【異色対談】 作詞家・秋元康×伊藤忠商事社長・岡藤正広 「若者よ、競争を、もっと競争を」――「モーレツに働いて1番になれ!」…AKB48と総合商社、2人のトップが意気投合した

岡藤「初めてお会いしたのはもう10年ほど前になりますか。AKB48が売り出して間もない頃、iモードの生みの親・夏野剛さんに誘われて、秋葉原の劇場へ観に行ったんです。若者たちの熱気に圧倒されましてね(笑)」
秋元「まだ一部の熱狂的なアイドルファンに支えられていた頃ですね」
岡藤「当時のAKBはまだ知る人ぞ知る存在やったけども、今や国民的なスターになりました。僕は芸能界のことはあまり詳しくないけれど、同じアイドルと言っても、ジャニーズとAKBでは全然違いますよね。ジャニーズはタレントの個性で勝負だけれど、AKBはシステムで売っている。あれなら海外でも売れますね」
秋元「ジャニーズの場合は、ジャニー喜多川さんという天才プロデューサーがタレント一人ひとりの才能を磨き上げて世の中に出しているんです。でも、AKBは学校のような感じで、落ちこぼれから成績の良い子まで一緒くたに揃っている。だから、自分で勉強して自分で成績を上げていかないといけない。ファンの人たちは、彼女たちがそうやって成長していく様子も含めて応援することができるんです」
岡藤「これはあくまで個人的な印象やけども、ジャニーズのグループはチームワークで勝負しているのに対し、AKBは人気投票をしたりして、グループ内で競争原理を働かせているように見えます。しかも、相当厳しい競争をやっている」
秋元「抑々、芸能界とは毎日が総選挙みたいなものなんですけど、普通はその部分を見せません。それこそ朝ドラのヒロインなんかは、陰では何千人という子がオーディションで落ちています。だから、AKBが特別に厳しいというよりは、何か芸能界で成功する為のキッカケを掴んでもらいたいなと思っています」

岡藤「でも、日本からは今、そういう競争する文化が失われつつありますよね。そのマイナス面があちこちに出ている。例えば女子ゴルフの世界でも、日本人と大して体格の変わらない韓国人選手がアメリカのメジャーでも活躍しています。それは、やはり日本人選手よりも猛烈なハングリー精神があるからでしょう」
秋元「同感ですね。若い人には、もっとハングリー精神を持ってほしい。僕だって若い頃は、よく『困難な道と楽な道があったら、困難な道を取れ』と言われました。若いからどんな坂も登れるし、筋肉もつくと。確かに20代の時に頑張っていると、30代・40代になった時が楽なんですよ。だけど、周りの若いスタッフにそういう話をしても、みんな楽な道を選ばうとするんですよね」
岡藤「それはゴールが見えていないからかもしれませんね。ライザップというスポーツジムがあるでしょう。あそこみたいに『1ヵ月で何kg痩せる』という目標を確約すれば、人は苦しいトレーニングでも頑張る。だから、今の若者にもハッキリ分かるような夢を与えたほうがいいのでしょうね。漠然とした夢では駄目だと思います」
秋元「そういう意味では、AKBはわかりやすいと思います。彼女たちは歌が上手いわけでも優等生な訳でもないけれど、夢が与えられているから一生懸命頑張れる」
岡藤「僕は秋元さんより少し上の団塊の世代なのですが、子どもの頃は色々と苦労しました。親父は大阪で商売を営んでいましたが、年末になると資金繰りに苦労していました。その親父も僕が高3の時に亡くなって、おふくろからは『兎に角、サラリーマンになってくれ』と言われてね。だから、『いい大学に入っていい会社に入って、おふくろに早く楽をさせてやりたい、家族を幸せにしたい』というハッキリとした夢があったんです。日本の今の若者と違って、韓国や中国の若者はまだそういう夢を持っていますよね」
秋元「中国の人たちがよく言うのは、『自分たちは親の世代よりいい生活をさせてもらっている、だから自分の子供にはもっといい生活をさせたい』と。彼らには、そういう強烈な向上心があるんです。今の日本の若者に一番欠けているのは、何が何でも1等賞を取りたいという気持ち。昔だったら、『絶対東大だ』『絶対慶応だ』という単願系の学生ばかりでした。ところが今の学生は、『これくらいのレベルの大学に行ければいいや』という風に『絶対にここに行く』とならない。行動パターンが偏差値的なんです。これは何も受験に限った話ではなくて、生き方までがそうなっています。だから、『1等賞を取る為には、人が寝ている時に努力しないと駄目だ。あと1mm手を伸ばさないと駄目だ』という話が通じない。なぜなら、抑々勝とうと思っていないから」
岡藤「だけど、1位と2位は全く違いますね。ゴルフでも1位の名前はずっと残るけど、2位は殆ど残らない。テニスやゴルフの賞金だって、2位になると半分になってしまう。それは、ビジネスの世界だって同じ。勝たないと意味がない」




秋元「結局、成功するには“1mmの努力”の積み重ねが大事なんですよね。でも、この1mmの努力が足りない……と言うとおっさんっぽくてイヤだけど。僕の周りにも『映画をやりたい』とか色んなことを言う若者がいますが、本気だったら僕の元まで『こういうのをやりたい』と企画を持ってくればいい。そしたら、何だかんだと言いながらも『次のプロジェクトにコイツを入れようかな』と思ったりするんです。でも皆口ばかりで、実際に行動に移そうとしません。岡藤さんに以前、失礼ながら『何で社長になれたんですか?』と尋ねたことがありました。その時、『織維の営業で、人と違うことをモーレツにやってきたから』と仰っていたのが凄く印象的で。それで、イブ・サンローランのライセンス契約まで取れたと」
岡藤「若い頃、紳士服の生地を海外から輸入する仕事をしていたんですね。ある時、帝国ホテルでテーラーさんの展示会があった。神士服の展示会だから、会場に来るのは男性ばかりだと思っていたら、現場に行くと、お父さんは営業マンと部屋の隅っこでコーヒーを飲んでいるだけで、奥さんや娘さんが『お父さん、これいいわね』と生地を選んでいた。『決定権を握っているのは女性だな』とピンと来た。そこで、『女性に訴えるブランドだったら、もっと売れるに違いない』と思って、必死で考えたのがサンローランでした。まだ駆け出しの営業マンやったから、そういう発想の転換が出来たんでしょうね。営業にドップリ浸かっていた先輩たちからは、『そんな女性向けブランドの名前で、紳士服の生地が売れるか』と言われたものです」
秋元「その先輩たちから邪魔されたりはしなかったのですか?」
岡藤「『勝手にせえ』と言われて。それは良かったですね(笑)」
秋元「それで、フランスまで直接足を運んだんですよね」
岡藤「最初は『駄目や』とあっさり断られたけれど、手紙を置いてきたんです。これが良かった。3ヵ月後に急に返事が来ました。読めて何もせずに日本に帰っていたら、それで終わりだったと思います」
秋元「まさに1mmの努力ですよね」
岡藤「イブ・サンローランの名前を付けた生地は、飛ぶように売れました。その後もアルマーニにセリーヌと、次から次へとブランドの販売権を獲得できた。1つが上手くいくと、周りの見る目も変わって仕事もやりやすくなる。すると、加速度的に物事が進んでいくんです。後になって振り返ってみると、幾つか大事なポイントがあって、それは人との出会いやったり、1本の電話やったりするのですが、そのどれか1つでも諦めていたら今の僕はなかったと思いますね」

秋元「実際に目の当たりにしないと、人って奇跡を信用しないんですよね。僕はずっと奇跡を見ているからそのことを一生懸命言うんだけど、中々信用してもらえない。20年ほど前、セガで湯川専務のCMを作った時もそうでした。広告代理店は頻りに『役者を使いましょう』と言っていましたが、それだと何も面白くない。で、ふと横を見たら湯川専務が『俺じゃ駄目か』という顔をして見ている。本人も『やる』と言うので、起用することにしたんです。その時、湯川専務には『有名になってしまうけれどいいですか』とお話ししたのですが、周囲は誰も信じていなかった。でも、僕はとんねるずやおニャン子クラブで普通の人がスターになるのを見てきたから、湯川専務も絶対に有名になると確信があったんです。AKBだってそうです。デビュー前の2005年10月、初期のメンバーに僕は、『君たちは将来、NHK紅白やレコード大賞にも出て忙しくなるけど、休みが欲しいとか言わないか』と聞きました。彼女たちは『絶対言いません』と答えていましたが、半信半疑だったのでしょう。今では、『休みが欲しい』『弁当がまずい』なんて文句を言っていますから(笑)。逆に言うと、芸能界ではお姉ちゃんがスターになったら、必ずその妹がデビューしたりしますよね。それは、身近な成功例を見て『私でもスターになれるんだ』と思えるからです。同じように、岡藤さんの奇跡を見ている伊藤忠の社員は、『自分にもできるかもしれない』と思える。そういう社員は強いですよ。チャレンジすることができるから」
岡藤「確かに、ビジネスの世界でもそういうことってあるんですよ。ある部門でパッと1人活躍すると、同じ部門からどんどん人材が出て来る。でも、それは人材が豊富やったからではなくて、偶々成功した1人に周囲が触発されただけのことなんです。伊藤忠の繊維ビジネスが他商社と比べてどんどん進化・拡大しているのはそういうことやと思いますよ。三菱商事や三井物産の人は、『伊藤忠の繊維部門にはどれだけの人材がおるんや』と思うかもしれません。でも、近くで見たら『あれ、大したことないやん』と思う筈です」
秋元「つまりここで大事なのは、『岡藤さんの成功例を形だけ真似しても仕方がない』ということ。商談相手に断られた時は只管手紙を書けばいいかと言うと、そういうことではないと思うんですよね。だから、名経営者の成功の秘誌みたいなビジネス本を熟読している人で、実際に成功している人を見たことがありません。そこに書かれているのは飽く迄岡藤さんの山の登り方であり、本田宗一郎氏・松下幸之助氏の登り方。自分なりの登り方を見つけないと意味がない」
岡藤「やっばり重要なのは、『ハウツーを学ぶのではなく、ポイントポイントをどう乗り切るか』でしょうね。すると、最後はどうしても根性の勝負になるんです。『成功するまでとことんやり抜く』という根性は、やっぱり大事なんだと思いますね」

秋元「どの世界でも、『全てのものは過去である』ということをわかっている人が勝つと思うんです。僕は任天堂という会社が大好きなのですが、あの会社は元々花札を製造していた会社でした。それが、いつの間にかファミコンを大ヒットさせていた。今では、任天堂が花札の会社だったことを全然知らない人もいる。そういう風に変化していく会社って素敵じゃないですか。でも、殆どの会社は長く続けてきた商売に縛られて、結局うまく行かなくなる」
岡藤「確かに、今のビジネスが大成功している時に中々新しいことには挑戦できません。かといって、成功体験や常識に固執していると、気付いたら駄目になっていることもよくある。過去の成功に縛られている会社は、中々新しいことに踏み出せない。だけど、そこで決断できるかどうかがトップの力量だと思うんです」
秋元「そういう意味では、富士フイルムは凄いなと思います。デジタル化で、『写真フィルムだけでは将来性が無い』と経営判断して、医療や液晶を手掛けるようになりました」
岡藤「あそこは現体制になって久しいでしょう。“長期政権”と言うと弊害もあるかもしれないけれど、勿論良いところもあるんです。目の前の利益に走ることなく、『次世代の為には今からこれをやっておかなあかん』と、長期的にものを考えることができる。だから、大胆な事業転換にも踏み切ることができたんでしょう。伊藤忠はどうですか? そういう冒険ができる会社ですか?」
岡藤「財閥系商社は、金属やエネルギー等の重厚長大中心の事業展開を行ってきた歴史がありますが、伊藤忠は違う。『常に新しいものに挑戦していかんと勝てへん』というのがうちの社風です」
秋元「最近だと、残業禁止・早朝勤務の手当て導入が話題になっていますね。うまくいっていますか?」
岡藤「伊藤忠も他の商社と同様、朝は10時までに来ればいいとしていたんです。でも僕らは客商売でしょう。お客さんはみんな朝8時半から動いているのに、“高給取り”と言われる商社の人間がまだ会社にも来てないというのはあり得ない話です。しかも夜はダラダラ仕事して、どこかで飲んで家には遅くに帰って来る。嘗てはそれがサラリーマンの鑑のように言われてきましたが、違うやろうと」
秋元「でも、岡藤さんもモーレツに残業したからこそ、社長にまでなれたのではないのですか?」
岡藤「いや、僕はあまり残業しなかったんですよ。海外出張したって、だらだらと何ヵ月も精算を先延ばしにする先輩もいましたけれど、僕は土曜に帰国し、日曜に2時間ほど出社して精算やレポートをやってしまいました。すると、月曜の朝からお客さんの電話にも対応できる。夜にダラダラ働くより、こっちのほうがずっと効率がいいんです」
秋元「実際、残業禁止の効果は出ているのですか?」
岡藤「これは当初の目的とは違うんやけど、結果的に経費が4%も削減できました。早朝出勤したら残業手当ては5割増しなのに、ですよ。しかも、社員食堂では朝8時まで無料で朝食を出している。女性社員は『働きやすくなった』と言っていますよ。子供を会社の横の託児所に預けて、社食で朝食を食べて、夕方4時に子供を連れて帰る――そういう働き方も可能になりました。女性の活用という意味では、明らかにプラスです」

秋元「『全てのものは過去である』という意味では、僕はAKBを成功モデルとは思っていないんです。これまでの実績に縛られないで、常に新たな挑戦を続けていきたい。この業界で長年“流行”というものを見てきましたが、どんなにヒットした作品でも必ず七掛けで落ちていくものです。それをどうやって紙風船のように下からトントンと叩いて浮かび上がらせ続けるか。AKBの場合、その1つの方法が総選挙だったし、じゃんけん大会だった。例えば、SKEからNMBへといったグループ間移籍の活発化もそうですね。大事なのは、変化する兆しというかターニングポイントを掴まえること。その為には、24時間そのことを考えていないと駄目だと思うんです。うちのスタッフに天才も秀才もいません。でも、ずっと考えていれば、そのうちにふっと思いつくことがある。それはサラ リーマンも同じだと思うんですよね。中には天才的なサラリーマンもいるかもしれないけれど、殆どは『どれだけ考えているか』でしょう」
岡藤「仰る通りです。僕は社員に『休みはきっちり取れ』と言いますが、それは『仕事を忘れろ』という意味ではありません。仕事のことは絶えず考えていてほしい。ヨーロッパの優秀なビジネスマンは、バカンス中でも家族と地中海をクルージングしながら、片方でせっせと電話やメールをしていますよ。優れたアイデアというのは、必ずしも会議で浮かぶ訳ではありません。将棋の羽生善治さんが『長考に好手無し』と言っていましたが、同じ場所でじっと考えていてもどメ。風呂に入っている時にパッと浮かぶこともある。環境や場所を変えて考えることで、いいアイデアが出てくるんです」
秋元「僕は会議でもメモを取らないんです。メモを取ると、それに縛られてしまうから。代わりに、頭の中には常に『面白そうだな』というネタを貯め込んでいます。すると、何かアイデアが必要になった時に『あれが使えるな』と反射的に思い出すことができる。その瞬間の作業こそが発想だと思うんですよね。40年近く前にロスに行った時、チャイナタウンでお会計が終わったら“フォーチュンクッキー”が出てきたことがありました。パンと割ったら英文の占いが出てきて、お洒落だなと思った。そのことが頭の片隅にずっとあって、長い時を経て“恋するフォーチュンクッキー”という歌が生まれたんです。ところが、最近は一生懸命情報を得ること自体が大事だと勘違いしている人が多い。皆、『新聞を何紙も読んでいる』とか『ベストセラーは全部読んでいる』とか言うけれど、そうじゃないんです。大事なのは、自分が『なるほどな』と思うことがどれだけ頭の中に入っているかなんです」




岡藤「今の秋元さんの話を聞いて思ったのは、ビジネスの世界でも頭の良し悪しではなく、感受性のようなものが大切やということです。例えば、2人の営業マンがお客さんのところで同じ話を聞いても、お客さんがふと漏らした話題をビジネスのヒントにできる人と、そうでない人がいる。これは大きな差ですよね。ちょっとした経験を、秋元さんのように頭のどこかに残しておけるか、単に『面白いな』で直ぐに忘れてしまうか。それは記憶力ではなく、その人の感受性の問題ですよね」
秋元「感受性には天性の部分もあるかもしれませんが、鍛えることだってできる。スポーツジムで『ここの筋肉を意識して下さい』と言われると、次第にその筋肉が増強されていくように、『俺は吸い取るんだ』と思っていたら感受性も豊かになっていくと思うんです」
岡藤「中には生まれつき感受性の豊かなビジネスマンもいるでしょうが、ある程度は先輩のいろんな話なんかを聞いているうちに、ピシッと勘所がわかっていくものです。僕が入社した時に先輩から聞いた話で、今でも印象に残っている逸話があります。ある日、お客さんが突然倒産した。駆け付けると、『倉庫にある荷物はどないなった』と大騒ぎしている。ところがその先輩は、社長の席の上に置いてあった伝票に目を止めた。すると、まだ通関を終えていない荷物が港に残っていることがわかった。直ぐに社長を呼んで、その荷物の名義を伊藤忠に変えさせた――こういうエピソードを聞いていると、お客さんが倒産した時に慌てず騒がず、『何をすべきか』ということを考えるようになります」
秋元「でも、そういうことはビジネスの教科書には書いてありませんよね。やはり、人と人とのコミュニケーションで学ぶことのほうがずっと多いんです」

岡藤「冒頭でAKBは学校に近いと仰っていましたが、先生である秋元さんがAKBのメンバーを指導する時に何か気をつけていることはありますか?」
秋元「教育というのは、魚を与えるのではなく釣竿を与えることだと思うんです。ある幼児教室で、ファスナーがついた袋を20個ほど並べて子供たちに開けさせる授業をやっていて、1つも開けられない子がいた。それを見ていた母親が、ファスナーをあちこちから買ってきて家で特訓させたというんです。その子は勿論出来るようになったけれど、そこの先生は溜め息をついて、『大事なのはファスナーを開けることではないの、頭を使うことなのよ』と話したと。教育の本質とはそういうことですよね。僕がAKBのメンバーと話す時も、歌い方を細かく指導する訳ではありません。『人を楽しませるにはどうしたらいいか』『個性の出し方はこうなんじゃないか』といったことを伝える。それを自分なりにどう応用できるか。応用力がないとどうしようもないと思うんです」
岡藤「AKBのメンバーからしたら、秋元さんという先生はカリスマでしょう。だから、先生の言うことは一 言一句漏らさず聞こうとしますよね。だけど、これが荒れた学校やったら、先生が幾ら素晴らしい話をしたところで誰も聞きません。要するに先生と生徒、会社やったら上司と部下の間に信頼関係があるかどうかが大事なんです。僕がよく言っているのは、『クレーム対応のような嫌な仕事ほど、上司が率先して行け』ということ。上司がお客さんに怒られて恥を掻く姿を見ると、部下は『立派な上司や』と思うものです。そうした後に喫茶店にでも行って話をすると、部下はその上司を信頼して真剣に話を聞きますよ」
秋元「話をするタイミングも重要ですよね。グループの総監督・高橋みなみにも、リーダーになるキッカケがありました。リーダーと言っても、高橋の年齢は他のメンバーと同じくらいですし、どこまで自分の意見を言っていいか、彼女白身も迷っているところがあった。でも、『AKBを良くしていきたい』と本気で思っていたし、リーダーとしての自覚も芽生えていた。それで、僕は高橋の誕生日に『嫌われる勇気を持て』とメールを送ったんです。『嫌われる勇気を持たない限り、人を纏めることはできない』と。その言葉を理解した彼女は、次第に本物のリーダーになっていきましたね」

岡藤「AKBが面白いのは、必ずしも容姿が優れている子や歌が上手い子がトップスターになるとは限らないところですよね。会社組織も同じなんです。学生時代から成績優秀でストレートで来た人間は、入社後に伸びなかったりする。かといって、体育会系クラブのキャプテンがみんな伸びるという訳でもない。浪人したり落第したりして、最初は大して目立っていなかった人間が、最後は社長になったりするんです。だから、学生の採用というのは非常に難しい」
秋元「AKBでも伊藤忠でも、人は自分がそこにいる意味がわかった時に幸せを感じると思うんです。AKBで言えば、最初はセンターを目指して頑張るけれど、全員がなれないという現実にどこかで気付く訳ですよ。すると、自分の居場所を見つけた者が勝ちなんです。喋りが面白くてバラエティ番組で重宝される子もいれば、皆の相談相手になって『彼女が居ないと困る』という存在になる子もいる。ビジネスの世界もそれは同じで、社長になれなくても『アイツが居ないとこの会社は駄目だ』という存在になれるかどうかでしょう」
岡藤「ほんまにそうですね。人事を行う側からすると、どうしても優秀な人間の配置ばかりを考えがちです。逆に、そうではない人間はずっと子会社に置いたままにしたりする。だけど、それでは会社全体の総合力は上がらない。理想論かもしれませんが、どんな社員にもやりがいを持って働けるようなポジションを探してあげることが大事ですね」
秋元「AKBは今年で10年目を迎えます。よく、『高橋みなみや前田敦子ら初期のメンバーに比べて、グループが有名になってから入って来た子は危機感が足りないのでは』と聞かれますが、そうは思いません。シチュエーションは常に変化しているし、大事なのは、其々のメンバーが『自分は今のAKBのために何ができるのか』と考えているかどうか。『国が貴方の為に何をしてくれるのかを問うのではなく、貴方が国の為に何を成すことができるのかを問うて欲しい』というケネディ大統領の演説と同じ精神です」

岡藤「AKBグループは、名古屋や難波・博多、それから海外にも姉妹グループがありますよね。秋元さんに以前からお聞きしたいと思っていたのですが、こうやってどんどん広がっていくと、AKBそのもののブランドイメージが拡散されてしまう懸念はありませんか?」
秋元「それはありません。僕のイメージでは、AKBはプロ野球やJリーグと同じなんです。名古屋には中日ファンがいて、広島ファンは黒田博樹投手の復帰に熱狂しています。そんな風に、『おらが街のアイドルを応援したい』という気持ちはどの地域にもある。今回、新潟でNGTをスタートさせますが、新潟は凄く歓迎してくれています。やっぱり、地元からスターを出したいんですね」
岡藤「AKBというのは、1つのビジネスモデルとして完成されています。そのビジネスモデルさえ持っていけば、どこの街でも同じようにアイドルグループを作ることができる。そこが秀逸なところです。最終的にはどこまで広げていこうと考えているのですか?」
秋元「具体的には何も考えていませんが、経営スタッフが『採算が取れる』と判断すれば、もっと広げていくでしょうね。上海のSNH48とジャカルタのJKT48が成功したので、今はフィリピンやマレーシア・台湾辺りに目を向けています」
岡藤「日本で確立されたビジネスモデルは、欧米は兎も角、アジア圏では通用しやすいと思っているんです。反日感情が強いと言われながら、中国人も2月の春節には、日本で“爆買い”しましたよね。アジアの人は、やっぱり日本文化への憧れが強い。AKBも今や日本を代表する文化の1つですから、もっとアジアに展開していける気がします」
秋元「上海の現場から聞く限りでは、反日で影響を受けているという話は聞きません。抑々、SNHのメンバーは殆どが地元の中国人ですから、日本のアイドルというより上海のアイドルなんです。この前、“リクエストアワー”というライブをやったのですが、ネット中継のアクセスが1261万5931回(2月26日時点)。中国のパワーは凄いですよ」
岡藤「一時期“韓流ブーム”というのがありましたが、韓国のタレントが日本に来て、日本の奥さん方が熱狂していましたね。あの頃は国同士は兎も角、国民レベルでの衝突はありませんでした。SNHの成功もそれと一緒ですね。こういう文化交流がうまくいっているのを見ると、今の日中関係も国民レベルではそんなに悪くないと思います」

秋元「僕は基本的にビジネスマンではなくクリエイターなので、『面白いことをやれば必ず当たるんだ』という信念で仕事をしてきました。だからどれだけ失敗しても、その信念が先に立つんです。逆に言うと、過去の成功体験から考えることはありません。『皆が集まる野原には、美味しい野苺は無い』ということはわかっていますから。だからといって、別にAKBのプロデュースに執着がある訳ではないですし、今のようなブームも終わる時には終わると思っています。『もう潮時だな』と感じたら、どう幕引きするかを考える。それで、また次のことをやろうと思うでしょうね」
岡藤「秋元さんほどの存在になると、新しいことをやっても成功する確率はかなり高いと思いますよ。やっぱり世間が関心を持ってくれますから。だけど、ビジネスの世界は人気だけではどうしようもない。利益という結果で評価されます。そこは大きな違いかもしれません」
秋元「僕もCMをやる時は、必ず費用対効果を考えますね。CMの場合は『面白ければいい』ではなくて、『どれだけ商品の訴求ができたか』『どれだけ商品が売れたか』というのが最大のポイント。だから、バットを短く持って確実にヒットを打ちにいくんです。反対に、10年前にAKBを始めた時は、バットを長く持って完全にホームランを狙っていました」
岡藤「企業には永続するという使命がありますから、ホームランばかり狙う訳にはいかない。継続して儲かるビジネスを作っていかないとダメです。しかも、世の中の変化に合わせて新しいこともやらないといけない。そこが難しい」
秋元「僕らの世界も色々な仕事がありますが、結局のところ、『絶対に無理』と思われることに挑戦する時が一番面白いんですよ。今後も、『絶対に無理』と思われるようなことを仕掛けていきたいですね」
岡藤「ビジネスの醍醐味も同じですよ。『絶対に無理や』と言われるような契約を勝ち取って初めて、儲かるし褒められる。だから、リスクを取るべき時はリスクを取って果敢に挑戦していきたい。若者にもそれぐらいの心構えで仕事に向かってもらいたいと思います」


キャプチャ  2015年4月号掲載


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