「だから私はソニーを見限った」…OBが語る迷走の真実――新人事制度で多数の社員が給与減、失われた“混沌とした秩序”

戦後間もなく発足し、日本経済をリードしてきたソニーが苦しみ続けている。バブル崩壊後に陥った負のスパイラルから抜け出せず、世界で圧倒的なブランド力を築いてきた面影は最早無い。改革の成果が出てきたにもかかわらず、OBから辛辣な批判を浴びる平井体制。「本当に必要な改革を先送りしている」。これが多くの関係者が挙げる批判の根拠だ。では、“本当にやるべき改革”とは何なのか。60人のOBと共にソニー迷走の真実を振り返る。 (宗像誠之・西雄大/日本経済新聞証券部 佐伯真也)

2015年4月1日、東京都品川区のソニー本社。360人の新入社員を迎え、入社式が開かれていた。構造改革の効果で業績が上向き、2015年に入って株価は上昇傾向にある。「これからのソニー、未来のソニーを一緒に作っていこう」。社長兼CEO(最高経営責任者)の平井一夫氏は晴れやかな顔でスピーチしていた。同日時の品川駅近く。1日前の3月31日付でソニーを退社したばかりの元社員A氏が、本誌の取材に応じていた。憧れのソニーに入社し在籍30年近く。ほんの1km先では入社式。心境は複雑な筈だ。だが元社員の表情は、平井氏と同様に晴れやかだった。「早い時期からソニーに見切りをつけ、次の挑戦をしようと思っていたが、愛着もあるし逡巡していた。でも、今回の制度改正で『ここにいても得るものは無い』と完全に諦めがついた」。A氏が話す制度改正とは、2015年4月に導入された新人事制度のこと。10年ぶりに改定される新たな人事制度の下では、管理職から一般社員まで給料を査定する上での年功要素を完全に排除。“社員が現在果たしている役割”だけを厳密に評価する仕組みになる。本誌が独自に入手した社内資料によると、社員の凡そ6割以上が減収の可能性があり、徐々にではあるが最終的に月収で最大13万円、年収にして同150万~160万円減るケースもある。

A氏の背中を押したのは、このドラスチックな制度改正と、それに伴い社員の間で一気に広がった「大盤振る舞いの早期退職制度は2014年度で最後になる」という噂だった。約20年前から始まった構造改革による早期退職は、業界内でも「大量の人材を一気に減らしたい意図が丸見え」と揶揄されるほど、辞める者に破格の好条件を提示したものだった。一時は、通常の退職金に積み増される割増金は72ヵ月。50歳超の課長クラスで退職金は8000万円に達し、地方工場勤務者等の間でも“退職長者”が出現した。その後、割増金は徐々に下がったものの、まだ36ヵ月分が支給される。「平井さんは事あるごとに、『2014年度で構造改革を完了させる』と発言している。ならば、早期退職制度は今回で最後で、中高年は今後“新人事制度”に虐められ自発的に辞めていく形になる。『直ぐ辞めて数千万円の割増金を貰ったほうが得だ』と子供でもわかる」(A氏)。実際、A氏と同じくヒット商品を生み出した往年の名物エンジニアや、新規事業を立ち上げる為に社外から招聘したキーパーソン等がここへきて、続々と退職しているという。




新人事制度は、現役社員のモチベーションにも暗い影を落としている。2015年2月から3月にかけて、新人事制度での給与水準を決めるグレードが全社員に通知された。上司との面談後、青褪めて帰ってくる社員が続出した。「『人を減らしたい』『人件費を削減したい』という経営陣の意図はわかるが、もう少し上手くできないものか。」。こう話すのは技術系社員のB氏だ。「昨年以降、これまで4人でやっていた仕事を2人で回さなければならない状況。このままでは体がもたない。社内の空気は嘗てなく悪く、中期経営計画の発表後に株価が上がっているのが不思議で仕方ない」と疲れ切った表情で話す。2012年4月に発足した平井体制は一連の構造改革を通じて、数字の上では成果を上げてきた。ストリンガー体制最後の2011年度と比較すると、売上高は6兆4932億円から8兆円(2014年度見込み)、営業損益も672億円の赤字から200億円の黒字(同)に拡大。有利子負債も1兆1725億円から1兆504億円(2014年12月時点)へ改善した。同時に、“デバイス”“ゲーム・ネットサービス”“映画”“音楽”の4分野を重点的に伸ばし、金融事業も抱えるコングロマリット経営を貫き続ける将来像も策定。ソニー不動産等新規事業の開拓を始めている。それでも、OBや現役社員の多くは平井氏率いる現政権の打つ手を頑として認めようとしない。その矛先は、経営陣における人材の偏りや新人事制度に留まらない。

sony 01
ソニーの元副社長・大曽根幸三氏。初代ウォークマンの開発を率いた、伝説のエンジニアだ。(写真=北山宏一)

sony 02
例えば、2月に発表した2015~2017年度の新中期経営計画。元副社長の大曽根幸三氏は、「今後、ソニーが何を生み出そうとしているのかわからない。投資家を喜ばすだけで、社員を鼓舞できない」と強調する。中でも、エレキ分野を事業毎に分社する計画については、「『経営の意思決定の迅速化』と会社は説明したが、事業を売却する意思決定を速めることとしか思えない。何れ事業ごと売却されるかもしれないのに、社員が意欲的に働く気になれる訳がない」。ROE(自己資本利益率)10%以上を目指す経営目標に至っては、2012年度に発表した中期計画でも同じことを言っている点に触れ、「3年前に掲げていたにもかかわらず、達成できなかった分析も責任を取ることも無く、また同じ目標を掲げている」と呆れる。「兎に角、平井さんの言葉が軽すぎる為に真意がわかりにくく、社内外や市場・マスコミからソニーの経営体制が疑問視されてしまう。これでは求心力もリーダーシップも生まれない」。ソニー出身の立命館大学教授・濱田初美氏はこう批判する。ソニー在籍時は経営戦略等を主に担当し、CEOの参謀機能も持っていた『ソニー中村研究所』の取締役を務めていた人物だ。「スラスラと冗舌に語るのではなく、経営者は自分の言葉で語れることが重要だと平井さんは理解していない。だから分社の話も、事業や社員を切り売りする準備であるかのように伝わってしまった」と指摘する。

なぜ、OBや現役社員は斯くも“平井体制”に批判的なのか。それは単純明快、多くの人が「余計なことばかりして、ソニーが立ち直る為に本当に必要なことをやろうとしない」と感じているからだ。本誌は過去20年間に及ぶソニーの実情をより深く探る為、本体の取材に並行し60人のOBと接触。延べ120時間に及ぶインタビューを敢行した。彼らが話す“ソニー衰退の原因”は、判で押したように同様でシンプルだ。

(1)2000年前後までは、後に到来するネット時代で戦えるアイテムはグループ内に十分揃っていた。ソフトでは映画会社と音楽会社、ハードではCD/MDウォークマン・プレイステーション・VAIO・ハンディカム・デジカメ等だ。
(2)にもかかわらず、その後2001年にiPodを発売したアップル等とは対照的に、ネット時代に合わせた新商品やサービスを全く打ち出せなくなった。
(3)衰退の原因は開発力の低下に尽き、新興勢力の出現による競争環境の激化や組織の肥大化等、経営陣が語る尤もらしい衰退の原因は、全て言い訳に過ぎない。

つまりOBの多くにとっては、ソニーが復活する為に打つべき手は1つしかない。「時代の波を先読みし、新しい商品やサービスを世に送り出す力こそがソニーの全て。そのパワーを取り戻すしか道は無い」。立命館大の濱田氏はこう提言する。にもかかわらず、「1990年代以降の歴代経営陣は、その課題を先送りしてきた」(同)

sony 03
立命館大学経営大学院教授の濱田初美氏。2006年までソニーに在籍し、経営の中枢にいた。(写真=菅野勝男)

sony 04
「全ては、出井さんから始まった」。2015年3月下旬、六本木の国際文化会館のロビー。1人の男が遠い目をしながら、淡々と口を開いた。土井利忠氏。1964年に入社し、AIBOやキュリオ等ソニーのロボット開発を率いたエンジニアで、上席常務を務めた経験を持つ。土井氏は、「崩壊の始まりは、創業者の井深大氏や盛田昭夫氏が他界した約20年前だった」と指摘する。具体的な転換点は、1995年に出井伸之氏がソニーの社長に就任したこと。「革新的商品を世に出したソニーの競争力は、エンジニア集団が群雄割拠した“混沌とした秩序”の賜物。それが、出井さんがアメリカ型の経営管理を取り入れた時期から壊された」と土井氏は振り返る。『シックスシグマ』や『EVA(経済付加価値)』等新たな経営管理の下では、確かな収益が予測できる手堅い商品の企画が優先され、意外性や驚きを与える商品開発は次々に先送りにされた。尤も、出井氏が開発環境の管理を強化したのには理由がある。1995年度時点で、ソニーグループはバブル期の積極買収と人員拡大に伴い、約4兆円の売上高にもかかわらず有利子負債が2兆円近くに達していた。「1989年に映画会社を買収し、経営を現地任せにしたことで負債は一気に膨らみ、毎月の利息の支払いが100億円を超えた時期もあった。自由闊達な開発環境を維持できる余裕は無く、出井さんが管理強化に乗り出したのは無理も無い話。大賀(故・大賀典雄元社長)さんの負の遺産でもあった」と元経営企画部門担当者は話す。

だが、その反動として、「ソニーらしさを失った、他社と同じような商品」が店頭に並び始めたのも事実で、業績は徐々に下降。2003年4月24日、前3月期の連結営業利益が予想より1000億円下回る見通しが明らかになると、ソニー株は“売り一色”となり、株価は最終的に3220円まで急落する。ソニーショックである。その影響は当然、土井氏が手掛けていたロボット事業にも及んだ。「元々、AIBOの開発は出井さんの猛反対の中で進めていたもの。『21世紀の技術を開発してほしかったのに、ロボットなんて19世紀のテクノロジーだ』と言われ続けていた」。幸運にもAIBOは既に商品化されていたが、商品化前のキュリオは開発が凍結された。1990年代後半から進んだアメリカ型経営管理を衰退に向かう第1の岐路とすれば、第2の岐路は2000年以降のデジタル革命に乗り遅れたことだ。この原因は既に多くの専門家が指摘している通りで、皮肉にも早い時期からアップル等を軽く凌駕する一流のハードとソフトを揃えていたことが原因だ。既存商品が強い競争力を発揮している状況では、ソフト部門の利益を害しかねない新ハードは投入できないし、旧来型ハードの売り上げを落とす恐れのある画期的ソフトビジネスは展開できない。そんなグループ内の利益相反の結果、新しい物を出したくても出せないジレンマに陥った訳だ。その“犠牲者”の1人が、1984年に発売された初代CDウォークマンの開発者・宇喜多義敬氏。宇喜多氏は1998年から2000年にかけ、『ミュージッククリップ』等の製品で、ネット配信と端末が連携するビジネスの原型を実現していた。iPod(2001年)より遥かに早く市場に投入されたが、CD売り上げの減少を懸念したソニーミュージックエンタテインメント(SME)の強い要請で音楽データの暗号化を強化。その結果、ユーザーの使い勝手が大幅に低下し、アップルの後塵を拝すことになる。

「世の中に新しいコンセプトの商品を出し、『これこそ欲しかったものだ』と消費者を唸らすのがソニーだった。そんな芽が、組織が大きくなり利益相反が生まれたことで、次々と摘まれていった」と宇喜多氏は話す。開発力の源だった“混沌とした秩序”が失われていく中では、ソニーの伝統だった“社内の壁”も商品力低下の一因になった。オーディオやテレビ等、事業部門が別会社のように動き切磋琢磨し合うことで強みを発揮する。それは技術系人材を優遇し過ぎる等の問題も生んだが、結果としてソニーに活力を齎してきた。だが、そうした壁は競争環境が激化する中、全社一丸で消費者を唸らせる商品を生み出さねばならない時代には弊害にしかならない。「新規事業を作るプロジェクトが発足した後で、複数の事業部門で同じコンセプトの計画が進行していたことが発覚する。そんなことが何度もあった。全社横断で何かを生み出す機運は今も生まれていない」(30代の現役社員のC氏)。経営管理の強化と相次ぐリストラで、嘗て様々な革新的商品を生み出した社内の“奇人・変人”も減った。AIBO開発の土井氏・CDウォークマンの宇喜多氏・プレイステーションを作り上げた久多良木健氏……。世の中に無いものをゼロから生み出す手腕を持つエンジニアは、短期的成果を評価する人事制度やEVA等の導入で櫛の歯が欠けるように会社を去った。そして残ったのは、“奇人・変人”とは対極に位置するスマートな社員だ。大曽根氏は、「現在のソニーの主流を占める、一流大学を成績優秀で卒業してきた人たちは失敗を恐れるから、製品として目新しいものが出てこない」と嘆く。

こうして20年間を振り返ると、ソニーが変われぬ理由が見えてくる。結論から言えば、ソニーは巨大な負のスパイラルに陥っているのだ。発端は、バブル期に発生した“有利子負債”と“余剰人員”による業績不振を解消する為の経営管理の強化だ。それは結果として“長期的視野の喪失”と“開発の無難化”を招き、更なる業績悪化に繋がった。悪循環は、過去の負の遺産によって一段と加速する。“破格の成功体験”はグループ内の利益相反を生み、“ブランド力への自信過剰”も相まってデジタル革命の波に乗り遅れ、伝統である“社内の壁”はイノベーションを阻む主要因となった。事業を維持するにはリストラ以外に手はなく、“優秀な人材の流出”“奇人・変人の減少”が相次ぎ、社内には“スマート過ぎる社員”しか残っていない──。この負のスパイラルから抜け出すことは容易でない。回復の兆しが見えたとはいえ、2015年3月期の最終損益は1700億円の赤字の見通しで、株価も2000年の1万3000円に比べれば4分の1の水準。2014年にはムーディーズインベスターズサービスが“投機的な水準”へ、フィッチレーティングスは2012年に“投機的”へ其々格付けを引き下げた。インターブランドによるブランド力調査でも、ソニーのブランドは2011年の35位から40位→46位→52位と毎年順位を下げている。「結局、今のソニーの経営に不満を持つOBたちも、では次の社長を誰にすれば再生できるのか、どうすれば抜け出せるのか、実は誰にも代替案がない。俺はこうなることが分かっていた。だから、平井がストリンガーに重用される雰囲気が出た時に、『お前はソニーで偉くなるかもしれない。そうなればお前の人生にとって不幸だよ』と忠告したんだ」。OBから“平井おろし”の相談を受けているという元SME社長の丸山茂雄氏はこう話した後で、最後に呟いた。「“斬新で高級な玩具”を世に送り出すという創業時からのソニーの使命は、20年前の大賀さんの引退でもう終わっていたんだよ」


キャプチャ  2015年4月20日号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR