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【大阪都構想住民投票を前に】(05) 橋下徹市長の恫喝には屈しない――この住民投票は日本の民主主義の質を問う極めて重要なものである

橋下徹市長が大阪維新の会の看板政策として掲げてきた『大阪都構想』。この是非を問う住民投票が5月17日に迫ってきました。この都構想が実現するか否かは、大阪全体にとって、更に言えば日本全体にとっても重大な意味を持っています。にも拘らず、『大阪都構想』の具体的な内容についてはあまり知られていないのが現状です。先ず、今回の住民投票ができるのは大阪市民だけで、それ以外の大阪府民は投票には行けない。また、結果が投票で賛成多数になっても、大阪府の名称が『大阪都』に変わる訳ではない。こういった基本的な事実さえ、まだまだご存じない方が多いように感じます。なぜ、『大阪都構想』について具体的な議論が成されていないのか? それは、都構想を巡って自由に意見を言えないような空気が作られているからではないでしょうか。私はある“騒動”を通して、そのことを身を以て感じたのです。

1月27日、私があるメールマガジンに寄稿した『大阪都構想:知っていてほしい7つの事実』が“騒動”の発端になりました。これは『大阪都構想』について、基礎的な事実を説明したものです。実はその前日の夕食の時間、私は妻と3人の子供に「これを発表したら、私は大きな力に潰されるかもしれないが、生活はどうにでもなるから気にするな」とぽつりと伝えました。家族はあまりピンときていない様子でしたが、単なる“事実”の指摘に過ぎない原稿でも強く非難され、抑圧される“空気”が濃厚に存在していることを感じていたからです。しかしだからこそ、住民投票が決まった以上、何があっても学者・言論人として事実は事実として指摘すべきとの意を固めた訳です。それにしても、反応が思った以上に早かったのには驚きました。その日の夕方にはもう橋下市長がツイッターで、私について「バカな学者の典型」「内閣参与のバカ学者」「調子にのっている」等という罵倒を繰り返し、2日後の市長記者会見でも「事実誤認」「嘘八百」と非難しました。しかし、今日に至るまでこの7つの事実の“事実性”は、誰からも論駁はされていません。やはり、これらの事実は事実としか言いようの無いものだったのです。加えて、私宛てに大阪維新の会・松井一郎幹事長名義で『公開討論会の申し入れ』という名の“抗議文”が送付されてきました。そこには、「市民に対し間違った情報を示し、誤解を与えている事には憤りを感じ、間違った情報を発信される事に強く抗議する」と書かれていましたが、私の議論のどこが間違っているのかについては何の指摘もありませんでした。しかも、先方は憤っている訳ですから冷静な討論でなくケンカの申し入れに過ぎないと判断せざるを得ず、返答するつもりがないことを公表しました。




すると次に、私が籍を置く京都大学の総長宛てに文書が送りつけられました。私が2年以上前にインターネット番組で、橋下氏の政治家の資質を「ヘドロチック」と風刺的に論評した件について、私の発言が「批判・論評の範囲と考えるのか、国民の税金で研究活動を託される人物として適当なのか、大学の考えを問う」というものです。これに対し総長が、「本学としての見解を表明することは差し控えたい」と回答すると、今度は維新の党の議員が国会で下村文部科学大臣に京都大学の使用者責任について質問しました。執拗な抗議はこれだけに留まらず、維新の党は大阪のテレビ各局に「藤井氏が各メディアに出演することは、放送法4条における放送の中立・公平性に反する」「藤井氏を出演させる放送局の責任は重大」等と記した文書を送りつけました。「私を番組に使うな」と脅しをかけているようなものです。言うまでも無く、放送法は“放送全体”の公平性についてのもので、個々の出演者の主義主張はそれが公序良俗を冒すもので無い限り無縁です。3月17日、朝日放送が「藤井を出し続ける」という返答をすると次は国会で、「そのテレビ番組の公正さについて総務省に質問する」という始末です。更には、私が都市計画的な点から大阪都市計画を批判する論文を発表すると、僅かその3日後には又もや同じ維新の議員が「とんでもないデマを振りまいている」として国土交通省にその見解を問い質しています。このように、執拗に圧力をかけ徹底的に叩こうとするのは、言論封殺以外の何物でもありません。

Toru Hashimoto 04
こういった経緯のせいで、私と橋下市長の“バトル”ばかりが注目されがちですが、問題の本質はそこにはありません。本当に重要なことは、投票で賛否が問われている『大阪都構想』の内容なのです。抑々、今回の投票で賛否が問われているのは、都構想の設計図と言うべき『特別区設置協定書』(以下『協定書』)です。ですから、仮に漠然と『大阪都構想』というヴィジョンに賛成であっても、この協定書の内容に反対であれば反対しなければなりません。そして最も重要なポイントは、この構想が「大阪市を解体し、それを5つの特別区に分割する」ことを意味しているということです。この『特別区』は東京23区と同じものですが、肝心の財源に関しては、自治体としては“市”よりも“特別」”に小さな権限しか与えられていません。よく知られている通り、2010年に橋下知事(当時)が打ち出した当初の都構想はもっと大きなものでした。大阪市だけでなく、大阪市周辺の堺市や東大阪市・吹田市等を含めた広い範囲で既存の自治体を廃止し、複数の特別区を作ろうという構想です。しかし、2013年の堺市長選で都構想に反対する竹山修身市長が再選したことで、この構想は頓挫します。それ以来、都構想は単に大阪市を解体するだけのスケールの小さなものになったのです。大阪市が分割されると、どうなるのか。これまで守られてきた市の財源と権限が縮小され、大阪市の衰退を招く危険性があります。しかも、関西にとって極めて貴重な“大阪の中心核=大阪市”が衰退すれば、大阪全体、延いては関西の地盤沈下も決定的となります。その危険性について警鐘を鳴らす為、私は『大阪都構想が日本を破壊する』を緊急出版しました。詳しくは同書に譲りますが、以下に同書の内容を抜粋的に紹介しましょう。

先ず、現在の行政上の試算では、大阪市の解体に因って約2200億円もの大金が市から府に吸い上げられます。政令指定都市である大阪市は、事業所税や都市計画税・固定資産税・法人市民税を自由に使う権限を持っていますが、これらの収入が大阪市の判断で自由に使うことができなくなります。実際、橋下市長は府知事時代に「大阪市が持っている権限・お金を毟り取る」という発言をしていますが、実際にそのようになる訳です。大阪府・市は、「『大阪市がやっている事業の内、大阪府が引き継いだもの』は全て、大阪府が吸い上げた2200億円を使って、大阪府が責任を持って執り行います」と言っています。しかも、府が市から譲り受けた事業の項目の詳細は、協定書には(添付の別表の中にも)明記されてはいません。こうした理由から、実際にはこのお金の使い方を完璧にチェックすることは不可能に近く、この“約束”は建て前としか言い様が無いのです。例えば、この2200億円が6.4兆円にまで膨らんでいる大阪府の債務返済に使われる可能性は全く否定できません。若し大阪の人口が東京と同じように特別区に集中しているのであれば、府がこの2200億円を使って大阪市(特別区)の為に手厚い行政を展開することも考えられるでしょう。しかし、23区の人口が7割に及ぶ東京とは違い、大阪府の人口比率は大阪市民が3割に過ぎず、府議会の議員構成もこれに準じます。これでは、府議会で大阪市への投資かそれ以外への投資かで意見がぶつかった場合、現大阪市民の意見は通り難くなります。だから、現在の大阪市の税収は都心への集中投資よりも、周辺の自治体の行政サービスの底上げの為に薄く広く活用されていく可能性が高いのです。

勿論、「それで構わない」という意見もあるでしょう。しかし、これまで貧しい大阪が国内外の都市との競争を何とか戦い抜いてこられたのは、エンジン部分である都心=大阪市に対して政令指定都市の強力な権限で以て都市計画を行い、集中的な投資を行ってきたからであるという点を見落としてはいけません。大阪市内では、『あべのハルカス』で有名な阿倍野区の再開発や、JR大阪駅の北側の広大な敷地を使った『うめきた』の開発等が進められています。これらには多額の民間資金が投入されていますが、大阪市の豊富な財源、そしてそれを使う権限が無ければ、何れも実現不能でした。この豊富な財源と権限が奪われると、大阪都心部に対する投資は先細り、“都心=エンジン”を失った大阪という街全体が衰弱し、人口も減少します。この結果、東京一極集中が益々加速することになれば、日本全体の国力の低下に直結してしまうでしょう。つまり、都構想が実現すれば大阪市民は財源と権限を吸い上げられ、その結果として都心投資も先細り、大阪市民が不利益を被るのみならず、大阪そのものが衰退する危機を迎えるのです。因みに、都構想がお手本にしている東京は、都区制度があるから豊かなのではありません。その殆どが東京一極集中に因るものです。東京23区の総生産(GDP)は82兆円で、これは大阪市の4倍以上。東京23区にはこの超絶した経済力がある為に、多額の独自財源を東京都に召し上げられても尚、十分な財源を使うことができるのです。これは決して今の大阪が真似できることではないのです。

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都構想推進派は、「二重行政を解消して行政を効率化することに因って、年間4000億円の財政効果が生まれる」と主張してきました。しかし、後で詳しく述べますが、様々な指摘に因って、この効果は厳密に言えば“年間1億円”しかないということが、行政上の試算から明らかにされています。それよりも寧ろ、行政コストが“上がる”ことが危惧されています。大阪市役所が解体されて5つの区役所が作られると、それまで1人でやっていた仕事も、5つの区役所で1人ずつ担当しなければならなくなります。業務内容に因っては、純粋に5倍のコストがかかるのです。勿論、それで行政サービスが向上するならいいのですが、そうではありません。都構想に因って実現する特別区は「中核市並みだ」と主張されていますが、中核市並みのサービスを提供するにはそれなりの職員が必要になります。しかし、都構想の規定では、3万5600人の職員が都と5つの特別区等に分散され、職員数を基本は変えない(寧ろ削減する)となっています。これは単なる辻褄合わせであることが明白です。分割しても職員の数は増えないのであれば、行政サービスの質は当然ながら低下します。そこで、特別区毎にバラバラに運営するのが非効率な業務に関しては、5つに分割するのではなく、これまでのように大阪市全体で業務を行おうとしています。その為に作られるのが『一部事務組合』と呼ばれる組織です。

協定書に書かれている一部事務組合が行うとされる事業のリストは、国民健康保険事業や介護保険事業・水道事業の他、数多くの施設管理・財政管理等多岐に亘りますが、このような巨大な一部事務組合は我が国には存在した例がありません。東京23区が設置している一部事務組合の組織が対応している事業でも、ゴミの焼却処理工場の運営・斎場の管理運営等、5つしかないのです。一部事務組合がこれほど肥大化するのは、特別区が自治体として自立できない証拠です。東京23区を全ての設備が1つの部屋に備えられたワンルームマンションに例えるならば、大阪5区はキッチン・バストイレ共用のアパートと同じだと言っていいでしょう。しかも、大阪市を分割すると同時に、常識外れの巨大な一部事務組合を作るのであれば、二重行政の解消どころか、大阪府・一部事務組合・特別区という三重化の恐れが出てきます。効率化どころか、新たな非効率が生じるのです。これだけデメリットがあるのですが、逆にメリットと言われる二重行政解消効果はどの程度なのでしょうか? 都構想が主張され始めた2011年頃は、「構想が実現すれば二重行政が解消し、少なくとも年間4000億円の財源が節約できる」とされていました。しかし、より正確な推計を府・市が算出すればするほどに効果額はどんどん縮小されていき、2013年8月の制度設計案では976億円、2014年6月には年間平均155億円にまで減少しました。しかも、この中には二重行政解消とは無関係の市営地下鉄の民営化や、市独自で実施している市民サービス削減が含まれており、それを差し引くと効果は“年間約1億円”に過ぎなくなるという行政に因る試算が報告されています。初期投資等を考えれば、都構想の実現に因って黒字どころか赤字になるとも試算されています。

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このように財政効果が削減されていくと、4000億円の財源節約をあれだけ強く主張していた橋下市長の発言も変化し、昨年7月には「僕の価値観は財源効果に置いていない」と言うまでに変質してしまっています。以上のことから、『大阪都構想』には当初大々的に喧伝されていたほどの大きな効果は無く、それどころか役所を疲弊させ、大阪都心の街作りを停滞させることが決定的だという“真実”が浮き彫りとなります。更に現在、2020年の東京オリンピック・2027年のリニア新幹線名古屋開通といった大阪が置いてけ堀になるようなプロジェクトが着々と進行しています。一方、リニア名古屋・大阪間の開通はその18年後の2045年と予定されていますから、この間の東京・名古屋が1つの都市圏を形成し、その都市圏から外された大阪の凋落は決定的なものになるでしょう。つまり、今や大阪のパワーを都構想という“内向き”の組織改革の為に使う暇など全く無いのであって、リニアを始めとした“外向き”のプロジェクトに使うべきなのです。実際、リニアの大阪・名古屋同時開業が実現すれば、大阪府で年間1兆円以上の経済効果が推計されています。それは、これまで試算された『大阪都構想』の経済効果とは桁違いの巨大効果です。ところが『大阪都構想』が実現すれば、その巨大な行政改革作業と都市計画力の棄損の為に、リニア同時開業が遅延することは必至です。

ここまで指摘しても尚、「一度やってみて、ダメだったら元に戻せばいいじゃないか」と考える方も多いようです。しかし、『大阪都構想』が実現して一旦大阪市が解体されると、簡単に元に戻すことはできません。特別区を廃止し、市を作る為の法律が存在しないからです。住民投票が行われることが決まった以上、大阪市長には協定書の内容を解かり易く、偏向無く説明する義務があります。寧ろ、当方が指摘した7つの事実であるなら、それらについても説明する義務が市長にはあると言ってもいいでしょう。そして何より、様々な議論は全てイメージ論に終始すること無く、必ず協定書をベースにしなければなりません。何れにせよ、『大阪都構想』というイメージだけで賛否を口にするのは思考停止であり、それは早晩、民主主義の死に直結します。それ故、今回の『大阪都構想』の議論は、日本の民主主義の質を問う、国家的にも歴史的にも極めて重大な意味を持つものになるに違いありません。有権者である大阪市民には棄権する自由もありますが、これは多数派の結果を積極的に受け入れることと変わりません。大阪、そして日本の未来が左右される投票ですから、大阪市民の皆様にはイメージ論を排し、具体的な中身についての賛否をしっかりとご判断頂いた上で、是非投票に行って頂きたいと思います。


藤井聡(ふじい・さとし) 京都大学大学院教授。1968年、奈良県生まれ。京都大学土木工学科卒。同大学大学院修了。イエテボリ大学心理学科客員研究員、東京工業大学教授等を経て現職。著書に『列島強靭化論』『新幹線とナショナリズム』等。


キャプチャ  2015年5月号掲載


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テーマ : 橋下徹
ジャンル : 政治・経済

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