【異論のススメ】(01) 日本の主権…本当に“戦後70年”なのか 

今月から毎月、このコラムを担当することとなった。聊か耳障りで、読後感がざわつくようなことも、時には書かせて頂きたいと思う。“わたし”の常識は必ずしも“あなた”の常識ではないだろうし、“あなた”にとって自明のことが“わたし”には大いに疑わしかったりする。しかしその時、異論や異説にただ目をつむるのではなく、それと出会うことによって、我々の考え方は多少は鍛えられるだろう。そんなことを考えながら、書いてみたい。

ところで、のっけから奇妙なことを書くが、今年は本当に“戦後70年”なのだろうか。確かに、1945年の8月15日は終戦の日で、それから勘定すると戦後70年である。新聞や雑誌でも戦後70年特集が組まれている。しかし本当にそうなのだろうか。この何年か、新入生に「4月28日は何の日か」を聞いてみた。知っている者はほぼいない。5月3日でもかなり怪しいのだから、仕方がないのではあるが、これでは、確かに「本当に戦後70年なのか」等と言っても詮ないのかもしれない。5月3日は言うまでもなく憲法記念日であり、4月28日はと言えば『サンフランシスコ講和条約』が発効した日付である。この条約の第1条には、「日本と連合国との戦争状態は、この条約の発効とともに終了する」とある。この講和条約は主として西洋諸国との間であって、中国やソ連を含むものでは無かったが、何れにせよ日本は国際法的な意味では1952年の4月28日に公式に戦争を終結したのである。これは案外と重要なことである。正式且つ公式的には日本の“戦後”は1952年から始まったことになる。“本当”は今年で戦後63年である。それを我々は、「“戦後”は1945年8月15日から始まる」として疑わない。奇妙なことである。では、1945年から1952年の間は何だったのか。言うまでもなく連合国の占領下に置かれていた。だから、この“2つの戦後”の取り方によって、占領政策を“戦後”に繰り入れるのか、飽く迄アメリカの支配期間と見做すのか、ここに実は大きな相違が生まれる。




2年前、政府は4月28日に『主権回復の記念祝典』を主催した(これには当時、主権が回復しなかった沖縄から抗議が出されたが)。確かにサンフランシスコ講和条約には、「連合国は日本国民の“完全な主権”を承認する」とある。“完全な主権”が何を意味するかは多少議論の余地はあるが、少なくともそれ以前には「日本は通常の意味での主権国家とは言えなかった」ということになる。事実上、主権は奪われていた。とすれば、どういうことになるか。日本はポツダム宣言を受け入れ、1945年8月15日に国民に公表された。敗戦を認めた。しかし、その後に生じたことは連合国による“占領”であり、主権の事実上の剥奪であった。つまり、1945年の8月15日とは“敗北を認めた”謂わば『敗戦の日』であり、1952年の4月28日が正式な『終戦の日』ということになる。今更、誰もこんなことは言わない。「今頃になってそんなことを言って何になるのか」と多くの人はいうだろう。しかし、実はここには大問題が潜んでいる。というのは、若しも1945年から1952年まで日本が事実上主権を剥奪されていたとすれば、この間の様々な決定は日本の主体的な意思に基づいた決定とは言えないからである。言うまでもなく、このことが大きな問題を引き起こすのは、まさにこの間に戦後憲法が制定されたからである。主権国家ではない国が、果たして憲法を制定できるのか。これは、憲法というものの理念からして決定的な問題であろう。多くの場合、戦後憲法についての議論はアメリカによる“押し付け”の妥当性を巡って行われる。しかし、問題はそうではない。“押し付け”であろうがなかろうが、憲法の実質的な正当性に関わるのである。事実上主権をもたない国家が、主権の最高の発動である憲法を制定できるのだろうか(明治憲法の大改正であるとしても)。こう問えば、私は否定的にならざるを得ない。“押し付け”論の妥当性や内容の評価より以前に、「その正当性が疑わしい」と言わざるを得ない。

と言っても勿論、今更「あの戦後日本国憲法は無意味であり、無効でした」などと言う訳にはいかない。それこそ戦後68年、我々がそれを擁してきたという事実は消せるものではない。私が言うのは原則論であり、原則論がそのまま現実論になる訳ではない。ただ我々は、それこそ70年に亘って、戦後は1945年8月15日に始まると信じて疑わなかったのである。だからこの日を期して、「侵略戦争を犯した軍国主義の反省に立って、その上で民主的日本へと再生した」という“物語”を作り出した。しかし実際には、この日(正確には、日本が降伏文書に署名した9月2日)から日本は事実上の主権を剥奪され、占領下に置かれたのである。この事実から目を背けるべきではない。護憲であれ、改憲であれ、廃憲であれ、結論は人其々で良い。しかし、上に述べた“原則論”は矢張り押さえておくべきことであろうと思う。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。3月末に京都大学教授を退職。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2015年4月3日付掲載≡


スポンサーサイト

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR