【トマ・ピケティの罠】(02) 年収580万円以上が上位10%の国――なぜ日本で格差を巡る議論が盛り上がるのか 大竹文雄×森口千晶

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スタンフォード大学滞在中の森口氏との対談はSkypeで行われた。

大竹「トマ・ピケティの“21世紀の資本”がアメリカで話題になったのが昨年夏。年末には日本でも翻訳が刊行され、経済書としては異例のべストセラーとなっています。先頃には本人も来日し、様々なメディアで取り上げられました。“r>g”という不等式は、すっかり有名になりました。富と所得の歴史的な変動を描いたこの本は、世界各国のデータの集積から成っています。これらのデータはピケティ1人ではなく、様々な研究者との共同作業で集められました。このうち、日本のデータをピケティに提供したのが森口さんです。これはどのような経緯だったのですか?」
森口「正確には、私とエマニュエル・サエズとの共同研究の結果を彼に提供しました。私はピケティと会ったことは1度しかありません。でもEメールはよくやり取りしています。今回の来日時も、もう飛行機に乗る寸前の時間なのに、『日本にこういうデータはあるか』といった質間が来たりしました」
大竹「エマニュエル・サエズとの研究はどのように始まったのですか?」
森口「エマニュエルは今や経済学界のスーパースターですけど、まだハーバード大学の助教授だった2000年以来の友人です。その頃、彼はピケティと共同でアメリカのトップ所得シェアの変遷を分析していました。すると、上位1%シェアが急上昇しているという驚くべき結果が出たのです」

大竹「確認しておくと、ピケティの言うトップ所得シェアの定義は、上位所得者の所得が総個人所得に占める比率です。上位1%シェアとは、所得を得ている人ではなく、成人人口の中で上位1%に当たる高額所得者層に、総所得の何%が集中しているかを示す訳ですね」
森口「その通りです。それで、エマニュエルと『日本のデータも見てみよう』という話になりました。調べてみると、明治政府は欧米より早く所得税を導入したので、日本の税務統計は先進国の中で最も長期に及んでいます。しかもドイツと違って、第2次世界大戦中も途切れることなく作成されているので、いけると思いました。先ず2人で120年分の国税庁統計年報からデータを手入力したのですが、初期の年報は数字が漢数字で、しかも旧字体の“壹貮參”。エマニュエルはフランス人なのですが、『日本人は数字まで漢字にするのか』と呆然としていました(笑)」
大竹「歴史データの醍醐味ですね」
森口「ええ。120年分の税法も読みましたし。それで、2年ほどかけて行った推計結果を、ピケティが立ち上げた“The World Top Incomes Database(WTID)”というデータベースに提供したのですが、今では世界の研究者が推計した30ヵ国に及ぶ上位所得データをここで見ることができます。透明性を高める為に、どのような資料を使い、どのような方法で推計したかも公開されています。その意味で、非常に民主的なデータベースになっています」
大竹「日本の推計結果が出た時、どのように思われましたか?」
森口「戦前の日本が身分社会且つ格差社会だったことは周知の事実ですが、戦前と戦後の不平等度を比較できる指標はそれまでに無かったので、新しい発見が沢山ありました。一番驚いたのは、上位1%所得シェアの劇的な低下が戦中に起こっていたことです。『戦後占領期の民主改革が所得を平等化した』というのが定説でしたから。これはかなり意外だったので、何回もデータをチェックしました。実際には、戦時政策によって富裕層が大打撃を受けたところに民主改革が起こり、その後は上位所得シェアが低位で安定したのです」




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大竹「“21世紀の資本”を最初に読んだ時、“r>g”、即ち歴史的にいつも資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回るというメインメッセージと上位1%シェアの話が、完全には対応していないと感じました。一応ストーリーとしては、上位1%に所得が集中するに連れて彼らの資産が膨らんでいくということだと思いますが」
森口「ピケティは本の中で、資本所得の集中による格差の拡大と労働所得における格差拡大とを分けて論じていますが、“r>g”は前者の話ですね。ところが、アメリカにおける上位0.1%、所謂大富豪層の所得構成を見ると、実は圧倒的に労働所得なんですよね」
大竹「そうです。アメリカでの急速な格差拡大の源泉が、経営者報酬の増大による労働所得の上位集中だということは以前から指摘されていますから、“r>g”の資本所得の話とどう繋がるのか疑問だったのです」
森口「2012年のアメリカの上位0.1%の平均所得は466万ドル(1ドル=81円換算で3億8000万円弱)です。それがほぼ労働所得だとしても、この金額の全てを消費に使うのは無理で、貯金か投資に回しますよね、絶対。そうなると富が蓄積され、将来には資本所得、つまり不労所得を生む」
大竹「私もそういうことなのだと理解しています。つまり、それだけのお金持ちだったらライフサイクル仮説通り、死ぬ時に貯蓄残高がゼロになるよう消費するということはなくて、その資産からの収益がどんどん大きくなっていく。その意味では今現在ではなく、今世紀後半に再投資のダイナミクスによって富の集中が加速度的に進展してしまうことについて、警鐘を鳴らしている。フランスや日本等先進諸国もアメリカと同じ道を辿るだろうと。ただ、この理解の仕方は一般の理解とは違っています。ピケティ本人が講演等で、『既に資本の集中が起こっている』という話をしているのも、それを助長している」

森口「でも、少なくともアメリカについてはピケティの予言が当たっているかもしれません。富裕層の資産を把曜することは極めて困難なのですが、先月のNBER(全米経済研究所)ワーキングペーパーで、エマニュエルがアメリカにおける富の集中度を推計しています。税務統計の利子・配当といった資本所得のフローを債券・株式等の収益率で割り戻し、元の資産を求めるという新しい方法によるものです。それによると、アメリカでは富裕層への資産の集中が1980年代から急速に高まっている。これはピケティの推論を支持するものです」
大竹「上位1%ではありませんが、例えばエドワード・N・ウォルフの資産の不平等度の研究やジニ係数を見る限りでは、過去30年ほどはあまり変わっていない。データや推計方法を変えると、新しい結果が出るのですね」
森口「資産の分布については、まだまだ研究が必要です。日本の分析もしたいのですが、源泉分離課税制度の為に、税務統計から資本所得を捕捉することさえ難しい。でも種々のデータを見ても、日本で近年、富の集中が進展しているようには見えません」
大竹「アメリカで所得が一番増えているのは、上位1%より更に上の0.1%・0.01%の層です。ここが日本とは大きく違います」
森口「ええ、まさに。アメリカは高額所得者であればあるほどその所得の成長が速いけれど、日本は寧ろその逆。日本でも、1990年代からリーマンショックまで上位所得シェアが上昇しているのですが、伸びているのは主に上位10%、それもそのボトム(底)半分です」
大竹「上位10%のボトムというと、年収800~1000万円の層と重なりませんか?」
森口「もっと低いのです。2012年では、上位10%は年収580万円以上の層です。上位5%が年収750万円以上、上位1%が年収1270万円以上ですから」
大竹「そうすると伸びているのは年収580~750万円の層ですね。これはみんなが懸念しているような、凄い金持ちが増えているというのとは随分違う」

森口「それに、税務統計の最大の強みは富裕層を上から全数調査しているところですが、その反面、上位10%より下の層のシェアの推計ができません。だから、家計調査等で下位層の動向を合わせてみる必要があります。上位10%シェアの上昇は、貧困層を含む下位90%層の変化によって生じている可能性もありますから」
大竹「なるほど。それには幾つかの仮説を立てられると思います。先ず、団塊の世代は2010年ぐらいから引退し始めています。だとすると、それまではずっと年功賃金の影響で上位シェアが上がってきただけかもしれない。年齢別のデータをしっかり見なければいけませんが」
森口「なるほど、世代効果ですか」
大竹「下位層の動きは複雑です。若年層・30代の貧困率は上がっている。非正規雇用の増大が大きく影響していると考えられますが、それによってその子供――10歳未満の貧困率も上がっています。その一方で、高年齢者層、70代以上の貧困率は下がっている。これは年金の充実というのが一番大きな理由です」
森口「日本ではやはり、世代間の格差の拡大が重要な問題なのですね」
大竹「もう1つ、日本に顕著なのは貯蓄率が高齢化でどんどん下がっていることです。今は殆どゼロに近づいている。これもまたピケティの“r>g”では説明できないところです。ピケティの議論には、大金持ちの貯蓄率は下がらず寧ろ上がっていくという前提があり、その一方で人口成長率が下がると1人当たりの資本が大きくなって、所得に対する資本の比率が上昇するというストーリーですが、日本の場合はこの前提が当て嵌まらない。日本は大金持ちの貯蓄構造というより、普通の人の貯蓄構造で社会が成り立っているのです。日本は大金持ちの行動でマクロが描写できるというより、普通の人の行動でマクロが説明できる、世界的には珍しい国かもしれません」

森口「ピケティの本を読んで強く感じたのですけど、彼は使命感に溢れていますよね。『今、世界に警鐘を鳴らさないと手遅れになってしまう』と考え、とりわけ新興国の将来を心配している。だからこそ、あれほどの情熱をもって世界を飛び回り、自分の考えを説くばかりでなく、もっとデータを公開するよう各国の政府にも要請している」
大竹「ピケティを始めフランスの人にとって、不平等とはあってはならない状態を指しているような気がします。そこには倫理的な問題が含まれている」
森口「そうですね。でも、所得の再分配政策は常に論争を巻き起こします。累進課税は先進国では当たり前ですが、多くの新興国では抑々そのような制度がありません。更に歴史的には、先進国においてさえ累進課税の成立は必然ではなく、偶然の産物だったといったほうがいいかもしれません」
大竹「それはどういう意味ですか?」
森口「最新の実証研究では、高度に累進的な所得税や相続税は世界大戦無しには成立し得なかったことが示されています。戦争が起こると一般市民は徴兵され、命を懸けて国家に貢献するのに対し、富裕層の多くは年齢や地位によって徴兵を免れるだけではなく、軍需により莫大な利潤を受け取ります。だから、戦中には社会的な公平を求める世論が高まり、累進課税に賛同が集まる。実際、参戦国の所得税の最高税率は第1次世界大戦でぐんと上がり、第2次世界大戦で更に跳ね上がっています。あのアメリカでさえ、戦中の最高税率は何と94%ですから。その一方、スイスやスウェーデン等の中立国では税率は上がらなかった」
大竹「なるほど」
森口「これに対して新興国は戦後に経済発展したので、累進課税制度が無い、又はあっても税率が物凄く低い。もう2度と世界大戦は起こらないと仮定すれば、累進課税という歯止めが無いままで、現時点でも既に所得格差の大きいアルゼンチンや南アフリカは今後いったいどうなるのか……という危機感があるのだと思います」

大竹「ピケティ本人も、制度が成立しないかを理論的に分析した論文を書いていますね。彼が言っているのは、『貧乏な人も将来、自分が金持ちになるかもしれないと思っているから、累進課税に賛成しない』ということです。まさに、“アメリカンドリーム”です。でもピケティは、『もうそういう時代ではないんだよ』ということをアメリカ人に知らしめた。ボトム99%にいる人間が『自分がいつかトップ1%になるかもしれないから』と言って、異進課税に反対するのはナンセンスだと。そして、ある程度の数の人が『ピケティが言っていることが本当かしれないな』と思うようになった。だから、オバマ大統領も一般教書演説でお金持ちへの課税を提案したのではないでしょうか」
森口「あの一般教書演説は画期的でした。でも、共和党の反対で成立の見込みは無い。ピケティは、『富裕層が一旦大きな富と政治力を手にすると、格差の是正が困難になる』と言っていますが、その通りかもしれません」
大竹「日本の上位1%所得シェアを見ると、それほど格差が広がっている訳ではありません。それなのに、なぜピケティの本が売れ、格差を巡って議論が盛り上がっているのでしょうか?」
森口「日本では、ジニ係数や相対的貧困率は引き続き上昇しているのですか?」
大竹「2000年代になってジニ係数は安定していますが、相対的貧困率は上がっています。貧困率の上昇は男女平等に原因があるというのが私の説です。男性の非正規雇用者が増え、女性の正社員が増える。そうすると、所得が不安定な男性と結婚する女性が増えて、例えばそれが離婚に繋がるとシングルマザーが増えたりする。勿論、非正規雇用者同士の結婚による貧困率の高まりもある。正社員の数自体はそんなに減ってはいませんから、組み合わせの問題だと思うのです。昔は女性の多くは所得がゼロか非正規でした。それで正社員の男性と結婚するという組み合わせが圧倒的に多かった訳ですから、世帯レベルでは貧困という状態にならなかったのです。1990年代前半までは25~45歳ぐらいまでの働き盛りの男性勤労者のうち、非正規は5%以下でした。今は10%を超えて15~20%の間です」

森口「非正規雇用の増大は確かに重要ですが、実は今まではその部分は自営業で吸収されていて、顕在化していなかっただけではないか……という指摘もありますね」
大竹「それもある。でも、世帯単位では自営業は経済的にある程度安定していたのではないでしょうか。だから、日本の貧困率の上昇というのは世帯構造の変化だと思うのです」
森口「アメリカにいると日本との違いを実感するのですけれど、日本社会はアメリカ社会に比べて格差にセンシティブで、格差に対する許容度が遥かに低いですね。貧困については勿論ですが、お金持ちについても。社会の規範というか価値観の違いなのでしょうか?」
大竹「そうですね。私が以前、アメリカと日本でアンケート調査をやった時に、価値観において明白な違いが出たところがありました。日本人もアメリカ人も、努力や選択に基づく格差はOKなのですが、生まれつきの才能に基づく格差は、日本人はNOでアメリカ人はOK。学歴による格差も、日本人はNOでアメリカ人はOK」
森口「面白いですね。アメリカでは、大企業重役が受け取る莫大な報酬が彼らや彼女らの努力や才能で説明できるのかという研究が盛んです。大体は否定的な結果が出ていますが。日本では日産自動車のカルロス・ゴーンCEOの年俸が10億円弱で突出しているけれど、その程度ならアメリカでは普通。世界のトヨタ自動車の社長が年棒2億円ちょっとで、どうしてあんなに働いているのか……アメリカ人経営者から見たら本当に不思議だと思います」




大竹「“21世紀の資本”で一番の焦点となっている上位1%は、日本では際立って増えている訳ではない。ピケティも日本での講演では、上位10%のシェアが高まっていることを強調して、貧困層が増えていると言っていましたけれど、本では貧困については殆ど触れていない」
森口「『日本には自分の論理は当て嵌まり難い』と、彼も思っている筈です」
大竹「そこが日本の読者には上手く伝わっていないのかもしれませんね。因みに、日本で格差についての本が売れるのは大体、株価が上がった時なんですよ」
森口「あら、まあ」
大竹「アべノミクスで2013年に株価が上がった。一般の所得はまだ上がっていないのに、テレビのニュースでは『高級品が売れるようになった』と報道される。そうすると、『凄い格差を感じる』ということがある」
森口「バブルの時はどうでしたか?」
大竹「バブルの時は全体的に所得が伸びたから、あまり格差感は拡がらなかったんです。格差が最初に流行語になったのはバブル前、少し株が上がりだした1984~1985年にかけてです。“マル金・マルビ”というのを覚えていますか? その次が1999~2000年にかけてのITバブルで、橘木俊認さんの本が売れました。私の著書“日本の不平等”は2005~2006年にかけてで、ちょうど小泉首相の時にホリエモンが登場して、“ヒルズ族”なんていうのが話題になっていました」
森口「つまり、貧困が深刻化した時じゃなくて、“濡れ手で粟”みたいな人が出てくると、皆が格差を意識するようになる」
大竹「私の解釈ですよ(笑)」

森口「格差について考える上で大切なことの1つはモビリティ、つまり所得階層間の移動ですね。上位1%を構成しているのが毎年同じメンバーなのか、それともかなりの頻度で入れ替わっているのか。税務統計からはこれを知ることができません。だから今後、モビリティの研究を進めないといけない。例えばバブル期等は、キャピタルゲインで一時的にお金持ちになっても、その後二度と上位1%に入らない人も多かったかもしれません。でも、遺産相続等によって大富家が次世代まで上位0.1%層を占めるようになると、ピケティが言うように民主的ではない社会になってしまう」
大竹「そうですね。但し、日本の場合は資産に占める土地の比率が高く、尚且つ相続税が高いですから、大きな宅地をそのまま相続できない。そして土地は小さく分けられていく」
森口「確かに、日本の相続税の最高税率は国際的に見ても高い。日本に途轍もない大金持ちが少ないのは、相続税というシステムがかなりうまく機能しているからですか?」
大竹「そう思います。上位層には、恐らくある程度モビリティがある。ただ、ピケティも指摘するように、アメリカでも人々が信じているほどモビリティは高くない。そして、日本でも非正規の問題で、モビリティが低い人たちがだんだん増えてきている」
森口「そこはとても重要ですね。若年非正規層が非正規のまま年齢を重ねると、固定的に低所得層にいることになる。それが子供の貧困を通じて、次世代にも繋がりかねない」

大竹「よくインタビューで、『今の日本の格差は正当化できるものなのか、そうではないのか』というような質問を受けます。でも私は、これは質問として間違っていると思うのです。ピケティも私も同じように経済学者ですが、彼の主張をよく聞けば、常に効率性を意識していることがわかります。バルザックの“ゴリオ爺さん”を引用しながら、努力して稼ぐことより、資産家の娘と結婚することを選ぶ社会になることが問題だと論じるのは、それが効率性を阻害するからです。だから、例えば最低賃金についてもどんどん上げていけばいいとは言わない」
森口「確かに、彼はその辺りをとても注意深く論じています」
大竹「経済学者としては、人々に労働意欲を無くすような分配の格差が起きているかどうか、貧困の増加によって経済成長が低下するか……という観点からのみ、格差が正当化できるかどうかを判断することができます。それ以外の場合、格差が大き過ぎるかどうかということについては人其々の判断であり、経済学者が云々する話ではありません」
森口「でも、歴史的に見ると、アメリカにおける所得税の最高税率がレーガン政権以降に大きく低下したように、格差に関する許容度というか価値観は時代によって大きく変化しています。日本も戦前は格差に寛大でしたが、高度成長期以降は平等であることに高い価値を置くようになりました。だから、経済学者も価値観を外生所与のものと見做すのではなく、なぜ人々の価値観が変化するのかを解明するべきではないでしょうか?」
大竹「価値観の変化を説明することに異議はありません。でも、どういう価値観であるべきかは、経済学者がどうのこうの言う話ではありません。日本人が生まれつきの能力による格差を認めないのも、1つの価値観です。『アメリカ人がそれを認めるのはおかしい』等と言っても意味がない」

森口「でも、1つ留意しないといけないのは、日本では格差を拡げない為に、傑出した才能に必ずしもそれに見合った報酬を支払わないのだとすれば、グローバル化と共に、トップクラスの人材がどんどんアメリカに流出する可能性が出てくるということです。“青色発光ダイオード”を発明した中村修二さんのアメリカのトップ大学への移動や、ダルビッシュ有投手の大リーグ移籍はその好例ではありませんか?」
大竹「それは重要な指摘です。経済のグローバル化によって外部性が生まれて、アメリカの格差が日本にも影響を与える。最早、『アメリカはアメリカの、日本は日本独自の価値観に従って、格差の問題を考えればいい』という訳にはいかないということですね」
森口「21世紀の日本の課題だと思います」

大竹「ピケティの功績の1つは、何と言っても、世界中でべストセラーになるような経済学の本を書き、国民の皆が経済学の知識を持つことがどれほど大事かを示したことだと思います。人々が思い込んでいることと現実は違う。それを歴史データを駆使して示して、オバマ大統領の累進課税の見直し発言にまで繋がった」
森口「彼が凄いのは、この本を書きつつ、トップジャーナルにも論文を発表していて、そちらで厳密な理論を展開していることです。その代わり、本では数式を一切省いている。省きすぎて、“r>g”しかなくて批判されている(笑)。でもそれは、“経済学の民主化”の為には必要なプロセスです。大竹さんがテレビ番組“オイコノミア”でなさってきたことを、ピケティは世界を相手にやっているのだと思います」
大竹「そこで比較しますか(笑)」
森口「ただ、ピケティは本の中で、『再び格差が拡大し、不労所得で生きていく階級が生まれ、21世紀は19世紀に戻ってしまう』という表現をしています。でも歴史家から見ると、19世紀と現在の大きな違いは絶対的な貧困の減少です。若しかすると、相対的貧困は同程度まで上昇するかもしれない。でも、少しの天候ショックで人間が大勢死んでしまうような、乳児死亡率が10%を超えるような、そんな時代は幸いにして去ったのです。そういう意味で、経済成長による生活水準の向上はきちんと評価されるべきです」
大竹「確かに、生きるか死ぬかという意味の貧困からは脱出した。特に先進国はそうですね。ただ、相対的貧困の問題も見過ごしてはいけません。これは人々のメンタルへルスにかなり大きな影響を与えますからね」
森口「なるほど」

大竹「ピケティがこういうことができるのは、22歳の若さで博士号を取ってMIT(マサチューセッツ工科大学)の准教授になり、その後パリの大学に移って米仏を行ったり来たりしたというのも大きいのかな」
森口「MITにいたままだと、多分この本は書かれなかったでしょうね」
大竹「アメリカだったら、30代・40代はアカデミズムで必死にやらないと生き残れない」
森口「私たちもこのような対談に出ていてはいけない(笑)。ところで、“21世紀の資本”は日本で13万部売れたそうですけど、大竹さんのお書きになった本はどれくらいですか?」
大竹「一番売れたもので10万部 ですね」
森口「それなら同じレベルではないですか?」
大竹「でも、定価は5500円じゃなくて780円です(笑)」
森口「あら、まあ。ここにも労働所得の格差が(笑)」


大竹文雄(おおたけ・ふみお) 大阪大学教授。1961年、京都府生まれ。京都大学卒業、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。著書に『日本の不平等』『経済学的思考のセンス』『競争と公平感』等。NHK・Eテレ『オイコノミア』に出演中。
森口千晶(もりぐち・ちあき) 一橋大学教授・スタンフォード大学客員教授。京都大学卒業、スタンフォード大学博士号。ハーバードビジネススクール助教授、ノースウェスタン大学准教授を経て現職。日本語論文に『日本型人事管理モデルと高度経済成長』(『日本労働経済雑誌』第634号)等。


キャプチャ  2015年4月号掲載


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