかったつもりになってしまう。「アベノミクスは金持ちのrを増やすだけ」とか「r>gなんだからアベノミクスの成長戦略は正しい」とか、用例は様々である。そんな彼らの「グローバル化の波に遅れたくない(英語は読めないけど)」「格差は由々しき問題だと思っている(自分では動きたくないけど)」「偶には立派な本に触れてみたい(難し過ぎるのは嫌だけど)」という欲望に、絶妙に応えたのがピケティ本だったのだ。本文を読まずとも、『21世紀の資本』を本棚の目立つ場所にでも飾っておけば、上に挙げた欲望は全て満たされることになる。『21世紀の資本』は、インテリたちにとって現在最もオシャレなインテリアの1つであり、装飾品と考えれば6000円弱という価格は決して高くない。そう考える人が10万人以上いても驚くには値しない(“経済知識の民主化”を訴えるピケティにはがっかりされるだろうが)。それはどちらかと言えば高齢者であり、お金に余裕があり、流行にも興味があり、教養を大事にしている層だろう。つまり、学術系出版市場のメインターゲットとも一致するわけだ。

最後に1つ。ピケティブームには、池上彰ブームの時のような安心感がある。イデオロギーを超えて、「この人は良心的で、大方真面なことを言うだろう」とメディアが思えるのだ。僕が話を聞いた時も、「私は日本のことを学びにここに来ている。だから、安易に日本が何をすべきかは言えない」という良心的なことを言っていた。実際、彼は日本の資本主義や世代間格差には学問的に興味を示しているそうだ。但し、不幸なことに過密スケジュールのため、日本人の“仕事”に対する異様な執着ぶりしか学べずにピケティは帰国してしまったことだろう。


古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』『だから日本はズレている』など。


キャプチャ  2015年3月号掲載


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