【中外時評】 “創生”の担い手、どう育てる――民話の里が映す課題

『遠野物語』を書いた柳田国男が岩手県南部のこの地を初めて訪ねたのは、明治42年(1909年)のことだ。東京の上野駅から夜行列車に乗り、花巻駅から人力車を乗り継いで、要した時間は20時間以上。今は新幹線と釜石線で4時間で行ける。が、一方で柳田が「山奥には珍しき繁華の地なり」と記した様子は見られない。内陸の花巻と沿岸部の釜石を結び、嘗ては荷を載せた馬が行き交った交易の要所も、現在は人口減少と高齢化が進行している。遠野市の人口は2010年に2万9300人余で、2005年からの減少率は6.6%と大幅だ。今年4月は2万8800人余に減っている。65歳以上の割合の高齢化率も36%と全国平均の26%を大きく上回る。伝統的な民家等観光資源が豊富な“民話のふるさと”も危機感は強い。

富士ゼロックスがCSR(企業の社会的責任)の一環で市と進めている活動は、地域再生の取り組みの1つだ。カッパの伝説がある土淵地区の廃校を改装し、『遠野みらい創りカレッジ』を開設。県内外の企業や地域住民らが交流する場を作り、遠野に新たな事業と雇用を生む作戦を議論する。ある日曜、アイデアの発表会があった。遠野の姉妹都市であるイタリアのサレルノに和食を流行らせようというプランを示したのは、インキ会社の貿易部門『東洋SCトレーディング』(東京都中央区)で事業開発を担当する花房明子さん等だ。遠野は有数の山葵産地。欧州に高級和食材と日本酒によるメニューを提案し、輸出促進に繋げるという。県内のバス会社からは遠野で自給自足生活等を体験するツアーの案が出た。興味深かったのは聴衆からの逆提案だ。内陸と沿岸部を繋ぐ遠野は東日本大震災の際、救援物資を被災地へ運ぶ中継地として活躍した。非常時の訓練を大震災前からも積んできた。そうした後方支援拠点のノウハウを他の地域に教えてはどうか、という。サービスで稼ぐ点が斬新だ。




但し、これらの提案には課題もある。事業を継続し成功に導くには、技能やノウハウを持った担い手を育てたり呼び込んだりする必要があるからだ。食材輸出では現地で受けるメニューを次々に生む料理人が欲しい。「人材育成が欠かせない」と花房さん。後方支援のノウハウも、他の地域に体系的に教えるには防災の専門知識を習得する仕組みが要るだろう。ここで思うのは、地方にはその地域ならではの人材ニーズがあるということだ。国も都道府県と協力し、ホテル従業員の養成等地域経済を活性化する職業訓練に力を入れ始めているが、地域が求める人材は多様だ。そこをどう支援するか。中小企業経営者の問題解決能力を高める提案をしたのは、福島県郡山市で会計事務所を営む税理士の三部吉久氏だ。ビジネスモデルを考える際、1枚の紙に(1)ターゲットの顧客層(2)届ける価値(3)提供する商品・サービス――等を書き出せば頭を整理しやすい。商品開発の計画作りや利益が減った原因分析等も押さえるべきポイントがある。そうした事項の記入欄を設けて問題点を見つけ易くする“フレーム(骨組み)”を用途別に作り、企業に広めてはどうかという。経営者が社員や税理士等と議論するとき、問題意識が噛み合わないと話が進まない。自らの経験から“コミュニケーションの共通基盤”として三部氏が考えたのが“フレーム”だ。パソコン等で製作する『フレームデザイナー』という職業も作れると見る。遠野の中小事業所の生産性向上を促すと共に、新しい仕事も生みだす。

地域経済を担う中小企業の支援も色々な切り口があるものだと思う。経営者の力量は地域の“稼ぐ力”を左右する。国や自治体の中小企業支援策は、製品開発への補助や資金繰りの手助け・大企業の特許の開放等多彩だが、経営者育成の観点はこれまで十分だったか。遠野では、観光客を民家に泊める『民泊』が盛んだ。ある家の夫婦は、「沢山の人が遠野に来てくれなくてもいい。ゆっくりとした“遠野時間”が大事」と言っていた。賑い過ぎると遠野の良さが薄れるという。それだけに、観光以外の地域活性化策は必須だ。その担い手づくりは時間がかかり、粘り強い取り組みが必要になる。地方創生の足腰となる部分をどう鍛えるか。遠野に限らない課題だ。 (論説副委員長 水野裕司)


≡日本経済新聞 2015年4月19日付掲載≡


スポンサーサイト

テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR