【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(02) 『シャルリー事件』にモノ言う資格が日本にあるのか?

フランスの新聞社襲撃テロ事件から約1ヵ月が経ちました。日本では、「表現の自由を守るべき」とか「他人の宗教を批判することは許されない」という“原理原則”だけを振り翳す人も多かったけれど、事件の背景はとても複雑。それを度外視してインスタントに正義を語るのは、事件を対岸の火事としか思わない人の“言いっ放し”でしかない。欧米の西側資本主義社会では、『多文化共生』というのが半世紀に及ぶテーマでした。移民も積極的に受け入れ、肌の色や宗教が違っても、同じ国の人間として共存しようという理想を追った訳です。実際、移民でもその国のルールを受け入れ、大成功した人たちがいた。今も昔も、才能があって美しい超エリートたちは出自も何も関係無く、競争に勝ち抜いて輝けたんです。彼らのサクセスストーリーは多くの人を感動させ、社会の一体感を保ち、多様性という価値観を育てた。「共存の為に対話をしよう」という欧米の美徳を支えてきた。

しかし、今になって思えば、その美徳は“豊かさの幻想”があってこそ成り立つものだった。経済成長に裏打ちされた「頑張って働けば、今よりいい暮らしができる」という共通の欲求が、平等な社会という理想を支えていたんです。それが崩れ始めたのは、1980年代から1990年代。アメリカのレーガン政権・イギリスのサッチャー政権が大規模な金融規制緩和等、新自由主義と呼ばれる政策を進めた結果、富が一部に集中し、中産階級が地盤沈下し、経済格差が広がった。移民コミュニティの中でも、富の恩恵に与れない人が増えた。フランスやドイツ等でも同じことが起きた。2010年頃には、こうした格差が固定的なものと認識されるようになった。“絶望の確定”です。皆は口では「平等な社会」と言うけれど、いざ経済が悪化して全員に分け前が渡らなくなると、やっぱり出自で雇用や出世が差別される。そこで、絶望や憎悪が生まれる。「どうせ俺は生まれつきダメだ」「あいつは出自がいいから上まで行ける」……と。




先進国生まれのムスリムの若者が、アルカイダのような過激思想に共鳴している――そんなニュースを聞くようになったのも2010年頃からです。それ以前にも“共存の美意識”なんて無視してテロリストになるというケースはあったけど、飽く迄もイレギュラーなことだった。しかし、今ではある意味必然性を帯びてしまっている。ただ忘れちゃいけないのは、欧米社会では常に“対話”があったということ。何十年間も、複雑な状況の中で互いに共存しようと努力してきた。それでも今回の事件が起きてしまった訳だけど、ガラパゴスな日本から、彼らの数十年の積み重ねを無視して“簡単な正義”を振り翳すべきじゃない。謙虚にならないといけない。人口減少期に入った日本では、「移民を受け入れない」というオプションは消えていく。「日本に来るんだから、向こうが日本社会に順応するんだろ」としか考えられない人は、ヨーロッパから何十年も遅れている。順応と共存は全く違うんです。現実を無視した原理原則や、短絡的な正義に走るのは“逃げ”でしかない。もう他人事じゃないんだよ。


Morley Robertson 1963年生まれ、ニューヨーク出身。父はアメリカ人、母は日本人。東京大学理科一類に日本語受験で現役合格するも3ヵ月で中退し、ハーバード大学で電子音楽を学ぶ。卒業後はミュージシャン・国際ジャーナリスト・ラジオDJとして活動。現在、BSスカパー!『NEWSザップ!』、ニコニコ生放送『モーリー・ロバートソンチャンネル』、Block.FM『Morley Robertson Show』等にレギュラー出演中。


キャプチャ  2015年2月16日号掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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